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「ニィーティスト」  作者: ニィーティス亭 夢★職
5/59

第一章 地獄篇 #5 ワンバックラーワンニィーティスト

 前章を見れば分かる通り(?)、ハロワに逝っても、手に職や経験がある人以外は、実は大半が派遣のバイト職員に介護職だとか、何かひもでもついているかのように、我々が望まない仕事をしつこく勧められるだけで、行っても仕方のない場所だとわかりました。


 だからといってネットの求人を見ても軽作業だのシール貼りだの、一見楽そうに見えてもいってみないと作業は軽いが持つものは重いとか。


 単純作業だが、作業場に冷暖房はないとか、行ってみてやってみないとわからない、当たり外れのあるクイズのような求人ばかりです。


 いってみたらとても時給と自分の能力に見合わない現場に、なんの説明もなくいきなり放り込まれあとはご自由に。


 そんな時、我々はバックレるのです。


 正社員の半分の賃金で、保険も年金も有給もない現場で、気持ちや身体を壊してまでバイトしても、雇い主は顔の見えない非正規ことなど、なんとも思っていないからです。


 筆者もバイトをバックレたり、クビになったりしましたが、今、その現場や店は何事もなかったようにやっているところもあれば、つぶれて跡形もないところもあります。


 それらも時が立てば、一時期、生活のために籍をおいたけど、ただ通り過ぎるだけの嫌な思い出にすぎません。


 バックレようがクビになろうが、自分の人生にはなんの支障もないのです。


 前置きが長くなりましたが、実は筆者同様、啓一くんにも忘れがたいバイトバックレ体験があったのです。


                  5


 市街地調整区域の、灰色の風景の一画に、大型物流倉庫が、ぽつんとありました。


 成人式当日、農地を切り開いた道を、やせっぽちの新成人が、母親に買い与えられた、変な柄の服を着て、下目遣いで歩いています。


 彼の足は、物流倉庫の正門前までくると、急に止まり、その心臓は早鐘を打ちました。


 凍りついた彼の横を、パチスロ店に列をなすような老若男女が、けだるそうでなげやりな、それでいて迷うことも、止まることもない足取りで、次々と物流倉庫の入り口に吸い込まれていきます。


 もう子供じゃない、わるいことをすれば、実名で報道される大人ハタチだ。


 誰にでも簡単に出来る仕分けのお仕事です。


 九時から五時まで。土日祝休み。時給850円。


 日曜日の朝刊に封入される、アルバイトの求人チラシ。


 当時はまだネットよりは紙の時代でした。


 部屋の前に、時折、意味ありげに、束でおいてあり、彼をいらだたせる求人チラシ。


 ですが実は彼も時折..


 読み終えて廊下隅に積んである、古新聞とチラシの束。


 そこから求人チラシだけを、両親や弟に気取られないよう、深夜にそっと目を通し、読んだことを知られないよう、また同じ場所にそっと戻す。


 繰り返していたある日、何か直感的に、ここだ!


 ひらめきに、新年、新成人の決意が加わり。


 彼はそのチラシだけ部屋に持ち帰り、父親が会社、弟が学校、母親が買い物に出かけた隙に、家電から面接を申しこんだバイト。


 学歴。


 彼は中一で不登校になり、絵空事のテレビのスーパー教師とは違う、現実の無責任な担任に疎まれ、放置され、あとから卒業証書だけ送られてきた中卒です。


 それだけでは、格好がわるい、面接にいきづらい。


 というのと、能力を低く値踏みされ、採用に支障をきたすのではないか?


 でも、あまり盛りすぎるのも無理がある。


 彼は、市内の偏差値40の私立高を卒業し、現在はフリーターをしている設定で、何枚も書き損じながら、

100均で買った履歴書を、半日かけて手書きで埋め、完成させました。


 二十年生きた中でも最大の挑戦、決死の覚悟で挑んだ面接。


 家から糊とハサミを持参し、派遣会社に向かう途中のスーパー。


 なけなしの小銭をかき集めて撮った、人生初の証明写真を貼り付けた履歴書。


 内容のねつ造が発覚し、叩き出されやしないか?


 ひやひやものの面接も、担当のスーツのおじさんは、ざっと履歴書に目を通すと、君、新成人だよね? 式には参加するの?


 彼は、勝ち組が盛装し、青春を謳歌するための式に、とても出席する勇気はないし、のんきに新成人を祝える立場でもありません。


 僕はああいうばかばかしい式には出席しません。


 なら、その日から出勤できるかな?


 あっさり採用が決まり、古びた雑居ビルから出て、青空を見上げた時の達成感。


 しかし家に戻り、日、一日と、初出勤日が近づくにつれ、不安といやな気持ちが、彼の全身をくるみ、門の前に立った今、未知の領域、働くということへの恐怖は、頂点へと達していました。


 他人の目が気になり、外出もままならない現実を変えよう。


 決意してここまできたものの、門の前で足がすくみ、体が棒になった彼の横を、ハイスタのバンTに短パンの、彼と同世代と思われる痩身の男の子が、ひょうひょうとした態度、足取りで入っていきました。


 ハイスタ小僧にひきずられるように、後を追うように、凍りついていた二十歳の彼も、物流倉庫の中に入り、うまれて初めての仕事バイト


 その現場に足を踏み入れました。


「初めて?」


 タイムカードを押したハイスタ小僧は、何をしていいのか見当もつかない彼に、同世代目線で軽い声をかけると、


「それあいうえお順だから」


 確かに「あ」から順に見ると、「内海啓一」と書かれた、真新しいタイムカードがありました。


 啓一くんは打刻したタイムカードを、また元の位置に差し入れ、奥を見ました。


 タイムカード機後方は事務所です。


 ハイスタ小僧は、同じバイト仲間のはずなのに、慣れた、社員同様の足取りで、事務所に入っていきます。


 ハイスタ小僧は、社員の作業服を着て、血走った目でパソコンを操作する、二十代後半の男の背後に立ち、画面を覗きこむと、


「なべさん、おはようっす。うわっ、今日入荷はんぱないすね」


「てかこんな日にさ、なんで本部は使えねえ派遣バイトとかいれてくるかな!」


 なべさんは、自分一人がこの倉庫の全責任を負い、面倒をかけられてる。


 迷惑顔で吐き捨てた先にいた啓一くんは、自分がしかられたような気がして震え上がりました。


                  (。-`へ´-。)



「仕事は難しくないです。今から僕がやってみせます」


 九時になり、ハイスタ小僧は新入り三人を、自分が担当するライン前に呼び集めました。


 メンツは啓一くん、むすっとした顔の、ニッカボッカ姿の筋肉質のおやじ、同じく無表情な、パワー系のおデブくん。


 二人とも、生まれて初めてのバイトである啓一くんと違い、緊張した様子もなく、現場慣れした態度です。


 ハイスタ小僧が手を上げると、構内を見下ろす二階の制御室で、一人でこの倉庫の全苦労を背負っている顔の、苦虫を噛んだ顔のなべさんが、ラインのスイッチを入れます。


 段ボール箱に入った、誰でも簡単に仕分けられるはずの商品が、鉄製のラインに乗って、一箱でも取り逃したら、もう次が来ている。


 啓一くんの想像を越えた速度で、続々と地下倉庫からせり上がってきます。


「えー、このように流れてきた商品を、指定された数だけこれに載せ」


 ハイスタ小僧は、ぐっと両足を踏ん張ると、両腕をぴんと張り、流れてきた二リットルミネラルウォーター9本入りの重い箱を、上半身の筋力を上手につかい、「30」と印刷された紙が貼られた、鉛色のカゴ台車に同数、むだのない動作で軽々と積み上げ、


「積み終えたら、安全バーを掛けて、ここをひいて積み込み口に運び、次のカゴ台車を持ってきて、上に合図してまた流してもらう。そのくりかえしです。簡単でしょ」


 お手本をみせ、説明がすむと、もう社会科見学ではなく、お給料を頂く仕事バイトです。


「流しまーす」


 啓一くんのうまれて初めてのバイトがはじまりました。


 ニッカボッカおやじも、長年力仕事をしてきた経験があるのか、動きこそハイスタ小僧に比べてぎこちないですが、確実に積み上げていきます。


 おデブくんも、やはり経験者なのか、時折、奇声を発しながら、パワー系の本領発揮で、積載を終えたカゴ台車を、次々、積み込み口にひいていきます。


 構内の大時計が、午前九時十五分を指した頃でした。


「おいおい、またかよ! ホント使えねえやつばっかよこすよな!」


 スピーカーから警告音が鳴り響き、なべさんの怒声が続きます。


 構内では、速すぎて積みきれなかった商品が、終点につかえて止まったライン前で、汗だくの啓一くんが、泣きそうな顔で息を切らしていました。


 ハイスタ小僧がカゴ台車をひいていき、啓一くんがし損ねた、「誰にでも出来る簡単な仕分け」商品。


 それを、お前の能力はもう見切った。


 見捨てたような冷たい顔で、啓一くんを一瞥もせず、終点に詰まった商品を、黙々とカゴ台車に積んでいると、


「哲夫! そいつのバックレに昼飯賭けねえ? 俺は十時までに消えるにA定食!」


 自分一人がこの倉庫の全責任を負い、面倒をかけられてる。


 そういわんばかりのなべさんは、啓一くんの、半泣きでおびえている若い心を、物扱いのひどい暴言で、

より深く傷つけました。


 哲夫と呼ばれた、今でいうバイトリーダーも、啓一くんをかばうでもなく、あいまいに笑って、自分の担当するラインに戻り、


「流しまーす!」


 コントロールルームのなべさんに合図すると、またとてもついていけない速度で、重量級商品が、次々と啓一くんに殺到するのでした。


                   (。-`へ´-。)

 

 家にいるときと違い、バイト中というのは、どうして一分たつのがこんなに長いのだろう。


 もはや額に汗するどころではありません。


 滝汗で、シャツ、ズボンは体に貼り付き、下着までびしょぬれです。


 啓一くんが、一人だけ遅くしてもらったラインで、死人の形相で積み込んでいると、大時計が十時半を指しました。


「10分休憩! 10分休憩!」


 構内にアナウンスが流れ、全ラインが音を立てて停止しました。


 哲夫バイトリーダーは、別のラインからきたおっちゃんに駆け寄り、にこにこ顔で親しげな会話をしながら。


 ニッカボッカおやじは煙草を取り出しながら。


 おデブくんはリュックから出したジュースを飲みながら。


 灰皿や長椅子があり、前がトイレの休憩室にいってしまいました。


 静寂が戻り、啓一くんがいつもの一人になった構内で、呆然と制御室を見上げると、無礼な態度のなべ公もいません。


 ラインの前は、トラックを横付けして、カゴ台車を積み込むため外です。


 啓一くんは夢遊病者のように外へ向かい、倒れこむようにして地面に降りました。


 そうして門まで歩くと、振り向いて構内の無人を確認し、門の外も見ました。


 寂しい市街地調整区域の道、午前の今はひと気もありません。


 啓一くんは、入るときはあれほどためらった門を、出るときは何の迷いもなく出て、痛む全身をひきずるようにして、人生初のバイトから逃げ出し《バックレ》ました。


 そして振り返ることなく家に戻った、あのトラウマ体験から15年。


 あの時の一時間半。


 それが35年生きて来た啓一くんが、「ネットビジネス業」以外に就いた、唯一の職歴でした。


 いつものことなのか、それきり派遣元からも、なべ公からも、何の音沙汰もありませんでしたし、一時間半ぶんの時給が振り込まれたのかも、今となっては定かではありません。


 ですが、しばらくの間、部屋のカーテンも開けられないほどの、痛恨の挫折体験。


 当時は若く、今より感じやすく、心も折れやすかったあの頃。


 「世間一般の常識」に囚われるというより、呪われていた啓一くんは、たった一度の失敗で、自分は何の役にも立たないだめ人間、社会人失格のくずだ。


 思い詰めてしまい、新成人の決意は粉々にくだけ散り、残ったのは無能な自分自身への絶望、一般社会へ立ち向かうことへの強い恐怖、啓一くんは絵にかいたような重度のひきこもり《リターンニート》になったのです。


 そうして昨日、ただ愛するまーやのためだけに。


 15年ぶりに、偶然、職探しをすることになった啓一くんの現実。


 魔法学校は現実にはなくても、啓一くんのような立場の者には、「ハローワークの秘密の部屋」が存在し、中で性悪なおおきいお友だちたちが、けなげに社会復帰を目論む、啓一くんのようなニートを、悪用しようと手ぐすねひいて待っていた。


 中一の時に、いじめから助けてほしかった、かつての親友クドーに、人生ひとまわりして助けられた夜。


 疲れはてた啓一くんは、仕分け倉庫での悪夢を再びみました。


 そして、新しい朝がきて目覚めると、抱き枕と額装の中の愛するまーや。


 起きれば足下の大人漫画雑誌。


 ドアの前でしばし耳をすませ、廊下の無人を確認してドアを開けると、台には大嫌いな母親が握った特大おにぎり。


 啓一くんのいつもと変わらぬ、死ぬわけにも殺すわけにもいかない、15年前から何ひとつ変わらぬ、八方塞がりの一日のはじまり。


 ですが、何か昨日までとちがって、啓一くんの心はすがすがしいのです。


 昨日から今朝の夢の流れこそ、人生の転機というものではないだろうか?


 確かに新戸親子に初姐は、啓一くんを養分にして、使い捨てようとする悪人たちでした。


 だがしかし、なのです。


 子供向けの飲酒のような、酔い系の《ファンタジー》漫画や映画をはなれて現実にもどった時の、あのやり場のない悲しさ。


 現実の自分は、魔法も使えなければ、便利な道具の供給源も存在しない、ただいじめられ、わるいのはすべてお前。


 親や教師から、全責任を押し付けられる、精神的な虐待を受け、不登校からニートになるしか道がなかった、あのときの八方塞がりの絶望、くやしさ、むなしさ。


 それがないのです。


 35歳でも始めるのに遅いことない。


 君は免罪被害者で、「世間一般の常識」に遠慮などいらない。


 啓一くんは、「ハローワークの秘密の部屋」から、また自分の現実に戻っても、染まらずに置いてきた悪徳の代わりに、持ちかえってきた新しい考え方。


 それが啓一くんを目覚めさせたのです。


 確かに疲れて15年前の悪夢をみましたが、あれから自分もずぶとく、うたれ強くなった。


 仮にもう一度、あのごみ倉庫に放り込まれて、同じように一時間半でバックレたとしても。


 もうハタチの時のように、全人格を否定されたように傷つき、心が折れて、布団からも出れなくなるような。


 社会があって自分がある。


 働いていない自分は、社会のお荷物、負け組。


 従う必要などない、「世間一般の常識」に、なすすべなく降参、服従し、律儀にひきこもっていた、若気のいたりで勘違いしていた自分は死に、何か別の自分に脱皮したのではないか?


 仕分け倉庫は、たまたま自分には向いていない、体力勝負のガテン系のバイトだっただけで、自分にはもっと別の、自分の欲望をかなえるために適した、バックレずにすむバイトもあるはずだ。


 あの物流倉庫は、それに出会うための旅の途中の、もう忘れていい恥のかきすて《バックレ》だった。


 啓一くんは、新戸親子、初姐との予期せぬ出会いで、長年、心のどこかでくすぶっていた、「世間一般の常識」への疑問が確信に変わりました。


 あんな誤解、錯覚に長年囚われ、奴隷として自分を低く見ていた、世間知らずの負け犬ならぬ、間抜けはもういない。


 いわば俺自ら心の壁を壊して、「世間一般の常識」とは無関係の、自分自身の「独自常識」。


 アーティストならぬニィーティストで生きる道が開けたのだ。


 そして、今こそ「まーや帝国民No.1の男」の立場を守るために、他人にわりのいいバイトを紹介してもらうのではなく、自分で探す。


 落ち着いてよく考えてみれば、まーやのライブが実際に行われるのは半年先。


 ライブの告知は突然にではないけど、普通、情報解禁されると次の日から一週間が、先行抽選期間ですが、今回はなぜかずいぶん先。


 これは啓一くんにバイトして金を稼がせるための運命の導きに違いない。


 とりあえずチケットだけ押さえておけば、交通費や食事代などは、ライブ当日までに上手にやりくりすればいい。

 チケットは手数料込みで一枚8000円くらいだろう。


 なら、来月までに24000円あればいい。


 それなら今月の自宅警備代、両親介護代行費用で賄える。


 性筒は洗って再利用し、大人漫画雑誌は赤本(売れ残りの半額再販売本)で買えばいい。


 自分は衣食住に困ることはないのだ。


 「世間一般の常識」から解放されれば、自分は他人の顔色をみる必要もなく、自由で好きな生き方が出来るのだ。


 今、俺がすべきことは、生きる勇気をかきたてる夢。


 「まーや帝国民No.1の男」の座を死守することなのだ。


 そして、今もっともしてはいけないこと。


 それは自分の、今はまだ発展途上の現実、生き方。


 35歳にもなって実家住まいのニートで、親におんぶにだっこしながら、まーや帝国民No.1の男の座を死守すること。


 それが「世間一般の常識」と照らし合わせて、恥ずかしいことだと、自分が誤解して、落ち込むことなのだ。


 働かずに食う飯はうまいかだと?!


 俺の飯は、俺を意識的にニートに追い込んだ毒母の、当然の代償なんだ!


 一円も出してねえ、あかの他人の社蓄は、黙って過労死するまでサビ残してろ!!


 俺のいきかたに、実情を知らないあかの他人が、えらそうに口出しすなボケ!!


 ネットで、「世間一般の常識」の代表みたいな態度で、納税しない無職のニートは、今すぐ国が拉致って、税金代わりに強制労働させろ。


 正社員面して書き込んでいる奴も、たいてい「世間一般の常識」の奴隷たる、俺と同じ現役ニートじゃないか。


 俺はもう「お前ら」から一抜けしたのだ。


 「世間一般の常識」からは、今までやられ放題に、差別、罵倒され、何一つ恩恵を受けていない。


 完全部外者の俺は、脱「世間一般の常識」すれば、もう悩み苦しむことは何もないのだ。


 確かに弟の信二は、三次元世界の超勝ち組、日本王者かもしれない。


 だがあいつは、カルト家庭の教祖に、下半身から洗脳支配され、メゾネット魔狐母娘専用ATMとして、死ぬまでこきつかわれる運命だ。


 もう自分の一存では、フ○ロックにもサーフィンにもいけない、奴隷同然の身の上なのだ。


 いくらエリートの高収入でも、自分が使えるのは、実質、月30000円の小遣いだけなら、ニートしてる俺の方がよっぽどましではないか。


 よく夜中の掲示板に、ニートは死ねとかスマホから書き込んでいる匿名人は、実はいまだ会社から帰れず、自由なニートを妬んでいる、社蓄の弟、信二なのかもしれないではないか。


 その点俺は自由という名の、使いきれないほどの暇がある。


 俺にはもう、「世間一般の常識」にへりくだり、ニートのくせにだの、ニートだけどこれからバイト探し云々などと、いちいちネットの掲示板にお伺いを立てる暇などない。


 親にネットを切断されるのではなく、自分からネットを失業..じゃない、「卒業」して、三次元をいきるのだ。


 だから、「世間一般の常識」から完全に解脱した俺は、もう「ネットビジネス業」の看板を降ろそう。


 そして、カリスマ..ハイパー..いや芸術家アーティスト同様の、まったく新しい独自常識を創造する自分、「ニーティスト」に俺はなる!!


                   (。-`へ´-。)


 啓一くんは決意も新たに、毒母のおにぎりで腹ごしらえすると、庭の物置を開け、ずっと乗っていなかった自転車を出しました。


 以前に乗っていた自転車が盗難にあったあと、買う余裕もないし、歩いたほうが少しは痩せるかもしれない。


 その後は歩く凶器として、世間一般のご婦人方を、ビビらせまくってきました。


 そんなある日、ホームセンターPBの、新品のママチャリが家に届き、啓一くんの部屋前の台に、鍵と登録証が置かれました。


 これでバイトでいいから仕事に逝け。


 親の、自分の息子にした虐待を棚にあげた、「世間一般の常識」に添った、いやらしい押し付け。


 反発した啓一くんは、ホームセンターの格安自転車の危険性といった、ネット民のうわさを真に受けたこともあり、新品の自転車は、いつしか物置でほこりをかぶり、放置されていたのです。


 悩んでいたのではなく、俺はだまされていたのだ。


 「世間一般の常識」から解脱した啓一くんは、逆転の発想で、ありあまる暇、住む家、毒母のめし、月30000円の現金、ドケチな親父が、なぜか買ってくれたこの自転車。


 この際、利用できるものは遠慮なく使い倒す。


 散々、いい気になって、弱いもの《ニート》いじめした、心根が底辺の社蓄どもが、朝も早くから満員電車で疲れ、夜も遅くまでサビ残するのを横目に、ニーティストの俺は、平日の昼間から、優雅に2ちゃんならぬ、バイト探しをするのだ。


 啓一くんは、マイ自転車をぞうきんで拭きながら、独自常識で冷静に、この運命、人生に立ち向かえば、そうわるい結果も出ないのではないか。


 チェーンに潤滑剤をスプレーし、ペダルを回して、ブレーキをきゅっとかけると、


「よしいくぞ!」


 啓一くんはどこへいくのか、ボリューミーな体を自転車に乗せ、明るい顔で家の外に走り出しました。


                    (。-`へ´-。)


 啓一くんが向かった先は、なんと15年トラウマの、あの大型物流倉庫でした。


 自分に失礼な態度をとった因果応報で、倒産して影も形もない、廃墟になっているのではないか?


 いってみると、物流倉庫は15年前と全く変わらず、フル稼働のラインには、重い商品が際限なく流れ、同じような風体のバイトが、せっせとカゴ台車に積み込んだのを、トラックがいずこへと運びさっていました。


 啓一くんは、チートで出した、ロケットランチャーでも撃ち込んでやりたい衝動に駆られましたが、そんなものは現実にはありません。


 脱「世間一般の常識」も大事ですが、N犬の名言、「漫画と現実の区別をつける」。


 これも「ニーティスト」が絶対に忘れてはいけない教訓です。


 底辺児童からの陰湿集団いじめも、無限に出てくる便利な道具で一発克服、ニートにならずにさくっと解決、身分不相応な嫁もまさかのゲットだぜ!


 親戚の家で虐待されていたけど、実は魔法が使えて、生意気な実子にこてんぱんに大逆襲して怖いものなしに!


 そんな妄想は現実には起こりえないのだ。


 自分がニートから一発逆転して、ヒーローやスターになることなど、現実にはない。


 でも、それでいいじゃないか。


 自分が今、真っ先にすべきことは、「世間一般の常識」からの脱却と、自分のいきる希望をつなぐ資金稼ぎの、続けられるバイトを見つけることなのだ。


 ただ外に出るのではなく、地に足をつけて、自分の現実に必要なものを手にいれる。


 自分のいきかたに、かっこよさや、美しさなどいらない、目的地につければ手段は問わないのだ。


 「世間一般の常識」から見られた自分など、絶対に気にしてはいけないのだ。


 「世間一般の常識」に勝った負けた挑戦した。


 存在しない幻覚に踊らされ、ニート同士がネットの掲示板で、架空現実の自分をねつ造しあい、不毛ないい争いをする必要などないのだ。


 啓一くんは、かつてバックレた物流倉庫を、予告ホームランのポーズで指さし、


 負けたんじゃない、逃げたんじゃない、ただワイに不向きだっただけじゃボケ!!


 心のなかでさけびました。


 漫画やアニメなら、俺はこの倉庫で一発脱ニートを達成し、超人的はたらきで社員登用され、バイトで入ってきた、新品、未開封の巨乳JKに惚れられ、恋仲になるだろう。


 でも現実にはそんなことは起こりえないのだ。


 妄想をすてる必要などないが、それは現実で必要なものを手にいれた余暇に、趣味で楽しむものなのだ。


 飲酒やギャンブル同様、二次元も人生を捨てるほどの中毒になってはいけないのだ。


 バイトから社員登用されて、事務の女子たちにモテモテなんて、そんなDT受け満載の妄想など、現実にはありえないのだ。


 そんな決意の啓一くんを祝福するように、正午をしらせるサイレンが、高らかに鳴り響きました。


 バイトして現金収入をえるという、この決意が揺るがぬよう、昼めしは久々に牛丼でも食う..


「なんだってー!!」


 平日の正午を過ぎたころでした、15年前にバックレた物流倉庫の門に、今はストレスによる過食で三十キロ太り、髪も薄くなった、あの頃とは別人の啓一くんの、すっとんきょうな声が轟きました。


 なんと、啓一くんが一度だけ入り、二度と出ることのなかった入り口から、あの頃と少しも変わらぬハイスタ小僧こと、哲夫バイトリーダーが、社員の作業服を来て、事務の若い女子たちと、あははおほほいいながら、勝ち組、王者然として、胸をはって出てきたのです。


 見てはいけないものを見てしまった..


 啓一くんは、15年前に逃げた同じ道を、今日は自転車で全力敗走しました。


                 (。-`へ´-。)


 昨日はどこに逃げたかわかりませんでしたが、今日は最寄り駅の東口で、啓一くんは自転車をとめました。。


 俗に風俗街とよばれる区域で、古びた雑居ビルがひしめき、「サロン」「マッサージ」等、極彩色のあやしげな看板の下、金のとさか系のいかつい男が、高級車のトランクから、ポリ袋に入ったおしぼりを、店の入り口前に置いてまわるような、そんな地域です。


 なぜ東口にきたかというと、同じく15年前に面接を受けた、派遣会社がここにあったからです。


 訪ねてみると、派遣会社が入っていた雑居ビル自体がもうなく、今は個室DVD観賞の、大手チェーン店舗に建て替えられていました。


 二次元の幼女こそどストライクだが、大嫌いな弟嫁、美代子さんを思わせる三次元AVは苦手。


 そんな啓一くんが目をとめたのは、N犬そっくりの服装、トンボ眼鏡のオス豚が、お下げ、ミニスカのメス豚を、好色な変態目線で視姦しているトレードマーク。


 それがネットなどで話題になっている、全国展開の最大手チェーン、「大人のオアシス 個室DVD 野豚さんのH館ハウス」、その建物の隅に貼られた「従業員募集」でした。


 時給1200円~、1日3時間から、日払い可、寮即入居出来。


 以前なら、しらんオッサンがゴミ箱にすてたあれの処理なんて。


 想像しただけでむり。


 それに、ニートから個室ビデオ店のバイトなんてかっこわるい。


 絶対に「世間一般の常識」にばかにされる、そんなのくやしい!


 でしたが、今はもう、そんなありもしない錯覚にだまされて、貴重な今をむだにしている場合ではありません。


 でしたが、ニートだったからといって、無意味に自分を罰するような、底辺の汚れ仕事につくことはない。


 初姐の名言もまた、同じような気持ちで、底辺の物流倉庫に、ありもしない自分ニートの罪をつぐなうつもりでいき、一時間半で逃走バックレした過去と重なります。


 現実問題として、22年も一人でいきてきた自分に、接客など出来るのだろうか?


 他にも、清掃だの、軽食、飲み物の用意など、複雑すぎて自分には手にあまる仕事だからこそ、時給1200~なのではないか?


 でしたが、N犬の名言、そうやってスルーし続けているうちに、職歴なしの50歳。


 それがこの気持ちの未来ではないか。


 啓一くんはつくづくぼっちの今が悲しくなりました。


 孤独にはたえられるけど、困った時に相談できる、友人、知人がいないのは、なんてさびしいのだろう。


 それで、日本の恥とよばれる掲示板に相談にしにいった結果..


 もうハローワークには二度といけません。


 家に帰ればクドーの名刺がありますが、年金暮らしの両親がたむろする居間から掛ける電話ではないし、公衆電話ではお金がもったいありません。


 それに、いくら「世間一般の常識」と訣別したとはいえ、かつての親友に自分の現在を打ち明けるのはつらいし、仮にバイトを世話してもらったとしても、そこが自分には不向きで、すぐにやめてしまったら、クドーに申し訳がたちません。


 こんなときに、実際の現場、バイトの内情を知っている知り合いがいたらな..


 啓一くんが背をまるめて、さびしげに帰りかけた、その時でした。


「そこの」


 なぜか少し間があり、


「ニート! ひきこもり!」


 叫び声がすると、また少し間があり、


「ちょ、待てよ!!」


 稲妻のような大声がしました。


                    (。-`へ´-。)


 啓一くんが振り向くと、そこには「大人のオアシス 野豚さんのH館ハウス」の宣伝看板プラカードがありました。


 棒つきのプラカードが、勝手に起立するわけもないので、看板の裏には持っている人がいるようです。


「あの、僕になにか?」


 以前なら、ワイはネットビジネス業やで! と猛々しく反論するところですが、もう自分を偽ることはなくなった。


 気が楽になった啓一くんが、自分から返事をすると、


「昨日はかっとしてすまんかったな」


 プラカードの後ろから、金のとさかこと金兄が顔を出しました。


「なんだってー!! え..いやまさか! こんな昨日の今日の偶然の再会、あ、あってもいいんですかね!?」


 啓一くんがおもわずうめくと、


「ワッハッハッハ!」


 金のとさか氏は豪快に笑いとばすと、


「ワシらも見た目はこうでもよ、せめて「やり口」だけはリアリティードラマの伝統、お約束。サチモス、読モ系の、若き三冠王男女がうぇいうぇいと青春する、なんだっけほら。あの「テラー(現実の恐怖の意)ハウス」方式でいこうじゃないの。ワシらも表向きだけはあれだよ。見ず知らずの男二人が無駄に苦労するありさまを、ただただ記録したものです。用意したのは悲惨な境遇と、救いようのない人生だけです。台本演出は一切ございません。ま、そういうことだ」


 なるほど!!


 それなら超偶然かつ、あまりにも都合がよすぎる、突然の金兄登場にも、はげしく納得がいきます?!


「啓一くんだよな。ワシは実名は遠慮させてもらいたい、通称..長いから略して金兄だ」


「こんにちは。あの、今日は何を?」


「ああ、悪いことしたから、こうして出てきてからも、罰として立たされてるんだよ」


「え、悪いこと、ですか?」


「うん、よその事務所に火炎瓶投げ込んだり、っておーい。冗談だよ。ま、見ての通りのバイト中さ」


「昨日、ハロワでも御一緒させてもらいましたが、何かいい仕事ありましたか?」


 金兄は、プラカードを立てかけると、なぜか啓一くんを指さし、


「ニート! ひきこもり!」


 叫ぶと、またプラカードを持ち、


「にしては、普通の会話も出来るじゃねえか」


「はい。もう気持ちの整理がついて僕も」


 啓一くんはなぜか自分を指さし、


「ニート! ひきこもり!」


 叫ぶと、また手をおろし、


「はもう卒業して、これからはフリーターになろうかと」


「兄ちゃん、なんでも正直にいえばいいってもんじゃないぜ。自分は」


 金兄はプラカードを立てかけると、なぜか啓一くんを指さし、


「ニート! ひきこもり!」


 叫ぶと、またプラカードを持ち、


「だったとか、恋人いない歴年齢とか、こう見えて前科者とか。そんなこと面と向かっていわれても、聞かされる方は返事にこまるだろ。ワシらにはゆるやかな景気回復とか、一億総活躍とか、美しい日本語の、どっちつかずの微妙な表現が多々あるじゃないか。それを使いこなしてこそ、「世間一般の常識」さまと共存共栄、ともに生きれるってもんさ」


「じゃあ僕は」


 啓一くんはなぜか自分を指さし、


「ニート! ひきこもり!」


 叫ぶと、また手をおろし、


「だった過去を、どう「世間一般の常識」どもに説明したらいいんでしょう?!」


「日本人の誇りをもって外国語表記をやめ、しばらく「浪人」、または「無期限活動休止してました。そう自己紹介すればいいじゃねえか。そういえば、相手も空気読んで次の話題にするさ」


 金兄は、有無をいわさず、プラカードを啓一くんに持たせ、電子たばこを出して吸い込むと、


「ワシも昨日ハロワの職員に、履歴書の空白期間について、何してたか聞かれた時、しばらく「ひきこもり」してました。美しい日本語の、どっちつかずの表現で、びしっといってやったよ」


                     (。-`へ´-。)



 金兄は電子たばこを吸いながら天をあおぎ、


「ところが「ひきこもり」から出てきたら、上級国民ばかりをえこひいきする、ワシたちのA倍ちゃん不況のせいで、絵にかいたような一家離散をしていてな。今じゃ妹の家に居候して、昔のダチのツテでしがないフリーターだよ」


「ぜんぜんそんな風には見えないんですが、「ひきこもり」って、どのような理由でなられたんですか?」


「うん、拉致監禁、殺人、死体遺棄、その他、業務上の義理諸々でな」


 啓一くんが言葉につまると、金兄は指をふり、


「ノンノンノン! 冗談だよ! ワシも「ひきこもり」は初めてじゃねえから、「先生」と設定を練り直して口裏あわせて、やる気はなかった、重い怪我が原因でに、「格下げ」してもらってよ。あとはあちらさんも忙しいから、「忘れたこと」にしてくれてさ。それでも7年「ひきこもり」したよ。しかし昨日はビビったぜ。実はワシ、まだ「外泊トレーニング中」でな、あの時、兄ちゃんが機転きかせて土下座してくれなかったら、あやうく「ひきこもり」に戻されるとこだったぜ」


「あの、これもなにかの縁ということで相談なんですが、何か僕みたいな男でもできる、初心者向けのバイトをご存じないでしょうか」


「なるほど、ワシもあんたも、ネット求人募集要項の「ブランクのある人OK」組だもんな」


「こうして「浪人」を卒業すべく、新たな気持ちで外に出たのはいいんですが、正直、どこにいって、何をすれば、とりあえず月50000円稼げるかわからなくて」


「そんなもんでいいのか?」


「ええ、衣食住はなんとかなるんで」


「ワシはもうひとつゼロをつけたいが、今年45。あんたとは違った意味で職歴なしだから、ハロワでも門前払いさ」


                     (。-`へ´-。)


 金兄は昨日ビビらせたお詫びだと、ジュースをおごってくれ、二人は近くのコンビニのベンチで休憩しました。


「ワシも「世間一般の堅気」さんと比べたら、職歴なしも同然だ。若い頃のバイトいうたら、気の弱い兄ちゃん見つけては、「相談料」もろたりだけだし、「就職」してからは自宅ならぬ、こういう店や飲食店の

「警備」、あとはガテン系とは違う「肉体労働」だけだし」


「金兄はこれがしたいがために働こう、お金を稼ごうみたいのありますか?」


「ワシらみたいなもんは、うまいもん食って、マブいスケ抱くためいきてる、それも銭がなきゃ出来やせん云々で、後先考えずに飛んでは、懲りもせず「ひきこもり」になり、それが「長期高齢化」して今にいたるわけだが、ワシもこうして脱「ひきこもり」した以上」


 金兄は突き出した人差し指を、左腕の静脈にあてながら、


「改めて頭を「冷やして」、なるようになる。つらい浮き世を忘れたい。が、それじゃまた「ひきこもり」に逆戻りだしなあ」


 なにもいえなくなった啓一くんは、改めて金兄の着ている「古きよきテレクラ ビンビンハウス」と染め抜かれた派手なハッピ、「野豚さんのH館ハウス」のプラカードを見ました。


「このバイト、他にも募集してませんか?」


 金兄は驚いた顔で指をふりました。


「ノンノンノン! あんたみたいのがこんなバイトしたら、「世間一般の堅気」さんたちから笑われようが」


 確かに先ほどまで、日本の高齢化社会を象徴するような、80歳くらいのよぼよぼの爺が、二人のことを無遠慮にがん見しては、ぶつぶついいながら通りすぎていきました。


 常識の他にも、「世間一般の目」というものがあります。


 ですが、啓一くんも毅然と指をふりました。


「ノンノンノン! 僕はもう「世間一般の常識」からどう見られるかではなく、自分にはどんなバイトが出来るか、稼げるかで生きてますから、そんな心配は無用です!!」


                      (。-`へ´-。)


 あれから15年、これも何かの因縁、絶好のリベンジの機会。


 啓一くんは再び面接を受けるべく、同じ場所の別業種、「野豚さんのH(ハウス)」の裏手に回りました。


 金兄がいうには、確か看板持ちを、もう一人募集していたはずだ。


 一日六時間、時給1000円。


 店長は「職場の元同僚」だから、俺の紹介だといって、直接、訪ねてみろ。


 いきなり入っては失礼だ。


 啓一くんは、この手の店は強盗被害の心配もあるのか、鉄製の頑丈なドアを力強くノックしていいました。


「頼もう! 頼もう! 頼もう!」


 ノックしながら、声も枯れよとさけぶこと一分。


 二階の窓が乱暴にひらき、酒焼けした黒い肌の、ブルドックみたいな顔の親父が顔を出しました。


 えんじ色の三つ揃いを着た、酒焼けブルドック顔親父は、啓一くんを見ると、


「お客さん、そこ物置! 入り口は表ね!」


 啓一くんを、世間知らずの抜き客だと勘違いしました。


「いえ僕、表でここの看板持ってる金兄の紹介で」


 ハタチの「世間一般の常識」の奴隷だった頃の俺なら、いたたまれず逃げ帰っていただろう。


 啓一くんがよしとうなずくと、ブルドック親父は指をふり、


「ノンノンノン! 悪いけどさ、うちでは「そういうの」扱ってないんだよね」


「え、もう「決まっちゃった」んですか?」


「ちょっとお客さん、そんな人聞きの悪いこと、声を大にしていわないでよ。待ってて、今そっちいくから」


 少しすると、ブルドック親父が小走りで現れました。


「困るんだよね、ここの店には「キマってる」お客さんのたまり場で、情報交換会の場になってるとかいう、根も葉もない噂。あんたもネットで見てきたクチ?」


「いえ、僕は金兄から直接訪ねてみろと」


「たく、堅気になったっていうから、とりあえずバイトで雇ってやったのに、違うのかよ!」


 啓一くんは、ハタチの「世間一般の常識」の奴隷だったころの自分なら、大人にいわれるがまま、口出し訂正など出来なかったろう。


「あの、そうじゃなくて、僕も金兄と同じ、看板持ちのバイトをしたくて」


 ブルドック親父は、ぽかんと口を開ける、急に笑顔になり、


「ああ..はいはいはい! そっちか。いやあ、そんな服装だけでも生きる地獄なのに、「キマッて」までいるのかと、一瞬、クールジャパンの未来が不安になっちまったよ。いやねえ、あんな恥ずかしい看板持ちなんて、やりたがる人がずっといなくてさ。俺も困ってたんだよ」


「でしたら、条件などを教えてもらってもいいですか?」


「おう、いいよいいよ。シフトはあいつと交代で、土日祝含む週3..だけど、世間の目というのかな。ばかにしたように見る通行人もいるけど、そういうの大丈夫?」


 あの爺みたいな、無礼な老害どもだな。


 まったく、職業にかっこいいも恥ずかしいもない、それがわからん連中もいるんだな。


 ふふ、ようやく俺のストリートでの歩く凶器としての、「積年の苦労」が役立つときがきたようだな。


 啓一くんも、憑き物が落ちたような笑顔でいいました。


「まったくではないですが、僕はそういうのは気にしません。実は僕、ずっと「浪人」していて。リハビリではないですけど、人間関係が複雑な力仕事とかより、こういう一人仕事が向いてる気がするんです。第一、どんな職種でも、受けとるお金の価値に変わりはないじゃないですか」


 ブルドック親父は感心した顔でうなずき、


「あんた見た目と違っていいこというじゃないか。うちのような職種は、切羽詰まった時の、駆け込み寺感覚でくる極道者が多くてさ。久々に地に足がついた、堅気の申し込み者に、俺もこの店を預かる店長として」


 ブルドック親父は、なぜかクー顔をし、両腕をはげしく振りながら、


「うれし! はずかし! たのもしー!」


 叫ぶと、また元に戻り、


「だよ」


 といいました。


 決まったな。


 啓一くんは、ブルドック親父の満面の笑みに、15年ぶり二度めのバイト面接合格を確信しました。


「あの、履歴書でしたら、一旦、家に帰って、すぐにねつ造、いえ、作成して夜にでも」


 ブルドック親父は笑顔で指をふり、


「ノンノンノン! うちは年齢、経歴、一切不問。俺がいいっていえば、誤字、脱字、なわけねーだろう経

歴ばかりの、読むだけで疲れる履歴書なんかいらんのよ」


 啓一くんは喜んでいいはずなのに、何か重大なことを思い出したように、急に暗い顔でいいました。


「あの、実は僕、携帯電話持っていなくて」


「うちみたいな店のバイトはさあ、持っていてもお客様のご都合でおつなぎ出来なかったり、こねえからこっちからかけても、着信拒否設定になってたりだから」


 ブルドック親父は、横綱、雲竜型土俵入りポーズで足を高くあげ、


「なくてもぜんぜん..よいしょー!」


「ほんとうですか!?」


「あと、健康保険証持ってないから、住所不定扱いで、銀行口座開設出来ないやつも結構いるから、給料は日給分を日払いで、次のシフト終わりに、こいつはうれしい、ニコニコ現金払い、だよ~ん! それがうちの雇用条件、しゃー!」


 啓一くんは歓喜の表情で、滑り込むように、KOF、ジョー東の、膝をつき、両腕を突き上げる勝利のポーズで、


「ヨッシャー!!」


 叫ぶと、晴れ晴れとした顔で、三つ手刀を切る仕草のブルドック親父に、


「サクサクいくぜ!」


 指を鳴らしました。


 計算すると一週間18000円、それがまーやのチケット優先予約日まで、まだ四週間もあるのです。


 自宅警備代、両親介護代行費用の30000円、プラス額に汗して稼いだバイト代が72000円。


 これだけあれば、ライブ全通、遠征費用、旅費その他すべてが賄えますし、相方が金兄ならシフトの相談も出来ます。


「で、いつからきたらいいのでしょうか?! 僕なら明日からでも出れますが?」


 啓一くんが、がぜんやる気を見せると、ブルドック親父も大きく足を上げて四股を踏み、摺り足で前に出ると、


「明日じゃ遅い! 今から実地研修だ!」


 啓一くんが、再びKOF、テリーボガートの、帽子を投げ上げる、勝利のポーズを取るべく、ブルドック親父に背を向けかけたその時でした。


「大変長らくおまんたせいたしました」


 突然、ビートたけしさんの昭和のギャグをいいながら、金兄と同じハッピを着て、プラカードを持った、

小柄な高齢者が現れました。


 その高齢者は、先ほど無礼な目で啓一くんたちをがん見していた、あの80歳とおぼしき爺でした。


 爺は、啓一くんが着るはずのハッピを着て、持つはずのプラカードを逆さに持って、どや顔で足のストレッチ始めます。


「おう、まだまだいけるか爺!」


 ブルドック親父が笑顔で親指を突きつけると、


「はいな。ワシも日曜朝刊の求人チラシを見て、ひやかしできたんじゃが、たまたま実際に立ってる893者見て、これなら堅気のワシのがましだ。だめもとで訪ねてみたら」


「うちは年齢、経歴、一切不問! 履歴書も不要! 俺がよければその場で即採用!」


「ワシも家でぶらぶらしてると、婆さんがうるさいんでな。ふふ、ワシたちのA倍ちゃんにも、80の爺の老骨にムチ打った、この「一億総活躍姿」を、よーくチェックしてほしいんじゃな!」


「時は金なり! 惜しいことしたな、あんたも金ばかと無駄話してないで、さっさと店にくれば今頃こっち側だったのに。おう爺、サクサクいくぜ!」


「オッケー!」


「ま、あんたもこれにこりず、次は店に抜きにでもにきてくれよ。じゃ、とりあえずお疲れ!!」


 呆然とする啓一くんを残し、二人はいってしまいました。


                  (。-`へ´-。)


「まったく、ワシら「現実の恐怖テラーハウス」の住人ならではの悲劇よの」


 爺さんと入れ替わり、バイト終了の金兄は、可哀想な啓一くんを、男のオアシス日高屋に誘ってくれました。


「やはり条件のいいバイトって早い者勝ちなんですね」


「であんた、これからどうするんよ。そんなにがっかりしている風でもないが」


「実は、今日は過去へきっちり落とし前をつけ、前へ進むための日のつもりで。そのノリでバイトも決まってくれたら最高でしたが、大丈夫、本番は明日なんで」


 啓一くんは我に秘策あり。


 不敵な笑みを浮かべました。


 そこへ金兄が注文した餃子が一皿到着しました。


「おばちゃん、瓶ビールにコップ二個な!」


「あ、僕お酒飲めないんで」


「こんな、断酒会入っとるんか?」


「いえ、お酒、一度も飲んだことなくて」


「ワシらなんでもありよ。お互い格好つけんでよ、あんたが元ニートで、ワシが脱ひきこもり。お互いの新しい門出に乾杯じゃ」


 金兄がビールをついでくれたので、啓一くんもつぎ返し、


「乾杯!」


 うまれてはじめて飲んだビールは、今日一日同様、ほろ苦い味でした。


 ですが啓一くんは、確かに自分の境遇は悲惨で、その人生は救いようのないものだけど、そのうらみをあかの他人の大量殺りくで晴らしたり、うそをついて人様の金品を盗んだり。


 自分の現実を誤解、絶望し、ばかみたいに悪に転ばなければ、作為で突然、大成功できる二次元とは違い、今日のように、三次元の歩みはのろいのかもしれないけど。


 以前より、少しはいいことがありそうな予感がする。


「明日、何があるん」


「よかったら一緒にいきましょうよ!」


 ビールの中瓶、餃子一皿を半分こし、金兄に宣言して帰る夜道。


 自転車をこぎながら、啓一くんの心は、とても穏やかなのでした。



読んでの通りなろう向きの小説ではありませんが、面白かったり、刺さったりした方はネットなどでこういうのあるよ。拡散してくれるとうれしいです。

ポイントもほしいですw

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