25.目覚め
いつもは賑やかなこの家だけど、本来の住民がいなければ静かなものだ。
樋口は、未だに寝息を立てている少女に、起こさないように気をつけながら体を改めた。
荷物や、スカートのポケットを調べる。財布にスマホに、生徒手帳。通っている学校と氏名をすぐに知れた。
スマホはバッテリーが空らしい。充電しておいてあげよう。
桐原香花。中学三年生。もうすぐ卒業するはずだ。東京の中学校に通っているのか。
すぐに、古巣の警視庁の公安課に連絡をした。この子について何か情報は無いかと。
間を置かずに、いくつかの情報が帰ってきた。昨夜は両親が不在だったが、今朝になって帰宅して娘の姿が家にないことに気づいて通報があったらしい。
同時に、充電が始まったスマホに大量の着信があったことがわかった。なんなら今もかかってきている。母親からだ。
出れば、夫婦の心配は解決される。けれど彼女は事件の参考人だ。もう少し手元に置いておきたい。
それから、もうひとつ気になる情報があった。彼女の兄が一年半前、謎の失踪を遂げていると。不審な点が多く、自主的な家出とも誘拐とも言い切れず、あえて言うなら神隠しと言うべき状況だったらしい。
「馬鹿馬鹿しい、とは言い切れないのよね。案外、世の中に不思議なことはあるのだから」
こんなのを相手にしなきゃいけない、これからの時代の公安は大変だな。
今度は樋口のスマホに着信があった。
遥からだった。
ラフィオとつむぎが魔法陣の中に消えたとのこと。
悠馬からも、不審な魔法陣の出現の知らせが来た。
「ややこしくなってきたわね。香花さん、あなた何をしたのかしら……」
とりあえず、全員家に戻るよう指示をした。
「んぅ……ここは……?」
「あ。起きた」
「ひっ!?」
目覚めてこちらを見た香花が小さく悲鳴をあげる。人の顔を見てなんて、失礼ね。そんな怖い顔してたかしら。
「驚かせたわね。でも安心して。敵じゃないわ」
「でも」
「あなたに起こったこと、教えてほしいの。大丈夫、悪いようにはしないわ」
「……」
怖がっているのは、樋口に大してじゃない。この状況への恐怖だ。
だから樋口は笑みを見せた。
「あなたひとりで、夜の街を彷徨ってたのよね? 怪物を解き放ってしまって、被害が出ないか不安で仕方ない中で。怖かったわよね? でも大丈夫。魔法少女がちゃんと解決してくれるし、この街はこれくらいのトラブルには慣れてるから。だから、心配しないで。あなたのことはちゃんと助ける」
「あ……」
優しい言葉をかけられるとは思わなかったのか、香花の表情が変わった。
泣くのを堪えているようで、でもそんなの我慢できるわけもなくて。
いつしか泣き出した彼女の背中を撫でて慰めた。こんな役割、本当なら似合わないのだけど。
少ししたら落ち着いた彼女のお腹から、ぐうと音が鳴った。
悠馬たちに、食事を買ってもらうよう連絡しないと。
――――
変身を解いて義足で百貨店を歩いた遥さんが、車椅子を持って戻ってきました。車椅子を預かっていた人がいたらしく、返してもらったということです。その間、わたしたちは隠れていました。
ユーリくんは裸だし、狼化してると目立ちますもんね。ラフィオさんの知名度もあって、戦っている間はギリギリ受け入れられていても、平時だとそうもいきません。巨大な狼が街に出現したら大騒ぎになるそうです。
まあ、仕方ないですよね。実のところ、元の世界でもユーリくんほどのサイズの狼は珍しいです。街で狼化したら、向こうでも騒ぎですよ。
わたしが車椅子を取りに行けば良いのですけど、そうしたら迷子になりかねません。この世界の土地勘が無いので。道に迷えば元に戻れません。案内表示なる物があっても、わたしたち読めないので。
人に道を聞こうものなら、子供だけなので迷子の外国人と思われてしまうでしょう。そして警察という樋口さんの仲間の所に連れられて、住所と電話番号を聞かれます。そんなもの無いのに。
とても面倒なことになると遥さんが言っていたので、義足の彼女を見送るしか出来ませんでした。今は、ビルの裏の人が来ない所に隠れて帰りを待っています。
ユーリくんは裸で座っています。
「寒いですか?」
「平気」
「そうですか。……あの。つむぎさんたちは無事でしょうか」
「……」
さっきは無事を確信して、戦いを続けました。あのふたりが、わたしたちの世界に行ったことは確信があります。
それはいいんです。でも、ふたりに迷惑をかけてしまったのが申し訳ないです。
どうせ、リゼさんが慌てて何かしたのが原因でしょうから。
「ふたりは、知らない世界で心細く思っていないでしょうか」
「……」
ユーリくんがわたしを見ながら、肩を寄り添わせました。
「フィアナは、僕と一緒で、この世界が不安?」
「それは、いいえ。ユーリくんと一緒なら、どんな世界でも怖くありません」
そうですよね。そういうことですよね。
「つむぎさんもラフィオさんも、お互いを信頼していますもんね! ふたりなら、何も怖いことなんかないですよね! 向こうにはコータさんもカイさんもいます! だからきっと安心です!」
「うん」
わたしの言葉が多くなるにつれて、ユーリくんは静かになります。一言だけ返事をして、そのままわたしを抱き寄せました。
ああ。幸せってこういうことなんですね。
やがて遥さんが戻ってきて、ユーリくんは服を着れました。向こうでも進展があったらしく、家に戻ることになりました。
「あ、途中で買い物しなきゃいけないんだよね。ご飯作るから。なんか欲しいものある?」
「えっと。よくわかりません。果物とか好きです」
「そっかー。じゃあ買おう。ユーリくんは?」
「肉」
「狼っぽい! よし。買おう買おう! ステーキとかもいいかもねー。ラフィオがいないから、キッチンの支配者はわたしなのです!」
遥さんも不安で仕方ないでしょうけれど、頑張って元気を出していました。




