壁の花と熊の剥製
クリスマスの朝、とある教会で結婚式が粛々と執り行われた。
辺りを華やかに彩る赤と黄色のポインセチアとは相反する、強張った表情の花嫁――エマ。
没落しかけた家を救うため、歳上の辺境伯に嫁ぐことになったエマ。陽光のような金色の髪を綺麗に纏めて花嫁衣装に身を包み、バージンロードを辺境伯家の執事とゆっくりと歩む。二〇歳になったばかりで、大人とも子どもとも言い難い艷やかさがあった。
主祭壇の前に到着したエマは辺境伯ランドンの横に立つ。
平均的な身長のエマに対し、ランドンは一九〇センチとかなり大柄で熊のような風貌をしていた。そのせいで、王都の夜会に出席するとご令嬢たちからは敬遠されていた。
三〇半ばのランドンがエマを受け入れ、彼女の実家を援助するのは、王都で手広く商売をしていた伯爵家の娘で、縁付くには魅力的な地位だった。というのが表向きの理由。
周囲を彩るポインセチアは、そういう季節だからだろうと誰もが思っていた。
ランドンは、エマに右手を差し出した。まるで愛しい人を妻に迎えられた喜びを抑えきれない、というかのように破顔して。
――――本当は違うのに。
エマはあの日のことをふと思い出した。
王城の夜会でエマとランドンは一度だけ話したことがあった。
可愛らしくわがままな妹ばかりが優遇されていた。自己主張が苦手なエマは、家族で招待された夜会ではいつも留守番を言い渡されていた。
唯一参加できたのはデビュタントボール。
初めての華やかな場所で億劫になり、壁の花になるエマ。
華やかさに慣れず、壁で熊の剥製のようになっていたランドン。
二人の目が合った。
「…………や、やあ」
「こんばんは」
交わしたのは、ただそれだけ。直後に父親と妹に他人と話して恥を晒すなと罵られ会場を後にした。
妹は、エマが辺境伯のような田舎の野蛮な男を、体を使い誘っていたと、周囲に言いふらしていた。辺境伯の地位が自分たちよりも遥かに高いなど、知りもしないで。
あの噂はきっと辺境伯にも届いていただろう、とエマは思う。実家で冷遇され続けていたエマの心は疲弊していた。辺境でも都合のいいように使われるのだろうと。
「き……君が来てくれる日を夢見ていた」
夢に見るほどに、あの噂で恥をかかせ、恨まれているのだろうと。
「ここに彼らはいない。どうか、笑って欲しい。あの日のように……」
「あの日、ですか?」
「デビュタントボールで…………その……俺に微笑んでくれたのが……忘れられなくて」
ランドンが恥ずかしそうに顔を染めた。まるで周囲に飾ってあるポインセチアのように。
エマは驚いてしまった。もしかして、恨まれていないのか、と。
「我が家は貴方に恥をかかせました」
「ん? 嬉しかったが?」
「え?」
ランドンは、エマに一目惚れしていた。そして流れた噂に心躍らせていた。初めて女性に好かれたと。
ランドンの危うさにエマは酷く心配になった。この人は自分の立場を分かっているのだろうか、スレていなさすぎる、純粋すぎると。
「君の幸せを祈っていたんだ。そうできるのが俺なら嬉しいのだが……」
それは、黄色いポインセチアの花言葉。
花開くよう笑ったエマの空色の瞳から、透明な雫が流れ落ちた。
── fin ──
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