第二章 曙光篇 #7-4 バイト鬱に負けるな!
「ここでっか?」
頭を下げてお願いしたものの、よっちーさんの返事を聞く前に、啓一くんたちは現場についてしまいました。
「おはようございます、ゲーマンプロジェクトのプラカードの者ですが」
昨日と同じ若い社員の背中に、啓一くんが「バイトリーダー」として声をかけると。
「うわ!」
よっちーさんの、鮮やかでファンシーなグリーンスーツ姿、お笑い芸人さんのような笑顔に、若い社員氏は思わず絶句し。
「よ、よろしくお願いします・・」
小声で挨拶すると、逃げるように道路使用許可証を取りにいきました。
「休憩は12時、1時、2時の交代制ですけど、皆さんは何時が希望ですか?」
「ワシは1時がええな」
「・・・・」
「じゃあ、僕は12時からで」
「・・・・」
社員が戻ってきて、道路使用許可証を確認しながら、
「場所は・・ボスは昨日と同じでいいですね」
「了解です」
「緑さんは、そこの大通りに出たとこで・・」
「よっしゃー、シバキ倒してきますワ」
「・・・もう一人の方は、この地図に場所が書いてありますんで、そこで」
「・・・・」
「じゃあ、よろしくお願いします」
若い社員氏が、また背を向け、小走りに建物内に消えると。ヴィーガン砂田さんは、真っ先にプラカードを持ち、無言無表情で、ゆらりふらりと行ってしまいました。
「バイトのツレより、社員さんのが、よっぽど礼儀いうもんわきまえてますなあ」
服装や口調はともかく。よっちーさんは、常識ある大人の顔で呆れてみせました。
「ねえ。僕、いっちゃ悪いけど、こんな底辺のバイト、社員さんからもっと冷たい扱い受けるのかと思っていたけど、同じバイトの方が、よっぽど失礼な人ばかりじゃないですか」
「金持ち喧嘩せずやね。金貢いだ大所帯アイドルが、男と激写されたの見てワシらが怒るのと。同級生の友だちの、土日休んで遊んどるインスタ見て、自分は職場なのに。正社が悔しがるの差やね。非リアかリア充か? 将来があるかないか? 心の余裕で、人いうもんは変わりますからね」
確かに。ろくなことがないもあるけど、外に出るとネットでは分からない現実もあるよな。
啓一くんはよっちーさんと別れ、昨日と同じ野外ステージ横に来ました。
しかし9時集合は早すぎだよな。まだ時給がつく時間まで20分もあるじゃん。サビ残はなくても、無給前乗りはありとか。今日の現場は集合連絡、昼休憩の入る戻りました連絡も不要とか、現場の雇い主ごとによって違うとか。ブラックとまではいわないけど、バイト現場も案外、グレーだよな。
そこへ、
「よう、やっぱ啓ちゃんか」
「金兄! どうしたんですか?」
「うん、ここの公園で祭りがあっての、仕事で寄ったんよ」
金兄はとさか頭を坊主に丸め、よく似合うダボシャツ姿です。
「それ、決まってますね」
「今時、こんなバチこいとるの着てるダボもおらんが、オンナがこれ着てけいうて、用意してくれたけん。啓ちゃんも、その「ボス!」、みたいなスーツ、よう似合ってるじゃないの」
「その仕事、時給いくらですか? 僕は千円ですけど」
「ワシは見習いじゃけん、日給8000円じゃ」
「あとで食べに行きますよ」
「祭りは明日での。今日は場所割り確認だけじゃけん、済んだら帰るよ」
「え、DVDの看板持ちは?」
「やっとるよ。オンナが、バイトでいいから週5働けうるさいけん」
「彼女出来たんですか?」
「ワシには敷居が高い人やけど、最後のオンナや思うて頑張るよ」
金兄! 始まるよー! 金髪の、テキ屋然とした少女が呼びに来ました。
「じゃ、またな。落ち着いたら、また日高屋で飲もうや」
「あの、その仕事に専念する時は」
「ああ、野豚の方は啓ちゃんに譲るよ。電話するけん」
「お願いします!」
平日はマイルドニートに専念しよう。でないと体がもたない。決めたはずなのに、自然とお願いしてしまった。どうせ看板持って立つなら向こうのが楽だし、チャリで行けて即日現金払いも魅力だ。
あの家を出たい。
啓一くんは痛切に思いました。金兄が露店の仕事に専念し、俺が週5看板持ちをしたって・・計算しても月10万越えるどうかしか稼げない。小遣いなら巨額だけど、生活費ならとても一人暮らしなど無理だ。啓一くんは勉強バカの悪天然親父はともかく。自分の実人生を奪っておきながら、まだ自分は息子に愛されている好かれている一心同体だ。思い込んでいる狂人の母親が気持ち悪く、不快で耐えられませんでした。
今になってみれば、「こうなるしかない流れ」をしっかり準備した上で、お風呂わいてるよ~! ごはんおいとくね~! 俺が逃げられないのを分かった上で、俺の気持ちを無視した、自分勝手な愛情の押し売りをしているのだから。狂人のふりをして罪を逃れようとする、ずる賢い犯罪者同様、話合いで態度を改めてくれる相手ではない。
「愛情をこめて」育てた息子(35)に、まさか刺されるなんて、お母さんも無念だろう。
なるほど「事案」が発生するたびに、ヤホーのコメント欄を埋め尽くす。コピペか? 馬鹿の一つ覚えみたいなコメントには。刺された母親への同情と擁護のほかに。狂人には常識、物の道理が分からないのに、なぜ息子は馬鹿正直に、逮捕されるようなことをしたんだ! 裏を返せば二重の意味もあったんだ。見なきゃいい、聞かなきゃいい同様、嫌なら逃げればいい。だけど・・
なぜ啓一くんは、実母にこんなに立腹し、うらみに思うのでしょう?
それは愛情の裏返しでした。啓一くんは子供の頃から母親思いで、お年玉をためて、誕生日、母の日に贈り物をしたり、それは良い息子でした。ところが啓一くんのお母さんは愚かな人でした。子供の無私の愛に心洗われ、この子のために命をかけよう。この子が立派な社会人になれるよう心血を注ごう。殊勝に決意する代わりに、自分を愛してくれるのはこの子だけだ。この子だけはなにをしても、自分を許してくれるに違いない。勘違いして「無敵の人」になってしまい、夫がソープ接待や休日ゴルフで、好き勝手していることへの怒り。自分も今の啓一くん同様、夫が嫌でもこの家を出て暮らしていける道がないことへの絶望。それが「何をしても許してくれる」啓一くんへの、「しつけ」と称する虐待につながり・・
この世にただ一人しかいない母を愛すればこそ、恩をあだで返され、裏切られたことへの怒り、悲しみは深く。聞く耳をもたない、ただ一人の実母の「無敵の人」ぶりがやるせなく、腹が立って仕方がないのです。ただ一人の母親には、息子が立派な社会人になり、妻や子供がいる身になれた。その後押し、励ましをしてほしかったのです。そうして母の愛に、息子として心からの感謝をしたかった。その思いが叶わないどころか、大人なはずの母の方から、子供の夢と希望を踏みにじり。自分勝手なわがままで台無しにした。その現実が悲しくてならないのです。
啓一くんは、今日は待機する女子もいない野外ステージ横で、看板を持ってぽつんと立ちながらしみじみと思うのです。自分も家族を養える社会人として、信二一家と日曜家族会に参加できる身になりたかった。そうすれば何の問題もなく、刺しつ刺されつなど、血を分けた親子同士、ぎすぎすして生きることもなかったのに。人間という生きものは、なんて愚かで間抜けなのだろう?
ニートひきこもりは狂人の無敵モードの犠牲者。子供頭おじさんおばさん世間が理解しても、もうこの年になってしまった「俺たち」は、これからどう生きていけばいいのだろう? なんとか家から出れた。外に、バイトに。でも、こうやって立っていると、心が干からびていくのがわかる。何の感動も、夢も希望もなく、貰えるお金も自立には程遠いバイト代。いつまでこんな人生が続くのだろう?
そこへ。
「ねえ、ボス。ちょっといいですか?」
「うわ!」
啓一くんは、サボってないか見回りにきた、若手社員に背後から呼びかけられました。
「ちょっとそこまで来てください」
けわしい顔でいわれ、俺はなにかクレームをいれられることをしたのか?
「え、なんでしょう?」
小心者ゆえ、素直に震えあがって聞いても、
「とにかく、来てください」
啓一くんはプラカードを取り上げられ、理由も告げられずに、強引に連れ出されてしまいました。
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