12.桐原香花
「ロジャーは向こうからこっちに、人を召喚するためにこれを描いたの?」
「召喚って言うのかな。ゲートを作って通り抜けてもらう感覚だけど」
「彼女って?」
「偶然、向こうの世界と声だけのやりとりが出来る方法を見つけたんだ。会話に応じてくれたのが彼女で、どうしてもこっちの世界に行きたいって言うから。僕としても、使い魔ではない異世界の人間を連れてくる魔法を作って試したくなった。他の誰もやっていないことだ。父上にも認めて貰えると思って……」
異世界に行きたがる女か。
「何者なんだ?」
現実に絶望して、異世界なら良い思いが出来るかもと考える夢見がちな女かな。異世界には異世界の苦労があるし、危険に巻き込まれることもあって、楽ではないのだけど。
「行方不明になった兄を探しに行くと、コノカは言ってたよ」
「……は?」
コノカ? 兄が行方不明?
「その子のフルネームは?」
「キリハラコノカだ」
「そいつは模布市の人間なのか?」
「いいや。向こうの世界で魔法が使いやすいのがモフシなだけで、彼女はトーキョーという街に住んでいると言っていた」
ぬいぐるみの脳裏に浮かぶ、セーラー服姿。みんなから愛されている少女。
「おい! お前香花をこっちに連れてこようとしたのか!?」
気がつくとコータはリゼの頭からロジャーの胸ぐらへと飛びかかっていた。ぬいぐるみの手で胸ぐらを掴んで引っ張る。
「なんでそんなことを!?」
「コータ待って! 落ち着いて! どうしたの!?」
「コノカって誰だ!?」
リゼとカイがコータの体を掴んで引き剥がす。ぬいぐるみの力では抵抗できなかった。
「……桐原香花。あっちの世界に残してきた、俺の妹だよ。向こうの世界の俺は行方不明者で、妹は俺をずっと探してたんだ」
――――
何が起こったの? 向こうに行けるんじゃなかったの?
激しく困惑しながら、桐原香花は模布市の住宅街を必死に逃げ回った。
公園の地面にロジャーの指示通りに魔法陣を描けば、何もしてないのに光りだした。やっぱり魔法はあるんだと喜びながら、中に飛び込んだ。
魔法陣の内側は真っ暗闇で、少し怖くて。必死に兄のことを考えて耐えた。ぶっきらぼうだけど優しいお兄ちゃん。不器用な妹の世話をよく焼いてくれたお兄ちゃん。頼りになって強くて。それで。
不意に、駅で見かけた広告を思い出した。
ちょっと兄に似ている男の子が対峙する、大量のモンスターたち。
その瞬間、目の前が強く光った。光の向こうから、大量のモンスターが現れて、こちらへ向かって落ちてきた。よく見れば半分ほどは、向こう側に落ちていた気がするけれど、どういう意味か考えてる余裕はなかった。
とにかく、こっちに向かってくる怪物の一体に香花は押し戻されてしまった。押し潰されなかったのは幸運としか言いようがないが、ロジャーに会うことはできないまま、元の公園に戻ってしまう。
街灯に照らされた公園に、いろんなモンスターが出現した。奴らは突然のことに驚いた様子を見せたけど、すぐにあちこちに散らばっていった。翼の生えたドラゴンは空を飛んだ。
香花もまた、恐ろしい怪物から逃げ出した。何なのかロジャーに聞こうとしたけど、電話が通じない。彼の身にも何かあったのか、心配で仕方なかった。
怪物たちは街中に逃げ出し、大きな騒ぎになった。けど幸いにも、甚大な被害は出ていないらしい。
誰かの家の塀に背中を預けて座り、スマホでニュースを確認。魔法少女たちが怪物を素早く倒して、死者はゼロ。怪我人はいるけど、重傷者もいないらしい。市民たちの迅速な対処が功を奏したと書いている。
良かった。自分のせいで大変なことになったら耐えられない。魔法少女ってやっぱりすごいな。
ぐぅ。安心したら、途端に空腹を感じた。新幹線に乗る前に、早めの夕飯としてチェーン店のハンバーガーは食べたけど、その後走り回ったからな。
あのハンバーガーとポテトとお茶が、しばらく離れるこの世界で食べる最後の食事だと思ってたのに。香花はまだここにいる。模布駅や、ここの近くのショッピングセンターのフードコートに行けば、同じハンバーガーが食べられるだろう。
財布の中には、まだお金はある。コンビニの明かりが目についた。
でもどうしよう。中学生のお小遣い程度しか入っていない。今夜の宿も無いし、着替えもない。ロジャーの世界に行って、そこでお世話してもらいながら兄を探すつもりだったから。
どうしよう。わたし、どうすればいいんだろう。
スマホの充電も切れかけている。両親はまだ、香花がいないことに気づかない。帰りの新幹線代も無い。行き場もない。
とにかく腹ごしらえだとコンビニに行けば、店員が不審そうな目を向けてきた。こんな時間に制服姿の女の子がひとりでいるのは、たしかに怪しい。
店員が声をかけようとしたから、香花は何も買えないまま逃げ出してしまった。
どうしよう。何もできない。ロジャーに助けを求めようとスマホを見れば、ちょうど充電が切れたところだった。
星空を見ながら、香花は途方に暮れた。




