本編開始。
まるで、恥じらうかのように頬を朱に染めて、上擦った、しかし小鳥の囀りを連想させる。
そんな声だった。
「僕を褒めて。」
間延びしない。
読点が入らない。
万人にとってはいたって普通なこの事実が、この時ばかりは異常へと姿を変え、彼女が抱いているその意思の強さを、僕へと伝達した。
今思えば、
この時のこの望みが、
彼女から、
俺への、
空前絶後の願いだったのだ。
しかしこの時の俺は、
「オシャレな所。」
馬鹿だった。
だが、そんな無粋な台詞に妹は無邪気に喜んだ。
いや、これは正しくないな。
悦んだ、と言う方がしっくりくるだろう。
それを聞いた瞬間から三日間、譫言のように俺の言葉をリピートし食事も取らず、睡眠も取らず、ただ繰り返した。
そして妹は変わった。
俺の前では、絶対にラフな格好などせず必ずキメてくるのだ。そりゃ流石に制服ぐらいは着ているが、それも改造に改造を加えたヤンキーも真っ青な制服である。常に最上を目指しているようで、毎日のように新たな傷が制服に刻まれ、俺がそれに気付かないと、拗ねてその場で制服を破き始めるというバイオレンスな事もする。勿論当人は制服なんて着たくないらしく、この前なんか学校の焼却炉に入れようとしていた。下着で帰る方がまだマシらしい。
そして、妹がこんなになった原因は、やはりあの日あの時のあの台詞なのであろう。
異常なファッションへの執着。
これが、決定的なのだ。
昨日までは、あの時恥ずかしがらずに言っておけばと後悔することしきりだったが、今始めて過去の自分に感謝した。
「お前は妹じゃない。俺がそう言ってんだよ。だから正しい。俺以上に妹の事知ってる奴なんて多分居ねェぞ。」
多少早口になってしまった。
相手に呑まれないよう細心の注意を払っていたが、やはり素人の俺にはこの程度が限界だろう。
それに対し妹は、ゆっくりとした挙動でこちらへ近づいてきた。
「へー。そんなに自信あんだ。」
馬鹿にしたような、しかしながら尊敬しているような、不明瞭な声色で俺への返事をした。
「んじゃ、それでいいや。」
あっけらかんと、まるで童子のように言い放った。
それを迎え撃つ為のリアクションは、一つしか浮かばなかった。勿論、
「は?」
これしかない。
しかし、妹モドキは俺の集大成とも言えるこのリアクションでは不満だったらしく唇を尖らせてきた。
「だーかーらー、君の言う通りでいいよって言ってんじゃん。私は篠澤妹じゃない、おーばー?」
妹が女言葉で話してる、可愛いなー。「おーばー。」あ、了解しちゃった。やっぱり注意力に欠けるな、俺は。
「よしよしいい子だ。では改めて、これから私は篠澤妹じゃなく、貝口沙紀となります。よろしくネっ。おーばー?」
んじゃっ。
そう聞こえた時には、もう妹の姿は無かった。
今、俺の前で何が起きた?
分かる奴、居たら状況説明頼む。
その代わりそいつもあっち系の人間だと認識して軽蔑の視線は送るのでそこら辺はご了承頂きたい。
はぁ。
本当に何なんだよ、今日は。
あいつに届いて無いのは分かっているが、せめてこれだけは言わせてくれ。
「のーおーばー。」
聞こえたか?
キチガイ。