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暇すぎてドM化した悪魔は召喚士に呼ばれたい

作者: 田鰻

 俺はいきなり呼び出された。


 拒否するのは容易い。だが俺は、遂にこの日が来たかと嬉々として召喚に応じる。

 召喚士に仕えて馬車馬のようにこき使われるというのは、長年抱いてきた俺の夢だった。

 なにせ俺ときたら強すぎて逆にやる事がない上に、七つの国を滅ぼしただの魔王にすら匹敵するだのといった、謂れのない悪評が人間社会で広まりすぎて誰も召喚しようなどと考えてくれない。

 国を滅ぼしたのは全部別の奴ですと弁明しようにも、出ていったのが俺だと知られた時点で悲鳴をあげて逃げられるだけだろう。


 だからこれはとんでもなく貴重な千載一遇の好機だ、絶対に逃がすな。

 そんな事を考えながら全身を再構成すると、目の前には一人の女が片手を掲げて立っていた。

 ……が、どうも足元がおかしい。ちらりと見ると、なんと召喚陣がめちゃくちゃだった。

 辛うじて合っているのは名前だけで、俺のような最上級の存在を呼び出すには何もかもが欠けている。

 決まり事にうるさい種族ならこの時点で殺されてもおかしくない。というかこれで召喚できるのは低級の中でも呑気な連中ぐらいだ。

 なにやら辿々しく決まり文句を唱えている女に、とりあえず俺は言った。


「なにゆえ我を喚んだか、人間よ」


 俺が口を開くと、女に緊張が走る。

 そりゃあそうだろう。どんな存在であれ、召喚に応じたからには一通りの詠唱が終わるまで動けないのが鉄則だ。

 だが俺ほどになるとそんな常識は通用しない。要は学校で習った内容が全部この瞬間に覆されたって事になる。そりゃあ焦る。

 挙句に「ええっと……」などと、召喚士が召喚中に絶対言っちゃまずい言葉を口にし始めたので、慌ててフォローに回った。


「人間、我を使役せんと望むか」


 よし、ここで「そうだ」と答えてくれれば契約完了。

 晴れて俺は召喚獣の仲間入り。どうしようもない人間の言いなりになって道具扱いされる日々を送れるというわけ。


 俺がこんな希望を抱いているのも、上位存在というのは基本的にヒマだからだ。

 それも今日で終わるとなると、考えるだけでゾクゾクしてくる。

 ちっぽけな人間から酷い扱いをされる事で受ける屈辱は、俺に当分の間たいそうな刺激を与えてくれるだろう。

 頼むから最悪の性格であってくれよ。なにせこんな出来損ないの魔法陣で俺を召喚しようとする身の程知らずだから、その点は大いに期待できる。黙ってアタシに従ってりゃいいのよとか言いながら蔑んだ目で見てほしい。


「な、なんじの名はテルクス、か?」


 ん?


 思わずそう口に出しそうになった。テルクスって誰?俺の名は――。

 ここで俺に衝撃が走る。この女がしている盛大な勘違い、というか間違いに気付いたからだ。

 俺は直接知らないが、たぶん低級の中に名前の綴りが俺と似ている奴がいたらしい。

 道理で召喚陣がボコボコなはずである。どうやらこの女は、そいつを召喚しようとして俺の名前を書いてしまったのだろう。

 いくら召喚陣の描き方は普通に文字を書くのと違うとはいっても、これは……。


 急速に萎んでいく期待を、俺はどうにかこうにか奮い立たせる。

 なにせこの機会を逃したら次がいつになるか分からないのだ。頑張れ俺。諦めるな俺。

 どうにかしてここからカスみたいな性格の女に踏み躙られる方向へ持っていくんだ俺。


「我が名はデルフィース」


 俺が名を告げると、女は一気に青ざめた。

 もっとも俺が現れた時点で薄々おかしいとは思っていただろうが。

 俺の姿形は、どんな種族であれ低級のそれとは程遠いから。

 とにかく召喚相手を間違えるなんてのは、やっちゃいけないミスの中でも特大級のやらかしな訳で……。


「さて、いかにする人間よ。貴様の愚かな過ちの為に、我は呼び出された」

「そ、その……間違えてしまいました……お帰り頂く事はできますか?」


 いや待って。それ困る。本当に。


「――ほう、貴様の都合で一方的に召喚しておきながら、次には帰れ、と?」


 いや本当は一方的でも何でもなく拒否できたんだけどね。

 そんな事を心の中で思いながら、俺は召喚陣の中央で軽く片腕を振った。

 たとえ召喚陣が完璧だったとしても俺の力を止めるのは無理だ、なんの障害にもなりゃしない。


「きゃ!?」


 響く轟音に、女が身を縮めた。

 俺の放った力は一瞬で完膚なきまでに室内を破壊し、瓦礫の山へと変貌させていた。

 もうもうと巻き上がる埃の中で、唯一無事だったのは俺と女の立っている床だけ。

 その気になれば建物ごと倒壊させるくらい簡単だが、ま、力を示すにはこの程度で十分だろう。


「どうだ? いま詫びて召喚を取り下げれば命までは奪わぬぞ?」


 ……………………。


 違う違う違う!!今度は俺が間違えた!!この子もう詫びてるし取り下げてる!!

 昔こういう駆け引きに憧れてた時期の弊害が今こんな所で!!


「だが――人間よ、この力を己が手に収めたいとは思わぬか?」


 そうそう、これこれ。

 正直このくらいは俺じゃなくてそこらの中級でも可能なんだが、そこは俺が優秀だからですよと言い張っておかないと。

 圧倒的な力の誘惑を前にして要りませんと言える人間は少ないはずだ。そうあってほしい。そうあってくださいマジで。

 そして力に溺れ、己の矮小さも弁えず無茶な命令を次々と発してくるような御主人様へと成長を遂げてほしい。


「そ……」

「む?」

「その力が……あれば。あなたの力があれば、お母さんの病気を治してあげられますか?」


 ああやめて。いい子じゃん。

 こんなんどうあっても「お前は召喚獣なのよ! 私の道具なのよ!」とかヒステリックに怒鳴ってくる訳ないじゃん。

 俺の夢が、期待がガラガラと音を立てて崩れていく。ほんのちょっと前までのゾクゾクを返してほしい。

 ああ、ああ、どうして俺を召喚したのが根っからのクズじゃなかったんだ。


「わたし……自分に召喚士の才能がないのは分かってるんです。

勉強もできないし、危険な職業だからやめなさいって周りにも止められたし……。

でも、召喚士になれたらたくさんお金が稼げるから、そのお金で王都のお医者さんにお母さんを診てもらえるんです。そう思ってわたしなりに頑張って、やっと初めての召喚試験まで辿り着けて……」


 なんか身の上話が始まった。

 これを聞かされている俺はどうすればいいんだよ。一緒にしんみりすればいいのか。


 普段ロクに会話してないから話の繋ぎ方がよく分からないまま、さてどうしたもんだろうと俺は考えた。

 断るか?でも断ったら二度と呼ばれないかもしれない。呼ばれるとしても次が何年後、何十年後になるかも分からない。

 ひとまず俺はもう一度腕を振る。破壊され尽くしていた室内が瞬時に元通りに復元される様子に、女が目を丸くした。


「金を稼ぐまでもない。病を治すなど、我にとっては児戯に等しい」

「じゃあ――!」

「だがそれは同時に、貴様が目にした破壊の力を従えるという事でもある。その覚悟は出来ているか、人間よ」

「……怖くないって言ったら嘘になります。でもわたし、どうしてもわたしを育ててくれた大好きなお母さんを助けたいんです!

それが叶うのなら、わたしはどうなったっていいです! だから……どうか協力してくださいっ!」


 自己犠牲精神やめて。あと協力もやめて。対等みたいだから。俺が望んでるのってそういうのじゃないから。

 急速に遠ざかっていく憧れの虐待の日々。泣けるものなら泣きたい気持ちになりながら、よかろう、と俺は答えていた。

 落胆は隠せない。でも何もしないよりはマシかもしれない。

 ひょっとしたら途中で気が変わって、暴虐で傲慢な主人になってくれるかもしれないし――。

 やたらとキラキラした目を向けてくる女を見ていると、どうも望み薄っぽいが。

 憎むぞ善性。や、俺が悪魔だからってのとは微妙に関係なくな。



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