第二章 曙光篇 #7-3 バイト鬱に負けるな!
集合時間まで5分を切りました。啓一くんにとって、今日のバイトは事実上、午前4時から始まっています。遅刻なんかしたらただじゃおかないぞ。あ、しまったー! 昨日は色々ありすぎて、バス代を経費請求するのを忘れていた・・元々乗っていないのですから違法ですが、時給もつかないのに1時間前に集合させられ。そこからお金も払わず、片道、30分近く。物扱いで歩かせるのですから、これくらい請求しないとやってられません。
「うわ!」
啓一くんのスマホが、突然、でかい音で鳴り、ネットではイキっていても。スマホでの通話は不慣れな啓一くんが、落として画面を割ったりしないよう、そっと取り出してみると。「非通知」からの着信でした。
「もしもし? 内海ですけど」
「・・・・」
面と向かって以前に、電話回線からすでに無言です。自分のスマホに不具合があるのか? それでも遅刻の連絡でもない限り、掛けてきた人は、この近くにいるはずです。
「もしもし? 内海ですけど!」
スマホに怒鳴りながらあたりを見回すと。
「・・・・」
ロータリーから、無言無表情で、お前は風に舞う枯れ葉か! ツッコミたくなるような足取りで。
「・・・・」
ガラケーを耳に当てたまま、ヴィーガン砂田さんが、ゆらりゆらりと来て。呆然とする啓一くんの前で、パチン。ガラケーを閉じると、無言無表情のまま、啓一くんの横に並びました。
世の中には、他人と口が聞けない人が、こんなに大勢いるんだから。わざわざ「コミュ障」なんて自分から名乗って、啓蒙運動する必要なんてないだろうが・・啓一くんが「底辺バイト現場の実際」に戦慄していると。改札から緑のスーツの上下を着た、ひょっとこのお面みたいな顔のおっちゃんが。かけ足で出てきました。
「すんまへーん、ここらにゲーマンプロジェクトのプラの方おりまっかー!」
無言ガラケーの次は、ガラガラ声の関西弁です。
「・・・・」
これは人にしか見えない、精巧なラブドールのオヤジ版なんじゃなかろうか? 啓一くんが不安になるほどの無言、無表情の、ヴィーガン砂田さんをチラ見してから。
「あ、僕、内海です。メールの連絡先の!」
啓一くんは今日も「バイトリーダー」です。高く手を上げて、大声で呼びかけました。
「あー、えらいおそなりまして。今日、ご一緒させてもらいます、よっちーと申すもんです」
「が、外国の方ですか?」
「な~んでやね~ん」
「と、とにかく、三人揃ったんで現場に向かいましょう」
「完全黙秘」も嫌だけど、元ニートひきこもりがついていけないような、独特なノリの人と30分歩くのもキツい・・あー、バイトやめてー! 帰りてー!
「内海はん、もう一人の人、どないしはったんです?」
「え?」
しっかり隣に並ばれたよっちーさんに聞かれ、啓一くんが振り向いて見ると。ヴィーガン砂田さんは、集合前と同じポーズで、微動だにせず駅舎を見上げているのです。
「ハムレットやねえ」
「ハムレット? お酒のカクテルと、どう関係があるんです?」
「それはギムレット! 電車に飛び込むべきか、バイトに行くべきか、それが問題だ。日曜の朝からディープやねえ~ でもやらかしたら、これからパパママと遊びいくで~。うっきうきのお子さま可哀想やね」
「で、でも、ここで飛び込んじゃったら、片道分の交通費を損しちゃうじゃないですか?」
「そっちか~い、って」
見ている二人の横を、ヴィーガン砂田さんは、突然の猛ダッシュで、駆け抜けて行きました。
「思いとどまったんですかね?」
「内海はん、あれ人ちゃいますよ」
「え? じゃあ、あの人は何者なんですか?」
「アンドロイドですわ。ほら、ターミネイター的な? 未来から送り込まれた、精巧な人間もどきやあの人は」
あかの他人に、失礼な暴言を浴びせるのは、バイト現場ではよくあることなのか? それとも真実を見抜ける慧眼の持ち主なのか? また面倒くさいやつが来ちゃったな。思いながら、
「タ、ターミネイター・・なんで無敵のアンドロイドが、看板持ちのバイトなんかするんですか?」
話を合わせると、よっちーさんも同意してうなずき。
「そこが謎やね~。ワシが思うに時給に惹かれたんちゃうかな?」
「千円にですか?」
「うん。あと交通費が出るのも、関西人には大きいな。あ、内海はん、ワシらもそろそろ足、動かさんと、遅れてしまいますよ」
啓一くんは、よっちーさんと並んで現場に向かいました。
「それ、ええスーツですね。えんじ色、三つ揃い、「ボス」って感じや」
啓一くんは、よっちーさんの何気ないつかみトークに、思わず戦慄しました。なぜならこの流れだと次は、
「こんなええスーツ着て、平日のお仕事はなにされてるんです?」
となるはずだからです。啓一くんはこの時、初めてマイルドニートの辰、ヴィーガン砂田両氏の、「これを見越した」完全黙秘をうらやましく思いました。啓一くんはお人よしと小心者を兼ね備えた男ですから、辰野砂田両氏のような非情さは持ち合わせていません。啓一くんは覚悟を決めました。素直に何も。そう答えればいい。もう自分を偽るのはよそう。しかし、
「内海はんのもええけど、ワシのもイカすでしょ?」
底辺バイト現場の暗黙の了解、相手の私生活は詮索しない。お互い傷だらけの人生。恥を暴きさらけ出しても無意味。啓一くんもそのことを理解したようで、
「ええ。そんな緑のスーツ、初めて見ましたよ」
啓一くんは、よっちーさんの、人のことはいえないけど、お笑い芸人のような、革靴まで緑の出で立ちをほめました。
「まあ、大阪では日常フォーマルなんやけどね」
大阪・・バイトを頑張って、チケットが取れたら。俺はまーやのためだけに、未知の都市、大阪へと旅立つ。郷に入れば郷に従え。こんな派手な人が普通なら、俺がまーや応援服で大阪の街を闊歩しても、大阪の人は誰も驚かないだろう。
長年の子供部屋浪人生活で、すっかり世間知らずになった啓一くんは、うっかり「ツッコミどころ」を、「本当のこと」だと勘違いしてしまいました。
「しかし、ああいうなんも話さん人にも困るなあ」
息が切れたのか、徐々に背中が見えてきたヴィーガン砂田さんに、よっちーさんが独り言のようにいいました。
「ワシは何も、普段仕事なにしとるの? 嫁子供おるの? 自分が聞かれて困るようなことを知りたいんやない。バイトの現場って未知の世界やないですか? メールにはざっくり仕事内容が書いてあるだけや。実際に現場来てみんと、1時間もタダで身柄拘束される、長々と歩かされる。そんなんわからんやないですか?」
確かにその通りだった。啓一くんも平日マイルドニートの時も、家でごろごろまとめ見て終わるだけなら、2日くらいバイトに出たい。でも送られてくるメールが、ただ職種と時給と場所だけ。これでは一時間半バックレで、深く傷ついた実績のある啓一くんには。
もしまた同じことをしたら、唯一出来るだろう、この看板持ちのバイトに申し込めなくなる。そしたらまーやのライブに行く金を稼げない。だから、平日はおとなしくしていよう。
同じ派遣会社のバイトでバックレる。これじゃ、別案件に申し込んでも、ブラックリストみたいのに載ってしまい、もうバイトを回してもらえないだろう。啓一くんは中卒の元ひきこもりでも、別に頭が悪いわけではありません。それくらいの計算はできます。
「せっかく、こうしてバイト同士、現場まで話せるんやから。ワシが知らん現場がどうだった、そっちは知らんけど、ワシが知ってる現場はこうだった。そういう情報交換の場にしたらいいと思うんやけど、なんや自白剤でも注射せんと口開かんような。けったいな人ばっかやな」
情報交換か・・そうだよな、人それぞれだけど、どうせならプラカーダー剛こと、池谷さんみたいに。俺のような社会的弱者の初めてのバイトに出た時に。バイト心得みたいな、本当にためになる情報くれるような人こそが、現実社会にとって有益であり。掲示板の住人や、子供頭勉強バカみたいに、他人のあらばかり探して、マウント取り合い合戦してる連中は、時間を無駄にしているだけだもんな。
「でもねえ、喋ってくれても、くら~い人おるんですよ。会社つぶれた、リストラされた、30代前半はまだ生気ありますよ。ですが40代となるとね~。こっちが一生懸命、話しかけて、少しは心開いてくれたかな? おもたら、もうすぐ失業保険が切れる、本当はバイトなんかしちゃいけないんだ。朝の集合、非通知でかけてきて、別れ際はもう逃げるよう、ですわ。そうやって50代になっても再就職できないと」
よっちーさんは、ヴィーガン砂田さんを指さし。
「生気、やる気が消えて、枯れてしまい、あんな植物人間みたいになってしまうんやろね」
確かに、砂田さんは、強い風が吹いたら。その風に乗って、どこかに飛んで行ってしまいそうな、そんなあやういキャラだよな。なるほど人に歴史あり、それなりの「退化過程」があったんだな。
「内海はん、ワシ、なんでこんなアホな格好してるか分かります? そんな心折れそう、すでに折れてる、心自体をなくしているバイト仲間を、笑いで励ましてあげたいんですわ。ほら、入院中の病気の子供を、ピエロの扮装で励ますおっちゃんいるじゃないですか?」
「ウェイン・ゲーシーですか?」
「それ連続殺人鬼! ワシのは善意のボランティア! ワシね、本当は生まれも育ちも川越の、ちゃきちゃきの埼玉っ子なんです。でも、埼玉の言葉じゃ、電車に飛び込みそうな同志は救えない。それでスピード関ニングで関西弁習得しましたんや。だから「なまっとる」とこは堪忍やで。まあ、心無い世間は、他人の失業の心配してる暇があったら、お前が定職につけ! えらい、上から、超エラそうにいうじゃないですか? ワシはね、そいつらにビシー、いってやりたいんですわ」
よっちーさんは、怒った顔で啓一くんを指さすと。
「よう聞けカス! 平日の昼間に、そんなだぼらネットにカキコ出来んのは・・お前らがニートひきこもりのごく潰しだからやろうが!」
「そ、そうなんですか?!」
啓一くんが思わず声を裏返していうと、よっちーさんはさらにヒートアップし。
「人の就職いうまえに、お前が外出て働けやボケが!」
決めポーズをとると、
「怒るでしかし!」
と、いいました。
「でもねえ、ハマると抜けられんのですよ」
「ニートひきこもり生活がですか?」
「その一個上のバイト生活が。ただ看板持って立っていればいいだけ。この仕事なら、ミスすることもウザい上司に叱られることもない。最高っすよ」
下から一個上にあがるのと、上から一個下にさがるのとでは、同じバイトでもずいぶん感想が違うようでした。啓一くんは、現場までの道のりは情報交換の場。よっちーさん自らがいうのですから、
「ねえよっちーさん。平日に、なんか楽で時給のいいバイトないですかね? 週2くらいで」
思い切って質問してみました。
「内海はんは独り暮らしでっか?」
「いえ」
「残念やな~。実家暮らしじゃなければ、めっちゃ楽でいいバイトがあるのに。思い切って家出たらどうだす? 紹介しますよ」
「す、住み込みかなんかですか?」
「聞きたい?」
よっちーさんはいたずらっぽく笑いました。
「はい、ぜひお願いします」
啓一くんは目を輝かせて頭を下げました。
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