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3つの嘘で返り咲く  作者: 水皐 鏡
22/22

22. 緊迫の初演技

 皇都の伯爵邸にしては立派な、青い屋根の屋敷を月影から覗いている外套の男がいる。彼は時計の長い針が38を指すとともに門の前に現れた。そして棘のある声で言った。


「アドゥール伯爵はいるか?」


「ご用件は」


 右の門番は会釈もせずに毅然として対応した。


「《《大臣》》の使いだ。確認を取りに来た。」


 ジェイドは苛立ちを含んだ低い声をぶつけた。


「確認をしてまいります」


 門番は互いに目を合わせると一人が屋敷内へ向かった。


「お待たせ致しました!ご案内します」


 走って戻った門番が急ぎ門を開いた。


「結構だ。…不愉快だな」


「失礼致しました…!」


 ジェイドは門番の一礼を無視して突き進んだ。



 屋敷内に客を出迎える使用人はいなかった。出くわした数人のメイドが頭を下げているだけだった。

 ジェイドは真っ直ぐ中央階段の左の通路に進んだ。突き当りの右側に隠れるように階段があった。


(左奥の階段から上がる…)


 出た廊下には等間隔に同じ扉の部屋があった。ジェイドは慎重に三番目の扉の前に立ち、手の甲を向けた。ドアを叩く直前で手を止めて、代わりにぶっきらぼうにノブを捻った。


ガチャッ——


 中にアドゥールの姿はなく、メイドが壁際に並んでいるだけだった。


「伯爵はまだか!」


 ジェイドは苛立った声を上げ、質の良い外套をメイドに放った。ソファーにもたれ込むと、葉巻の臭いを覆い隠す香水の悪臭が広がった。


「申しわけございません。立て込んでおりまして。今しばらくお待ち下さい」


 メイドの一人が開きっぱなしのドアから主人を呼びに行き、あとの二人がワインとチョコレートを提供した。


 アドゥールが来ないままおよそ20分が経ち、秒針を刻む時計の音がメイドたちの不安を増幅させた。その時、重厚なノックの音が聞こえた。

 入ってきたメイドは万年筆を差出し、客人のものではないかと尋ねた。ジェイドは一瞬戸惑いはしたものの、すぐに奪うように受け取った。そしてため息をついて言った。


「これ以上は待てない。どうせ確認をしに来ただけだ、帰らせてもらう。」


 勢いのままにドアを開けた。慌ててメイドは深くお辞儀をした。

 その中の一人が頭を下げたままジェイドの前に出た。


「お帰りをご案内致します」


「結構だ。それよりも首を切られたくないのなら、この無礼な対応について口にしないことだな」


 ジェイドは強引にメイドを退かせた。メイドたちが慌てているのを聞いて、彼は屋敷を出た。


 ジェイドは屋敷の塀の死角に入ったところで胸ポケットの万年筆を取り出した。蓋を取るとそこにペン先はなく、紙片だけが入っていた。彼がそれを確認していたとき、突如腕が引かれた。彼と似たような外套を被ったその少女にすぐに道の真ん中に誘導された。月明かりが降りかかると、フードの中から少女の見覚えのあるくっきりとした目と、外套の下に上質なドレスがはみ出しているのが見えた。


「お兄様!ヤケイを見に連れて行ってくれるって本当?」


 少女は天真爛漫に聞いた。


「ああ、そうだな」


 ジェイドは間髪入れずに返答した。

 平民が増え、人通りの多くなったころ、二人は声を小さくして本題を話し始めた。


「まさか君とはな」


「驚いたわりには良い演技でしたよ。ところで中継者っていうのはあれですか?」


 仕草に似合わない大人びた口調をしたその少女には見覚えがあった。前にヴァイオレットの頼みでジェイドが貧民地区から連れ出した少年、ブルーの仲間で、‘ビー’と呼ばれていたあの少女だ。


「ああ。持ち手の青い荷車を引いている50代後半の庭師の男だ」


 ビーは目を凝らして前方をよく観察した。


「ここでは無理そうです。二人目を狙いたいので追い上げないとですね」


「分かった。この辺りの土地勘はあるか?」


 ビーは自信に満ちた意気込んだ表情をして言う。


「ちゃんと予習しておきましたよ!」


「さすがだ」


 ジェイドは誇るように微笑した。その言葉はビー以上に、ヴァイオレットに向けられたものだった。


「あの荷車で通れる道は限られている。あの橋から左に曲がれば、連絡地点は最短でハニーサックル広場だろう」


「分かりました。…距離を保ってくださいね」


 ビーは深呼吸で準備を整えた後、はしゃぐように走り出した。


「お兄様!ねえ今の見た!?」


「走ると危ないぞビビアン!」


 ジェイドも余裕を見せる楽な走りで追いかけた。

 しかしビーは横道に入った途端、スピードを上げ障害物を軽々とかわし、ドレスを着ているとは思えないとんでもない勢いで壁の間をすり抜けていった。それは幅が狭いからとはいえ、騎士の大会で優勝したジェイドが追い付くのに精一杯になるほどだの速さだ。

 急にビーが止まったかと思えば、その物陰に同じ年頃の目つきの鋭い少女が隠れていた。この少女もあの時ジェイドが見た仲間の一人、シエロだ。ビーは何やら指示を出すとすぐにまた風に乗り始めた。

 大勢の入り混じるが聞こえてくると、二人は足を遅めて外套や衣服の裾をはたいた。そして呼吸を整えて手を繋ぎ、薄暗い横道から人の行き交う広場に出た。


「危ないと言っただろう」


「ごめんなさい、でも楽しかったわ!」


 二人は街灯下のベンチに並んで座った。ビーはどこに持っていたのか小さな飴玉の袋を抱えている。


「距離を保てるような速さではないじゃないか」


「とっても強い騎士だと聞いたのであれくらい余裕だろうって思ったんですけど」


「君以外も皆《《ああ》》なのか?」


「ある程度はそうですね、でもここまでできるのは私くらいです。7人の中で一番の俊足なので」


「なるほど。そこらの諜報員より君達の方が優秀なんじゃないか?」


「そーでもないですよ。私たちの中でまともに戦えるのはシエロくらいだし」


 ビーは琥珀色の飴玉を一つ口に入れた。


「…今、何歳だ?」


 ジェイドは心なしか目を見開いている。


「私ですか?10歳ですよ?」


「いや‘シエロ’という子供の年齢だ」


「あの子は私とあんまり変わらなくて、9歳?ですけど。何かあるんですか?」


「いや、驚いているだけだ。気にしないでくれ」


「そーですか。…あっていうか、ビビアンって誰の名前ですか?知り合いにいるならまずいんじゃ」


即興アドリブだ。君の名前が‘ビー’だと聞いていたからな」


「えっ‘ビビアン’って顔に見えます?」


「似合っているとは思うが」


 ビーは何となく照れくさいのを誤魔化すために飴を舐めた。その様子に自分の表情がいつもより少しだけ穏やかになっていることに、ジェイドは気付いていない。

 彼女が飴玉を3つ食べ終えたころに、手押し車の中継者は現れた。


「到着だ」


「連絡場所はここで合ってたみたいですね」


 二人は少し遠回りをして手押し車のそばへ移動した。

 すぐに平民の格好の女が中継者の男に話しかけた。


「お別れですね」


「ああ。頼んだ」


 ジェイドは偽造した紙を手の内から渡した。


「お兄様?今シエロがいましたの、ご挨拶してもよろしくて?」


「あまり離れるんじゃないぞ」


「分かっていますわ!」


 再び横道に入ったビーは待機していたシエロに紙を渡した。

 シエロは不注意な子供らしくとび出して、ちょうど連絡を引き継いだばかりの女にぶつかった。シエロは膝をついて転び、女は尻もちをついた。


「ごめんなさい…!」


「…いえ、大丈夫?」


 女は優しくシエロの手を引っ張り起こした。


「うん…!ありがとう」


 シエロは顔にかかった短い髪をはらって言った。


「エリー!早くしないと閉まっちゃうよー!」


 広場から通りに繋がる所から少し大人っぽい緑目の女の子が声をかけた。小さな男の子が隣にくっついている。


「うんすぐ行くからー!」


 シエロはパタパタと走り出した。

 中継者の女は命令書をポケット深くに入れ込んでその場を去った。




 ヴァイオレットは一人、教会本部近くの物陰に潜んでいた。彼女はすでに教会番兵の制服を着て外套を羽織っている。

 雲がかかる月の高さを確かめて静かに懐中時計の蓋を開けた。


 0時、34分前。


 ヴァイオレットは時計をジャケットの内にしまった。

 突然、彼女は後方を警戒した。


 タッ…


 微かな足音の主が現れた。

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