第三章 始動篇 1-3 すべて裏返してみろ
まさかこんなことが起こるなんて。
「昨日、ウルトラニー、ハイが、内海さんも僕と同じみたいなこといってましたが、結構、長くやられているんですか?」
突然の三次元の洗礼でした。毒母、メゾネット魔狐。身内に憎むべき三次元オンナはいても。加奈子さんは同じ三次元オンナでも堅気、一般人です。池谷さんではないですが、非正規よ紳士たれです。
「うん、今年で22年目」
敬語ではかえって俺のキャラ的に、相手をビビらせてしまう。啓一くんは、ワイドショーのコメンテーターをする時の、掲示板創始者スマイルで、あけっぴろげにいいました。
「22年も看板持ちされてるんですか?!」
そっちかよ・・
「あ、ああ。このバイトは五回目かな」
「ですよね。矢野ッチに、看板持ちを30年続けている、非正規のレジェンドがいるっていわれて。あれ、マジじゃなくて、かましですよね?」
「さあ、どうだろ。矢野くんとは親しいの?」
「親戚なんですよ。あっちが叔父さんの息子的な」
それでか・・「ニーサーの姫」なんて、よほどの篤志家か、アホの子しかやらんだろうし。
「それって矢野くん的には秘密なの? 昨日も他人みたいにいってたけど」
「あいつは自分の「キャラ設定」に異常にこだわりますからね。秘密にしておきたいこともあるんじゃないですか?」
別クライアントのモデルルームまで、ギャルっぽい今時女子と二人で歩きながら。所詮、俺はまーやと二次元しか愛せない男。「天国案件」でもちっともワクテカしないけど。こうして普通に会話できている現実。やれば出来る! 新たな発見じゃないか。それに今日は、本来なら辰と砂田。あの無言兄弟との「修行」だったはずじゃないか。こんな別の「修行」なら、あいつらより俺には有益だし、バイト三連勤最終日の、「一服の清涼剤」じゃないか。
啓一くんが最後に生身の女性と会話したのは、不登校になったまま迎えた中学校卒業式当日。狐顔で非情な女性学年主任と、「卒業証書も卒業アルバムもない、君はもう当校と関係ないからそのつもりで」。なんのいじめ対策も、啓一くんの心のケアもしなかったくせに。まるで学校の恥、迷惑分子ような扱いの電話で冷たくいわれ。35年の人生で一番傷つき、人間不信になり、長期ひきこもり化のきっかけになった時以来でした。
あの頃に生まれた子が、今、俺と一緒にバイトを・・感慨深いというより、俺も気づかないうちに年を取った。いずれ俺も、よくて池谷さん、最悪だとN犬になるのか・・戦慄していると。
「あのー、間違っていたらごめんなさい。内海さんて、「まーや帝国民NO1の男」ですよね?」
「え?」
まーやは啓一くんの中では「神」でも、世間一般の認知度はまだまだ。その他大勢にすぎません。知っているのは一部のマニアだけです。
「あたし、昨日、矢野ッチに、なんでしたっけ「ニーサーの姫」でしたっけ? 頼まれた時、そんな金にならないことをやるほど、あたしは篤志家でもアホの子でもない。帰ろうと思ったんだけど、あれあの人って思って」
「え、まーやファンなの?」
「はい。最近知った「にかわ」ですけど」
「それ、「にわか」。初心者的な意味の」
「ははは」
なるほど「天国案件」だ。こんなところで「帝国民」と会えるなんて。思い返してみれば、俺は他のNO1に対し、自分の境遇を恥ずかしく思うばかりに。マイルドニートの辰、ヴィーガン砂田さんと、同じ態度を取ってしまっていた。そうか、あの時の俺のブーメランが「辰&砂」なんだ・・
よし、次に別のNO1と会った時には。ダンスオヤジに、看護師なのにタバコ吸ってるおばさん、いまだ行方不明のモケルセンとも、気さくに挨拶できる男になろう。何より愛するまーやに、帝国民NO1の男として、ワンサイズジャンボになった姿を見せてやろう。啓一くんが殊勝なことを考えていると。
「でも、まーやって絶対くすりやってますよね。ヤクで死んだイギリスの女性歌手と同じ目をしているもの」
突然、加奈子さんは探偵のような目で、啓一くんが期待していたのとは真逆の、まーやディスをはじめました。
「挙動不審、支離滅裂な発言、ジャミラの着ぐるみ。くすりの副作用じゃなければ、「医師の適切な処置」が必要な子じゃないですか? なんで周囲は隔離しないで放置しているんですかね・・だって本人のためにならないじゃないですか?」
なるほど「にわか」だ。帝国民が口にしてはいけない、絶対的な禁句を。簡潔に三行にまとめて口に出して、どれだけ帝国民の心を逆なでする暴言を吐いたか? 自分では気づいてもいない。
「内海さん、なんですか、その手つき」
「え?」
「なんか、パソコンのキーボード叩く仕草しているじゃないですか?」
しまった。長年の掲示板漬けで、面と向かってディスられたことがないから。無意識のうちにキーボードを叩いて、エアーネット反論しているじゃないか。
「でもさ」
いやまて。ここで天然物ウナギが、ステージという桶の中ではねているだけの元気姿。その根っからアーティスト体質が、いつものまーやなんだよ。おいお前、ヤク中なんて失礼なことをいうと○すぞ! 通報しました。そんなやりとりをしても、俺に何の得があるんだ。バイト先のにわかくらい、加齢に、いや、華麗にスルー出来ないでどうするんだ?
俺はニートひきこもりという、地獄の井の中の蛙池での。無知と恐怖に支配された同類との、マウントの取り合い合戦から、一抜けしたんじゃないのか? この怒りを己の養分に変換してこそ、俺は外に出るとろくなことがない。それを裏返した勝ち組になれるんだ。
「最初はみんなそう思うらしいね。確かにそういう見方もある。でも短い時間だけど、間近でまーやに接したことがある身としては。まーやは天然なだけで、薬物とは無縁な子だと思う。すごい努力家で、中身は繊細な照屋さんだから。わざとああいうキャラで自分を守っているんじゃないかな」
そうか・・まーやも「裏返して」いるんだ。あの攻撃されやすいキャラを、あえて己に課すことで、攻撃してくる敵を養分化して、己を鍛え強くする道具として逆活用しているんだ。負けるが勝ち。そういうことなんだ。啓一くんが天啓に打たれていると。
「内海さん、合格です!」
加奈子さんが親指を突き立てました。
「え?」
実社会の、生身の人間と接することは、なんと苦労や意表を突かれることが多いのでしょう。啓一くんは合格ということは、自分は何かテストされていたのか? 思わず声が裏返ってしまいました。
「うつみん、「カルト」の定義ってわかります?」
「うん。ラーメンに入っていると嬉しい具でしょ?」
「それは「ナルト」!」
「うーん「カルト」って、自分の宗教とか政治思想に狂信的な人のこと。で、いいのかな」
「ですね。自分の考えに固執して、他者の意見や考えを受け入れられない。そういうカルト人種はあたしと同じ次元で生きていてはいけない。バイト現場であれ、目の前にいたら即ブロックします」
「どうやって? ツイッターなら昨日もされたけど、現実ではエンターキー、ターンってわけにはいかないだろ?」
「簡単ですよ。こうやって、こうすれば」
「なんだってー!」
お約束の雄たけびが出ました。加奈子さんは金歯がプリントされた、初姐と同じマスク。その上にあの「満の謎眼鏡」をかけました。
「ブロック完了。喋らぬギャルの威圧、ドリームジャンボラーカナ!」
しまったー! タイマー録画しとくのを忘れてた。な、日曜日の人気朝アニメの。なぜ、長々と口上を述べてゆっくり変身しているすきに、悪はさっさと討ち入ってやっつけないのか? つっこみどころの決めゼリフ風に、加奈子さんはいいました。
顔や髪型はギャルでも、男女ともスーツ着用が義務付けられたバイトです。加奈子さんもローヒールにパンツスタイルのスーツ姿。それに変マスク、謎眼鏡。これでは「辰&砂」の方が、外見が普通なだけまだましです。
「分かったから、ブロック解除して」
モデルームっぽい建物が見えてきました。こう連日度を越えた「愉快な仲間」と、クライアントを訪ねるのは、「バイトリーダー」として荷が重すぎます。
「内海さん、アタシ、みっつんのバイトチャレンジブログ、「コミ障バイトリーダーへの道」を読んで、初めて「まーや帝国民NO1の男」を知りました」
「僕のことが書いてあるの?! え、どんな風に?」
「ググれカスだバカ野郎!!」
「す、すいません」
叱られると、反社的に謝ってしまう、虐待気質で。いきなり怒鳴った加奈子さんに、啓一くんが頭を下げると。
「うちらドリームジャンボラーは、みっつんがどれだけ苦労し、汗をかいて、あのバイト現場までたどりついたか知ってます。内海さん、あなたフリーライブのあと、ネットのファンコミで、大ひんしゅくをかっていたの知らないでしょう? せっかくのみっつんなのに、ステージ横にいるデブの看板持ちのせいで、みっつんの世界にひたれきれなかったって」
「そ、そう。それは気づかなかったな。でも僕も仕事だから」
「バイトでしょ? でもその夜、久々にみっつんがファンコミに降臨して。あれは「まーや帝国民NO1の男」だって。みんなはあ? 誰やねんですよ。でもみっつんが名前を出すなら、それ相応の男だろう。うちらググって、「魔王咆哮芸」でしたってけ? 何も知らずに詐欺ならぬ、クリック被弾して、みんな嘔吐、失神しました」
「ご、ごめん、タイトルに「超閲覧超注意」って書いてなかったかな?」
「うつみん、結果はともかく。あんたある意味「インフルエンザ」だよね?」
これは一概に「間違えている」とはいえません。
「ドMとして見逃せないんだよ。うちらを嘔吐、失神させたガチ勢うつみんに、あたしもみっつんに負けない「チャレンジ」をさせてやりたい。ヤンキーとギャルは、自分たちの流儀や主張をおしつけて引かない生きものだから、断れないからそのつもりでいて。うつみん、一回だけチャレンジチャンスをやる。あんた今日、あたしをナンパしてみな。チェンジは出来ないからそのつもりで」
それよりマスクと眼鏡を外してくれ。
次々と啓一くんの身に降りかかる、事件はネットの掲示板でおきてるんじゃない、バイト現場で起きてるんだ! に、啓一くんの顔も青くなる一方なのでした。
(*'ω'*)




