第二章 曙光篇 #6-4 誰がためにバイトする
実はこうだった、ああだった、勘違いしていただけだった。真実が、事実が、全貌があらわになれば、合点がいったり、納得がいったりします。ですが、一体なぜ? 何のために? まーやがここにいるんだろう? てか、本当にまーやなんだろうか? もし本人なら「まーや帝国民NO1の男」として、挨拶しないと俺の侠気が立たない。
「これクレーム案件かな・・でも休憩時間内だからな~」
怪しいバイトが、現場放棄してさぼっていないか? 啓一くんの隣で、雇い主の会社の若い社員が見張っているので、プラカードを投げ捨て、まーやに駆け寄るわけにもいきません。矢野くんも、突然の社員の見回りに、どこかの現場で会うかもしれない。姿を消してしまいました。
「ありがとうございました!」
ライブは大盛況のうちに、きっちり13:55分に終わり、陰形くんはまた自分の隣を駆け抜けて、
「なんだってー!」
「え、どうしました?」
出て来た時とは反対、関係者ゾーンに、陰形くんは振り返らず駆けて行き。それをお疲れ様でした。まーやらしき少女が、身体をくの字に折ったその横を、陰形くんは目もくれず駆け抜けると。まーやらしき少女も、本人なら顔見知りの啓一くんに気づくことなく。関係者と談笑しながら去って行きます。
「ト、トイレ行ってきてもいいですか!」
「ど、どうぞ」
せっかく社員がいるのですから、啓一くんは機転を利かせ、まーやらしきジャミラの着ぐるみ服を追いかけました。ですが、全力で追いかけたものの、啓一くんが見れたのは、マイクロバスに乗り込むジャミラの着ぐるみ服。その背中だけでした。
「さ、早く乗って乗って!」
DKズに命令する小百合さんを、ファンが取り囲み、即席の握手会となり。啓一くんは呼びかけることも出来ず、黒いスモーク窓の、マイクロバスの中のまーやを必死で探しましたが。
「お疲れ様でしたー!」
手を振るファンの声援に乗って、マイクロバスは啓一くんの視界から外れ、どこかへ走り去ってしまいました。元の野外ステージ横に戻ると、がらんとしていて、先ほどまでの熱狂がうそのように寒々としています。啓一くんは、通路を行きかう人が、皆、くすくすくす笑っているので、自分が「満の謎眼鏡」をかけたままでいることに気づき、外しました。
何が気に入らないのかは分かりませんが、自分に妙に敵対した態度に曲。それに意識的に投げつけたこの謎眼鏡は、一体、どういう意味なのだろう? 説明してくれそうな、ウルトラニィト! Hi! の矢野くんは肝心な時にはいませんし、どこでバイトがさぼっていないか? 社員が見張っているかもわかりません。
バイトというのは不自由なものだな。時給が発生している以上、看板を投げ捨て、別の場所で同じバイトしているだろう陰形くんの元に駆けつけ。まーやとはどういう仲なんだ。小一時間ほど問い詰めてやりたい心境ですが。
「・・・・」
問い詰めても返事などしないだろうし、啓一くんも小心者ですから、陰形くんのもとに駆けつける勇気もありません。しかし、なんだろう、このもやもやとした、俺に張りついて離れない嫌な気持ちは? それが「嫉妬」という負の感情であることはいうまでもありません。
まーやへの俺の思いが叶うことはない。頭では理解できても、陰形くんとまーやはどういう関係なんだろう? 付き合っているのだろうか? それとも同じ個性的な歌手同士、仲間を応援しに来ただけなんだろうか? そもそもあれはまーやなんだろうか? まーやがジャミラの着ぐるみ服で出歩いているのは、SNSで有名だし、自分の目で見たこともある。それに本人以外、あんな格好で外に出るキ、いや謎おしゃれな子はちょっといないだろう。だが、まーやファンの子が真似て・・
家にいるのであれば、検索すればなんだかの情報は手に入るかもしれません。ですが今は出先でバイト中。スマホは持っていてもいじれない以前に、課金しないとネットにつなげません。元を正せば「まーや帝国民NO1の男」の座を守るというより。まーやが好きだからという、自分では制御出来ない気持ちゆえに、自分は今にしてみれば天国の、ニートひきこもりの立場を捨て。こうして苦痛なだけの、クソ面白くもない、しょーもない看板持ちに身をやつしているのに。肝心のまーやは、あんな不愛想な年下とチャラチャラしているのか。
嫉妬で腹まで立ってくるのです。どうせ付き合うなら、自分と同世代くらいの、好感の持てる実力派声優。などが、まーやではなく、啓一くんの希望でした。一番いやなのは、見るからに遊んでいる、まーやと同世代の安っぽい、事務所ごり押し系のチャラい男性アイドル。それに何も知らないまーやが、ほいほいとついていき、全てを許してしまうことです。それをなんとか砲とか激撮とか、ネットで知るのも嫌ですが、目の前でというのは予想外の衝撃です。
しかも相手が、自分とは真逆の運がいいだけのチャラ男などではなく。自分とは何となく「設定」が被っている、ネトウヨVSパヨク的な構図の、ニート対コミュ障の敵方。人生にハンディキャップあるのは同等でも、陰形くんは自分より一回りくらい年下、痩身、なにより見惚れるほどの美青年です。自分に勝ち目がないのは分っていても、不快さ、いら立ちはなくなりません。
目上のバイト仲間に挨拶もないのはともかく、まーやをガン無視とは何様だ? お前は夢遊病か何かで、まーやが見えないのか? 「ドリームジャンボ」だけに。
外に出るとろくなことがない。ニートひきこもりがハローワークに行っても時間の無駄同様、バイト先でも予期せぬ被弾することも多々あり。顔以外は、同じバイトしていて、俺がゴッドファーザーオブニートなら、あいつはダイナマイトコミュ障。あんな口下手な奴、おそらくいじめられっ子で、学歴も俺と同じ中卒だろう。女子にワーキャー叫ばれるのは無理でも、俺にだっていじめを完璧に撃退できる、超必殺魔技「魔王咆哮芸」がある。
いわば顔以外は同じ立場なのに、挨拶程度、それ以外は私語厳禁の「まーや帝国民NO1の男」にくらべ。ドリームジャンボ満は、わざわざまーやがバイト先まで来てくれたのに、あんな無礼な態度を取ることはないだろう? 腹話術を使ってでも、まーやを労い、礼をいうべきではないのか? 腹が立って腹が立って仕方がありません。
本音をいえば。啓一くんは、まーや、俺は君のためにニートひきこもりという「天職」を捨て、フリーターに「転職」し。35歳にして事実上初めてのバイトを、もう3日も頑張っている。それもこれも、19歳の君を心から愛するがゆえだよ。そうだ、俺はまーやが好きなんだ!
部外者から見たら正気の沙汰とは思えませんが、啓一くんは毒母や毒弟嫁にひどい目に遭わされても。まーやだけは特別、まーやだけは毒でも悪でもなく天使。信じていたので、まーやらしき人影が、自分に気づいてくれなかったことが悲しくてならないのです。こんな苦しい思いをするなら、子供部屋でポテチをむさぼり食い、コーラやジュースをがぶのみしながら、夢中でネトウヨして方がよっぽど心身の健康にいいじゃないか。
午後五時少し前、売り出し現場に、まだ明日も、明後日もあるのか。げんなりしながら戻ると。
「・・・・」
「・・・・」
「満の謎眼鏡」に喉をいたわるマスクの陰形くん。チェーン店の格安眼鏡に顔を隠すマスクの辰野くんが、互いに背を向けて立って、啓一くんを待っていました。
「お疲れっスー!」
若い社員はこのあと、友人らと何か楽しい約束でもあるのか。今にも涙がこぼれそうな顔の啓一くんとは違い、うっきうきの顔で三人から道路使用許可証を受け取り。
「明日もここの方は?」
「・・・・」
「・・・・」
「はい・・」
「よろしくーっす!」
「では、失礼します」
帰ろうと振り向くと、お馴染みのMNDを決めた、すでに遠い背中の辰野くん。ため息で明日もここか。若い社員のロケットプリウス退社を見送ると。
「・・・・」
なぜか陰形くんが残っていて、啓一くんを見ている・・のか? とりあえず啓一くんの方を向いているのです。
「あの・・これ本当にもらっちゃってもいいの? 君のファンの人とが持っていた方がよくない?」
小心者の偽善者らしく、啓一くんが「満の謎眼鏡」を出し、無理ないい人アピールをすると、陰形くんは静かに首を横にふりました。
「じゃあ、これは記念にもらっておくよ。大丈夫、ネットで転売したりしないから」
お前さ、俺のオンナ(まーや)とどういう関係なんだよ? あーん、ガキが調子こきやがってよ。正直にゲロしないと、痛い目どころか臭い目に遭わせるぞ! 本当はしばきあげたい気分でしたが、そんな勇気はありません。
心にもないことを、へたれの冷静装い口調でいうと。こくり。陰形くんは静かにうなずくと、ひらひらのついた青のジャケット下のYシャツに手を掛けると、
「なんだってー!」
舞台の早着替えのように、すぐに脱げる仕様なのか。陰形くんがYシャツごとドリームジャンボスーツを脱ぎ捨てると。そこにはジャミラの着ぐるみ服を着たまーやと、啓一くんも持っているまーやTを着た陰形くん。ともに謎眼鏡なしのツーショット写真をプリントした、オリジナルTシャツが、啓一くんの心を一瞬で深くえぐる、強烈な破壊力で目に飛び込んできました。
陰形くんは、ゴールを決めたサッカー選手がやるように、そのツーショット写真を指さしながらあとずさりし、待てせていたタクシーに乗り込むとどこかへ消えていきました。
まーやのためにバイトに出て、まーやのためにへこむ。三次元と付き合える可能性のない俺でも、他の男同様、オンナに迷い、悩み、傷つく。それが死ぬまで続く、「男の性」というものなのだろうか?
失望、屈辱、怒り。あんな奴と付き合っているまーやのために、俺は自分の命を縮めてまで、この看板持ちのバイトを続ける必要があるのだろうか? 啓一くんは突然、深刻なバイトやる気スイッチぽっきり折れに見舞われ、誰もいない売り出し現場で天を仰ぎ、一人立ち尽くすのでした。




