それは楽園でした
星林大学は関東の私立大学ではトップクラスの総合大学だ。一般入試の前期日程は2月1日。迅と陽菜が住む新潟市からでは日帰り受験は難しいので、二人とも前日からホテルに泊まることにしていた。
「迅、ホテル予約した?」
「いや、まだだけど」
この間ファーム行きを告白して1週間経ち、迅と陽菜の間は少しだけぎこちなくなった。それでも、二人きりで勉強する習慣は変わっておらず、今日も朝から図書館で二人肩を並べて勉強していた。
「ホテルさ、ウチのお母さんが同じところ2部屋まとめて取ろうかって」
勉強を始めて1時間ほど経った頃、陽菜が提案をした。
「ああ、それは有難いけど、色々聞いておかないといけないことあるな」
「え?」
「まず、そんなに高いところはウチが無理」
「あ、それはウチもそうだけど。たぶん安めのところにしても1泊1万くらいだと思うって言ってたよ」
「1人1万かぁ。やっぱ都心って高いなぁ。帰ったら、親に確認しておく」
「他には?」
「ええと、一応、オレ、男子なんですが。陽菜の親的に同じホテルに泊まるのは大丈夫なのでしょうか?」
「ふふ。そりゃあ、大丈夫なのではないですか?迅クンは信頼を勝ち得ているのですから!」
「信頼・・・・・・?陽菜の親の信頼を勝ち得てんの?オレが?なんで?」
「なんでって・・・・・・、それを私に聞いたらダメでしょ・・・・・・」
二人の関係性を敏感に感じ取る自分と、あまりに考えていない迅との差に、陽菜は少し呆れていた。
「??・・・・・・よくわからん」
「わからなくていいよ。もう。それより、ホテルの予約はウチの親に任せちゃっていいのね?」
「ああ。一応、今日帰ってウチの親に聞いてみるけど、たぶん大丈夫だと思う」
「オッケー」
この間の深刻な話が嘘のように、陽菜の態度は軽やかだ。もしかして、ファーム行きは無くなったのではないか、と錯覚してしまいそうになる。迅は、今がチャンスと、この間の告白からずっと気になっていたことを陽菜に聞くことにした。
「陽菜、ファームって、その、いろんな男と、その・・・・・・、ヤルわけだろ?」
言いにくそうに、迅は質問した。
「そう・・・・・・だね。」
さすがに高かったテンションも抑制され、陽菜もぎこちなく答える。
「その・・・・・・イ、イヤじゃないのか?毎日、知らない男と、SEXするわけだろ?」
「うーん・・・・・・。と言っても、キモいオッサンとするわけじゃないんだよ?男の方は女性よりももっと厳しい選抜を勝ち抜かないと入れないから・・・・・・。IQテスト、運動神経のテスト、容姿のテスト、それから・・・SEXのテスト。他にもあるけど、それらを全部クリアしないと入れないんだ」
「いい男ってことか・・・・・・」
「うん。迅だって、たとえば、3組の吉川桜ちゃん、ちょー可愛いよね。あの娘とエッチできるって言ったら、したくないの?」
「・・・・・・したい。」
陽菜の手前、「オマエ以外とはしたくない」と答えようとも思ったが、それは自分の気持ちに嘘をつき過ぎだった。ここで自分が嘘をついたら、陽菜の正直な気持ちは引き出せない。迅は、そう感じたのであった。
「他には、1組の滝瀬りかちゃんとか、2組だったら椎名琴葉ちゃんとか」
「・・・・・・したい。てか、なんで・・・・・・」
迅は戦慄を覚えていた。密かに、各クラスの自分が一番可愛いと思う娘を全て言い当てられていたのだから。
「あ、何で迅の可愛いと思う娘を当てたか?そりゃあ、迅の好みはわかるからだけど、それだけじゃなくてさ」
迅は、あの天真爛漫な笑顔をする陽菜の裏側を初めて知って呆然としている。
「クラスに本当に可愛い娘なんて、2〜3人しかいないじゃない。その中で、迅はギャル系と運動系より、清楚系と文化系が好きだから、そうなると各クラスに1人いるかどうかってこと。あ、ちなみに5組は私だよね!」
「・・・・・・オレ、自分の好みなんて、陽菜に言ったことあったっけ?」
「いやいやいや、視線でわかるから!吉川さんのことなんて、いつも視線で追ってるじゃん!もしかして無意識!?」
まるで、誰でも分かることのように、陽菜は迅の癖を言い当てる。
「マジか・・・・・・」
迅と吉川桜は1年生の時、委員会が一緒で少し話す間柄だった。その頃から、ちょっと気になっており、陽菜がいたから恋心までは持たなかったが、本当のことを言うと「容姿だけで言ったら、陽菜よりタイプ」だったのだ。
「まあ、いいんだけど!私が言いたいのは、迅が可愛いと思ってる娘たちと、毎日エッチできるとしたら、あなたは嫌に思うの?ってこと。」
「思いません。すみません。それは楽園でした」
「まあ、そうだよね。ただ、ファームの場合は、自分とエッチしない日は、その娘は別の男とエッチしてるってこと」
「う、そうか・・・・・・。それは結構嫌かも・・・・・・」
「女子もそれは嫌。というか、女子の方がもっと嫌に感じるかもね。やっぱり、独り占めしたいからさ」
そう言って陽菜は、自分の行動を振り返る。吉川に向ける迅の視線に気付いてからは、かなり必死に、そして自然に、迅の隣のポジションをキープし続けた。休み時間も放課後も何かにつけて迅のそばにいて、良き友人、良き相談相手、良き理解者であり続けた。そうやって、何とか「迅に向ける吉川の視線」を防いでいたのだ。
「でもさ・・・・・・」
陽菜は続ける。
「たとえば、別の男っていうと嫌に感じるけど、それが碓井壮太君だったら?」
碓井壮太は迅と陽菜と同じ5組で、クラスの中心人物だ。迅とも仲が良く、いわゆる好青年である。陽菜が迅を独占してる分、フリーの壮太は女子人気を一手に受けていた。
「壮太?壮太かぁ。アイツすげーイイ奴だからなぁ」
「吉川さんが、昨日は碓井くんとシてきてたとしたら?」
考え込む迅。
「・・・・・・イヤっちゃイヤだけど、変な気持ち悪いヤツとシてるよりはずっとマシ。まあ、お互い様だと思うし」
「そうそう。それって、たぶん迅が碓井くんのこと一目置いてるっていうか、尊敬してるからだと思うんだよね」
「あー、なるほど。壮太なら仕方ないって思うもんな」
「ファームも、だから選抜が厳しいんだよ。碓井君みたいな男性を揃えるために」
「そうか。壮太みたいなヤツばっかなら、男同士の嫉妬は減るし、女は嬉しいもんな」
陽菜はファームの実情を知らない。今、迅に語っている内容も、ファーム側が外に出している情報を、自分たちの身の回りに置き換えているだけである。本当にいい男といい女だけが集まるのか、その中で嫉妬はないのか。特定の人を好きになってしまったらどうなるのか。考えれば考えるだけ疑問が生まれ、その分、不安も感じている。しかし、それを迅に相談するわけにはいかない。あくまで迅には、快く送り出してほしいのだ。
「ちょっとはわかったでしょ?そりゃあ、気持ち悪い男性とエッチするのはイヤだけど、なんか、そこまで条件整えられてたら、一緒にスポーツする感覚なのかなって思うんだよね」
「スポーツ!?そりゃ随分さわやかだなぁ」
そう言って、迅は納得する。毎日テニスの練習相手が変わる感じか、と想像できてしまったのだ。
「わかった。陽菜が幸せなら、それでいいよ」
「うん・・・。勉強しようか」
また静かに机に向かう二人。お互いにモヤモヤは消えてはいないが、今は目の前の問題を解くことが、現実逃避の手段であった。