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10. 模索の道中

「まだ足りない」


 陽光の届かないシンとした部屋の中、ヴァイオレットは苦悩していた。


 力も財産もない平民が、皇帝の息子や教会の聖女、帝国の名門貴族家に報いを与えようとしているのだから無理もない。せめて多くの情報を手に入れ画策したいところだが、今彼女が手を伸ばせる領域だけでは十分とは言えないのだ。

 情報屋と契約すれば格段に手に入るその量は増える。しかし“平凡な民”という無害のマントを脱ぎ捨てて、信用の置けない裏社会の帳簿に名前を刻むことはあまりにもリスクが大きすぎた。だから彼女は自分を()()()()()()()()仲間をスカウトして手を広げていたのだが、転換の鍵となるような“情報を手に入れる為に暗躍できる者”がいなかった。


「5年もかかって…ここまでなんて冗談じゃない」


カランカラン——


「あっヴァイオレットさん今日はもう終わっちゃうの?」


 出かける準備をしてドアの看板をひっくり返しているときに後ろから声をかけられた。


「あらデイジー、あなたこそ今日はお仕事ないの?」


「うん!だって大樹の日(デルメヘルテル)だもん、花屋はダメでしょ?それでやることもないしヴァイオレットさんのお店を手伝おうと思ってきたんだけど…それも無理みたいだね」


 彼女は残念そうに言った。彼女の表情は相変わらず一文字喋るごとに変わっていく。


「ふふっやっぱり可愛いわね、デイジー、お店は閉めてしまったから、別のことを頼んでも良いかしら?」


「っもちろん!何すればいい?」


「そうね、あなたって顔が広いじゃない?町中の人があなたのことを知っているし。だから口が堅かったり秘密を守れる人を知っていたら、紹介して欲しいのよ」


「それって…助手を探してるの?」

 

 デイジーはヴァイオレットが報復を目論んでいることを微塵も知らず、彼女は雑貨屋と併用して何でも屋のようなことをしているのだと思っているのだ。


「それだと探偵みたいだけれど、まぁそんなところね」


「やっぱり!でもうーんみんな普通のひとだしな…あっ!でもでもこの前来てくれたお客さんはそういうの行ける感じあったよ!ヴィオさんに似ててさ!たしか…薬草や山菜とかを売ってる人らしいんだけど」


「似てるってどういう意味かしら、顔が似ていたの?」


「ううん見た目はなんか黒猫!って感じだったし。そうじゃなくて似てたのは仕事だよ、たまに悩み相談とかも受けてるんだってさ。あそうだよ!その関係で国お偉いさんとも親交があるって言ってたから、ホントにぴったりかも!」


「なるほど?あなたがそこまで言うなら、一度会ってみたいわね。その人の名前や住んでいる場所を聞いていたりするかしら?」


「教えてくれたよ!名前はネラさん!家はえっと、ヒントは一応あるんだよ?『これは家の周りにもよくある花だ』って渡すときに言われたから。でもそれがどこかまでは分かんなくて」


「そのお花ってどういうもの?」


「んーリンドウとかコロンバインとかピレネーフロウとかだったかな」


「それってみんな草原に咲く花じゃなかったかしら?」


「そうなの!でもそこまでだよ。草原なんてすごく広いし、そのどこかなんて分からないでしょ?」


「そうでもないんじゃない?他の2つはともかく、ピレネーフロウが群生しているのは領地端の一箇所だけよ。まあ彼女が自分で植えた可能性を除けばね」


 デイジーの口が開きっぱなしだ。


「さすがヴァイオレットさん!でもなんか悔しいかも、私は花屋の娘なのに〜!」


「あなたはここに定住しているのだから、知っている方がびっくりよ!そんなことより、早く行きましょう。善は急げって言うじゃない?」


「私も行っていいの!?」


 デイジーは目を輝かせた。子供のように純粋な好奇心がその元気の源だ。


「あなたが見つけてくれたんだから、来てくれるなら心強いわ」


「いいよ!ついてく!それでそこへ行く馬車ってどこから出るの?」


 彼女はスキップして前を行く。ヴァイオレットはそんな様子を見守るように笑う。(はた)から見れば姉妹のように和ましい。


「残念ここに馬車は行かないわ、まあほとんどは歩きになるかしら」


「えええーーー!」


 活気あふれる町の中にデイジーの驚きの声がこだました。




 高い木々の下に、生い茂った草を踏み分けている音がする。


「ハアハアハアハァ‥‥ヴァイオレットさん、まだ着かないの?」


「頑張って!もう少しだから」


 二人はひたすら森の中を歩き続けている。付いていくのが精一杯な様子のデイジーとは対照的に、ヴァイオレットは息一つ上がっていなかった。


「もう少しって、さっきからずっと——」


「あっ、ほらあの家がそうじゃないかしら!」


 木々の向こうに草原が見えてきた。

 小さな花がまばらに咲いている。小さな丘の上には一人分にしては大きな家が建っていた。


 扉には見たこともない紋様が彫られ、家を飾る装飾はこの家の主が一般的な人物ではないことを物語っていた。


「…すごい家だね。なんていうか魔女のジビラが住んでそう。あっ良い魔女の方だよ?」


「ふふっ良い方ね。とにかく一度呼んでみましょう」


 二人がドア前の三段の階段を上っていくとそのたびに板の軋きしむ音がした。デイジーはその音を聞くたび緊張していった。


「ノック、するわね」


ゴンッゴンッ


 ノックの音が何もいない草原に響いた。デイジーはヴァイオレットの後ろに隠れながら扉が開くのを待った。


・・・・・・


 しかし、いくら待っても返事の一つすら聞こえなかった。


「…あれ?」


「困ったわね、外出中なのかしら?」


「そうですねー、今は山菜取りのシーズンなので‥‥」


「きゃああああああああ!」


 突然後ろに現れた第三者に驚いたデイジーは腰を抜かしてしまった。


「あっごめんなさい!そんなに驚くとは思っていなくて」


 女性はふわふわとした声のイメージ通り、小さな口を開きっぱなしで緩い笑顔をしている。潤った黒目は周囲の色を取り込みガラス玉のように愛らしく、不器用に纏められた黒髪は見た目にも柔らかく少し魅惑的だ。


「もしかしてあなたが“ネラ”さんでしょうか?」


「あっはい!私はネラと申しまぁす、どうぞよろしくー。私になにかご用ですか?」


「今日はその…相談に。ねぇデイジー?」  


「あ、うん?」


「それならぜひ中へ入ってください!」


 ネラは山菜が山盛りになった籠を持ったままドアを開け、すんなりと二人を招き入れた。

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