幕末最強の剣士
人斬りと呼ばれ、幾星霜
自分は、何のために人を斬り続けてきたのか。
なぜ生きているのか、よく分からなくなってきた。
「いたぞ〜!そっちだ!」
「一心さん、お願いします!」
今日も、幕府の依頼で維新志士達を斬りにきた。
逃げてくる維新志士達を、路地裏で待ち伏せる。
「くっ!ここにも居るのか!」
今回の標的は、桂か。
いくら維新志士達の大物であれ、いつも通りに斬り捨てるだけだ。
「桂さん、逃げてください。人斬りの相手は同じ人斬りの俺がします。」
暗闇から突然現れたのは、1人の剣士だった。
維新志士側の剣士だろうが、
幼く女の様な顔つきのわりに、とんでもない殺気と剣気を纏っている。
まるで、死を運ぶ死神だ。
「この俺が逃すと思うか。2人まとめて斬り捨てる。」
死神は不敵に笑い、自信満々な顔で、
「それは、どうかな。俺も腕には自信があるのでね。
いくら、幕府方の最強が相手だとしても、1人逃すぐらいは出来る。」
言ったと同時に、神速の抜刀術で俺に迫る。
これには驚いたが、自分も抜刀し相手の斬撃を避ける。
避けたことに、死神は驚いた顔を見せるが、すぐに追撃にかかる。
「さすが、最強の剣客!必殺の攻撃を避けるとは!桂さん行って下さい!」
桂が逃げ出したので、逃さぬよう攻撃しようとするが、死神の斬撃に阻まれる。
「一心さん、私の攻撃から逃れると思うのですか!今日が最強の剣士の命日だ!」
死神と斬り合っているうちに、桂は逃してしまった。
この死神とは、初めて会ったが、今迄出会ったどの剣士よりも強い。
小さい体格を生かした軽業師の様な曲芸じみた攻撃に、常人離れした神の如き速さ、
油断すれば、自分が負けるかもしれないと思ったのは、初めての経験であった。
だが、負ける訳にはいかない。
生きる意味も見出せない人生であるが、与えられた仕事は果たす。
それすらも、放棄してしまったら、本当に人生が無意味なものとなってしまう。
死神から距離をとり、必殺の一撃でこの勝負を終わりにする。
刀を鞘に戻し、神速を超える抜刀術で死神に迫る。
「終わりだ。」
刀を鞘に戻したと同時に、死神が倒れる。
「ぐっ!くそ!」
必殺の一撃だったが、死神は当たる瞬間に体を捻り致命傷になるのを防いだ様だ。
だが、死神の血はとまらず戦闘不能になった。
「一心さん!大丈夫ですか!」
新撰組が、援護に来た様だ。
「沖田君、すまない。桂は逃してしまった。ただ、維新志士側の人斬りは倒したよ。」
「ありがとうございます。この人斬りには手を焼かされていたんで、ありがたいです。」
死神は、起き上がれない様で、地に伏して呻き声を上げるだけだ。
「それでは、私はこれで失礼する。」
帰ろうとする私に、沖田君が慌てて声をかけ、
「一心さん、新撰組に入りませんか。
貴方が入隊してくれれば、新撰組としては非常に助かります。新撰組、隊長の待遇で迎えます。」
「私は、ただの人斬りだよ。
一応、幕府方に付き、お上から仕事を貰っているが新撰組の様な集まりに入るつもりはない。
今更、人と交友を持とうとも思わない。」
「そうですか。気が変わったらいつでも言って下さい。
近藤さんや土方さんも、待ってますよ。」
そう言うと沖田君は死神を捕縛し、仲間と共に去って行った。
「さて、帰るか。」
誰に言うでもなく、1人呟き自分の隠れ家に帰ろうする。
とっくに春だというのに、冷たい風が吹いていた。