42.空間の裂け目
「ラフィオ行くよ! モフモフになって!」
「わかってる! そっちも来てくれ!」
ラフィオは穴の向こうの異世界に呼びかけた。遠いけれど、向こうでフィアナが手を振ったのが見えた。ユーリも服を脱いで狼に変わっていた。
空を飛ぶプテラノドンをハンターが何体か射抜きながら、大型の獣になったラフィオに乗る。二人揃って魔法陣へと飛び込む。
陽の光と潮風が心地よい臨海公園から、真っ暗闇へと周囲が切り替わる。相変わらず、怪物たちが跋扈する恐ろしい空間だ。
ニワトリたちが今も双方の世界に次々に向かっている。プテラノドンもだ。
そして。
「ラフィオあれ!」
「あれがバギャウヴァか!」
六本の足。鱗に覆われた体。間違いない。
それが模布市方向へとゆっくり近づいている。そうか、こっちから出てくるのか。
五条院の居場所を把握して向かってるのかもしれないな。
目が合った。なるほど意志が流れ込んでくる。
食い尽くしたい。見たことない生き物の味を知りたい。食事しか、あの世界に楽しみは無いから。
世界の生態系の頂点であるバギャウヴァであっても、退屈ってするものなんだなあ。
その視線が、獣であるラフィオと人間であるハンターに向いていた。食いたいと思っているのが伝わった。
食わせる気はないよ。ハンターも同じらしく、バギャウヴァに向けて矢を放つ。顔を覆う硬い鱗に阻まれて刺さらない。
「僕たちで倒すのは無理だろうね。よし。逃げよう」
「うん!」
両足でラフィオの胴をしっかり挟んだまま、ハンターは周囲の怪物たちに狙いを切り替える。プテラノドンみたいな、小型の飛行型を主に狙う。外の魔法少女たちでも対処ができないし、公園を囲む警察の規制線も空から容易く越えられるから。
バギャウヴァはこちらに狙いを定めて噛み付こうとした。しかしこの空間では体がうまく動かず、素早さ自体もラフィオの方が上だから回避は簡単だ。
この空間に普通の重力は存在せず、フワフワ浮遊している。どちらかの世界になんとなく引っ張られる力くらいだ。
バギャウヴァの巨体はそんな中でジタバタと動いている。強そうだが無様だな。
鋭い牙が生えた大きな口を避けて、顔の上に立つ。鱗だらけの顔だけでも、ラフィオの全身とそう大きさは変わらない。
その気になれば人間一人を一口で丸呑みできそうな大きさ。足に感じる鱗の硬さも並大抵ではない。
これは倒すのに苦労しそうだ。まあ、今考えることじゃない。バギャウヴァの体の上を駆けて、いまだにニワトリたちを吐き出している裂け目へ近づく。
「ラフィオさん! ハンター!」
フィアナの声が聞こえた。狼化したユーリに乗って、ハンターと同じく弓で周りの敵を狙っている。
そうやって出来た怪物の死体を足場にして蹴って、ユーリが接近してきた。
ちょうど近くに裂け目がある。
ラフィオは少年の姿に戻って、ポケットに入れていた魔法の石を取り出しながら、片手でユーリの背中を掴んで乗る。ハンターも同じだ。
「わーい! 狼さんモフモフ!」
「遊んでないで、周りの敵を殺せ」
「ええー! もっとユーリモフモフしたい!」
「ハンター、頑張りましょう!」
「うー!」
不満そうだけど、ハンターはフィアナと同じように周囲の敵に狙いをつける。
視界の端に、バギャウヴァが魔法陣を通って模布市に出現したのが見えた。向こうでも戦いになってることだろう。
もちろん、怪物たちはフィアナたちの世界にも次々に出てきている。向こうも大混乱だろうな。
じゃあ、僕の仕事をやろう。
裂け目からはまだ多くの怪物が出ようとしていた。その向こうに広がるのは、人の手が入っていない鬱蒼とした森の景色。
ラフィオはそこに魔法の石を向けた。昨夜完成させたものではない。あれは今、ロジャーに預けている。これは以前キアラと決着をつけるために作った、エデルード世界とを繋ぐための石だ。
この中の魔力を使わせてもらおう。
魔法で作られた糸が作られて、裂け目を縫うように両側をくっつけていく。
「おおー」
「魔法ってこんなことも出来るんですか!」
「僕も初めてやったけどね! ほら、糸を切ろうとしてる奴がいる!」
「わかった任せて!」
糸に爪を立てようとするニワトリの喉を、ハンターの矢が貫いた。
こちらに襲いかかろうとする怪物もいるけど、それも弓使い少女たちが片付けていく。ユーリもまた、接近を許した敵に噛みつき息の根を止めていた。
作業中、敵から攻撃を受ける心配はなさそうだ。
それはいいんだけど。
「うわっ!? とっ! わあっ!? ユーリ、あんまり動かないでくれ!」
「ガウッ」
「無理だって言ってます」
「でも作業がやりにくい!」
ユーリ自身も怪物を積極的に攻撃しているし、周囲に浮かぶ足場を蹴って動き続けている。そうでなければ裂け目から離れてしまうし、ずっと近くに留まる努力をしてくれてるのは理解できる。
でも動かれると、ラフィオとしてはやりにくい。裂け目を閉じる作業には繊細さが求められるんだ。
「というか! なんでふたりは普通にしてられるんだ!」
座ってるユーリが動き回っているのに、フィアナもハンターも平然と矢を射て当てている。
「簡単ですよ! ユーリくんの動きに合わせて狙いを調整するんです!」
「動きと同時にかい?」
「はい! 一瞬で対応します! ユーリくんの考えてることはわかるので、できます!」
「僕には無理だ……」
「わたしもラフィオに同じことして、走り回るラフィオの上で矢を当ててたよー」
「なんで君たちはそんなことができるんだ!? というかハンターは、今も出来てるのは理屈に合わないだろ!」
「モフモフのことだからわかるの!」
ああ。こいつならモフモフの動きを先読みするくらい簡単に出来るだろうさ。そこに理屈はない。愛の力だとか堂々と言い切るだろう。




