嬉し恥ずかし山嵐。
展開早過ぎた。
「お、お前ッ!?」
扉を開け、部屋に入ってきたその人こそ、コンビニで俺にこっ恥ずかしい思いをさせてくれたあの女子だった。
「こ..ん.にちは..。」
まるで蝿の羽音のような、微かな挨拶だった。
「すい..ませ...んが、失..礼し....ます。」
そして、言葉の割にはあまりにも無神経に部屋へ踏み込んできた。謝るんなら入るな。
「ちょ...っと我..慢してくだ..さい。」
器用にも小さい<つ>まで止めてみせ、何と俺の口の中に手を入れてきた。
おやおや困った女の子だなぁ。
なんて冷静に考えられる訳もなく、
「ふぉ、ふぉふぁへふぁふぃふぁっへんふぁッ!!??」
口に手を入れられては、上手く反論もできんではないか。因みに今は《お、お前なにやってんだ!!??》と述べました、以上脳内補完。っと、下らない事を考えていたら何故か口内に鉄分が異常配給されはじめたぞ。これはどういうことか。
「落ち着..いて....ください。」
ハッ!?
ま、まさか俺...噛んじゃった?
「...あ、血...が出てま..した。」
ぴゃぁぁぁぁぁアアアアアアァァァァ!!
最ッ低だな俺なにやってんだよ馬鹿阿呆クズ糞野郎うんこうんぽこりんッ!なんて心が上っ面だけで謝罪兼自虐をしているとふと疑問が。
俺、なんで苦しくないの?
奇妙なことに、入ってる感触はあるのに実態が無いかのように呼吸ができる。何故?手は入ってるだろおが。ちゃんと今も生々しい音が目下から聞こえてくるぞ。クチュ、ピチャ、キチャ、等など。あまり聞いていて心地好くない、というかむしろ不快な音だ。
「ふぁ、ふぉーふぁっふぇんふぁ?」
歯の無い御老人達の気持ちを痛感した。なにこれ意志の疎通ができないんだけど。「ふぉふぃッ!」うがーっ!喋れない。
「もう終わ..るので少し...黙って下さい。」
さっきの言葉よりいささか軸が通った、意志の宿る声で注意を促してきた。そこまで言われたら下がるしかないだろう。
主にビジュアル的に押される。だって手を自分の口に入れながら上目遣いだぜ。こりゃ反則だ。日本の警察はなにやってんだよ。そこいらのバイヤー取っ捕まえてんなら、こういう可愛さが罪的な人間兵器を取り締まれ!!
「は..い、終.わった。」
するりと抜けられた人肌に、一抹の寂しさを覚えながらふとその五股に分かれる人肌を見てみるとそこには、我が唾液腺から湧き出た半泡状の液体が纏わり付いていた。
「.......。」
僕ちん絶句。
「...気持...ち悪い..ですね。」
「悪い悪かった凄く悪かったッ!!」
急いで頭を下げて、そこではてと首を傾げた俺。
何故勝手に自分の口に手を突っ込まれた挙げ句、その突っ込んだ当人に頭を下げなくてはならないのだ。とても疑問だ。とてつもなく疑問だ。
「....んで、なんでお前が此処にいる。」
解の無い疑問をループしそうになったので、俺は当初の問題を口にだしてみた。いやこれは当初ではなく、当面のだな。
「.......はぁ。」
久々に点の入らないしっかりとした文が聞こえたと安堵すらしたが、それは内容を一切を無視するという神業あっての一時的心の休養だった。しかし、休んだ分は働いて返すというのがこの世の中のせちがらいモラルであり、決定事項であるのであまり無理はさせたくないがやらなくてはならないのだろう。それではリピート。返ってきた言葉は、いや言葉と定義できるのか定かではないような平仮名二文字で完成と成す文は微かな色香と、多大な呆れで構築されていた。
ん?
待てよ。
色香?
この気弱系文学女子から色香?
確かに、女性的シルエットはしてますが。
これでもかと脂肪を詰め込んだ二つの丘は異常なまでの自己主張をしてますがしかしっ!!
こいつに色香?
有り得るのか?
いやまあ有り得たんだけど。
まぁいいか。
「何だよその溜息は。」
思考を止め、まず第一にしなきゃいけないツッコミを入れてみた。
「いえ、あ...なたが..あまり..にも無..知過ぎて。」
点が入ってるから解りづらいけど、こいつ今超理不尽かつ外道なこと吐かしやがったぞ。無知過ぎてって。この状況で何を既知としておけば俺はその称号を剥奪して頂けるのだろうか。
「無知過ぎてって...。失礼すぎるだろ...。じゃあ、無知な俺にも分かるよう説明してくれよ。この意味不明な状況を。お前の正体を。あの弁当のことを。」
俺は今どういう状況下にあるのか。それを知らなくては何事も始まらんだろ。さっき雑巾を取りに行った唯も帰ってこねぇし。当たり前だが物置なんて三十秒歩けば辿り着ける。そしてもうとっくにその三十秒は過ぎている。ということは、またなにかしらの意味不パワーが働いてるって事だろ。ったく、家族まで巻き込むのかよ。んで、今目の前にいるお前は吹けもしない口笛で質問をごまかそうとすんな。
「ジーー。」
「.......ひゅ~ひゅ~。」
「ジーーーーー。」
「..........ひ..ゅ~..ひゅ~。」
「ジーーーーーーーー。」
「...........。」
「ジーーーーーーーーーーー。」
「........分か..りま..したよ。」
凝視すること一分。ドライアイの俺にとっては地獄のような時間だったが、そのおかげでなのかは分からないが説得には成功。結果オーライだろう。しかし、何で今目の前にいるこの女は頬を赤らめながらモジモジしてんだ?やっぱガン見ってのは露骨すぎたか。一応反省。
「んじゃ、俺でも理解できるよう説明頼むぜ。」
俺は気を引き締め、真実への第一歩を踏み出した。
「......は..い。」
女も、さっきまでの女の子らしさを消し去り恐ろしいほどに整った顔でこちらを見つめ返してきた。
「........。」
何もしなければ、こいつ滅茶可愛いじゃんなどと場にそぐわないことしきりなことを考えていたとしても時間は進む。
「.....それ....ではま...ず」
俺が、日常と絶縁するまでのカウントが始まった。
そして、
俺の、
非日常が、
「 。」
始まった。
dramatic critic.