第三章 躍動篇 2-2 路上にて
時給という実入りは一月先ですが、今日得たまともな女性との出会い、新たな世界へと開かれた扉は日払いです。
バイト中だ、話してばかりではいけない。その後、加奈子さんはテッシュ配りに集中し、啓一くんは「もう一人の自分」に書く手紙の内容を考えていました。
今日は退屈も窮屈も覚えず終了時間になり、啓一くんと加奈子さんは、モデルルームから駅へと帰路につきました。
「あ、矢野ッチからショートメールだ。備考欄にバス代420円明記のこと。なにいってんだこいつ。うちらバスなんか乗ってませんよね?」
「お、おう。昨日はどうしたの?」
「そういえば、昨日もそんなこといってたな・・ねえ内海さん、これゲーマンプロジェクトに連絡した方がいいですかね?」
「い、いや。勘違いしがちだけどさ、俺らは派遣会社に雇われているんじゃないんだよ。あいつら俺らの賃金ピンハネしてんだろ? 現場の俺らがゲーマン社員の給料払ってやってんだよ。だから矢野くんには矢野くんの、「個人事業主」としての「経営戦略」があるんだよ。ほっといて・・いわれた通りにしてあげなよ」
「内海さんていい人なんですね。やっぱいろいろ乗り越えてきた人には、ただの理屈じゃなくて現実的な考えが身につくんだな」
「いや、人から聞いた話だよ。僕が考えたわけじゃない」
加奈子さんはそれでも感心した顔で、
「謙虚ですね。でも、知ってるだけでも偉いじゃないですか。知識は武器ですよ、弱い自分と闘う。ねえ、内海さん。聞いてもらってもいいですか?」
「お兄さんのこと?」
「はい」
そりゃ、若くて性格もいい女子が、俺なんかに興味持つわけないよな。啓一くんは自分を客観的にみれる、常識がある男・・かはともかく。礼節のある態度で接してくれる人には、自分も精一杯応えよう。男気はあるのです。ですが、こんなガールフレンドがいたら楽しいだろうな。頭をかすめることがないとはいえませんでした。
「兄は口癖のように、自分はなろうに投稿したニート転生ラノベで人生を大逆転させ。漫画家、アニメ化、パチスロ化で大金持ちになり、アニメ化の時に知り合った20代前半の声優と結婚する。そのためには40歳までは子供部屋にかじりついて、わき目もふらず執筆に専念する。そう面と向かってではなく、名から鍵をかけた子供部屋でわめきちらしているんです」
「そ、そう。でも、なんでも夢を持つ・・ことは・・いい・・ことじゃ・・ないの・・かなあ」
「ごめんなさい、よく聞き取れなくて」
啓一くんはつい小声になってしまいました。
「兄は現実を知らないから、そんな絵空事を夢みていられるけど。仮にラノベ作家になれたとしても、40歳、中卒、非正規、167センチ80キロのデブでハゲ。そんな小汚いオッサンのとこに、誰が好きこのんで嫁に来ますか?」
確かに正論です。ですが啓一くんには、加奈子さんの兄の恵一くんにではなく、自分がいわれているように聞こえました。
「兄は知らないんです。現実のオンナはしっかりしていて、まず考えることが、自分一人でも生きていける道を探すこと。その次に、自分が理想と思い描く子供二人、持ち家が可能な収入が見込める男と、結婚を前提に付き合いながら、相手の性格を見極めること。体力や人脈で稼げる、ヤンキーDQN系じゃない、中卒非正規の。兄のように収入もなく見た目もあれな人は、すべての女から最初から男して見られないということが」
善人でしっかり者の加奈子さんが、きっぱりと断言するのですから、その通りなのでしょう。ですが啓一くんには、加奈子さんの兄の恵一くんではなく、自分がいわれているように聞こえました。
「あたしは同じ女だからわかるんです。お母さんは、ただお兄ちゃんの人生を奪い取っただけではない。自分イコールオンナに対し、執拗な体罰や暴言で、うらみ憎しみを刷り込んで、女性嫌いにして付き合えなくさせたんです。家から出なければ出会いなんてない。仮にお兄ちゃんが、ニート転生ラノベで人生大逆転しても。母親イコールオンナに対するうらみ憎しみが心に染みついて。顔に目つきに出るから、相手の女もそれを見て危険を察して、どんなにお金があっても、お兄ちゃんと付き合ってくれる人などいない。それが現実なんです」
「おそろしい話だね・・」
「女は怖いですよ。自分の腹から出てきた恵一はあたしのもの、どうしようとあたしの勝手。あの子とあたしは一心同体。あの子も分かってくれている。お母さんは反省どころか、信じて疑わないんです。お父さんは低能、その嫁は性悪、似た者夫婦にゾッとして、あたしは大学は通信にして、家を出て今に至るんです」
「妹は救われたか・・」
啓一くんは、そういえば自分の弟、信二はどうしているのだろう・・どこの長男が災難な家も、長男は奴隷、次の子は・・なんだな。どうせそうなら、俺もオンナ狂いして腰抜けになったあんな弟より、こんなしっかりした妹がほしかったな。
「ねえ内海さん、よく「何年問題」とかいうじゃないですか?」
「ああ、ネットは二千何年に崩壊するとか?」
「あたしは「あニート40歳問題」って呼んでいるんです。例えば兄がこのまま40歳になり。ラノベ作家にもなれず、今のままだとする。自分がこうなったのは、母親の狂信によるもので、しかも他の女と付き合えない性格改造まで施されていた。人生に絶望した兄が、なぜこうなったか? ことの真相を知って我を忘れて、刃物を持って母に立ち向かった時。諸悪の根源たる父もまた、馬鹿丸出しで刃物を持ち、長男に立ち向かう」
ごくり。啓一くんはまた生唾を飲みました。
「父と息子が、互いにジジイとオッサンになり、差しつ差されつ、お酒を飲みながらの昔話をならともかく。70歳VS40歳、無職同士の親子の刃傷沙汰で。互いに白刃を交えて、どっちがどっちを殺っても、見出しの先にくるのは」
「40歳の無職の長男・・」
啓一くんはうめくようにいいました。
「いえ、「自称文筆業の40歳の長男」です。見出しはともかく、馬鹿ですよね、そんなの。お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、人間の命をなんだと思ってるんだよって話じゃないですか。三人とも、少しは頭使えよ、心磨けよ、知識学べよって話じゃないですか」
加奈子さんは鼻息荒くまくしたてました。ですが啓一くんは、俺がオンナを憎み、絵の幼女とまーや以外愛せないのは、毒母の悪の策略だったのか・・加奈子さんの兄の恵一くんではなく、相談された啓一くんが、そのことを先に知ってしまい。
今日、帰宅して、あの子も分かってくれてる。同じ毒母の狂信で、気持ちの悪い声をかけられたら? 刃物をもった俺に、代官ならぬ悪天然の子供頭親父が、刃物を持って応戦してきたら? テレビニュースのCGによる犯行再現のように、啓一くんの脳裏にその顛末が、血しぶきも鮮やかに映し出されました。
「ねえ、内海さん? あたし間違ってますか?」
「ハハ・・そう思い詰めなくても、40歳まで、まだ10年もあるじゃないか」
啓一くんが自分を落ち着かせるようにいうと、加奈子さんは大きく手を振り。
「そう油断しているうちに35、気づいたら40歳、職歴なしの鉄人ニート。どうするんですか?」
ごくり。啓一くんはまた生唾を飲みました。
(*'ω'*)




