底なしの澪
お久しぶりの投稿です 夏はやっぱりホラーが書きたくなりますね。今回は”水の音”に関するお話です。
今年も暑くなってきた。東日本でもとうとうセミが日中鳴かなくなり、もうまわりの誰もがやれ地球温暖化だのオゾンホールがだの話さなくなっていた。
地球は年々暑くなっていっている。誰もが知っているのだ。そう道端を通り過ぎたあの小学生たちも。ワーッとみんなで楽しそうにはしゃいでいる。バシャバシャと水音をたてながら。
傘をも貫通し、雨足ははやまるばかりである。豪雨は学ランの肩から全身へと濡れていく。はあ・・・。せっかくクリーニング出したばかりだっていうのに。思わずため息をつきながら空を見上げた。
いつからだろう。雨の音がしなくなったのは。最初は違和感を覚え友だちに話した。ねえ。あの丘の上の古びた洋館の庭の底なし沼に夏休みの最後に肝試しに行ったでしょう? そのときから雨の音がしなくなったよね、と。
友だちのA君はなにお前みたいな顔をしておれを見ていた。母にも相談した。おれ、雨の音が聞こえないんだ、と。母は心配しお医者さんに診せにいった。
診断結果は思っていた通り当たり障りのないものだった。心理的ななにかが原因で聞こえなくなってしまったのではないかと。
なぜだろう。いつもと同じ日常が明日がくるはずなのに。どうしても気になるし、明日を迎えるのが怖かった。
なにかにとりつかれたのではないかと全国でもお祓い専門の神社にいって祓ってもらったりもした。結果はご覧の通り。おれは高校生になった今でも雨の音が聞こえたことがない。
学生にとって毎日とは忙しいものだ。テストや部活学習塾に追われて、おれはいつの日か雨の音も聞こえないことすらも思い出すのを忘れてしまっていた。
*****
~月日が流れ~
信号を渡る。水しぶきが革靴のすき間をかいくぐって靴下を侵す。青信号がチカチカと点滅し、赤へと変わる。急ぎ足で渡る歩行者たちの集団におれはいた。
今日も仕事終わりのこの時間帯は車どおりも少なく、こんな土砂降りにあっても交通渋滞はなかなかない。
やれやれ・・・。駅に着くころにはびしょ濡れになっているな。本当に最悪だぜと心の中で愚痴っていた。そんなただ些細なことにおれは心を囚われていた。
濡れた階段を靴音が響きゆっくり下へ下へと下る。人通りが少なくめずらしいこともあるもんだと思っていたそのとき。おれの前をゆっかり下りていたおばあちゃんが足を滑らし転んで行こうとした。
「危ない!」
声を置き去りにするような勢いで追いつき、地面にたたきつけられる前におばあちゃんの手をとり、助けることができた。
身体がアツくなり、心臓の音が脳まで響きわたる。
「ゼエゼエ。良かった間に合って良かった。本当に。おばあちゃん、けがはないですか?」
「ありがとうね~本当に。おやあなたなんで泣いてるの?」
「必死で、本当に必死で。間に合ったと思ったら急に安心して涙が・・・。え? おれ泣いていますか?」
「仕事終わりさね? 疲れてそうだね。そんなときにこんな無理な運動させて悪かったね。お礼によかったら受け取って下さらない?」
そっと差し出されたみかんとポケットティッシュ。おれは封をあけて頬をぬぐった。本当に涙が溢れている。ティッシュが濡れていく感触を手のひらで感じながら、おれは長年心の中で怯えていたことを知った。
涙が下に落ちてはねる音が聞こえないのだ。それは果たして泣いていると言うことができるだろうか。肩が震えてきた。視界がぼやける。
シャワーの水音が消えた日。手を洗うときの顔を洗う時の水音。いつの日か水音はおれの毎日から次々と消え去っていて。
どうでも良いことだった。そう思い込もうとしていたんだ。たった一つの音が。”水音”がこの世界から消えていくことなんてどうでも良かったはずなんだ。
だって、世界にはこんなにもきれいな音が溢れていて。でもおれにとってはなくなって欲しくなかった。これから大事なひとを無くしたとき、おれは泣くだろう。そのときもただ涙は触れることしかできなくて。
目からこぼれ落ちた雫はおれの元をはなれ、音もなく儚く散るのだ。それだけのことがこんなにも心を締め付ける。
「だいじょうぶかい? お兄さんたてる?」
「え、ええ。取り乱してしまいすみません。おばあちゃんもお気を付けて帰ってくださいね。」
「本当にありがとうね~。」
手をふって去っていく彼女を見送り、おれはそっとその場のレンガの壁に身をあずけ、傍の側溝を流れる雨水の濁流を見つめた。
気づけばポロリと口から言葉がこぼれていた。
「お前、その・・・。流れる音は”いつ”消えてしまったんだよ。おれの人生から、”いつ”・・・。いや他にも気づいてないだけでなくなっちまっているのか? なあ。教えて。教えてくれよ・・・。」
読んでくれてありがとう♪




