第三章 躍動篇 2-3 路上にて
その日は、お約束の「ウルトラニー Hi!」も現れず。啓一くんは駅でLINEの使い方とアドレス、それにもう一人の恵一くんのアドレスを教えてもらいました。
あ、なんだ簡単なことじゃないか! 最寄り駅で啓一くんは気がつきました。親父がくれたスマホにまーやの曲をいれてあるから。まーやを大音量で聞きながら、横を向いて「魔の一階ゾーン」を通過すれば。
それで「警察沙汰」は回避できる。啓一くんは、保夫叔父から頂いた給料日までのつなぎ資金で、百均で骨伝導式のイヤフォンを買い。「息子狂信者」のキモ声を、まーやの天使の歌声で封印、無事、自室に帰りつきました。
えんじ色の三つ揃いボススーツを脱ぎ、いつものアニメ柄シャツに、煮染めたような短パンに履き替え。机の下のマイワンドア冷蔵庫から、よく冷えたコーラを出して飲み。一息ついた啓一くんはしみじみと思うのでした。
自分には手の届かない、決して触れない存在だと、頭では分かっていても。そんな資格も権利も、向こうから好かれる外見も金もないと、頭では分かっていても。自分は男で女が好きだ。決して、心弾む会話内容ではなかったけれど。若くて元気で聡明な女性のそばにいて、話をしてもらえるというのは、なんと楽しく、心洗われる体験なのだろう。
頑張って外に出た御褒美。啓一くんは今日はいい一日だった。甘い溜息をつくと、
「おつかれ~、夕飯おいとくわね~」
しまったー! うっかりイヤフォンを外して被弾してしまったけど。自分のような者を、いくら兄貴で「キモオタ慣れ」しているとはいえ。親切にしてくれた加奈子さんの実家が、「事故物件」にならぬよう、自分も出来ることをしてみよう。啓一くんはパソコンを立ち上げ。
こんばんわ。僕は内海啓一、222年ひきこもった、元ニートです。先々週から、一念発起して、自分の意志でバイトに出て、君の・・
啓一くんは、加奈子さんへのほのかな思いに突き動かされ。いわれるまま加奈子さんの兄で、もう一人の昔の自分。恵一くんへの手紙を書き始めました。とはいえ、手紙など書いた経験も遥か彼方なので、「222年」の誤表記には気づきませんでしたが、「君」はちょっと上からだな。節目の30歳に頃、同じ「感じやすい」時期を過ごした記憶が甦り。
恵一氏の妹さんの加奈子氏から、今、昔の自分と同じ境遇にいる、恵一氏に「同じ経験」をした者同志、経験談を話してくれと頼まれた。というより、ちょっとした知恵と考え方を変えることで、毒両親・・
いや待て。俺は「ニィーティストの知恵」を知っているから、どうしてこうなったか、理論立てて説明できるけど。40歳でなろう小説で一発当てて、20代前半の声優を結婚するとか、「錯乱状態」にある初級ニートなら。悪いのは百%自分で、産んで育ててくれた親にすまない。今も洗脳状態で勘違いしていたら? あかの他人の、よその元ニートに、自分の親をディスられたら気分を害して、続きを読んでもらえないかもしれない。
本来なら、あかの他人のよそのニートになどではなく。そのお金があるから、バイト先まで電車に乗れ、狂信毒母封印イヤフォンも買えた、給料日までのつなぎ資金をくれた保夫叔父に。お礼状を書くのが大人としての礼儀、常識ですが。
あ、加奈子さんからLINEだ。なるほど、LINEってこんな風に届くのか・・新鮮な感動の前には、保夫叔父の顔など浮かぶことすらありません。 何々、お給料が出たら、うちのお店に遊びにきてください、最初の一杯ゴチします。そうか・・俺みたいな、世間一般からみたらオッサンが、あんな若い女性と話をしたかったら、バイト代を「貰う」のではなく。バイト代からお金を「払って」お話してもらうのが、本来の「社会の仕組み」なんだ。今日はすごい「社会勉強」をしたなあ。
自分で自分をほめてあげたいとはこのことか。外に出るとろくなことがない。それは当たっているけど、表面だけ見ていないで、裏返して自分の目で精査して、叩き壊してそこにある真実を見る。それもまた真なりだな。啓一くんは自画自賛すると。
それはそれとして。化粧を落としたらどんな顔をしているか分からないけど。加奈子さんはいいケツをしていたなあ。胸も結構ある感じだし。掲示板の「やれるやれない」に加奈子さんが出てたら、「余裕でやれる」、絶対にYES書き込みをするな。
お前のがよっぽど「錯乱状態」だろうが、この変態セクハラ野郎! もし加奈子さんが、啓一くんの今の「ヘブン状態」を知ったら、そう罵倒されても仕方ない妄想に、啓一くんはどっぷり浸ると。俺も池谷さんみたいに絵心があったら、今日の「天国案件」を即座に漫画化し。己を「しごき倒し」、日を置改めて彩色して、さらに「しごき倒し」ているだろうな・・いろいろな意味で「女性を知らない」啓一くんの男の性は、とどまるところをしりませんでした。
「しまったー!」
翌朝。啓一くんが、3連勤の疲れと、「天国案件」の甘い余韻で爆睡して目覚めると、時計は午前11時をさしていました。今日はもう一日、看板持ちのバイトを、しかも金兄から頼まれていた。啓一くんはすっかり忘れていたのです。
啓一くんは飛び起きると、自転車で「野豚さんのH館」に急行しました。
「ようよう、久しぶり。相変わらずいい恵体してんな」
啓一くんは自分のスーツをどこかで見たことがありました。それは、なんだここのブルドッグ顔店長が、俺と同じ、えんじ色の三つ揃いボススーツ着てたんだ。でした。
「昨日も「仕事」だったんで、寝坊しちゃって。こんな格好ですみません」
啓一くんが恐縮すると、ブルドッグ店長は呵呵大笑し。
「なにいってんだよ。アニメ柄シャツに、煮染めたような短パン、素足にサンダル履き。うちみたいな店にはバッチグーじゃないか。よいしょー!」
そういうと、ブルドッグ店長は、前回同様、四股を踏みました。
「やっぱこういう店って」
「うん、店名通り。金も地位も将来もない、ただ性格がいいだけどの男と、現実であんないいオンナが結婚するわけないじゃん。あの漫画を真に受けて、今も性格がいいだけの非正規でオンナに相手にされず、風俗行く金もない野豚さんが、うちのメイン客層だから」
「やっぱ、女は金ですかね?」
職場の雰囲気にあわせて啓一くんが聞くと。
「生活できない男と付き合ったって時間の無駄だろ? 女には子供を産むとか、年取ったらとか、タイムリミットがあるんだよ。まあ、結婚したらしたで、カミさんはうるさいし、小遣いは月三万だし。子供は可愛いけど、まだガキだからさ。お父さんはまともな会社勤めって「設定」上、こんな堅苦しいスーツで家出ないとなんないし。どっちがいいんだかわからんけどな」
「じゃあ、僕そろそろ」
「おう、看板そこな。あとさあ、道路使用許可とかないから。うるさいババアとかが、なんか文句いってきたら」
「即座に場所移動ですね、わかりました」
「チガウヨー、全然チガウヨー! 「死守」だよ「死守」。おいババア、月夜の晩ばかりじゃねえぞとか。録音されても「民事不介入」でかわせる、頭使ったクンロク入れて脅してな」
啓一くんが指示された場所に立って、二時間ほどたった頃でしょうか。
あれ? 俺がいる・・俺そっくりな奴がいる・・
少し先に、自分と同じ背丈、恵体、ハゲ。お揃いのアニメ柄シャツに迷彩ズボンの、啓一くんそっくりの男が。決して友好的とはいえない、無遠慮な探るような目で、啓一くんをじっと見ているのです。
(*'ω'*)




