5.魔法陣の向こう
まだ若い男の子です。わたしより年上ですが、リゼさんよりは年下です。そんな彼にニワトリが嘴を刺すべく襲いかかります。
「あっ。やべっ」
「俺が助ける! みんなは魔法陣をなんとかしてくれ!」
カイさんが降りて駆け出します。自分に向かってきたニワトリを剣で一閃して殺し、足元を這う蛇の首を踏みつけて潰しました。蛇に首があるのかという疑問はありますが、頭の下がそうなんでしょう。実際動かなくなりましたし。
男の人に襲いかかるニワトリを蹴飛ばし、首を切り落としています。まだまだ怪物はいますが、そっちはカイさんに任せて良さそうです。
「ガウッ!」
「そうですね! リゼさんどうすればいいですか!?」
「いつも思ってたけど、フィアナちゃんなんで狼状態のユーリくんと話せるの? わたし言ってる意味全然わかんないんだけど」
「余計なこと言わないでください! お尻叩きますよ!」
「ひえー!?」
「おいリゼ! この魔法陣止めるにはどうすればいい!? 消せばいいのか!?」
魔法陣の中心から、今も次々にニワトリが飛び出ています。コータさんはそれをぶっ飛ばすのに忙しい様子です。
なお悪いことに、さっきのドラゴンと同じ腕が魔法陣から出るのが見えました。またドラゴンを相手にするのは御免です!
「待って! 下手に魔法陣に手を加えると暴走しちゃうかも! 大量の怪物が出てくるかもしれないから気をつけて! ええっと! あっち!」
巨大な魔法陣の一角を指差すリゼさん。中心付近になにやら術式が描かれています。ドラゴンが今まさに出てこようとしている、そこです。
ちょうど大きな羽が出てきました。
「いや待て! あれに近づくのか!? 心の準備が」
「コータさんさっきは自分から近づけって言いましたよね?」
「テンション上がってたから! 一体だけだと思ったから! てかやっぱりでかいコウモリの羽怖ぇ!」
特大ファイヤーボールがドラゴンの翼に炸裂。黒焦げにしました。魔法陣の下でドラゴンが痛みに悶たのか、翼と腕が激しく動いています。
その間にユーリくんが近くに到着。リゼさんは降りました。
わたしはといえば、まだ痛む足でユーリくんの体を挟むことができず、弓を背負って両手で彼の毛を握りました。
「何これ読みにくい! なんかごちゃごちゃしてる! 描いた人下手くそだね! ……テラン世界とゲートを通じさせる……テラン世界ってどこ? こんな怪物がいる場所なの?」
リゼさんが魔法陣に顔を近づけて術式を読み取っています。なんだかんだ、魔法についてわたしたちで一番詳しいです。
「現地の言葉でモフシと呼ばれる都市と繋げて、物をやり取りをしようとした」
「モフシ……模布市か!?」
「コータさん知ってるんですか!? この怪物の故郷を!?」
「俺の知ってる模布市にはこんなのいないけどな! せいぜいシャチホコくらいだ!」
知らない怪物の名前が出てきました。コータさんの故郷はどんな場所だったのでしょう。
ドラゴンを見ると、翼を焼かれた怒りをぶつけるために、両腕を魔法陣から出してこちらの世界に這い出ようとています。
「うわあ! 来るな来るな! リゼ早くなんとかしてくれ!」
「うん! もうちょっとで解読できる! わかったここだ! ここを消せば!」
コータさんがドラゴンの頭上で爆発を何度も起こしている中で、リゼさんが術式の一部を手で擦って消します。魔法陣自体は石灰で描かれているらしく、簡単に消せました。
爆風に飛ばされないようユーリくんの上で姿勢を低くしていたわたしの前で、魔法陣の光がだんだん弱まっていきます。ドラゴンも何かに引き戻されるように、地面の中に吸い込まれていきました。
とりあえず解決でしょうか。
もちろん、既にこちらに来ていた怪物たちはそのままで。
「気をつけろ! そっちに何体か言った!」
カイさんの声。見れば確かに、ニワトリが何体も近づいてきます。
わたしは咄嗟に身を起こし、背負った弓と矢を手にして。
「あ……」
足を痛めていたことを思い出しました。押さえてくれるリゼさんかカイさんもいません。ユーリくんの上でバランスを崩したわたしは、光を失いつつある魔法陣の中心へ落ちていって。
「フィアナちゃん!?」
立ち上がったリゼさんが手を伸ばしましたが、間に合いません。ユーリくんが動いてわたしの服を噛んで止めようとしました。その拍子に、彼の頭に乗っていたコータさんが飛んでいきます。
そしてわたしとユーリくんは魔法陣の真ん中に触れました。
石畳にぶつかる感触はなく、どこまでも落ちていく感覚。
伸ばした手が、モフモフの体を掴みました。周囲は真っ暗。恋人の毛並みの感触だけが、自分の感覚が存在している証拠でした。
ふたり、抱きしめ合いながらずっと落ちていって。
「……え?」
気がつけば、わたしたちは地面に座っていました。
広場の石畳ではなく、土の地面です。
ここはどこでしょうか。さっきまでの広場とは雰囲気が異なります。ここも、一応は広場というべき場所なんだと思います。円形ではなく四角。そしてなんでしょうか。見たことのない構造物がいくつか置いてあります。
立ち上がろうとして。
「痛っ」
まだ少し足が痛みます。バランスを崩したわたしを、少年の姿に戻ったユーリくんが支えてくれました。
「フィアナ、無事?」
「はい。……わたしたち、魔法陣で別の場所に飛ばされたのでしょうか」
「たぶん」
羽織っていたローブを脱いで、裸のユーリくんに渡します。そして体重を預けながら周りを見ます。