誘拐されたけど従者が強すぎて即救出されました
魔法を使うには、宝石が必要だ──誰もがそう信じていた。
けれど、それはまだ「決められて」いるだけにすぎないと、アマネは思っている。
◇
それは、学院への入学が正式に決まり、制服の採寸や生活用品の準備のために、王都を訪れていたときのことだった。
「……ああ、これ、ちょっと高いな。もう少し安いところ、あるかも」
路地の入口で袋の紐を持ち直しながら、アマネは人通りの多い通りを振り返った。学院の準備費は家から支給されていたが、それでも予算は限られている。学生用の文具や生活雑貨は意外と高く、慎重に店を選ぶ必要があった。
だが、その一瞬の気の緩みが、隙を生んだ。
背後から、ふっと風が抜け──次の瞬間には、視界がぐらりと揺れた。
◇
薄暗い倉庫の中、アマネは目を覚ました。
手足は縛られていない。ただ、鉄格子の向こうに大人の男たちが数人、声をひそめて何かを話し合っている。口元を布で覆い、目だけがぎらついている。
(……誘拐、か)
冷静な思考が、体の芯から立ち上がってくる。 相手の目的は、金──それ以外にない。アマネは辺境貴族の出だが、入学の時期ならある程度の金品を持っていると見込んだのだろう。
(あまり、こういうのは慣れてない)
そう思った瞬間、前世の記憶がよぎった。 日本。静かで、整った治安の世界。通学路に危険など存在せず、誘拐事件はテレビの中の出来事だった。
あの頃の自分は、世界が常に整っていると思っていた。けれど、ここは違う。ここでは、強さと魔法と地位がすべての価値を決める。
「……まあ、いいさ。どうせ、もうすぐ来る」
そう呟いたときだった。
倉庫の扉が、弾け飛んだ。
火花と共に木片が散り、薄明かりの中から姿を現したのは──銀の髪に黒い外套を翻す、少年だった。
「アマネ様!」
「遅いよ、シオン。ちょっと寝ちゃった」
冗談めかして言うと、シオンは一瞬だけ目を見開いた。 その感情は、驚きか、安堵か、それとも怒りか。だが、それを読み取る暇もないほどの速度で、彼は動いた。
踏み込み。 剣閃。
風と同じ速さで、一本目の剣が誘拐犯の肩をかすめ、次の瞬間には足元に展開された魔法陣が爆ぜた。細やかな火の魔法。剣と魔法の連携。それはもはや技術ではなく、研ぎ澄まされた本能の動きだった。
「や、やめろッ……子ども相手に──!」
「私にとっては、“主を傷つける者”であれば、それが誰でも関係ありません」
淡々と放たれた言葉とともに、二人目の男が床に倒れる。 非殺傷性の術式が込められていたのか、致命傷は避けられていた。だが、それを理解できる者など、今の場にいない。
残る男たちは、腰を抜かして逃げ出した。
その間に、鉄格子が焼き切られ、アマネのもとにシオンが膝をついた。
「ご無事ですか」
「うん。シオン、かっこよかったよ」
と、アマネがにやりと笑って言うと、シオンは目を伏せ──そして、唐突に。
「ッ、申し訳ありませんでした……っ!」
彼には珍しく、声が震えていた。
胸元を握り、苦しげに俯く姿。 その肩は、小刻みに震えていた。
「……間に合わなかったらと思うと……私の不覚……私の……」
「いやいや、そんな泣きそうな顔で来られても困るんだけど」
冗談めかしたアマネの言葉に、ようやくシオンは静かに息を吐いた。
「……取り乱しました」
「ほんとだよ。びっくりした」
しばらくの沈黙。 だが、その空気は穏やかだった。
◇
事件の後、屋敷に戻る馬車の中で──
アマネは、ふと懐から小さな金属片を取り出した。
「……これ、拾ったんだ。誘拐される前、足元に落ちてた」
それは、黒ずんだ小さな金属片。 いびつで、傷だらけで、価値などまるでなさそうなもの。
だが、アマネはそれを、まるで宝物のように手のひらで転がしていた。
「……なんだか、少しだけ、声がした気がしたんだよね。気のせいかもしれないけど」
シオンはその様子をじっと見つめ、問いかけはしなかった。 ただ、静かに頷く。
この主は、時に“普通”を超えた何かを感じ取る。 それが魔力なのか、精霊なのか──今はまだ分からない。
だがきっと、この出会いもまた、「導かれていた」のだろう。
そして、金属片は後に、アマネにとって特別な意味を持つ存在へと変わっていく。
──これは、「宝石がなきゃ魔法は使えない」って、誰もが信じていた時代に。 その常識の“外側”から、世界を見ようとした少年の、最初の物語である。
連載作 「宝石がなきゃ魔法は使えない」って誰が決めたの?の前日譚です。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
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驚きや応援、時には鋭いツッコミなども、全部ありがたく読ませていただきます。
これからもゆっくり、でも確かに、物語を紡いでいきますので……
よければ、また遊びに来てくださいね。
外部SNSなどについては準備中です。(2025/04/01)