第三章 躍動篇 2-1 路上にて
「お昼はなにを食べました?」
配るテッシュを用意しながら、加奈子さんはごく自然に聞きました。
ああ、これが一般人の「普通の会話」なんだ。
「弁当。残り物を適当につめて」
「えらいなあ。あたし一人暮らしなのに、全然料理しなくて」
「実家だから」
しまった。失言してしまった。
「ああ、「子供部屋おじさん」ってやつですか? へへへ」
「俺たち」以外の一般人、それも若い女性に、それが傷つく言葉でも。冗談としていわれてたら、俺はただ受け流すしかない。配った数を報告するよういわれているので、加奈子さんはテッシュを数えながら、
「家賃払うの、ほんと馬鹿らしいですよね。大家はいい生活してんのに、その養分になっているあたしは、カツカツのカップ麺生活とか。でもあたし、親と折り合いが悪くて。いいなあ内海さん」
人は外見ではない。いくら高学歴の美人でも、義兄を自分の我欲のため、「月尻バイトスクール」売るような、メゾネット魔狐では意味がない。この人は若いのに弱者を思いやれる心がある、人間が出来ているんだ。啓一くんは茶髪でメイクも濃い加奈子さんの心に感心しました。
「いやあ、僕の場合、毒親に幽閉されてるだけでさ。法が許すなら二人とも滅多刺しにして、亡き者にしてだね。心穏やかに一人暮らしをしたいとこだけど、中々そうもいかなくてね~」
と、いいたいところですが。今二人が死んでしまったら、啓一くんは生活していけませんし、そんな夢を「一般人」語るのも変に思われるだけです。
「親とは・・まあ、どこもいろいろあるよね」
「ですよね~」
啓一くんは「一般人との会話のコツ」を、つかんだというより、見出したようでした。
「あたし、実家にいられない理由がもう一つあって。兄が中学からの筋金入りのニートなんです」
「ゲホゲホ」
「うちの家系は、ニートひきこもりの宝庫で、矢野ッチもそうだし」
「だったら「経験者」の矢野くんに、相談にのってもらったらいいじゃないか?」
「うちの兄は、ああいう明るい弾けた系ではなくて。カーテンを閉め切った暗い部屋で、一日中、ネトウヨしてるか、テレビのアニメ見てるかで。ヘッドフォンじゃなくて、わざと大きい音をだしてエロ動画見ながら、俺のDNAがどこの卵子とも結合出来ず、優秀な日本人が滅んでいくのも、すべてお前らのせいだ。壁を蹴りながらわめき散らしたり」
「ワイルド系なんだ」
「え?」
「で、でも、働きもせず、毎日そんなことしてたら、い、いけないよね」
啓一くんは、言葉に詰まりながら、しどろもどろでいいました。
「ええ。でも、元を正せば、お父さんが仕事を理由に家庭を顧みず、外に愛人を囲ったり好き放題して。それでお母さんがおかしくなって、兄に「過度のしつけ」をしてしまい」
「いじめ、不登校からの、長期ひきこもりか・・」
「よくご存じですね。あたしが一番怖いのは、諸悪の根源のくせに、お父さんがこうなった責任は俺が取る。恵一がこれ以上、家族の和を乱すのなら。その時は自ら親としての責任を取り、けじめをつけた、あの侍事務次官に俺はなる。息子を滅多刺しにした凶悪殺人犯を、「立派な父親」「日本の侍」みたいに錯覚してるんです。裁判で「情状酌量」が認められ、あの真の侍に執行猶予がついたら、その時は俺も腹をくくり、後に続く。公言してるんですよ」
け、けいいちって、えらい偶然もあるもんだな・・
「心配しなくても大丈夫だよ」
「本当ですか? うちの兄貴も、矢野ッチみたいに、せめてバイトでいいから働いてくれますかね?」
「うん、刺される前に、お兄さんがお父さんを先に刺して、別の「ひきこもり施設」で、真面目に「非正規労働」するようになるから、心配いらないよ」
「ちょっと、やめてくださいよ! そういう最悪な結末予想するの・・」
「お兄さんてどんな感じの人? 見た目とか年齢とか」
「矢野恵一30歳、身長は170センチないくらいで。体重は・・80キロはあるんじゃないかな。髪の毛は薄くて、お酒も煙草も飲まないのに、どす黒い、今にも死にそうな顔色で・・今年節目の30歳なのに、今もニートってのが悔しいらしくて、最近は荒れ方がハンパなくて」
まんま五年前の俺じゃねえか!
「お父さんも、決してお兄ちゃんに愛情がないわけじゃないんです。ただ知性と社会常識がない、本当の意味で「大人の責任」を取る勇気がないだけで。でもそれをいうと、お父さんキャンキャン吠えて、キティガイみたいに怒るんです」
「お父さんは認められないんだろう? はたからみたらありもしないプライドを守りたい一心で、自分のせいでこうなったってことを」
「弱い犬ほどよく吠えるか。ああいう息子殺人官を、さも親の責任を取った侍みたいにほめて。自分もそうなったら後に続く。なんてドヤってるバカ親父は、みんな不倫したり遊びほうけていたりで、「大人の責任」を取る勇気のない、チワワなんでしょうね」
あ、いけない。加奈子さんはバイトしに来たことを思い出し。
「新築マンション販売中でーす。モデルルーム随時見学可能でーす」
テッシュを配り始めました。
加奈子さんはいい人だけど、その実家はマジでヤバいな。一触即発とはこのことだ。「ニート30歳問題」は俺にも経験がある。あの時は、「ニィーティストの知恵」もなく。ただ無知無責任なテレビ報道や、ネットの同族嫌悪に踊らされ、自分が死ぬか毒親を殺すか。二者択一しかないと思い詰めた魔の刻だったな。
「ねえ内海さん。うちの兄と友だちになってくれませんか? 家に来て話し相手になってくれるとか。時給850円でどうでしょう?」
一日、何時間で? 思わず聞き返しそうになりましたが。
「ああいう人たちは、自分は駄目人間だって思いこまされていて、でもそれは決して自分のせいではない。一人で葛藤しているところに、あかの他人が恥ニートを助けにきてやったぞ。上から目線だと誤解されて、かえって火に油を注ぐようなものだよ。僕が急に訪ねていったら、お兄さんはそれこそ殺気立って、お父さんの代わりに僕が刺されるかもしれないよ」
啓一くんは、こんな人としての礼儀を。自分のような者にも尽くしてくれるなら。自分も知っていることを全て吐き出そう。「当事者」しか知らないことを教えると。
「ああ・・」
加奈子さんも、啓一くんの事情を「察した」ようでしたが、あえて言葉にはしませんでした。
「じゃあ、こういうのはどうでしょう? 兄のメールアドレスを教えるから、そこになんかこう、兄の気持ちが和らぐような、内海さんならではの思いや考えを書き込んで、送ってくれるとか。おそらく返信はないでしょうが、あたしの連絡先も教えますから、何か変化があったら、あたしから内海さんに連絡しますんで。無論、ただとはいいません、手紙一通につき」
「いいよ、お金なんて。こうして僕みたいなキモい奴に、普通の男みたいに接してくれただけで十分だよ。僕の方こそお礼をいいたい気分だよ」
「そんな、内海さん、キモくなんかないですよ」
「マジで?」
「だって内海さんがキモかったら、内海さんとそっくりのうちの兄貴も、「キモオタ」ってことになるじゃないですか!」
「お、おう・・」
(*'ω'*)




