砂の城址 03
知ってるか。鳥も船酔いするんだって。
俺はコンゴウとは長いつきあいだから半端なことじゃ驚かない。けれど無人島のツアークルーは俺の膝の上でぐったりしちまった鳥に驚いてクルーザーの操舵を放り出してしまった。
「大丈夫なのかい、本当に」
「ええ、もう。全然平気っス」
はらはらするのはあんたより客のこっちだ。頼むから舵を取ってくれ。
「人間とおんなじですよ。陸に上がってしばらく休めば元通りになるんで」
島に着くまでのどたばたで、俺の中でクルーの評価は確実に二段階下がった。けれど、細い水路をくぐり抜け朽ち果てた桟橋にきっちりと船を着けた操船術には舌を巻いた。これだから外は面白い。穴蔵にこもってたんじゃ、きっと一生かかってもこの凄さは理解できないだろう。
「毎日のようにやってるからね」
手放しでほめあげる俺にむかって少し照れくさそうに男は笑った。そんな顔を見せられると少しだけ心が痛む。もしかしたら、俺がこれからログを漁ることで、この人の仕事を取り上げることになるかもしれない。そうでないことを祈る。俺は鋼鉄の心臓をもってる訳じゃないんだ。
下っ端のロジャーズである俺に仕事の全貌が知らされることはまれだ。今回の仕事は、この島のロガーから「ミズノ・トキエ」に関する情報を引っ張り出すことだ。「その人物がある日ある時、その島にいたことを証明するデータが欲しい」というのが俺に知らされた依頼の内容だ。推測をたくましくするならば、ミズノ何とかの子孫が島の占有権を主張したがっている、なんてことも考えられる。……まあ、滅多にないことだとは思うけれど。
「本当に、案内はいらないのか?」
「男ひとりっスから。このパンフだけもらっていきますね」
普段は限定三組のカップル御用達ツアーコースだという。今日は大潮で、四つのチェックポイントのうち二つに立ち寄ることができない。そのせいで本来のエントリーは一組も無く、無理やり船を出してもらうためには四人分のツアー料金を払わなくてはならなかった。そんな俺を気の毒に思ったのか、クルーは一生懸命に世話をやこうとしてくれる。
「これ、ランチとドリンク。…二人分だからちょっと多いけど、若いからいいよね」
「ああ、はい。すんません」
「そこに書いてあるけど、安全確認のためにレスポンサーが二時間後に必ず起動するから。一度だけ」
「わかりました。どうもです」
片手にピンクの包みのランチパックを下げ、反対の腕にコンゴウを抱え、首から緊急連絡用のレスポンサーをぶら下げて、俺はひとり南の小島に上陸した。




