マンボウ、勇者に転生したけど、気づいたらLv999だった件
目の前に突き出されたのは、この二択。
前世:超絶イケメン、でも種族はマンボウ。
今世:世界最強の勇者、でも顔は完全にマンボウ。
あなたなら、どちらを生きる?
──────
記者である俺は今日の取材相手を待っていた。
静まり返った応接室に、時計の針の音だけが響く。
そんな沈黙を破って、ゆっくりと扉が開かれた。
現れたのは──世界最強の勇者・モラモラ。
黒のポロシャツの上からでも、うかがえる隆起した筋肉。
背筋はまっすぐに伸び、歩くたびに床がわずかにきしむほどの存在感。
その全身からにじみ出るオーラは、まさしく“英雄”だった。
……ただし、顔は完全にマンボウ。
輪郭、目、口。どこをどう見てもマンボウそのもの。
圧倒的な肉体とあまりにアンバランスなその顔面のギャップに、脳がバグる。
記憶に刻み込まれる。
いや、忘れたくても忘れられない。
俺は初めて対面する衝撃に波立つ心のざわめきに溺れそう。
ぎこちない笑顔を貼り付けて挨拶。
「モラモラさん、今日は取材の協力ありがとうございます」
俺は握手を求めると爽やかに返してくれるジェントルマンボウ。
手はゴツゴツと骨張っていてたくましい。
「いやいや、礼を言うのは俺の方さ」
低く、落ち着いたダンディな声が室内に響く。
……顔さえ見なければ、完璧すぎる男。
記者として、俺は深呼吸しながら席につき、ノートを開いた。
「今日はモラモラさんの魅力を存分にお聞きしたいと思います。まずは、生い立ちからお伺いしても?」
「生い立ちか。そうだね、俺は前世がマンボウだったんだ」
ズバァンと飛び出すパワーワードに、思考が吹き飛ぶ。
「マンボウって知ってる? 一度の産卵で多いと3億個が生まれる。そのうち大人になるのは少ないと数体。確率で言うと1億分の10」
「それって……」
「うん。生き残るの、大変だったよ」
モラモラは少し視線を落としている。
「仲間がどんどん消えていくんだ。海老に食われ、小魚に食われ、気づけばひとり」
怒り?
モラモラさんの手が震えてる。
3億個から旅立ったマンボウたちが大人になったのはただひとり、と同情。
机に置かれた手は拳になると、そこへ感情が乗るように机から離れ振り落とされる。
ドガァァァァン!!
勇者、机を木っ端微塵に粉砕。
「ひっ……!」
反射的にノートを胸に抱きしめる。
これはもはや取材ではなく、生存本能。
「ご、ごめん。感情が高ぶっちゃって」
俺も違う意味で手も足も震え始める。
怖い、もう家に帰りたい……。
モラモラは申し訳なさそうに頭をかいた。たぶん、
今のは、笑顔。
俺は頭を上げないようにノートを凝視する。
「水族館にいたんだ。俺。『歴代最強にイケメンなマンボウ』って言われててさ。求婚もされたことあるよ」
「えっ、本気で?」
「うん。『結婚してくれなきゃ死ぬ』って言われて、『寄生虫で死ぬかもしれないから……』って断ったよ。マンボウの一番の死因は寄生虫だからね」
真顔で言うな!
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「……そろそろ、本題を聞きたいよね?
俺がこの世界に来て、勇者として最強になるまでの話」
「はっはい!」
俺は姿勢を正して座り直す。
モラモラはぽつぽつと話し始めた。
「人間に転生したのになぜかマンボウ顔。そんなことある? びっくり以外の言葉が見つからないよね」
スーパーポジティブじゃなかった。
モラ顔もしっかり驚いている。
「人間に転生したら、なぜか顔だけマンボウのままでさ。“化け物”って村で袋叩きにあった。毎日、石を投げられて……」
言葉が詰まり、彼の声がかすかに震える。
口を閉じたまま、俺は眉間に皺を寄せて、モラモラを見つめる。
世界最強だと聞いて、MAXのLv999みたいな無敵さで強さと勘違い。
苦悩は微塵もあった。
「でも母さんだけは違った。『うちの子です』って、ボロボロになりながらも俺をかばってくれた。だから、俺は強くなろうと思った。母さんを守るために」
その言葉の裏にあるものが、ひしひしと伝わってくる。
「人間の身体はどんなに痛めつけても治るんだ」
『治るんだ』
そんな簡単に言うが、最強になるまでどんな過酷な修行を積んだのか想像できない。
「でも、間に合わなかった。俺に向かって投げられた石が、母さんに当たった。あの瞬間、音も何も消えた」
拳が握られたまま、わずかに震える。
怒りでも悲しみでもない。
ただ、どうにもできなかった自分への悔しさが滲んでいた。
「それで、どうしたんですか?」
「森に、ポーションを探しに行った」
魔物がはびこる危険地帯。
そんな場所で、モラモラは偶然、冒険者を助けた。
素手でモンスターを叩き潰し、その場を制したという。
事情を話すと、冒険者は快くポーションを譲ってくれた。
彼はその場で、土に頭をこすりつけるほどの勢いで感謝を示したという。
「母さんにポーションを飲ませたら、少しずつ元気を取り戻した。そして」
目には生き生きとした力が溢れている。
その目でモラモラをじっと見ると──。
「“さすがは私の息子だねえ”って、母さんが笑ってくれたんだ」
「……ッ」
「母さんの“ありがとう”って笑ったとき、俺はようやく“人間になれた”気がしたんだ」
母さん系の話は弱い。
人情系はダメだよ……。
俺は目頭が熱くなった。
涙が滲む目で構わずノートに書き続ける。
「その後、村人たちとも和解できた。
母さんが『あの人たちも、変わったのよ…あなたのおかげで』って言いながら笑ったから、それで十分だ。強さってそういうことだと思う」
──強さは復讐じゃなく、守るためにある。
そう語る彼の背中に、誰よりも“人間らしさ”を見た。
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「その後の冒険の中でも色々あったよ」
そう言いながらも、母を傷つけられた心の痛みを超えることはないようだ。
モラモラの話しぶりからすると、身体を究極に締め上げたんだろう。
「それからしばらくして、冒険者になって王城に呼ばれて、魔王を倒してくれって頼まれてさ」
「ついに世界最強の核心部分ですね」
記者はうんうんと頷いている。
何だか止まったペンはするすると動き始めた。
「俺、気づいたら強くなってた。最初は母さんを守りたいって思ってたけど、もっとたくさんの人を守ろうって思って、それだけだったんだけどな」
そうか、モラモラ先輩の世界最強の原点はここにあったのか。
ついに辿り着いた魔王城。
禍々しい黒いオーラ、岩肌の戦場、そして魔王の地響きのような笑い声。
モラモラ先輩はその場に立ち上がりその時の再現をする。
シュッ、シュシュッ、溜めてからのズバーン!
俺は目の前でモラモラ先輩が動いてくれたのだが、早すぎて何も見えない。
俺は薄目で粘る。
もっもう一度。
ペンを置いて背筋を伸ばす。
「魔王は強かったですか?」
「まあ、最初はね。俺も勝てないかもって自信なくなったの」
「苦戦したんですね」
「でもずっと戦ってたら、相手も疲れてきて、隙をついて喉元に剣先を向けたの。そしたら『ま、負けだー! 殺さないでくれぇ!』って」
魔王は必死にモラモラに向かって、手を出し“タンマ”ポーズ。
モラモラ先輩が剣を下ろすと、正座に切り替わり見事な90度を演出するエレガント魔王。
「正座して謝ってきた」
「魔王、正座!?」
「うん、それ見て急に弱い者いじめしてるみたいでやんなっちゃったの」
魔王は敗北にいじけきっていた。
「『強さをとったら何も残らない。いっそボッチ魔王と呼んでくれ』って魔王が言うから、『ちょっとくらいなら話聞くよ』って返してさ」
「孤独だったからこそ、戦うことしか知らなかったんだ」
モラモラは魔王の隣に座って静かに耳を傾ける。
「俺が勝てば誰かが消える。そうやって孤独になっていった。でも、お前だけは違った」
そう語る魔王に、モラモラは自分を重ねていた。
そう、戦いのあとに残ったもの。
それは急に距離が縮まり始める2人。
これは仲良くなりそうな予感。
ひとしきり話した2人。
魔王がちらちらと視線を送り続ける。
「実は誰とも遊んだことがないんだ。モラちゃんは何して遊ぶの?」
照れる魔王。
スナップをきかせるモラモラ。
あだ名とか、仲良しかよ。
「マオくん一緒に釣りでもやってみる?」
「いいね、今度行こう!」
スナップを真似をする魔王の慣れていない感じが可愛い。
「じゃあ釣り竿はマオくんのイメージカラーの黒でいい?」
「もちろん! へへっ」
記者はなんとも微笑ましい姿を想像して、口元を緩めっぱなしだった。
マオくん、可愛すぎかよ。
「それで釣りに行った時、『マオくん、引きがうまいね!』って言ったら、『モラちゃん、魚類なのに魚捕るの下手すぎ』って言うから、『俺、食はクラゲ専門なんだよ』って、もう楽しくてさ」
魔王と友情を育む最強勇者、顔はマンボウ。
「それで、世界に平和が戻ったんですね」
「うん。マオくんが魔界から出ないって約束して、俺も守ってる」
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「最後にお聞きします」
俺はある疑問が頭に浮かび上がる。
前世:超絶イケメン、でも種族はマンボウ。
今世:世界最強の勇者、でも顔は完全にマンボウ。
「モラモラ先輩、前世と今、どちらの方が良いですか?」
俺は鼓動が速くなる。
呼吸をするのが少し苦しい。
少しの沈黙ののち、彼は静かに語った。
「……その時、俺の“心”がある方かな。前世はイケメンでちやほやされた。あの人生も良かったよ」
「ただ」
記者は手を止めた。
「どちらかと言えば、人間が良いかな。だって人ってさ、字が書けるでしょ? 記録に残せる。君みたいな記者が、俺の話を誰かに伝えてくれる。それだけで、生きてるって思えるんだ」
記者は釘付けになる。
「そうやって、俺の話を誰かが笑ってくれたり、泣いてくれたりしたら、もうそれだけで十分生きてるってことだよなって」
俺はまた頭を下げた。
喉が締め付けられるようで苦しい。
手の中にあるペンをぎゅっと握りしめる。
俺、記者やってて本当に良かった。
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モラモラは何度も電話を気にしている。
「もしかしてこの後用事ありました?」
時間が押していた。
俺は立ち上がる。
「ううん、違うの。実は好きな子にね、プロポーズ──」
プルルル──。
電話を落としそうになりながらも、なんとか電話に出るモラモラ。
「もしもし? うん、うん。……やったー!」
電話が切るモラモラ。照れたような顔で終始頭を掻いている。
「今、好きな子から、プロポーズOKの返事が来た」
ちょ、こっちの心臓が破裂寸前!
「二人の距離がぐっと縮みましたね」
「距離? もうゼロだよ。だって俺、世界最強だから」
名言いただきました。
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こうしてモラモラとの取材は終わった。
最後にツーショットとサインをもらい、固く握手を交わす。
俺は今、勇者としてだけじゃなく、“人として最強”の漢を見ている──顔がマンボウでも、だ。
……さて、どんな記事にしようか。
魅力をありったけ詰めた記事。
人となりと努力が伝わるタイトル。
さっきからアホ面で1時間。
格好良い言葉は見つからない。
思いつくままにタイトルにしよう。
記事のタイトルは──。
『マンボウ、勇者に転生したけど、気づいたらLv999だった件』
最強を数字で表したらこうだ。
モラモラ先輩との取材を終えた俺は、心からこう思った。
“人として最強”って、こういうことなんだ。
記者は熱い思いをペンに乗せて走らせ始めた。
モラモラ先輩の物語が、未来の教科書に載ったらいいな。
顔がマンボウでも、きっと誰かの勇気になる。
未来の子どもたちにも、この物語を伝えていきたい。
モラモラ先輩は意中の相手と早く結婚式挙げてくれ。
その笑顔がずっと続くように、願うばかりだ。
もしかすると、Lv999は、心の強さだったのかもしれないな。
そう、心が強く鳴る。
未来の誰かが、“この顔で世界救ったんだ”って笑う日が来る。──それこそが伝える意味だろ?
最後までお読みいただきありがとうございました!
世界最強の勇者にして、顔が完全にマンボウのモラモラ先輩、いかがでしたか?
本人は真剣なのに、“顔だけでギャグ漫画を成立させる男”。
ちなみに作者、最初は「マンボウって何だっけ?」から調べました。
→結論:だいたい死ぬ。でも尊い。
もし少しでも笑えたり、モラモラ先輩にときめいたら、
評価・感想・スナップポーズのいずれかをぜひ!
二角(作者)はエレガント正座でお待ちしております!