prologue
瀬野乃々 愛梨は幼いころからは、魔法使いになることを夢見ていた。
空を飛び、光を操り、誰かの心を救える存在。
そんな話をするたびに、大人は困ったように笑い、友達は首をかしげた。
小学校のある日の授業。
「将来の夢」を一人ずつ発表する時間がやってきた。
「……魔法使いです」
教室が一瞬、静かになったかと思うと、すぐに笑い声が弾けた。
「なにそれ」「アニメの見すぎじゃん」
心に突き刺さる言葉が、次々と飛んでくる。
耐えきれず、愛梨は教室を飛び出した。
涙が止まらないまま、校舎の裏に広がる林へと駆け込む。
木々に囲まれた静かな場所で、愛梨はしゃがみこみ、震える声で呟いた。
「……やっぱり、魔法使いになんて……なれないのかな……」
そのときだった。
「そんなことないよ!」
突然、はっきりとした声が響いた。
愛梨は顔を上げ、辺りを見回す。
「だ、だれ……?」
答える代わりに、目の前に淡い光が現れた。
ふわふわと揺れるその光は、まるで「ついてきて」と言うように、林の奥へ進んでいく。
導かれるまま歩いていくと、やがて景色が開けた。
そこは林の一部が切り拓かれたように、妙に平らで静かな場所だった。
その中心に、ひとりの少女が立っていた。
長い髪を揺らし、やさしい瞳で微笑む少女は、静かに名乗る。
「わたしはリリアス」
リリアスはそう言って、静かに微笑んだ。
「これは、あなたに必要なもの。
――魔法使いになるための、ね」
そういって彼女は、愛梨の手に、きらきらと不思議な輝きを放つ一本のリボンを乗せた。
手のひらに残されたリボンは、あたたかく、ほのかに光っている。
愛梨が言葉を探している間に、リリアスはくるりと背を向け、歩き出した。
「ま、まって……!」
思わず、声が漏れた。
「まって! あなたは……あなたはだれなの?どうして、こんなこと……」
リリアスは足を止め、振り返る。
その表情は、とてもやさしくて、どこか少しだけ寂しそうだった。
「大丈夫」
そう一言、穏やかに言ってから、続ける。
「また、きっと会えるときが来るわ」
「え……?」
「あなたが――夢をあきらめなければ」
風が吹き抜け、木々の葉がざわりと揺れた。
その一瞬、光が強く瞬き、思わず愛梨が目を閉じた、その間に。
リリアスの姿は、どこにもなかった。
平らな空き地と、静かな林。
そして、愛梨の手の中に残された、一本の不思議なリボンだけが、確かにそこにあった。
愛梨は胸にリボンを抱きしめる。
「……夢、諦めない」
小さな声だったけれど、それは確かな決意だった。
その日から、愛梨はずっと覚えている。
光の中で出会った少女のことを。
そして――魔法使いになる、という夢を。
愛梨はまだ知らない。
この出会いが、世界の運命と、自身の過去を大きく揺るがすものになることを。




