第18話 組み立て
雨宮はすぐに道具を準備するため、手配を始める。
分銅型の銅と鉄100g前後、銅の容器と攪拌棒、温度計、容器の保温のためのウールが必要になる。それらを準備するのだが、分銅型の試料と銅の容器は今すぐ手配しても実物が手元に届くのに時間がかかる。
雨宮はその間を利用して、水に対する比熱比━━対水比熱と呼称する━━の計算を行うことにした。
「えーと、対象の分銅が発する熱量と、水と容器が吸収する熱量は等しくて……」
式を組み立てる。式だけを記述するなら、下記の通りになる。
mC(T1-T3)=MCw(T3-T2)+M’C’(T3-T2)
mは分銅の重さ、Cは分銅の比熱、Mは水の重さ、Cwは水の比熱、M’は容器の重さ、C’は容器の比熱、T1は熱した分銅の温度、T2は水の温度、T3は分銅と水が平衡状態に入った温度となる。この式をこねくり回してCw=の形にするのだ。
これを使えばなんとか対水比熱を求めることができるはずだ。
次は実験の手順を考える。
「動画見た感じでは……」
まず分銅、容器と攪拌棒、水の重さを計る。分銅は水を沸騰させた鍋に入れて、十分に熱する。30分も沸騰させた湯に投入すれば、分銅の温度は100℃になるだろう。沸騰水で分銅を暖めている間に、容器に計量した水を投入し、これを軽く攪拌して温度を計る。これが一つの基準になるのだ。その後、十分に熱した分銅を水に投入し、温度計を見ながら攪拌する。温度が上がらなくなった数値を読み取れば、熱の平衡状態にあるということである。ここからCwの値を求めるのだ。
これで事前の準備は完了である。あとは数回から十数回ほど実験を繰り返すだけだ。
「つーか、このCwの式が出力方程式になるのか……?」
雨宮は少し考える。
「いや、出力って言ってるくらいだから、エネルギーの話なのだろう……。でもエネルギーってどう定義すればいいんだ……?」
すると、頭の中で何かアイディアのようなものがよぎる。
「水の温度と比熱をかければ、ジュールになるんだよな……。つまりこのまま対水比熱を求めれば方程式として成り立つ、のか……?」
雨宮はウーンと唸ってしまう。
「これは後でイリナやヌルベーイ先生に聞くか……」
事前の準備はこれで十分だろう。
「さて、これ以外にやることと言えば……」
辺境伯ご令嬢の件だ。
「何か教材でも用意すればいいのだろうが、何を用意したらいいのか分からんな……」
ご令嬢がどの科目をどれだけやっているのか、それは分からない。何か教育指針やら学習指導要領でも存在すれば、それを参考に教材を用意することができるだろう。しかし、今のところ何の情報もないので、準備することもできないのだ。
「これはさすがにヌルベーイ先生に聞くか……」
雨宮はヌルベーイ先生の自室の扉をノックする。
「ヌルベーイ先生、今大丈夫ですか?」
「はいはい」
中からヌルベーイが出てきた。
「どうかした? さっき言った実験道具は発注したばかりだよ?」
「いえ、その話ではないんですけど……。今度辺境伯のご令嬢がいらっしゃる件について、少し話が出来ればと思いまして」
「あぁ、はいはい。何を聞きたいの?」
「その、ご令嬢の学習履歴とかってありますか? 教師役になると言っても、何ができて何ができないのかを理解していないとどうにもならないので……」
「そうだね……。ちょっと待ってて」
そういってヌルベーイは自室に戻り、書類の山を崩す。
「えーと、この辺にあったような……。あぁ、これだ」
書類の入った封筒のような物を持って戻ってくる。
「これがご令嬢の個人情報が入ってる書類だよ。悪用厳禁でよろしくね」
「分かりました」
研究室の大きなテーブルに戻り、書類を広げる。
「えっと……。レリゴレム辺境伯カタリナ・カウル・フィードリヒ嬢、16歳。神学を中心に学習しているが、最近は数学や物理学、魔法学などの自然学問にも興味を示している。現在の学習内容は、最新の微分の分野を学習中。……なるほどね?」
これで、教えるべき場所が分かる。
「ということは、数学の微分に関することを教えればいいのか」
そして、ここにある考えがよぎる。
『ホイター積分』
ホイターの功績の一つだ。
「なるほど……。ホイターはこの流れで積分を現代に近い形に整備したのか……。ついでに微分も整備しちゃえば、微積分の分野で大きな功績を上げることができるな……」
そう思った雨宮は、すぐに研究ノートにメモを残す。そしてそのままガリガリとメモに書き込んでいった。
数学記号と文字が大量に書かれていく。それはまさに、現代の知識を持つ雨宮と数学の天才ホイターの知識が融合している瞬間であった。
「あれ、僕こんなに数学できたっけ?」
ふと雨宮は思う。
「なんか……、俺とホイターの人格や知識が融合してきているのかな……?」
しかし、数学ができるに越したことはない。これはこれでラッキーだと思った雨宮は、そのままにすることにした。