6.向こうの世界
空は暗いです。星が見えています。夜空の感じは元いた場所と同じですけれど、それ以外は全く違っていました。
足元に魔法陣が描かれています。石畳に石灰でではなく、土に木の枝で描いたものです。夜なのに地面が見えるのは、星あかりのせいだけではありません。
周りに背の高いランプがいくつも立っています。大都市では通りに沿って街灯があるものです。それなのでしょうけれど、妙です。ランプの中に炎のゆらめきが見えません。一定の光がずっと出続けています。どんな仕組みなんでしょう。
広場にある構造物を見ます。鉄製と思われる棒を格子状に組み立ててるものや、鉄の棒から二本の鎖で木の板がぶら下がっているものなどがあります。用途がわかりません。格子状のものは上に登りやすい設計になっているので、見張り台でしょうか。にしては背が低いですけれど。
あ、ベンチがありました。これは使い方がわかります。
ユーリくんに支えられながら近づき、座らせてもらって周りを見ます。街灯はいくつもありました。広場の外に家がたくさんあって、遠くにはそれの大きいのが見えます。何階建てなんでしょうか。窓から漏れる光が何層もあって……七階建てですか? そんな高い建物、お城くらいしか見たことないですよ。
「ユーリくん。ここは」
「うん。僕たちが、いた世界とは、違う」
「ですね。もしかすると」
その時、広場の近くをブウンという音と共になにかが通り過ぎました。暗い夜の中で、それの前方が光り輝いていました。
コータさんから聞いたことがあります。彼の世界では馬を移動手段として使うことはほとんど無くて、燃える油で動く鉄の箱を乗り回すものだと。
もしかしたら、今のがそれなのかもしれません。
つまり、ここは。
「コータさんのいた世界?」
「かも、しれない」
ユーリくんはいつもの無表情ですが、微かに動揺しているのがわかります。
コータさんはここから向こうの世界に行きました。今度は逆に、わたしたちがこちらに来たのです。
「どどどどどうしましょう!? どうやって向こうに帰れば」
「フィアナ、落ち着いて」
「はひっ! でも」
「コータが、向こうに来たなら、僕たちも行ける方法があるはず」
「確かに! なんとか方法を――」
突然、空に閃光が走りました。稲妻のような強い光が一瞬だけ。真っ直ぐな光でした。
直後に、何かが降ってきました。咄嗟にユーリくんがわたしに抱きつき庇ってくれました。
広場の真ん中、わたしたちの目の前に大きな何かがドシンと音を立てて落ちてきました。
ドラゴンでした。
こっちの世界にもいるのでしょうか!?
ドラゴンは片方の翼が根本から吹っ飛ばされていて、飛行能力を失ったようです。落下で体を強く打ち、それも重篤なダメージとなって死にかけです。
でもまだ生きています。むしろ追い詰められたからか、生きるのに必死な様子が伝わってきて、その場で大きな咆哮を上げました。
さらに広場に何か来ました。
「よし! レールガンで片方の翼をぶっ飛ばせた! これであいつも死にかけだ! トドメを刺すぞ!」
「うん! 早く終わらせてラフィオモフモフしようね!」
「それは別に嬉しくないけど!」
「ジャングルジムの上に乗って! そこから攻撃する!」
白い獣と、それに乗った小さな女の子が、鉄棒を組み合わせた構造物の上に乗りました。あれ、そんな名前だったのですか。見張り台じゃないんですね。
その姿は一瞬だけ、わたしたちとそっくりに見えました。白い獣がユーリくんっぽくて。でもユーリくんは隣で彼らを見ているので、別人です。
よく見たら白い獣はユーリくんよりも小さいです。あれに三人は乗れません。せいぜいふたりです。
乗っている女の子も、わたしと全然違います。なんか青い派手な格好をしています。
とにかくジャングルジムに乗った彼らはドラゴンに次々に矢を射掛けます。狙いは正確でしっかり当たっていますが、硬い鱗に阻まれてあまりダメージは与えられていません。
それでもドラゴンは煩わしく思うようで、敵なのもあって首をそちらに動かして炎を吐きました。
「ラフィオ避けて! ブランコの方に!」
「わかった!」
白い獣がラフィオさんですか。ブランコなる構造物の上に跳び移り、炎で焼かれるジャングルジムを見つめています。
ドラゴンに相変わらずダメージはありません。
「柔らかい所を狙ってください! お腹とか! 口とか!」
彼女たちは敵ではないのでしょう。だから声をかけました。ラフィオさんがこちらを見て驚いた顔をします。
そしてドラゴンもこっちを見ました。
あ。まずいです。
「逃げよう。乗って」
ユーリくんがローブを脱いでこちらに渡しながら言いました。すぐに受け取り、狼化したユーリくんの背中に転がるようにしがみつきます。巨大な狼が駆け出し、ジャングルジムの上に乗りました。さっきまで座っていたベンチが炎で焼かれます。
「も、も……」
なんでしょう。青い女の子がこっちを見て、目を輝かせています。
「モフモフだー! ねえラフィオ見てすごいよ! モフモフだよ! 大きな狼さん! ねえあなたなんて名前なの喋れるモフモフさせて! ラフィオあの子に近づいてモフモフさせてもらおう!」
「おいこら落ち着け! 今の見ただろ! 人間が狼に変わったぞ! ありえない!」
「ラフィオだって似たようなものじゃん!」
「まあそうだけど」
「きっとラフィオのお友達だよ仲良くしないと! ほらお友達だから近づいて挨拶しないとモフモフしないとモフモフー!」
「だから落ち着けー! おっと!」
ラフィオさんは自分に向けられる炎を巧みに避けています。そしてこっちには近づきません。