34.聖装戦姫の戦いの裏で
「知っているのか? 彼女は今、どこにいる?」
『一緒に戦った妖精と、街を見守っているそうですけど、姿は消しました。今どこにいるのか、わかりません』
「そうか。でも会ったんだな?」
『はい。街の魔力の中心で』
「ちょ、ちょっと待って。つむぎ、そしてラフィオ。その話を詳しく教えて」
というわけで、かつて聖装戦姫と呼ばれていた戦うヒロインの話が、スマホから聞こえました。
異世界からの侵略と、その影響で模布市で魔法が使えるようになったこと。そして戦いに巻き込まれた人の記憶は消されて、被害は災害のせいだと人々は認識しているということ。
美里さんは戦いで大きな傷を受けて、けれどそれを後悔はしていないということも。
「そうか……」
「あなたは美里さんの、なんなの?」
「近所の知り合いだ。数歳しか歳が違わないから、小さい頃からよく遊んでいた。幼馴染と言うべきか。とはいえ、成長するに従って疎遠になったが」
少しでも年齢差があれば、その後の付き合いは薄くなるそうです。学校というものは同い年の人と仲良くなれるシステムだから、その分年上や年下とは関わらなくなります。
わたしの故郷の村だとありえないことですね。
「とはいえ知り合いではあったし、よく挨拶もした。そしてあの時……俺が高校生だった頃だ。街で怪物が暴れて、美里は慣れた様子で変身した。魔法少女。いや、聖装戦姫なのか。ところで俺は、怪物に指示を出している魔法使いのような男の攻撃に巻き込まれてしまった」
その戦いは侵略ですから、指揮をする人もいるのでしょう。それが魔法使いです。
「気がつけば俺は、違う世界にいた。魔法で移動させられたんだと思う。……恐ろしい世界だった。人はいない。怪物が暴れまわるだけの世界だ。ドラゴンやプテラノドンや……二足歩行の翼の無いニワトリのような怪物が闊歩していた」
それが、わたしたちが戦った相手なのでしょう。
「恐ろしい怪物を相手に、俺は隠れて逃げ回ることしか出来なかった。けれど、あいつらも結局は雑魚でしかなかった。あの世界の生態系の頂点は別にいた。奴だ」
酒場で言っていた"奴"のことでしょう。
「俺は奴に見つかり、崖に追い詰められた。その瞬間に目が合った。言葉さえ通じかけた」
「言葉が? 知性のない怪物じゃないの?」
「ああ。知性なんかない。だが感情が、不明瞭ながら言葉のように伝わったんだ。どういう理屈かは知らない。食らった魔法のせいかもな。奴の名前もわかったよ。バギャウヴァだ」
名前というより、獣の咆哮のような響きに聞こえました。怪物しかいない、言語のない世界の名前なんて、そんなものなのでしょう。
「奴は俺を食おうとした。見たことがない食料だと考えていた。味への興味が尽きないと」
「美食家なのか? 怪物なりに」
「そうなんだと思う。自分よりも強い者がいない世界で、奴は思いのままだ。食いたい物は何でも食える。飽き飽きしていた所に、知らない生き物が来た。興味をかきたてられた」
「あなたも食べられるところだったのね。でも、生きている」
「奴が大口を開けて噛みつく寸前に、俺は元の世界に戻れた。たぶん、俺に魔法をかけた男を、美里が倒したんだろう。だから魔法が解けた」
『なるほど。そういう種類の魔法もあるかもしれないね』
「気がつけば俺は、家の近くの道路に倒れていた。周りには数台の壊れた車と、同じように倒れたご近所さんたち。美里が……普通の見慣れた格好に戻った彼女が大丈夫かと訊いてきた。交通事故があって、俺はその巻き添えになったと言っていた。変身していたことには言及しなかった。周りも、そんな話をしていた。俺も話を合わせるしかなかった」
美里さんは周りの人から戦いの記憶を消していたそうです。だから、そういうことになったのでしょう。
五条院の記憶がそのままなのは、魔法を受けたからでしょうか。
「何も覚えていないフリをした俺を、美里は信じて安心した顔になった。けど、俺は全部覚えている。あの恐ろしい経験も……この世界に戻されると同時に、バギャウヴァが何を思っていたのかも」
「どんなこと?」
「絶対にお前を食べてやる。どれだけ掛かっても、どこに行こうと追いかける。臭いも、お前が受けた魔力も覚えた。そんな内容のことを奴は考えていた」
しばらく、みんな沈黙しました。
これが二十年前にあったこと。それ以来、彼はその恐怖に支配され続けていました。美里さんの戦いは終わっても、彼の恐怖は終わりませんでした。ずっと、頭の中にバギャウヴァの姿が残っていたのです。
「奴も魔法が使えるのだろう。少なくともドラゴンのように火は吐ける。ドラゴン以上の火力だ。そして、異世界にいる俺に干渉はできなくても、存在を感知することは出来るらしい。……二十年の間ずっと、視線を感じていた。バギャウヴァのだ」
「あなたは、怯え続けていたの?」
「そうだ。けど、いつか俺を食いに来る悪魔を、ただ待つつもりはなかった。その日から俺はゲーム作りの勉強をした。絵の勉強も。プログラミングも。物語の作り方も。全ては、あの怪物たちが出てくるゲームを作るため」
「五条院さんのゲームには、あの怪物がいつも出てくるんですか?」
「いや、全部じゃない。最初は怪物とは無関係なゲームしか作れなかった。作っても世に出せるとは限らなかったから。だから、クリエイターとして実績を作るのに専念した」
名もない者でも、自分が好きな通りのゲームを作ることは出来ます。でも、誰も遊んではくれない。それじゃ意味がないんですよね。




