テストと先生
テストの内容はとても簡単で、小学校を卒業できる程度の内容までしか出されなかった。まあそれでも6歳に出す内容としてはかなり高度なものだが。
「驚きました。本当に全て習得されておられる。文章の読み書きや、特に四則計算に至っては大人顔負けです。私でもあれほど早く正確には計算できません。マナーに関しては多少不安な点はございましたが、基礎はしっかり出来ていますし、同年代の子供と比べれば十分すぎるほどです。お約束通り授業の内容はユーリエル殿下に見合ったレベルにいたしましょう」
どうやら合格はもらえたらしい。
「お眼鏡に適ったようで安心しました。ですが、芸術や音楽、ダンスなどといった分野はからきしですので、これから頑張っていきたいと思います」
「……それは、勉強に慣れた半年後からの予定でしたが、それも今のうちから始められますか?」
「ええ、先生がご迷惑でないのでしたら、是非ともやらせて下さい。読書は1日何時間もしていますから、勉強には慣れているつもりです」
音楽やダンスなどは幼いうちにどれだけ触れたかによってその後の上達が大きく変わってくる。できることなら、なるべく早く始めた方がいいだろう
「分かりました。では明日から音楽などの実技も始めましょう」
「ありがとうございます。それと、王子だからといって気を遣う必要はありませんので。何か未熟な点があったら遠慮なく仰ってください」
「ありがとうございます。では、一つよろしいでしょうか」
「はい」
「言葉遣いが丁寧すぎます。貴方は王子なのですから、自分より身分の高い方……公の場で国王陛下や王妃様に対する時はそれで結構ですが、私たちのような者をたてる言葉を使う必要はございません。挨拶に関しても少し礼が深すぎます。軽く腰を折る程度で結構です」
そうだった。これでも一応第二王子なんだから、あまり謙っちゃまずいか。
オルクス先生は先生なんだから個人的には今までの態度でも良いと思うんだけど、あんまり丁寧すぎると”オルクス先生を使えば第二王子を操れる”なんて考える輩が出てくるかもしれないし、しょうがないか。
”仰って”とか、”いただく”とかの謙譲語はあまり使わないようにしよう。
「……なるほど。そこまで考えが及びませんでした。指摘してくれたこと、感謝します。こんな感じで良いですか?オルクス先生」
「ええ。殿下は少し言葉遣いが女性寄りなようですが、不自然ではないので良いでしょう。私もそうですが、あえてそう言った言葉遣いをすることで温厚な印象をつける男性もいますので」
女性寄りと聞いたところでちょっとギクッとしたが、変じゃないのなら良かった。
「なら私はこのままの言葉遣いの方が良いですね。温厚そうな……野心のなさそうな人物に見えれば、余計な面倒も少しは減りそうですし」
そう言って、オルクス先生へにこりと笑いかける。可愛く、あどけなく、6歳の男の子がするような純粋そうな笑顔で。
今世の私はさすが王族というべきか。恐ろしいほど顔立ちが整っているので、きっと天使のように見えているだろう。
王子の家庭教師なので、野心がなく、おかしなことを吹き込みそうにない人物がかなり慎重に選ばれているはずだ。父と宰相が選んだ人物なので信用はしてるが、今日見せた私の優秀さと有用性に変なことを考えないとも限らない。
王太子は兄の第一王子だが、私は王位継承権第二位。兄を殺すなり何なりなんらかの方法で引き摺り下ろせば、次の王は私になる。もちろん私は王様なんて面倒な役割を継ぐ気なんて更々ないので、何としてでも兄には王太子というポジションを死守してもらいたい。幸い兄は性格も能力も申し分ないので、何事もなければいずれ王になるだろう。
だがその”何事”があるのが貴族社会なのだ。
私を邪魔に思って消そうとしてくる奴はまだいい。”王子”という権力があるから変に手は出してこないだろうし、毒殺や暗殺の危険だけ気をつけていればいい。そういうのは対処のしようがある。
問題は私を派閥争いの旗頭にしようとしてくる奴だ。絶対に一定数そういうやつはいるだろう。策謀飛び交う貴族社会を生き抜いてきた狸ジジイどもに知らず知らずのうちに旗頭にされていた、なんてことがないように気を付けなければいけない。
そして、オルクス先生がそういう人じゃないとは限らない。
接してみた限りではとてもそんなことをする人には見えなかったが、今日会ったばかりなのだ。決めつけるにはまだ早いだろう。
だから、釘を刺しておいたのだ。「子供だからって思い通りに操れると思うなよ?」という意味を込めて。
オルクス先生は私が言った言葉の意味がちゃんとわかっているだろう。その証拠に目を見開いて驚いている。まさか6歳の子供がそんなことを言うとは思わなかったのだろう。
「……え、えぇ。そうですね。私もその方が良いかと思います」
「オルクス先生もそう思ってくれますか? 良かった。では、明日からもよろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
オルクス先生はそう言って深くお辞儀をした後、帰っていった。
明日からの授業が楽しみだ。
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