華燭の遠吠え
「クリスマスの負け犬」(n3081f)のスピンオフです。
おそらく単体では読めないと思われます。
◇
本日晴天なり。やあやあ元カノの華燭の典へようこそ。
披露宴のさなかだけど、ちょっと聞いてくれるかな。
むかし、別の結婚式でさ、ちょっと毛色の違う黒猫を綺麗だと思って手を出そうとしたんだよね。
ああいうのを射干玉と呼ぶんだね。それほどまでに黒い髪と瞳となにより睫毛をしていたよ。まばたきがすごく印象的だったんだ。
だけどいざ手を取ってみれば、なんというか違うなってわかったんだ。
手ごろじゃない感じ。
満足させられない感じ。
あっ、勘違いしないでね、そこまでの仲じゃなかったからね。俺そんな無責任な男じゃないからね。うまくいかないかもと思ったらきれいなまま手を離してあげるのも甲斐性のうちさ。
ともかく手強かった。
まだのめり込む前だったんだよね。
クリスマスイブだったなあ。
目の前でなんか品質良さげな男が縋りついているのを見たんだ。うんそれが新郎だね。
もう犬みたいに足元に縋りついて泣いちゃっててさ、すごい光景だったよ。
彼女はちょっと困っていたようにも見えたけど、目が優しかった。ちゃんと男のコートの裾を持ってやってね、汚れないようにしていた。かなり日常茶飯事なんだろうなってすぐに分かったよ。
俺は思ったねー。
これはもう泣いてる目の前の崇拝者男のほうこそ報われてほしいってね。
実際我構わずのめり込むのはちょっとね、俺の流儀じゃないなあ。それに縋りついている新郎のほうがよほどこのひとには合っているように見えたよ。
これなんてラブコメなの?
こいつら最後は収まるとこに収まるんじゃね?
むしろだれかくっつけてやれよ。
ねっ、君たちもそう思うでしょ?
この高砂の二人を見てしまえば、なんかわかるでしょ。ほらあいつの目元見てよ、そのうちありゃ泣くね。彼女も心配してるなあ。幸せそうだね、ごちそうさまってやつだよ。
俺も泣いて見せればよかったと思う? ないよねー。
軽い調子が玉に瑕って俺のこと? そうそれだよね、その通り。君うまいこというなあ。これが毛色違いの女に手を伸ばしてもうまくいかないってやつさ。
だからお邪魔虫は退散して早く次へ行こうと思ったわけ。
あとは君たちも知ってのとおり、俺は彼女と知り合った結婚式の新婦側の二次会幹事にこうして連絡を取ったのさ。
あいつらだれかくっつけてやれよって、言ったの聞いたでしょ。
聞いてよ、俺あのとき別の娘ナンパしたよってあの娘に送ったの、優しくない? レストランの予約も必要としているやつを探してさ、絶対あいつら幸せになったね。俺方々でいい仕事したよ。
うん? ナンパしてないしてない、知ってるくせに。
あのときは女子会誘ってくれてありがとね。クリスマスにイケメンを囲むハーレムみたいになって、もう嫉妬が心地よくて楽しかったよ。
でもさ、あのときのボーリングはほんとすごかったよね。ちとせちゃんが男など滅せよで二六五点出しちゃうとかさ、神がかってたよね。あのあとちとせちゃんと腕組んで浮気者の元カレの前に現れたりしたの、あれも楽しかったよね。いいのいいの、俺もちとせちゃんからふわりといい匂いしたし、役得よ? かわいい娘はみんな笑顔で幸せにならなきゃね。
ボーリング場での会話から、当然ながら世話焼き心で優しい世界が広がったよね。ほんと、みんなありがとね。それが今日の結果につながったよね、俺たちよくやった! 友達思いのいい女たちに乾杯!
俺たちがみんなキューピッドなんだよって、世界中にいってやりたいよ。
それにしてもよく縋りきったもんだね。あっぱれだよ。俺はそんなふうになれないけど、崇拝者の粘り勝ちだったね。
晴れの日おめでとう。
末永くお幸せに。
◇
かくして彼はみんなのアイドルとなりました。
ちなみに、ちとせちゃんには本気でロックオンされました。
それぞれ、お楽しみいただけましたら幸いです。
メリークリスマス。
◇
『クリスマスの負け犬』・『華燭の遠吠え』
■ キャスト
――博戸裕翔 [ひろど ゆうと]
そこそこ成功した両親の下で生まれ、幼稚園から私立お受験お坊っちゃまコースを歩んできた。育ちが良くても悪態くらい使ってみたいお年頃だってあったから、まれに出る。
クリスマスの段階では社会人五年目。大学生になるにあたり、祖母から投資目的で持っていた郊外の一軒家をもらったが貸すこともなく、生涯未婚のまま仕えたじいじとばあやを連れて、そこにそのまま住んでいる。ゆえに通勤時間は長めだが、寝坊しない限りは元々運転手をしていたじいじに送られての通勤。クリスマスのときの女性を見つけて、はじめて定期券を買ってみた。イケメンというよりは品の良さがにじみ出る男性。イエベ系ワンコ系男子。ゆう。
ベタ惚れな女を泣きすがって落とした男だと、彼女の周りではまことしやかに語られている。本人はそれを人間観察と言っているが、好奇心旺盛に輝く瞳が好きだから、あながち泣いてすがったという話も的を得ているのではないかと思っていて、いざとなれば泣き落とそうと思っている。実はどんな手段だろうと欲しいものは最後には引き寄せるタイプなのだが、本人にはあまりその自覚はない。ただその気があれば時間をかけて元カノを自分の元に戻すこともできたのはわかっていたがそうしなかったあたり、運命とかいうアレだったのかもしれない。
――椎岡味佳 [しいおか みか]
公立受験を積み重ねてのいわゆる国立大卒。病院の受付秘書。働きながら、劇団の音響係もしていたりする。少子化のあおりを受け管弦楽部を廃部になっていたので、演劇部の音響をやっていたことに由来する。ブルーベース系のハッとするような雰囲気系黒髪美人。同時に実は柔道黒帯のネコ系女子。下町の学区ながらも汚い言葉は使わせてもらえない家で育ったので、質の良さそうな男から聞こえたありふれた悪態には、そうは見られないが大層驚いた。みい。
その後の話をするなら、幸いにもお互いに身分違いなるものは特に気にならない性格だったのでやがては結婚したものの、彼女自身はやりたいことはゼロから手探りして身につけるものだという方針の父親に育てられたため、子どもの習い事方針では揉めた。
夫曰く、ときおり妻のことを非効率的だとは思うものの、妻がいると世の中の広さを感じるそうである。
――名もなき元カノ。いわゆる Go-getter girl。
血統書に惹かれたのになんか違うとお乗り換え。ぐいっといくけど、ぐいっときてほしいタイプ。実際に裕翔とはあまり合わなかった様子。最後はちゃんと俺様系男子とつき合い、きっちり玉の輿をつかむに違いない。
――名もなき元カレ。スピンオフ主人公。
ちょっと毛色の違う猫を綺麗だと思い一目ぼれ的な感じで手を出そうとしたら、なんというかオーラというかクラスが違うと感じていた。手ごろじゃない感じ。自己暗示としては、のめり込む前だった。ただ泣いている目の前の男を見た瞬間、負けたことが分かった。この男の方が、よほど彼女には合うような気がした。
これなんてラブコメなの? こいつら最後は収まるとこに収まるんじゃね?
むしろだれかくっつけてやれよ。
そんな善意による優しさ全開で、仲人候補に破局と、あいつら誰ぞくっつけたれよのご連絡をした。当然ながら世話焼き心で広まる優しい世界の結果、周知の事実として知れわたり、結婚式ではあれが噂の泣いて取り縋った男となった次第である。
軽い調子が玉に瑕だけれど本当はとても良い男なので、ちとせちゃんにロックオンされた。
――高木千歳 [たかぎ ちとせ]
味佳と同じ高校を出た仲間うち。本職はゲーマーと自負しているが、リアルとの時間はきっちり線引きできるタイプ。シビアなプレイを追求するうちに、PS4を捨ててゲーミングPCの世界に移住してしまった。もちろんグラボは最上位機種を迷いなく付け替えていく。最近はVRゲーに夢中。もちろん社会人。
シューティングゲームなら任せて。ボーリングもサバゲーも好き。落ちゲーも得意なので、狙った男も確実に落とすのではないかと思われる。だけど、きっと釣った魚に餌をやらないタイプなので、むしろ落としたあとがいつも心配。だからきっと世話焼きをつかむとよいと思われる。