第一章 地獄篇 #4 恐怖のハローワーク 後編
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「新戸さん、またですか!」
用具入れから出てきたのは、館内清掃員の制服を身にまとい、制帽を目深にかぶった、顔のよく見えない謎のおばさんでした。
先ほど入り口ですれ違った、ヤンキースの帽子のおばさんと同じ、むきだしの金歯のプリントマスクをしていますから、同一人物のようです。
「窓口を通さない、「非正規の求人」はだめだって、なんべんいえばわかるんですか! どうしてあなた方は、せっかく悲惨な人生をやり直そうと、ここにきた真面目な若者のやる気を、出来もしない凶悪犯罪やるやる詐欺で、挫こうとするんですか!! あなた方のしている勧誘行為は、人の道に外れていますよ! 恥を知りなさい!」
謎のおばさんに一喝されると、新戸親子はしょんぼりし、下を向いてしまいました。
「こんなことだろうと思って、先回りして隠れ、耳をすませば案の定、いくら無料で誰でも利用出来るといっても、ここはあなた方のロンパールームではないんですよ! わかったら廊下に立っていなさい!」
新戸親子は叱られるがまま、おびえたような顔で、出ていきました。
「ありがとうございます、まじでたすかりました」
啓一くんがお礼をいうと、
「ここの名物、ううん、迷惑親子でね、生き方を変えよう! 真面目に働こう! 勇気をふりしぼってここへきた、同じニーともだちに、ああやってあやをつけ、もう脱ニートの道はない、諦めて人を殺して刑務所で死のう。ニートの弱みにつけこんでおどしては、せっかくかっちかちにおっ立った働く気を、そんな勇気もない、死ぬ死ぬ詐欺で、根本からへし折る嫌がらせをするために、親子で、日々、ここにたむろしている福祉親子なのよ」
おばさんの顔は、帽子とマスクでよく見えませんが、手や肌の張りを見ると、N犬中年と同世代でしょうか?
「オヤジならぬ、ニート狩りですか?」
「啓一くん、だよね? ふふ、うまいことをいうわね。元はあのN犬が悪いのよ。ひきこもりになった理由が失恋だなんて。最近の少年向け漫画って本当に有害よね。金もうけのためだけにDT受けばっかねらって、現実のオンナを描かないから。なんであかの他人のよその年頃娘が、ひゃー卒、非正規の出来損ないの犠牲になって、一生苦労しないといけないのよ。オンナは若くて新品未開封がいい。見映えはわるい、定収入もまとまった金もない、心まで腐っているばか男が、てめえの妄想が現実では通用しない。そう思い知ったとたん、やれオンナは魔物だビィヤーッチだなんて。自分を変える気のないN犬らは、今のまま、その非正規底なし沼で、死ぬまで彼女いない歴年齢で溺れてろ。ほんと、男むけ二次元ってワック(まがい物)ばっかだわ」
おばさんは、啓一くんが苦手な、女性の権威向上運動家であることを匂わせました。
啓一くんは、駅前で、与党打倒だの演説してる、殿塚のBBAたち同様、この手のおばさんも苦手です。
それにまーや帝国民No.1の男の立場を守るため、一刻も早くお金を稼ぐ、別の方法を考えなければなりません。
「まったくその通りですよ! じゃ僕はこれで」
去りかけた、その時でした。
「身内の恥をさらすようだけど、うちの息子もぶっちゃけ12年もひきこもった..「元ー!!」..ニートでね」
謎のおばさんが、織田裕二さんの伝説のCM同様、「元ー!!」の部分を、右手を突き上げながら、大声で強調すると、去りかけた啓一くんの足が、ぴたりと止まりました。
「ああいう子たちって、世界が自分の部屋だけで、世の中の仕組みとかまったく知らないでしょ? だから同じ世間知らずのニーともだちが、ネットで自分を正社員に偽装するためのきめ台詞、「ハロワに逝け」を真に受けてここにきて、あの親子にひどい目にあわされてね」
「ほう、そうですか。でも..「元ー!!」..って」
啓一くんも、織田裕二さんの伝説のCM同様、「元ー!!」の部分を、右手を突き上げながら、大声で強調し、
「12年もひきこもった息子さんは、今現在、どうされているんですか?」
おばさんに真顔で向き直ると、
「あら、あなた「ネットビジネス業」なんでしょう? ちゃんとした「定職についている」のに、あかの他人のよその「元ー!!」..ニートが、誰もが諦め見放した、12年もの長期ひきこもり生活から、
突然の電撃社会復帰をはたし、多額の現金をウハウハと、いきなりポッポに詰めこんで、うぇ~いうぇ~いしてたのなんて、どうでも..ちょ、君、近い近い!」
「す、すいません。実は」
「はい? 君まさか。え? 現役ニートなの? なに、突然のさわやか告白?」
おばさんは芝居がかった身のこなしで、啓一くんの肩をつんつん突きました。
「い、いえ、そうじゃなくて。その、身内の恥をさらすようなんですけど、じつは「弟が」高齢ニートで。参考のためにお話を聞かせていただけると、なにか「弟の」脱ニートのきっかけになるんではないかと」
啓一くんが、自分だけいい思いをしているのだから、この際、そういう設定で利用させてもらおう。
噛みながら、見知らぬ同士を無駄に傷つけあわないエチケット会話、「大人の暗黙の比喩」でいうと、
「ホー! ハハーン、なるほど。そうかそうか、ホッホッホー!」
おばさんも了解したのか、ラッパー風に返事をし、
「学歴なし、職歴なし、彼女いない歴、友だちゼロ歴、すべて年齢の、生きている意味があるのかすらわからない、みじめで、「世間一般の常識」に照らしあわせたら、未来の税金泥棒確定ガイ。英語のGUY(男)と、日本語の「害」を掛け合わせて、しっかり韻を踏んでいるとこを、あたし的にはよーくチェックしてほしいんだな?!」
「は、はあ。い、淫をですか?」
おばさんはラッパーのように身をくねらせ、
「今日も、がちごくつぶし、「不肖の弟」、出来る兄、慮る《おもんばか》、今日は平日、なのにわざわざ、「仕事休んで」、ここ《ハロワ》に解決策、さぐりにきた、そういうわけ、ホー!」
風運急を告げるなどといいますが、啓一くんは突然割って入った、腹を割らずとも、最初から話のわかるおばさんの謎ラップに、
「それもあるんですが、このところネットビジネス業も、上級国民ばかりをえこひいきする、俺たちのA倍ちゃんのせいで大不況で、僕も経済的に困っていて」
正直に窮状をうったえると、
「まーや帝国民No.1の男、内海啓一35歳、ネットビジネス業は、突然のまーやのライブ告知に、急に金コマになったと」
謎のおばさんは核心をつくと、
「ふふ、話を聞かせてもらいながら、いろいろググラらせてもらったわ。辛いよな「弟が」高齢ニートじゃ。金を借りるわけにもいかないし。たまには実家に「帰って」、親に無心したらどうだい?」
「いえ。ぼ、僕は「真っ当な社会人」として、そんな恥ずかしい真似は出来ません!」
「それで、ここにバイトを探しにきたか。でもネットビジネス業って激務なんだろ? その上、副業までして、もし過労死でもしたらどうするんだよ。労災どころか、「自業自得」でしまいだぜ」
啓一くんは毅然と胸を張りました。
「まーやのためなら、僕は死ねます!」
「その意気や良しである」
表情こそ見えませんでしたが、おばさんは棒読みでうなずくと、
「啓一くん、それなんだよ。ニートが社会復帰出来るか、出来ない、永遠のひきこもりで終わるかの差は」
「といいますと?」
「うちの息子も、うっかり迷いこんだここ《ハロワ》で、からかい上手の新戸親子に、君同様、命の選択を迫られて」
「迫られて?」
「息子は死ぬより、生きる道を選んだんだ!!」
( ・`д・´)
「まあ立ち話もなんだ、そこへお座りよ」
謎のおばさんは、啓一くんをウォシュレットつき洋式便器に座らせて、自分は用具入れから出したパイプ椅子を、啓一くんの前に置いて座りました。
気がつくと、顔のみえない、謎のおばさんに前を塞がれ、啓一くんは逃げられない、雪隠づめにされてしまいました。
「人間、年収八百万の正社員で、ランチブログで知りあったネッともとオフ会したりの、充実人生送っていたって、時には死にたいなんて思うこともある。まして、生きる希望も夢もない、絶望人生のニートなら毎日だ」
啓一くんは、何か人生が激変するような、大事な実話を聞けるかもしれない。
便座に座り直して真剣な顔で聞きました。
「息子さんも死のうとしたんですか?」
「ああ。もう八方塞がりの、12年ものニート暮らしに絶望し、これ以上生きるのは無意味だ。でもね、人間そう簡単には死ねないよ。死んだらどこへいくかもしれない恐怖。人間の数と死者の魂の数が合わないから、来世、輪廻転生はない。ニート時代、息子は口ぐせのようにいっていた。でもね、ニートのまま死ぬのは辛い、怠けたつけが、次の人生までついてきて、また同じニートな、友だちゼロで、死ぬまでおしり未開通な悲惨人生を、もういちど繰り返すのはいやだ。心のどこかから、息子の人としての、善なる本能が呼びかけてきたんだな」
「それはどのようなきっかけで?」
「啓一くん、欲望というのは、我々が生きる原動力、君だって、まーや帝国民No.1の男の立場を守りたい、その欲望がこうしてWワークを決意させたんだろ?」
「たしかに。で、息子さんはどんな欲望を叶えたくて、どんな生き方を選んだんですか?」
「死んだ気になって脱二ートして働き、稼いだ金でアジア諸国を旅して、レディーボーイ(女装した男娼)にがしがしホラレモンされ、メスイキしたい」
「そっちの方の「イキ方」ですか..それって具体的にどのような?」
啓一くんが思わず身を乗り出すと、おばさんは棒読みでいいました。
「冗談に決まってるだろ。息子の夢は、毎年、富士ではなく苗場で行われる、いくだけでドヤれる、おしゃんてーなフェスに、テント張って三日間居座りたい、たとえぼっちでも」
「ああ、そのフェス、弟もリア友と」
「え? 「高齢ニート」なのに、夏フェスはいくのか?」
「い、いえ、その「友だちの弟」が」
「君も人気バンドのサチモスみたいな、スクールカースト最上位、リア充、意識高い系の、三冠王友だちいるんだな」
「そんなことより、息子さんは夢を叶えられたんですか?」
ここは仕事に出会う《ハローする》施設です。
ひょっとしたらこのおばさんが、今度こそ啓一くんでも勤まる、楽で、今すぐ現金になる、真っ当なバイトを知っていて、うまく取り入れば、この場で紹介してくれるかもしれません。
啓一くんに、先ほど逃した、現金50000円の夢が再びよみがえり、頭の中を諭吉がひらひらと舞いました。
「ああ。翌年、息子はネットの出会い系で知りあった、19歳ギャル系の、それはケバい男の娘と、中古のトヨタdbにテントを積んで、立派に旅立ったよ。そしてばか高い入場料を払い、傘をさせない会場内で、連日の豪雨にずぶ濡れになってね。酒同様、ぼったくりのフェスめしで腹を下し、くせえとしかいいようがない、仮設の和式トイレに、鼻をつまみながらふんばってさ。それでも雨漏りするテント内で、初恋人に三日間、きっちりホラレまくり、夢を叶えたよ」
「ニ、ニートなのに運転免許持っていたんですか?!」
謎のおばさんは、腕組みして呵呵大笑すると、
「そっちかよ! ま、働きながら資格を取り、自分で稼いだお金で、休日を思う存分、マン! 喫! すーる! これがニートの社会復帰というものだろ?」
おばさんは「マン! 喫! すーる!」のところだけ立ち上がり、リンボーダンスのように身体をそらし、突き出した股間を、レゲエダンサーのように叩きながらいいました。
「でもさ、世の中そう甘くない。ニートの社会復帰が、うちの息子ほどスムージーにいかない理由、せっかく働き口を見つけても、すぐにバックレて、前より重いひきこもりになる、いわいる「リターンニート現象」。それがなぜ起きるかわかるかい?!」
おばさんは首をふりながらパイプ椅子に座り直し、オーマイガッの、お手上げポーズでいいました。
「いえ、ぜひ教えてください!」
啓一くんは、なんかもう、必死でしょう、状態です。
「バイト探しの時に、ニートは友だちがいないから、相談する相手が、ネットか親しかいないじゃない?
でも親に相談して、いきなり身のほど知らずの、超責任重い仕事にいかされてもむり。そこでうちの子も、最初は日本の恥として有名な、あの有名掲示板にスレ立てして、いわいるネット民に相談したんだナ」
「なにかこう、その姿が、ありありと目に浮かぶ気がします」
「ところがニートって、今日が何曜日かもわからないでしょ? うっかり平日の昼間に掲示板に相談にいったら、いるのは自称正社員ばかりでね..仕分けはキツいからやめろ、交通量を数える仕事はどうだとか、同じニートがネットで見た知識ばかりで、あげくのはてにハロワに逝け。いった結果が君と同じよ」
啓一くんは、なにか思いあたる節があるのか、深く共感した顔で、しみじみとうなずきました。
「ニートからの社会復帰に必要な仕事って、まずわずらわしい人間関係がなく、体力が必要なガテン仕事でもない、一人でこつこつやる地道な仕事じゃない?」
啓一くんは、もはや信者の目で、謎のおばさんに魅いられています。
「でも、世間知らずのニートの息子が、自分一人の力でそんな仕事見つけられないでしょ? ハロワいってからかえって荒れちゃって、俺がフ○ロック、それもシー○ズの集会に参戦出来ないのは、おまえのしつけと称した虐待のせいだ! ダメだしする、その生意気な態度に、あたしはむだ飯食いのくせに、母に対する愛、リスペクトが足りない!! 息子に腹が立ってさ、あたしに服従しないとどうなるか、思い知らせてやろう。それで息子に無断でネットを切断したら、逆ぎれして刃物を持ち出して、あたしを刺そうとしたの」
「なにかこう、その姿が、ありありと目に浮かぶ気がします」
「あたしも、お腹を痛めて生んだ自分の子は、自分の充実人生をきっぱり捨てて、一蓮托生の母の下男、ペットとして、その身を一生捧げるものだ。そう信じて疑わなかった。でも万が一ということもある。そこで息子が逃げ出さないよう、小さな頃からびしびしと、365日、体罰、暴言のきびしい「しつけ」を繰り返し、息子が学校や実社会に適応できないよう、精神力をドラクエレベル1状態に押さえつけ、あたしという檻に追いこんだのは事実。なんだけど、さすがに出刃包丁向けられて、命の危険にさらされるとねえ。いくら「世間一般の常識」さんたちが、手塩にかけて育てた息子に、まさか刃物を向けられるなんて、お母さんが哀れすぎる! な~んて、じつは刃物向けられる理由大ありのあたしに、薄っぺらな口先だけの同情を寄せて、血相変えて怒ってくれてもさ、痛いのはあたしでしょ? もう痛いのは人生だけで充分。刺されて、うめいて、入院、まじ勘弁、セイホー! だから」
「やっぱ「刺すふり」だけで、実際にぶっすりいったらだめなんですね..」
「お腹を痛め、手塩にかけて虐待、いえ、育てた息子が、母のために自分の人生をすべて犠牲にして生涯仕える、これなら母親冥利に尽きるけど、息子の手であの世に強制送還されるのは違うから」
「確かに。いくら「世間一般の常識」どもが、お母さんが可哀想すぎると、やほーのコメ欄などで、ばかの一つ覚えのように大合唱したって、死体安置所までは聞こえませんからね..」
「生かさず殺さず働かさず、息子を飼ってる、「世間一般の常識」に照らし合わすと、表向きは立派な母の願いは、息子がほかのオンナなどに指一本触れず、自分が死ぬまでぴたりとそばにいてくれて、死んだあとはご勝手に。しかしそうはニートが許さないんだな!」
( ・`д・´)
「死んだ気になってはよく聞きますが、殺されたつもりになってはレアですね」
「あたしが苦心惨憺して、ようやく自分の部屋に閉じこめた息子を、悪いのはすべて息子、ニートは100パーセント息子の甘え、苦労して育てたお母さんが可哀想。裏事情をなにも知らない、「世間一般の常識」さんたちが、じつは息子をニートに追い込んだ真犯人のあたしを、おめでたい金八語録みたいなテンプレで、せっかく全力応援してくれてるのにねえ。この「世間一般の常識」《ビッグウェーブ》にのれずに、せっかく因果独占した息子を、泣く泣く一般社会に放流するのは、母としてまじつらかったけど、あたしも命あっての物種だから」
「つかぬことをお聞きしますが、息子さんは一人っ子ですか?」
「ううん、弟がいるわ」
啓一くんとおばさんの間に、一瞬、微妙な空気が流れ、
「弟さんもニートなんですか?」
啓一くんが強い口調で聞くと、
「いやあ、長男がニートの家庭ってさあ、どこもそうだろうけど、な~ぜか弟は、な~んの問題なく、まっすぐ育つんだよね~。♪なんでだろ~、なんでかな~。やっぱ長男は母の愛玩兼孤独解消要員、次男は孫とかの実務兼お小遣い配給要員、アーンド「世間一般の常識」さまへの顔向け用。生まれつき「担当」が決まっているのかな..だって、兄弟揃ってニートだと、なんか母親に原因があるように思われて、長男のせいに出来ないじゃんかYO! で、次男は高専出て、今は大手自動車工場勤務、無論、期間工などではなく正社。しかもこいつが友だち多数の、オンナの途切れねえヤリちん野郎でねえ。ハッハッハ! 自分で生んで育ててなんだけど、このギャップには、さすがのあたしもまいったぜ、セイホー!」
おばさんはそういうと、マスクをはずし、電子タバコを出して深く吸い込みました。
「おなじ腹出の兄弟でも、この天国と地獄みたいな差は、いったいどこからくるんでしょう?」
「それはあれだよ、母の愛は無償ではない! 代価はきっちり頂く! 生んで育てた息子は、一生自分の所有物よ、セイホー! そんながめついお母さんも、広い世の中には一定数いる..らしいんだなあ、これが! でもまあ、広い世の中、そうそう世界のM崎監督アニメ御登場の、現実離れした超人的な母ばっかじゃ、それはそれでつまらんじゃないの。で、そこはお互い大人としてだ、お母さんも人間、当たり外れもある、ここはいさぎよく、そう諦めてもらってサ、「世間一般の常識」さんたちのきめ台詞、どんなに環境がわるくても、頑張っている人はいる! これで僕と握手、アーンド、オッケー牧場! 以上終わり。で、もう掘りさげるのはよそうネ!」
啓一くんは納得のいかない顔でいいました。
「兄は外を歩くのも一苦労で、二次元とネット以外、死んでいるも同然なのに、弟には生身の嫁がいて、三次元の友だちがいて、定職につき定収入もあり、自分の人生に未来もある。それなのに弟は逆境を克服した勇者で、兄は100パーセント自分がわるい、無気力な怠け者扱い。そんな底辺の負け組だと、一方的に思いこまされている、無知なニートひきこもりが、自分の強欲で息子を部屋に閉じ込めた母に、むだ飯食ってないで働け、嫌なら出ていけ、唯一の生きている証のネットを切断されて、ぶちぎれて母に刃物を向ける。ところが「世間一般の常識」どもは、悪いのは殺された母ではなく、100パーセントごくつぶしの息子。生んだ息子をニートにおいこみ、殺人犯として刑務所送りにする毒母は、あの世では100パーセント地獄落ちですね!」
おばさんはふるえる手で電子タバコを吸うと、
「なあホーミー(同志)、そんな時は旅に出るのさ。大阪いったら、夜の西成、あいりん地区ってとこ訪ねてみな。そこの労働センター裏の路地に立って、ライトアップされた阿倍野ハルカス見上げたら、そんなちっぽけな悩みなど吹き飛んじまうから」
たしかにそんなことはどうでもいい。
啓一くんは、ふと我にかえりました。
なぜなら、不公平な自分の境遇より、今は現金50000円の方が先決だからです。
「けど、旅に出るいうてもよう、銭がなきゃ身動きがとれんじゃないの、のう」
おばさんは、啓一くんの顔色を素早く読み、またマスクをつけると、指で丸じるしをつくり、大友勝利の物まねでいいました。
「こんなもここらでバイト見つけんと、二度とあの舞台には立てんど、おう!!」
おばさんにすごまれると、啓一くんは追いつめられた顔になり、本来の目的を思い出して頼みました。
「なにか僕にも出来る、楽で、即座に現金になるバイトはないでしょうか?!」
弱音ならぬ本音が出ると、おばさんは大きくうなずき、
「ある!!」
自信ありげに胸を叩くと、
「あたしも息子とほぼ同業、業務提携同然のネットビジネス業に、こうしてすべてをさわやか告白、あたしと同じ穴のホーミー(同志)、ゲスギャングスタBッキー同様、形だけ謝罪したことで許され、みそぎもすんだ。どうだろう、今、「自分探しの旅」に出ていて留守の、元ニートの長男の仕事を、君が引き継いじゃ?」
「未経験のバイトって、自分につとまるか、いくつになってもまじ不安ですけど..」
「まーや帝国民No.1の男、内海啓一35歳! これからは新しい肩書きに変更だ! なあに、まーやのためなら死ねるんだろ? なら立派にやれるさ!」
( ・`д・´)
おばさんはふうと一息つき、
「あたしも自分のペットとして生きるニート人生に、息子が一心同体の母に仕える喜びを見いだし、心からエンジョイしてるもんだと思っていたけど、刃物向けてくるんだから違ったんだな。息子を自分の永遠のしもべにしたかったら、叱る、殴る、脅迫するは違ったんだな..しかしだ」
立ち上がると啓一くんを指さし、
「あやまちを認め、反省して息子を解放した。あたし的には、ここをよーくチェックしてほしいんだな?! 「世間一般の常識」を隠れ蓑に、自分が悪いなどと一ミリも思わず、息子に全責任を押しつけ、永遠に飼いつづける毒母より」
おばさんは、そこまでいうと言葉をつまらせ、マスクを外すと電子タバコを吸いました。
「あのー、それより、僕に紹介していただけるバイトって、具体的にはどんな」
「母の心子知らずだな。まあいい!」
おばさん握り拳を突き上げると、どこか遠くを見ながらさけびました。
「あたしはね、こうして改心した以上、罪滅ぼしをしたい! 君は「ネットビジネス業」だから、微妙に違うけど、息子同様、母への怒り、恨みつらみを、虐げられた無知ゆえに刃物にたくす、現役ニートたちに、毒母を殺した気になって働いてみろ! あたしは息子をニートに追い込んだ、レペゼン(代表する)毒母として、懺悔、改心、猛反省した今、この命を捧げ尽くす覚悟で、埼玉の全ニートの背中を押す役目に付きたいんだ! 働いて稼いだ金で、なにかひとつでいい、夢を叶えてみろ! なにもまーやの応援ダンサーの座なんて、そんな大それた夢でなくていい。コミケに参加したい、いって自分が額に汗してゲットした、このキャッシュマネー(現金)で、大好きなDTうけ満載のウソ漫画の、スピンオフエロ同人誌を、ネットではなく、描いた人の手から直接買いたい。そんなニートの、ささやかな社会復帰、夢を叶えるお手伝いをしたい! 小さなことからこつこつと。その第一歩となる、ニートでも簡単に出来るお仕事を、あたし独自の固いルートを通じて紹介し、脱ニートする前の息子のような子たちを、一人でも救いたい! さあ、その恨みを捨てて外に出ようよ! その悔し涙を拭って立ち上がろうよ! 君は負け犬なんかじゃない! 今こそ、今こそ頑張ろうニート! ネバーギブアップ埼玉! ウィアー!..エーックス!!」
おばさんの失神せんばかりの絶叫に、啓一くんも心底感動した顔で立ち上がり、
「エーックス!!」
両手でばつ印をつくって唱和しました。
「とまあ、いきったものの、ニートって家から出ないし、横のつながりも、ヤンキーみたいな先輩、後輩もいないだろ? いくらこっちがやる気になっても、社会復帰させるニートが中々見つからなくてさ。それで、息子みたいに、ハロワに逝けを真に受けて、ここで新戸親子に引っ掛かるようなばか、じゃない。間抜け、でもない..要するに世間知らずな純な子を横取りしよう、逆転の発想で見つけたのが君なんだ。どうだい、俺たちの世界に華麗に転身し、新しい職場で横綱目指す気はあるかい?」
啓一くんは大きくうなずくと、
「慎んでお受けします! 今後もネットビジネス業の名に恥じぬよう、不撓不屈の精神で邁進する所存です!」
これで金の心配がなくなった!
啓一くんが深々と一礼すると、おばさんもうなずき、
「自宅警備に耐えてよくがんばった! 感動した! で、具体的な業務内容なんだけど」
( ・`д・´)
啓一くんは、久々に「緊張する」という気持ちを思い出しました。
啓一くんには、過去に実際の現場に出たら、劣悪な人間関係、ハードな業務内容に耐えきれず、初日で|
逃げ出し《バックレ》た、生涯のトラウマというべき、苦いバイト経験があったからです。
しかし、今はあの頃と違い、啓一くんも必死です。
とにかく、愛するまーやのバックで踊る特権だけは、それこそ命を賭けて守りたい。
そのためには、なにがなんでも現金50000円、出来たらもう少し、が絶対に必要なのです。
「要するにあれだよ。バイク便の徒歩版みたいなもんだ。そういえば分かりやすいかな」
かっちかちにおっ立ったならぬ、がっちがちに凍りついた啓一くんを見透かしたように、いまだ顔がはっきり見えないおばさんは、気楽な口調でいいました。
「仕事の流れとしては、朝、前日メールで指定された時間に、指定された駅にいき、取引先指定の電話連絡を待ってもらう」
啓一くんは絶望しました。
「あのう、僕、必要ないんで、携帯電話持ってないんです!」
まーや帝国民No.1の男、いきなり敗れたり!
スマホどころか、ガラケーすら持ってない、LINE以前に、電話連絡すら取れないニー、いや、「ネットビジネス業」は、バイトを始めるどころか、申し込むことすら出来ないんだ..
啓一くんが顔を上げられずにいると、おばさんは啓一くんの肩に手をやり、励ますようにいいました。
「ばかだな! ニー、いや、ネット..なんとかが、無用な携帯持ってないなんて、こっちは合点承知の助だ! 心配するな。ちゃんと会社の、業務用プリペイド式のが支給されるから。それとうちは、実態はあれだけど、表向きは一流企業、そういう体裁をとらないと、取引先に信用されずなめられるから、現場に出る時は、バイトといえども、業務中はスーツ着用で働いてもらうから」
啓一くんの口から、また悲痛な声が出そうになるのを、おばさんは指ふりで制止します。
「ノンノンノン! うちで働くなら、制服として支給されるし、ネクタイの締め方なんか、ようつべでも見ればすぐわかるさ」
啓一くんは思わず両手をあわせ、おばさんを拝みました。
おばさんは立ち上がると、清掃用の棒たわしを持ち出し、夕日の窓の外に向け、予告ホームランのポーズを取りながら、それは力強くいいました。
「あたしはね、ニートだったからって、実態のない、「世間一般の常識」とやらの、情けない弱者へのいじめ、パワハラに心が折れて、卑屈になって欲しくないんだ! 自分は底辺のだめ人間で、ずっとニートで怠けていたから、あえて罰ゲームや罪滅ぼし的な、きついみすぼらしい仕事をして、自分の汚れた精神を戒め、綺麗にしなければならない。あたしはそんな可哀想な子にいいたいんだ」
おばさんは啓一くんに向き直り、棒たわしをふると、
「ノンノンノン! 君はニートという無実の罪で、ずっと君の自由と本当の人生を盗まれていた。ようやく毒母の呪いから解放された今、君には自分で働いたお金で、どの「元ー!」..ニート、現フリーターより、でっかい幸福を得る権利があるんだとね!」
( ・`д・´)
俺は今、猛烈に感動している( ;∀;)
啓一くんは、こんな気持ち、自分には生涯感じることがないだろう。
そうひがんでいた、まんがのきめ台詞をそらんじ、胸の中で噛みしめました。
「啓一くん、君はネットにはびこる、働いたら負けイズムを裏切り、ニー、いや、ネットビジネス業から、社会の歯車に都落ちし、底辺フリーターとして、上級国民どもの養分になるんじゃない! 免罪被害者の社会復帰を助けるという、我々のジャンボな夢を実現し、後進を育成する、そのトップランナー兼ムードメーカー的な存在として、これから死ぬ気で「世間一般の常識」と闘うんだ!」
啓一くんは音をたてて靴を合わせ、毅然と背筋をのばし、こめかみに手をあててさけびました。
「ラジャー!」
「では採用ケテーイということで、ここからは根性論ではなく、具体的な雇用条件をおしらせしてゆく」
啓一くんは、改めて緊張しました。
時給はいくらなのか?
一日何時間働けるのか?
週何日仕事があるのか?
交通費は支給されるのか?
なにより、月にどのくらい稼げて、お給料はいつ振り込まれるのか?
喉まで出かかりましたが、働く前から図々しい態度の、金にがめつい奴と思われて、雇用主の心証を悪くしてはたいへんです。
なぜなら、啓一くんの常識は世間の非常識。
一般社会の雇用の場で、自分のような生き方、考え方を尊重してくれる会社など、めったにあるものではない。
啓一くんもそれぐらいはわきまえています。
おばさんはスマホを見て続けます。
「明日のシフトが空いてるんだけど、どう、今すぐ稼ぐ気はあるかい?」
いって、もし自分にはつとまらない、きつい仕事だったら?!
おい啓一、お前、男だろ?
まーやのためなら命を賭けるんだろ?
よし、やるぞ!!
啓一くんは腹をくくりました。
「はい、大丈夫です!」
「で、雇用条件、待遇なんだけど、非正規雇用なんで、福利厚生、年金、有給休暇等はなし。あと交通費もなし」
まーやのためなら、寝静まった深夜、親父の財布から盗もう。
啓一くんは覚悟を決めましたが、
「なんだけど、出来高払いの他に、特に出動要請がなかった日でも、必ず出勤手当てがつく」
いくら! いくら! いくら!
おばさんはポケットから諭吉を出し、啓一くんの目の前でひらひらさせながら、
「これは交通費代わりで、前のシフト終わりに、手渡しで現金支給されて、これが一回一万円」
啓一くんの心臓は早鐘をうちました。
おばさんはさっと諭吉をしまうと、
「ただこの金は、移動交通費や、待機時間に腹ごしらえして、万全の体調で本番に備えてもらう、そのための必要経費だからな。受け取ったその足で、近所のピンサロにかけ込んで、嬢泣かせの三回転なんかして、仕事前に精力もろとも使い果たしちゃ困るんだぜ。「働かざるもの抜くべからず!」 これは弊社の社訓だから」
啓一くんはもう一度敬礼しさけびました。
「おかのした!」
「今現在、現場はバイト三人で回していて、君をいれると四人。皆さん生活もあるから、各人、週三回のシフト保証をしています。荷物の運搬、引き渡しがあれば、量に応じて歩合があるけど、仮にまったく仕事がなくても、諸経費引いて、お給料は月に二回、50000円×2くらいの、キャーシュッマネー(現金)での支給になるけど、こんな条件でどうよ?」
啓一くんは、目にうっすら涙を浮かべ、背を向けると腰に手をあて、K.O.F、テリーボガードの、あの帽子を投げ上げる、勝利のポーズでいいました。
「オッケー!」
「希望のシフトは、二ヶ月前までにあたしに出してください。あと、君みたいなネット中毒にはありがちなんで、あらかじめ確認しとくけど、弊社は本隊が中国なんだけど、問題ある?」
「目をつぶります!」
「弊社はそこらのブラックバイトみたいに、新入りになにも説明せず、現場に放置プレーなんてしない。最初の現場はあたしがついて、下手をうらないよう懇切丁寧に指導するから。まあ、取引先との直接のやり取りは、まーや帝国民No.1の男にお任せするけど。ううん、大丈夫、ちゃんと営業マニュアルがあるから」
啓一くんは、目先の現金に目がくらんでいましたが、こうして仕事が決まった以上、今度こそ初日逃走などせずに、最後までやりとげたい。
頑張って、まーやの東名阪ツアーに参加だけではなく、その全会場のロビーに、ひときわ目立つワンランク上の祝い花を飾り、まーや帝国民No.1の男の侠気を見せつけたい。
となると、
「それで、荷物の運搬手数料って、一回でどれくらいになるのか、それ、聞いても大丈夫ですか?」
下目づかいでおそるおそる聞くと、おばさんも背を向けると腰に手をあて、同じくK.O.F、テリーボガードの、かぶっていた帽子を投げ上げる、あの勝利のポーズで、
「オッケー!」
さけぶと、またひろった帽子を目深にかぶり直し、啓一くんに向き直り、
「現場にもよるけど、取引成立のあかつきには1割、安くて50000円から、息子の最高出来高払いは、たしか一回200万円だったかな。とにかく「やればやっただけ金になる」、頑張り屋さんの努力が報われる、それは夢のあるバイトだから」
啓一くんは鳩が豆鉄砲食らうなどを、ワンモアセッ!! しました。
「え、僕がやるバイトの、受け取って運ぶものって、まさか..」
夢見心地だった啓一くんは、冷水を浴びた顔で聞きました。
( ・`д・´)
おばさんは腕組みすると、うってかわったきびしい口調でいいました。
「啓一くん、君は今から生まれ変わるんだ。もうネットビジネス業なんて、中途半端な痛いシノギはやめな。今からまーや帝国民No.1の男、内海啓一35歳は、ギャングスタニートa.k.a(またの名を)特殊現金回収業、プ○キュア並の大変身を遂げる。そして、この黄金比率的な、流れるような美しいコンボ技ネーミングで、君は新しい人生を、君の足で切り開いていくんだ!」
「あ、あなた何者ですか?!」
啓一くんがうめくようにいうと、おばさんは帽子をなげ捨て、マスクをひきはがし制服の片肌を脱ぐと、さらしをまいた体、腕に彫った、西海岸風のハイカラな刺青を見せつけていいました。
「教えてさしあげ、ホー、ホッホッホー! この制服は世を忍ぶ仮の姿、しかしてその実態は、生国と発しますこの埼玉の」
ドアの外から、ダンダン!! 歌舞伎のような柏木を打つ音が聞こえました。
「裏ストリートのハスラー(非合法の仕事人)仲間の間じゃ、その名を告げりゃ、その悪名高さ《ノトーリアス》に、聞いた埼玉ギャングスタのお歴々《サグ》が震え上がる、「電動アシストの初姐」たあ、このマザファッカのことだあー!!」
大見得を切ると、突然、ドアが開き、新戸博士とN太中年が顔を出し、
「ギャングスタ屋!」
「一代目!」
まるであらかじめの打ち合わせ、お約束でもあるかのようなタイミングで、正体をあらわにした初姐に、歌舞伎の客席のようなかけ声をし、すむとドアをしめ、また見えなくなりました。
「電動アシストの初姐」を名のるおばさんは、短髪、日サロでやいたようなガングロ顔で、その眼光は、凍りついた啓一くんを、一瞬で震え上がらすようなやくざなものでした。
「なあブラザーニートK」
どうやら啓一くんの新しい呼び名のようです。
「あたしのようなマザファッカの産み落とした息子が、死ねずに生きるしかないのなら、もう「世間一般の常識」の敵No.1から、腹をくくってギャングスタニートになるしかないんだよ。君が何を決意してここにきたか知らんけど、例えば自動車整備士の資格を持ち、整備工場で20年働いた経験、実績のあるプロの整備士が、自分は自家用車ではなく、大好きな路線バスの整備をしたい。それならハロワa.k.a公共職業安定所は、その希望に沿った仕事を紹介出来るんだ。でもね、うちの息子のように、あたしの黒い策略にどはまりして、不登校になった中2から12年も家にひきこもっていた、毒母の呪いの犠牲者、職歴なしに、いまさらハロワが正規に紹介できる仕事なんてなにもないんだよ。「世間一般の常識」から逸脱したニートに、ハロワを通じて就ける仕事なんてなにひとつないんだよ!! それが、げ、ん、じ、つ、な、の!」
またドアが開いて、新戸親子が顔を出しました。
「さあ同志啓一、今こそ決起しよう!」
「我々はもうこれ以上生きていても無意味なんだ、さあ共に旅立とう!」
「やかましいわ!!」
初姐に一喝されると、新戸親子はまたドアを閉めました。
どうやらドアの外で、啓一くんが逃げ出さないよう、見張っているようです。
「初姐はさびしかったんだよ。父親はあたしのことを愛してくれなかった。母親とはそりがあわず、付き合った男も、誰ひとり初姐の愛に飢えた気持ちを理解してくれなかった。だから、お腹を痛めたこの子に、その孤独を埋めててもらう。自分が生んだ子をどうしょうと、それは母としての当然の権利だ」
初姐はくちびるを噛み、顔をゆがめて天を仰ぎました。
「初姐は罪を犯した。そんな権利などなかったのさ。ニートがなぜ家から出れないかわかるだろ? あらかじめ実社会で闘えないよう、母親にレベル1固定にしつけられたニートが、世間一般の常識ある母に守られたレベル99や、何一つ削られず大きくなった、天然の野獣先輩の中に、いきなり放り込まれて何が起る? 不登校になった中学の時同様、バイト先でいいようにいじめられ、何一つやり返せずにリターンニートする。それが、がち、リアルだろ? 初姐は罪滅ぼしをしたい。うっかりハロワに迷い混んだニートに、ジャストミートな仕事を紹介したい。そして無駄にためこんでる親御さん《ジジババ》が、ありもしない息子の不始末を埋めるために差し出し、我々が受け取った現金の君らの取り分、10%。そこから「派遣仲介料」として、さらに初姐が半分中抜き《ハスリング》する。それでもゼロ収入の生き恥さらしのひきこもりよりましだろ? さあブラザーニートK! 明日から君もハスラー街道に乗り出して、共にうぇいうぇいしようぜ!」
啓一くんは困ってしまいました。
お金は絶対にいるのですが、これは「バイト」ではなく「犯罪」です。
「つかぬことをお聞きしますが、息子さんは今、どこへ「自分探しの旅」に出てるんでしょうか?」
初姐は事務的にいいました。
「うん、府中に1年6ヶ月の予定で、男磨きの修行の旅に出てるよ。結局、また自分からは外に出れない、「ひきこもり」に戻った形だけど、今度はあたしにでなく、国にネットを切断されちまってさ、かっとして
「中で」暴れて、ひきこもりが「長期、高齢化」しないか心配だよ」
空恐ろしいことをいうと、ドアをノックする音がし、
「姐さん、たいへんながらくおマンたせいたしました!!」
ビートたけしさんの昭和のギャグをいいながら、だぶだぶのBボーイ服、まさにギャングスタラッパー風の、小太り三人組が、揃いの黒めがね姿で入ってきました。
( ・`д・´)
「君の同僚になる、わが職場のゆかいな仲間たちも、元はアニ豚のひきこもりでな。現在は初姐が子供の頃愛読した、少年探偵団の下部組織、「チンピラ別動隊」の進化系集団、「埼玉ニートギャングスタ自衛隊」の初代メンバーでもある。お前ら、新人に自己紹介しな!」
三人は腕組みしたきめポーズをつくり、啓一くんに自己紹介しました。
「キモい奴は大体おおきいお友だち! 俺たち埼玉ニートギャングスタ自衛隊!」
三人が素人演劇のように声をあわすと、初姐は目を細めて拍手しました。
「どうだい、この恵体をいかしたギャングスタファッション、こいつらもあたしというマザファッカに、ここでフックアップ(拾い上げるの意)され、ただのニートひきこもりから、今じゃ」
「推しメンCD爆買い1000万! 握手会を地獄に変える男、キモザヘル!」
「レアカード鬼買い1000万! 対戦大人をカード破産に追い込むリアルカードギャングスタ! デスザキルドラー!」
「コミケ持ち込み現金1000万! ブース一括転売買い上げの瞬殺王子、プリンスダフー!」
「そして、それらを束ねる多頭飼いのピンプ(飼い主)、リアルギャングスタマザファッカ、電動アシストの初姐! これで埼玉「N.W.A 」、ニートウィズアティチュード、まったく新しい埼玉ギャングスタ集団、主張するニート爆誕だ。どうだい、生きるとはこういうことさ! イキッてると生きている、きっちり韻を踏んでるとこを、初姐的にはよーくチェックしてほしいんだな?! 君もそんなアニメ柄シャツ着用じゃ、キモオタ、ニートと誤解され、ナメらればかにされ、ハブられるだけだぜ、セイホー!」
三人に合図をすると、
「ホッホッホーのホー!」
四人は黒人風に体をゆらしだし、
親にもらったこの恵体
いかし
そりあげ
サグ
きめれば
別人
別人生、
俺ら埼玉生まれ ひきこもり育ち、
キモい俺らも 生きなおし
涙でうつむく部屋ニート
今じゃ職で
金食う
元ー!!
ニート
外で札きる
ギャーングスタ
ポッセイ ホー
初姐は、三人とぶんちゃか、息でビートを刻んだり、踊りながら、マイクリレーしながら、埼玉らしいラップしたりと、元ニートが生まれ変わった姿を、啓一くんに見せつけました。
啓一くんは、チンピラヤンキーみたいなのが多いので、口に出してはいえませんが、アメリカの黒人文化のコピーでしかない、セイホー! ホッホッホー! を快く思っていませんでした。
外国の物まねだったら、日本独自の文化、キモオタのが上等だ。
プライドをもってアニメ柄のシャツを着て、自分の生きざまを貫いている啓一くんにとって、ネットビジネス業からギャングスタニートに転落するのは、おのれの信念を金で売る、「セルアウト」以外の何物でもありません。
それに、いくらお金が必要でも、犯罪に手を染めてまで、イキる道を選びたくありません。
啓一くんは手を叩きながら大便所を出ていいました。
「いやあ、ネットビジネス業が、ハロワで超人気者で、ここまで引く手あまただとは思いませんでしたよ」
打ち解けた笑顔でいい、初姐と埼玉ニートギャングスタ自衛隊が、安心して気を抜いた次の瞬間、啓一くんは本当の自分の人生。
それをもう一度生き直す覚悟を決め、見る前に飛びました。
足をくじこうが折れようが、新戸親子、初姐といったばかども、犯罪者といるよりましだ。
啓一くんは夕闇せまる外へと続く窓から飛び降りました。
すると、神様は善なる者の味方なのか、窓の下は自転車置き場で、鉄の頑丈な屋根があり、啓一くんは足を痛めることなく着地し、身を任せてするりと一回転し、屋根のひさしに手をかけて地上に降り、振り返ることなく、夕日めがけて猛ダッシュしました。
( ・`д・´)
167センチ80キロの恵体は、全力で地球を蹴って走りました。
啓一くんはいい気分でした。
辛いことから逃げたのではなく、間違ったことを拒否したからです。
定職についている、ただそれだけの社畜が、自分個人のうっぷんばらしのためだけに、なんの事情も知らない、あかの他人のよその家畜に、ありもしない「世間一般の常識」をたてに、えらそうなことをほざく。
啓一くんは、そのことの是非を議論する気にはなれませんでした。
なぜなら、お互い相容れない思想の持ち主同士が、「世間一般の常識」をはさんで議論したところで、ただ平行線をたどり、徒労に終わるのは目に見えているからです。
啓一くんは、自分の立場生きざまに口出ししてくる社畜に、お前の存在などまったく知らんし興味もない、ましてその御託など一秒たりとも聞く気はないから、俺への批判など痛くもかゆくもない。
真に受けたら負けだ。
自分のごとき冤罪のような境遇の者が、この生き方は「世間一般の常識」に照らすと、悪であり恥だ、無実の罪を認めることこそ、ただ一つの、この自分だけの命への冒涜だからです。
それゆえに、覆らない濡れ衣に屈して、あかの他人にありもしない恨みを晴らして死ねだの、犯罪者になって汚い金を稼ぎ、表向きだけ成功者のふりをしろだの。
そんな本末転倒な悪事を働くくらいなら、家にひきこもり、美代子さんを嘔吐失神させた、大人漫画雑誌を読みながら、アニメ柄の性筒で、おのれをぱふぱふしていたほうが、よっぽど人として上流階級だ。
啓一くんはそう確信すると、ランナーズハイの酔いも手伝い、
「ワッハッハ!」
声をあげ、すかっとした気分で爆笑した、その時でした。
「そこのニート、今すぐ働きなさい!」
「そこのニート、今すぐ決起しなさい!」
そうは「世間一般の非常識」が許さない!
( ・`д・´)
背後から怒声が連続し、
パーラララ、ララララー!
六連奏ホーンが奏でる、「ゴッドファーザーのテーマ」のクラクションが、埼玉の夕空に高らかに鳴りひびきました。
啓一くんが走りながら振り向くと、帽子にマスクで顔を隠した初姐が、その名の通り、電動アシストつき
自転車で。
その後ろには、黄ナンバーの原付バイクに、同じく黒のフルフェイスヘルメットで顔を隠した、新戸親子が二人のりで。
隊列の最後には、中古のトヨタdbを、埼玉ニートギャングスタ自衛隊が駆って、啓一くんをしつこく追いかけてくるのです。
「御通行中の善良な市民及び、真っ当な一般納税者の皆さま、たいへんお騒がせしております。こちらはNPO法人、ニートを働かせたい優しい母の会埼玉支部です。ただいまハローワークで紹介された、ニートでもできる簡単な仕事を、なんだかんだ理由、理屈をつけて拒否し、ひきこもりに戻るべく逃走した現役ニート、内海啓一クン35歳を、説得、社会復帰させるべく、我々ボランティアが、「母の愛」を持って追跡しております。我々の前を走る、アニメ柄シャツ着用の小太りが、現役ニート、内海啓一クン35歳です。どうか皆さま、彼が働く気になるよう、スマホ等で御自由に撮影し、ハッシュタグ、「労働を拒否して逃げる高齢ニート」での、SNSさらしあげの御協力をお願いします」
初姐の電動アシストつき自転車の荷台には、殿塚のBBA同様の、演説用拡声器が備え付けられていました。
初姐はそろそろ息がきれかけた啓一くんを、電動アシストの力を借りて、ゆうゆうと追い詰めながら、マイクで演説を続けます。
「必死のデブ走りで、働くことから逃げている、内海啓一クン! 35歳にもなって実家住まいのニートなんて、「世間一般の常識」に照らし合わせても、君には生きている資格などありません! 啓一クン、君はお腹を痛めて、今日まで育ててくれた、超立派なお母さんに、すまないと思わないのですか?! 思わなかったから、君は人間として失格です!!」
初姐は日本人の精神性を如実にあらわす、私的な場と公の場の本音と建前、ダブルスタンダードを駆使し、謝罪、改心は形だけ、本音は自分のわがままを拒否した息子への恨み骨髄で、道ゆくおばさんたちの同情を自分に、怒りを一心に啓一くんに集めると、
「♪かーさんがー、よなべーをしてー」
切々と歌い出す始末です。
「啓一クン、もう心配はいらない、これから君の体ひとつで、無料Wi-Fi完備の「社宅」に、今すぐ入居できて、明日から即日払いで働けるんだよ! さあそこのニート! 今すぐ車に乗りなさい!」
もはやまーや帝国民No.1の男の座どころではありません。
このままでは拉致監禁され、オレオレ詐欺グループ最底辺、使い捨ての出し子受け子にされてしまうのです。
啓一くんは息も絶え絶えになりながら必死に走りました。
そこへ新戸親子のミニバイクが、馬力をかけて並走し、
「啓一くん、君が助かる道は、もう我々と決起するしかないんだ!」
初姐は猛然とペダルをこいでそこへ割り込むと、新戸親子のミニバイクに思いきり蹴りを入れました。
「まいったー!」
N太中年のすっとんきょうな声と共に、ミニバイクは反対車線に飛び出し、ガードレールに激突、新戸親子は歩道に投げ出され、啓一くん争奪戦から脱落しました。
「そこのニート! 今日まで一生懸命君を育てて、「ここまでにした」お母さんに感謝し、今すぐ我々と働きなさい! 留守中の息子の代わりに、初姐の孤独を埋め、遊ぶ金も入れなさい!」
初姐はいよいよ勢いづき、息が切れ、足も止まりそうな啓一くんに呼びかけ、
パーラララ、ララララー!
府中に一年六ヶ月の自分探しの旅a.k.a懲役刑にいっているとかの、初姐の元ニートの息子が「働いて買った」中古車からも、ニーノロータの美しい旋律のクラクションと共に、
「啓一くん、キモい奴は大体おおきいお友だち、我々、埼玉ニートギャングスタ自衛隊のとなり、絶賛空いてますよ!」
地元出身のセレブ、オードリー春日さんの物真似を駆使し、何も考えない、頭もわるい家畜たちも、啓一くんをさらう気まんまんです。
いくらおのれのプライドを貫くと覚悟を決めても、啓一くんはアスリートとは程遠い、なまけものな毎日を送っています。
もう心臓も限界で、目の前がかすんできた、その時でした。
突然、背後から、耳をつんざくようなサイレンが鳴り響き、
「そこのニー!..ええ、アニメ柄シャツの人たち、止まってください!」
初姐は振り向いて、パトカーの赤色灯を見ると、あわてて細い路地に逃げ込み、中古のトヨタdbも迷わず右折し、猛スピードで走り去りました。
啓一くんも赤色灯に安堵すると力尽き、道路に倒れこみました。
パトカーはハザードをつけ停止すると、中からハローワークの門で助けてくれた、工藤巡査が出てきました。
( ・`д・´)
工藤巡査は、啓一くんが息を整え、保夫叔父からもらった、子供アニメ柄のポチ袋を出し、手が震えて道路に撒いた小銭を拾い上げ、ジュースを買って飲むまで、無言で待っていてくれました。
工藤巡査の傍らには、警官募集のポスターモデルにもなっている、美人婦警、山田朝子巡査が控えています。
「大丈夫?」
工藤巡査が優しく聞くと、啓一くんは悪を振り切った安堵からか、半泣きの顔でうなずきました。
それにしてもひどい一日だった..
啓一くんは職務質問には修業した達人です。
ですが今日ばかりは、何か犯罪の予兆、糸口を、自分を通じて、求められるのは辛すぎる。
しかし、警官の質問は意外なものでした。
「やっぱ啓くんだ..よかった、元気そうじゃん」
啓一くんはあっと口を開けました。
制服補正で気づきませんでしたが、よく見ると記憶がよみがえります。
「クドー?!」
「うん、久しぶり!」
工藤巡査は、啓一くんが何一つやり返せず、エスカレートするいじめを苦に、中一で不登校になり、世間一般と没交渉になる前の、小学生時代最後の友だちでした。
「本当に警官になったんだ」
工藤巡査は子供の頃から警察マニアで、家に遊びにいくと、啓一くんにモデルガンだの、警察関連の本をよく見せてくれたのです。
「高卒で入ったから、もう16年目だよ」
見上げる、拳銃を携帯した、りりしい警官制服姿の、かつての親友のくすり指には、銀色の結婚指輪がはまっています。
クドーは啓一くんに名刺を差し出しました。
「たまたま偶然なんだけど、来週、六年一組の同窓会があってさ。もし都合つくようだったら、だけど。俺にでもいいし、幹事、佐藤覚えてる? ほらリアル出来すぎの。あいつ今、大学の教授で、たまにネットテレビでニュース解説とかしていて。あいつのフェースブックからも申し込めるんで」
啓一くんが呆然とした顔で名刺を受けとると、パトカーの無線に着電があり、
「なんか困ったことあったら、いつでも電話して」
かつての親友クドーは、美人婦警とパトカーに乗り込むと、啓一くんを残し、どこかへ走り去っていきました。
ハローワークの門での土下座、今の逃走劇。
クドーが気をつかって、なにも聞かずに、見て見ぬふりをしてくれた友情、大人の対応が、かえって啓一くんの心に、強く、深く、突き刺さりました。
自分が無為に過ごしている間に、かつての親友や同級生は、もう啓一くんには手の届かない、はるか彼方の別次元にいってしまっていたのです。
空は闇になり、啓一くんはまたひとりになりました。
必死に逃げてきたので、ここがどこかもわかりません。
啓一くんは、生まれて初めてもらった、クドーの名刺を見ると、今まで生きてきて初めて感じる、激しい孤独感、さむけに襲われました。
中一時は、助けてあげられなくてごめん。
クドーがくれた名刺から、そんな声が聞こえたからです。
自分にはこの地獄の根源たる、決して信念を曲げて改心することなどない毒母を、いさぎよくこの世から消し去り、この悪夢を終わりにし、その代償として犯罪者におちぶれ、一生、刑務所にひきこもる気などない。
それでは人としてあまりにも愚かだ。
かといって、気づいたら追いつめられた、この八方塞がりの現実から、もう脱け出す道もない。
啓一くんは、もう何年もお母さんとは口を聞いていませんでした。
それでも、出された食事は食べ、差し出された金は受け取り、遊興に使いました。
それは死ねない、殺せない、どこにも逃げ道がない現状では、そうやって生きるしかないからです。
弟信二やクドーのような、まばゆい三次元の真っ当な人生など、もう啓一くんには生涯無関係です。
しかし、これが自分の運命なのだ..
「世間一般の常識」が、どれだけ自分を誤解し、罵倒しようが、自分はこの道を生きるしかないのだ。
なら「世間一般の常識」など、まるごと社蓄にくれてやる。
自分はしぶとくこの道を生き抜くから、どうぞお前らは「世間一般の常識」とやらに踊らされ、せいぜい目をまわし、鬱にでもなって、電車でもとめてくれ。
クドーが中一時ではなく、今、助けてくれたのも、何かの運命の導きかもしれない。
過去はもう死に、俺は今を、これからを生きるんだ。
俺はもう不安を捨てる、今の自分を死んだ気で楽しむ。
誰になにをいわれようが、俺は何もないぶん自由なのだ。
よーし、どんなことがあっても、まーやのライブだけは全通してやる!
明日から仕切り直して、絶対に金をためてやる!
啓一くんが立ち上がり、またあてどなく歩きはじめると、見知らぬおばさんが対抗してきては、啓一くんに気づき、恐怖の表情になると、大急ぎで反対車線に走り去っていきました。
「邪魔だババア! 俺のゆく道をふさぐな!」
啓一くんは心の中でさけぶと、どすどすと怪音をたて、夜の道を猛然と走り出しました。