Episode -序幕-
核。
早朝。
まだ日も昇りきっていないそんな時間、濃い朝靄がかかる街の中を歩く一人の女がいた。
いや、女と称するにはあまりにも青臭く若すぎるかもしれない。それは、《女子》と呼ぶのが1番的確な、そんな容姿の《女》だった。
彼女が歩いているのは、街の外れにある紀ノ島高等学校のすぐ近く。ゴミの多さが最近騒がれだした三三四川〔みさよがわ〕に掛かる鉄橋だった。
「ここ...ら辺か..しら。」
彼女の声は、朝特有の静けさの中で、まるで空気に木霊したかの様に軽やかに響きわたる。
彼女は鉄橋の端へと近付いていった。風景をザッと見渡し、手摺りによっ掛かる。
「間..違い...ない。」
言ったその刹那、
彼女の体はもうそこにはなかった。
手摺りを超え、身を大きく乗り出し何の躊躇いもなく、
落下した。
そこには、魔法や超能力などといった摩訶不思議の入り込む余地なんて一切なく、
あるのは、
もう永遠に覆ることのない、人間の死という決定的な事実だけだった。
死体はすぐに見付かった。新聞配達員が発見したそうだ。調べた結果、ただの事故死と鑑定された。
この街の人間は誰も彼も平和ボケしているらしく、その程度の事件がニュースで取り上げられていた。それを見た奴らも橋に近づかなくなった。
阿保か。
反吐が出る。
失禁しそうになる。
なので、死にました。
体を道連れに、体を犠牲に、体を囮に、体を生贄に、体と共に、
心を殺しました。
悔いは、まったくありません。
そう思ってから、二年が過ぎた。
私は、生きていた。
くそったれなこの世界に、永遠に別れを告げた筈なのに。
まったく、なんでかなぁ。
もう少し、喋れたらなぁ。
心の中みたいに、いっぱい話せたらなぁ。
あいつに、
会わなければなぁ。