第三章 躍動篇 4-3 まーや帝国民NO1ミィーティング スペシャルゲストあり
朝が昼になっても、老骨に鞭うった自称「ニッポンの侍」は、筋肉痛で起き上がることすら出来ませんでした。
「啓一は・・啓一はどうしてる?」
家長が長男を思うあまり、「最終決断」を下したものの、あえなく失敗し。矢折れ刃尽きた状態で寝込んでいるのに、妻の房代さんは「自業自得」といった顔で、夫に体調を聞くことすらなく。大きい音を立てて雨戸を開け、窓も全開にして、よどんだ空気を入れ替えると。
「気になるなら自分で見に行けばいいでしょ!」
吐き捨てると、夫婦の部屋から、足早に出て行ってしまいました。
こんな時、美代子さんだったら、老妻のような冷たいことをいわず。老いた元企業戦士を労わってくれるはずだ。
啓一が35歳にして始めたバイトを三日でクビになり、自暴自棄になって「大それたこと」を計画している。私にはそう思えてなりません。まっとうな職に就き、きちんと納税なさっている、「一般社会の皆さま」に。啓一の凶刃が襲い掛かるのを止めよう、私なりに「製造者責任」を取ろう。老骨に鞭をうち、粉骨砕身の努力しましたが駄目でした。もうどうしていいか分からず途方にくれています。そう美代子さんに伝えてくれ。
直接しても返事がないので、修二さんは美代子さんの夫である、次男信二くんにメールを送ると、がくりと首を垂れて、寝込んでしまいました。
身の程をわきまえないといけない。
同じ頃、啓一くんは、下の階の老害こそわきまえるべきことを、自分にいい聞かせていました。
今まではアンコール前にステージ裏に集合し。まーやにハイタッチしてもらい、一言、激励の言葉をかけてもらう。自分の出番が済むとそれで終わり。あとは客席に戻って1ファンとして、まーやにサイリュウムを振るだけ。でしたが。
「まーや帝国民NO1の男」として、次の東名阪ツアーでは「キャスト」として、ステージの末席を汚すことになった。啓一くんは「身の程をわきまえた」、的を得たことを思うと。俺にはこんな「大それたこと」をする力はあるだろうか? でも、やらなきゃいけない。今、俺やるっきゃないだ。
その時でした。
ブーン! ブーン!
修二さんの「啓一撲殺子供頭フルスイング」ではなく、啓一くんのスマホのバイブ音がしました。ですが矢野くんでもよっちーさんでもひき助くんでもない、謎の番号からです。
まーやからの直電じゃ! 一瞬思いましたが。俺の人生にそんな漫画みたいなことがあるわけない。「安全確保」のため、ミィーティングに呼ばれる前は。NO1といえども、チケット自主自腹購入。当日は直行直帰だったのに。ひょっとしたら、今度の東名阪は「キャスト」扱いでチケット不要、控室待機じゃ? チクショー、やる気がもりもり湧いてきたぜ。
ブーン! ブーン!
待てよ? このスマホ、誰かのお古ってことは、所有者が変わったことを知らない人からの、間違い電話か? 「まーや帝国民NO1の男」として、まーやに恥をかかさぬよう、懐の深いところを見せて出てやるか。
<もしもし>
<・・・・>
誰だよ、マイルドニートの辰のイタ電か? しばしの沈黙の後。
<兄貴、俺。信二です。どうもご無沙汰してます>
信二? テメー、よく恥ずかしげもなく、俺に電話とかかけてこれたな!
<こないだは本当にすいませんでした!!>
なんだよ信二、お前泣いているのか? 弟とは決して不仲じゃない。ただ気まずいだけだ。そんな弟の涙声を聞くと。悪いのは全てあのメゾネット魔狐。美代子さんのことを思い浮かべて歯ぎしりをするのでした。
<俺、自宅で「ネットビジネス業」しているような人が。自立して一人暮らし出来るようになるための、職業訓練校だって聞いて。こういっちゃ何だけど、親父は天然なんだかいかれてんのかよく分からないし。お袋も腹の中じゃ何考えているのか謎だろ? 兄貴があの家から逃げ出せるなら、俺は百万くらい惜しくない。だって俺が先に生まれていたら、今の兄貴の境遇は、俺だったかもしれないじゃないか?>
なら、なぜその「百万くらい」を、兄の俺に直接くれない? こういうとこが「勉強バカ」なんだよお前は。
<で、その百万円は返って来たのか?>
<高い授業料だったけど、兄貴がタコ部屋で強制労働させられるよりましだろ>
<弁護士を立てて裁判で争う予定とかないのか? なんなら俺も連名で訴えてやってもいいぞ?>
<そんなことより兄貴は大丈夫なの? トラウマで苦しんでいたりしていない? なあ、直接頭下げたいから、これから家にいってもいいかな? ただ、美代子が百万円無駄になったのにブチギレしてて、小遣いが月一万五千になったから、悪いけど手ぶらだけど。でも、兄貴に謝りたいという心は>
<おい信二!>
啓一くんは急に声を荒げると。
<いい年をした社会人が、平日の昼間に仕事もせずに、そんなことをしていていいのか!!>
啓一くんは正論をいい、兄として長男として、弟の信二くんを厳しく叱りました。
<・・そ、そうだね。最近、スーツ着て単発の仕事してるらしいけど、今週も土日は仕事?>
信二くんは、何やら探りをいれるような口調で、出来るだけ啓一くんを刺激しないように聞きました。
啓一くんは、日曜日はプラのバイトに行くつもりでしたが、昨晩、ジョギングから戻ってメールを確認すると。日曜も応募者が現場数を越えたため、お仕事のご案内が出来ない。ゲーマンプロジェクトからメールが来ていました。
<いや、今週末はバイトはない>
「キャスト」で控室待機なら、チケット争奪戦に加わる必要もなく。「野豚さんのH館」の現金収入もあるので、日曜はゆっくりミィーティング疲れを癒そう。啓一くんはそう考えていました。
<なら、平日が駄目なら今度の土曜はどう? お袋は「フェミニズム研究会」で留守だろ?>
どうしたことか、信二くんはだんだん「震え声」になり、恐る恐るという感じで聞くと。
<いや。土曜は予定がある>
啓一くんはきっぱりと断りました。
<何時ごろ帰る? 俺、どうしても兄貴に直接謝りたくてさ>
そういわれても、メールには「解散時間未定」とあります。
<悪いけど、いつ帰れるかわからない>
<・・・・>
みんなで最高のライブにしよう。ミィーティングでの打ち合わせがヒートアップして、徹夜になることもあるかもしれません。
<てか、帰ってこれないかもしれない>
ごくり。気のせいか、電話の向こうで、弟が生つばを飲んだような音がしました。
<それって見るとか聞くじゃなくて、兄貴が参加する系?>
<そうだな。弟のお前にだけは、あらかじめ教えておくよ。俺が一人で大声で叫びながら、日頃のうっぷんを全てぶちまけるつもりで、全力で暴れまわる系だよ>
「魔王咆哮芸」を永遠に。決意をこめてきっぱりいうと。
<・・・・ぐ、具体的に何をするか・・き、聞いてもいい?>
教えてもいいけど、お前には縁もゆかりもない、理解不能な世界だよ。
<お前には到底分かってもらえない、俺が唯一生きている証を立てられる、俺の人生で二度とないだろう「大それたこと」だよ>
<・・・・>
<本番、いや「決戦」が済んだら。俺のことがテレビに出たり、ネットで騒がれたりして、お前に肩身の狭い思いをさせるかもしれない。だがお前には理解できない、この「大それたこと」は。35年生きてきた俺の、ある意味人生の総決算、集大成なんだ。信二、その時は不幸な境遇の俺の、たった一度の過ちだと思って、どうか許してくれ>
オタク世界を馬鹿にする、上級世界に住む信二が。俺の「まーや帝国民NO1の男」のせいで、笑い者にされるかもしれない。啓一くんは「身の程をわきまえた男」です。迷惑をかけるかもしれない信二くんに、あらかじめ謝っておきました。
<それって・・もう止めることは出来ないの?>
信二くんに怯え切った声で聞かれると。
<信二、ブレーキの壊れたダンプカーは、走り出したらもう止まれないよ>
啓一くんが不敵に返事をすると。
<プ、プ、プ>
電話は急に切れてしましました。
変な奴だな。さて今日は一日、個人練するか。啓一くんはすがすがしい気持ちで、まーやのDVDをセットすると。
「まーや帝国民NO1の男、いきまーす!」
どすどすと響く怪音こそ同じでも。「ニートひきこもり」を克服し、新たな道を踏み出した啓一くんの顔は、それは明るく晴れやかなのでした。
( ;∀;)




