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「ニィーティスト」  作者: ニィーティス亭 夢★職
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第一章 地獄篇 #3 恐怖のハローワーク 前編

 「ハロワに行け」

                

 ネットの掲示板で、子供頭おじさんおばさんから見たら、ニートひきこもりの、「無期限活動休止中」人類が、これからどうしたらいいのだろう?


 真剣に助言を求めると、実は同じ無期限活動休止中人類なのに。


 職業選択の自由を知らず、従う必要にない「世間一般の常識」に囚われ、自分は社会悪のニートひきこもりだと錯覚した、自称正社員がテンプレのように書き込みますが、実際のハロワはどんなとコロナでしょうか?


 このお話では、我が啓一くんが、実際にハローワークを訪ねた時の実話を基にしていますので、ぜひ参考にしてくださいね!


「なんだってー!」


 それは、また髪がぐんぐん減るような、日曜家族会の翌月曜日、正午を過ぎたばかりの頃でした。


 啓一くんの、鍵のかかった秘密の部屋に、すっとんきょうな大声が轟きました。


 パソコンのインスタグラム画面には、愛するまーやの笑顔、Vサインが大写しになっています。


 その下の説明文によりますと、近々、まーやの新曲が発売になり、それに伴う東名阪三ヶ所を回る、ミニツアーが行われる。


 突然の告知なのです。


 CD発売、ネット配信こそ近々ですが、ライブ自体は半年先、そのチケットの先行予約受け付け日は、また後日告知すると書いてあります。


 啓一くんは真剣な顔で腕組みしました。


 啓一くんの口ぐせ、「まーや帝国民No.1の男」。


 これは一般社会から隔絶し、常識と正気を失った啓一くんの、勝手な思い込み、妄想などではないのです。



 まーやの公式ホームページには、モバイル会員限定のファンクラブ、「まーや帝国民」という項目があり、そのトップにひときわ大きく、「まーや帝国民四天王」が紹介されています。


 右からひきつった笑顔の顔写真と共に、


「まーや帝国民No.1の男 内海啓一(35) 埼玉県在住 ネットビジネス業」


 公式に記載されているのです。


 四天王ですから、「まーや帝国民No.1の漢」として、永山雄一(55)、東京都在住、魚卸売業。


 女性人気も高いまーやですから、「まーや帝国民No.1の娘。」として、高田由実(35)、千葉県在住、看護師。


 またクールジャパンを代表する、若手歌姫として海外でも人気者ですから、「まーや帝国民No.1の外国人」として、マッタ.モケルセン(25)、デンマーク在住、牧師の記載もあります。


 その名を刻んだことだけで、たいへんな名誉ですが、四天王に選ばれると、絶対に手放したくない、とてつもない、超プレミアムな特典がつくのです。


 それはまーやのライブでのアンコール前、まーやを呼び込むファン代表として、まーやと同じステージに一人立ち、オリジナルの応援ダンスを披露できるのです。。


 鳴りひびく、アンコールを求める手拍子、まーやコールを尻目に、一人関係者出入り口に急ぎ、No.1の男を示すパスをみせ、所定の場所にむかう時の高揚感。


 ステージの袖で、緊張の極で待っていると、控え室へつづくドアが開き、中から可愛い衣装の、全身がオーラに包まれた、光輝くまーやが飛び出てきて、


「さあ、いっしょにがんばりましょう!!」


 まーやの、それは柔らかい手でハイタッチされ、サイリュウムが揺れる客席を、ステージから見おろしながら、愛するまーやのためだけに全力で踊る。


 あの数分だけで、自分は今まで生きていた意味があった。


 啓一くんが日夜、彼にしか出来ないオタ芸の稽古を欠かさず、懸命に練習、稽古に励むのも、人生最大の感動を、もう一度味わうためなのです。


 ただこのまーや帝国民、きびしい掟があり、一度でもライブに不参加すると、自動的にその資格が失効し、また一からオーディションに参加しなければならないのです。


 外国人枠こそ、来日するのが困難ですから、申し込み制による抽選での選出で、絶対参加の掟はありません。


 ですが、日本に住んでいる四天王は、ライブ参加が絶対条件です。


 欠席すれば、その時点でその他大勢に戻り、バックダンサーどころか、写真も紹介文も削除され、最初からいなかったことにされてしまうのです。


 東京で魚卸売り店を営む永山さんは、昭和の竹の子族から、フィーバーするディスコキング、現在は華美な衣装を身にまとい、奥さんと組んでラテンダンス大会に出場するなど、筋金入りのダンスオヤジです。


 千葉のシングルマザー、高田さんもまた、普段は患者さんからの信頼の厚い、ベテラン看護師さんですが、プライベートでは、


「アゲてく、アゲてく、みんなでアゲてく!」


 の頃からの、華美な装い、気合いの入ったお化粧の、トランスイベント等、クラバー歴が長い名ダンサーです。


 何より二人とも、シフトの融通がきく定職につき、参加費用の心配もなく、半年先なら、予定を調整して、確実に参加すると思われるのです。


 啓一くんは深いため息をつきました。


 まーやが歌手デビューしたのは一年前。


 まーや帝国四天王のオーディションは半年前。


 まーやのライヴは、今まで東京だけで、今回が初の大阪、名古屋です。


 たいへんめでたいことですが、国内在住の四天王には、無料招待、チケットの優先サービスなどはありません。

 各自が、四天王の自覚、プライドを持ち、自腹でチケットを入手し、自力で会場にこなければ資格を失うという、鉄の掟があり、現在の啓一くんは、


「急にいわれても金がないよ、くそ」


 なのです。


 今ほど、弟嫁の美代子さんが不安視する、「大それたこと」をしでかしたい、あせる気持ちをおぼえたことはありません。


 ですが、


「それではまーや帝国民No.1の男を名乗る資格はない! まーやに迷惑をかけるくらいなら死んだほうがましだ!」


 啓一くんは窓にかけより、まーやに届けと、声を大にして、真剣な顔でさけびました。


 啓一くんも、スケジュール的にはまったく問題ないのですが、先立つもの、お金がないのです。


 最愛のまーやを応援する、その気持ちこそプライスレスですが、チケット代が6900円と、いきなり目もくらむ金額です。


 せちがらい昨今では、先行手数料という名目で、うむをいわせず、別途1000円近くが、それに上乗せされるのです。


 また、コンビニでチケットを発券するのにも、108円の手数料が必要です。


 無論、一般発売まで待てば先行手数料はかかりませんが、それまでチケットが残っているかもわかりませんし、せっかく遠征してまで見に行くのなら、早く入場できる整理番号で、より近くで見たいと思うのが人情です。


 何より、大阪、名古屋は、埼玉から東京に行くのとは、交通費がけた違いです。


 現地での食事代、ライブハウスに入場するのにも、居酒屋のお通しのように、別途1ドリンク代が強制徴収されます。


 だが、あの名誉、感動は..


 晴天のへきれきとでもいうのか、啓一くんは突然、頭をかかえ、歯噛みするほどお金に困ってしまったのです。


 ネットビジネス業の売り上げは、月に5000円程度とささやかですし、自宅警備代、両親介護代行費用、計3万円也を全額投入しても、交通費、諸雑費がまったくたりません。


 特権は絶対に失いたくないし、なにより最愛のまーやに対し、


「まーや帝国民No.1の男として、ロビーに名前入りの祝い花の一つも飾らなきゃ、俺の侠気がたたねえじゃねえか!!」


 などと、義理がたいというか、見栄っ張りというか、鬼平犯科帳に出てくる、闇社会の元締めのようなことをいい、


「くそ、ライブ当日まで、諭吉が5枚はいるな」


 歌舞伎役者のように見得を切ったものの、お金のあてはまるで浮かばないのでした。


             (^o^;)


 対向してくるご婦人たちが、いつものように啓一くんへの恐怖で、ダッシュで逃げていっても、今日ばかりはまったく目に入りません。


 大変だ、こまった、助けてド..


 「まーや帝国民No.1の男」、その特権、侠気を守るためには、臓器はむりでも、血やおしりの穴を売ってでも、早急にまとまった現金、(50000円くらい)がほしいのです。


 しかし、今の自分を買ってくれるひとなどいないだろう。


 啓一くんはかなしいため息をつきました。


 痩身のイケメンで、エリート然として、気取った感じの、弟信二のおしり初体験なら、好事家にいくらの値がつくのだろう?


 盗撮DVD化され、それをメゾネット魔狐が見たら?


 啓一くんは暗黒微笑をもらし、いかんいかん、今はそれどころではないのだ俺のばか。


 自分を叱責して顔をあげると、


「あ!」


 思わず声が出ました。


 いつも通る道ぞいの、見慣れた建物ですが、今日ばかりは門に書かれた、


「ハローワーク」


 の文字が、どこかいつもと違って、光輝いて見えたのです。


 ニート、ひきこもり同様、「ネットビジネス業」も、ハローワークには興味津々ですから、「実際」、


 「裏事情」的なことも、ネットでクロス検索ずみです。


 「募集要項」と実際の現場、待遇が大きく食い違う、ブラックな案件ばかりで、職員も大半がバイト。


 しかし、啓一くんはふーんと鼻を鳴らしただけで、今まで前は通っても、中に入ったことは一度もありませんでした。

 そもそも啓一くんは、今まで「まとまったお金」を必要としたことがないのです。


 まーやのたまの東京でのライブ、物販でのグッズ購入。


 美代子さんを嘔吐、失神させた、大人漫画雑誌、まーやが声優をつとめた、アニメ柄の性筒さえ買えれば、後は家賃も食費かからない、気楽な実家暮らし。


「なんだと、俺が甘えた社会人失格野郎だって? 大きなお世話だ。やい社蓄ども! 俺の「生きざま」に口だしすると、お前のおふくろから幼い娘まで、暇に任せて盗撮し、末代まで抜き倒し、エアー顔射かましてやるから覚悟しろ!」


 胸のなかで啖呵をきって、恥じることも、臆することもない、筋金いりの「ネットビジネス業」ですから、


「わざわざ別の職探しをする必要などまったくない」


 今日の正午までは。


 啓一くんは、先行申し込みまで、なんとか5万円貯めたい。


 そのためには..


 おそるおそる門から中を覗いてみると、


「危ない!!」


 背後からさけび声がし、啓一くんが振り向くと、著作権にうるさい、D系のぬいぐるみで、ダッシュボードを埋めつくした、きらびやかなピンクの軽ワゴン車が、タイヤを鳴らし、クラクションを長押ししながら、啓一くんをひき殺さんばかりの猛スピード、ノーブレーキで門に突進してくるのです。


「わー!」


 啓一くんは、アクションスターのように飛びのいて、間一髪、轢死の難をのがれました。


 暴走軽ワゴン車は、駐車スペースに急停止しました。


 すぐにドアが開き、中から、金髪を鳥のとさかのように立てた、40代半ばの男、奥さんか妹とおぼしき、痛んだ茶髪を爆発させた、小太りの中年女性が出てきました。


 共に大げさに誇張された、犬のキャラクタープリント入りの、真っ白なジャージの上下を着た、見るからにいかつい外見です。


 金のとさか氏は、周囲を威嚇するように肩をいからせ、不機嫌そうにハローワークに向かっていきます。


 すると、


「おい、そこの社会のダニ! 日本国最底辺の恥二匹! 真っ当な社会正義から逃げてるんじゃないぞ!」


 立ち上がった啓一くんの隣から、よく通る大きな声がしました。


 見ると、昭和どころか戦前の名士のような、旧弊な背広に帽子、ロイド眼鏡にひげをたくわえた老紳士が、金のとさか夫妻にむけて、勇ましくステッキを突き立てているのです。


「なんだと、やんのかこら!!」


 金のとさか氏がすごむと、老紳士は啓一くんの背後にたち、毅然と、


「貴様らのような社会のルールを守らないごみ畜生どもに、人生の先輩として、礼儀、礼節を教えるのが、我々、上級国民の義務だ!」


 舞台俳優のような美声で、頭ごなしにいうと、


「ただでさえいらついているのに、まじでキレた」


 金のとさか氏は、猛然と向かってきます。


「金兄、待って!」


「なんだよ!」


「動画撮影の準備が整うまで」


 茶髪女性はユーチューバーなのか、急いでスマホを出して構え、撮影しながら一緒に向かってきます。


「さあ君、思う存分暴れてこい!」


「え?」


「これは楽して金になる、週3くらいの日払いバイトが、ハロワで簡単に、即みつかるはずさ、ひゃっはー! なんて、君のぬるくてあまい、超笑止千万な見通しに対する、私からの試練その1だ!」


 老紳士はきびしくいうと、向かってくる金のとさか氏に、啓一くんの頭をステッキで突いて差し出し、


「金的、目つぶし以外の反則はなし、死がふたりを別つまで、全力でころしあえ! レディーゴー!」


 金のとさか氏は、もうどんなお詫びも聞く耳をもたない、いきりたった目で、なぜか啓一くんに向かってきます。


「まいりました!」


 啓一くんはわけも分からず、金のとさか氏にスライディング土下座しました。


 老紳士は、啓一くんの背中を、容赦なくステッキでたたき、


「君、ここで最初から負けを認めたら、バイトリーダーにむりなシフトを勝手に組まれるような、社員同様の働きを、時給800円以下で求められるような、最底辺のくそバイトにしかつけないぞ! 闘え! そのためのハローワークだ!」


 啓一くんがそっと見上げると、金のとさか氏は、やや冷静さを取り戻した顔をしています。


 すると、


「金兄、思いやりを忘れたら、うちらただのDQNだよ。こんな奴、たとえ人手不足で潜り込めても、キモい、使えないで、フリーター歴20年戦士どもに、全力でいじめぬかれ、ハブられまくられ、泣きながらバックレちゃ、重度のひきこもり《リターンニート》になるのが関の山、ソースは旦那の弟。だからここでぼこぼこにして、二度と勘違いしてこんなとこにこないよう、「可愛いがって」やるのがうちらのロードだよ!」


 吐きすて、金のとさか氏のお尻にけりを入れると、


「いわれてみれば、ワシのネット相談を、頭わるすぎ! つまんね! だの、匿名をいいことに、はい論破とかばかにして、この実はナイーブなハートに、ふかい傷をつけたのは、たぶんこいつみたいなキモデブだよな?!」


「間違いない! 金兄、いまこそ倍返しだよ!」


 あまりの急展開に、啓一くんが身動きできずに凍りついていると、


「どうしました」


「..この子が..急にわしらに土下座するもんだから」


 金のとさか氏は、凍りついたような顔で、小声でいいました。


「君、どうして急に土下座なんかしたの?」


 啓一くんがおそるおそる顔をあげると、白い自転車に乗ったお巡りさんがいました。


 工藤公一巡査、35歳。


 近隣は再開発で、ハローワークの他、斜め前には警察署、郵便局、市役所などが並列してあり、工藤巡査はたまたま前を通りかかったのです。


「何に土下座しているかって? 決まっているじゃないか。彼が今まで虚勢を張って、ばかにした態度を取りつづけ、ずっと見てみぬふりをしていた、「働く」という尊い行為にたいしてだよ!」


 老紳士は、土下座する啓一くんの先に建つ、ハローワークを、ステッキで指し示しました。


「そうですか。で、あなたは誰で、土下座くん、前のお二人は何者で、お互いどういう関係なんですか?」


 老紳士は帽子を取ると、


「わたしは以前から無職、最近でいうニートひきこもりの生態を観察、研究し続けている、新戸博士、またの名をドクトルアーヴァイツロス(ドイツ語で無職の意)なる学者です」


 新戸博士はデジカメを出すと、土下座している啓一くんと、立ちはだかる金のとさか氏の姿を、さまざまな角度から激写しながら、


「いいンゴねえ、これは後世に残す、我が国の世界遺産ンゴねえ」


 インスタにあげるンゴ、感嘆すると、


「ゴルゴダの丘で、ユダによって、十字架にはり付けにされたキリストのように、ハローワークの門前で、DQNによって、地面に土下座させられたゴミニート。ま、そういうことです」


「とりあえず、中にはいる人の邪魔になっているので、みなさんどいて、問題がないようでしたら、今すぐ解散してくれますか」


 工藤巡査は、職業柄、個性的な人たちと、日常的に渡り合っているせいか、「民事不介入」の原則を守り、交通整理だけして去っていきました。


 金のとさか氏も、お巡りさんの登場で、なぜか蒼白の顔になり、啓一くんたちに背を向けると、茶髪女性を従え、ハローワークの中へはいっていきました。


「さあ、せっかく来たんだ、我々も中に入ろう」


                       (^o^;)


 啓一くんと新戸博士は、入り口脇に立ち、タッチパネル機を操作する、金のとさか氏を遠目に見て、


「ああいう輩にはこまったものだ。だが彼らのような社会のダニは」


 新戸博士は急に振り向くと、なぜか啓一くんを指さし、


「ニート! ひきこもり!」


 叫ぶと、また金のとさか氏に向き直り、


「同様、決してなくなりはしないんだ」


 いつもなら、自分はネットビジネス業、まーや帝国民No.1の男として、意気軒昂に反論するのですが、


 (何か勝手が違う、ここはへんな空気が流れている)


「毎朝、朝立ちしている政治家同様、職安と呼ばれた頃から、私も毎日、ここに日参してきては、無職、ニートたちの生態、本音を調査してきた。時には今日のように警察沙汰になることもあったさ」


 弟信二や、叔父保夫のような一般人は、啓一くんの「立場」を尊重する。


 というより、微妙な距離をたもち、けっして深入りしてくることはありません。


 ですが、この新戸博士は、妙にフレンドリーで、啓一くんの「立場」に、容赦なく土足で踏み込んでくるのです。


「三十代半ばとおぼしき中年男が、見ているだけで心が凍り付くような、極彩色のアニメ柄のTシャツに汚い短パン、素足にサンダルばきで、月曜の午後に重役、いや真打ち登場みたいにハロワ入り。学術的に君は

実に興味深い存在だ」


「あの、この際、腹を割って、本音で話したいと思うんですが」


 この博士と知り合ったのも、なにかの縁。


 それにハロワに日参しているのなら、内情に通じていて、楽で実入りのいい、その場で現金になるバイトを、特別に紹介してくれるかもしれません。


「ハローワークに土下座したことで、今までの君の罪は許され、消えさった。遠慮せずなんでも聞いてくれ」


「実は僕、今、早急に現金が必要でして」


 そこへ、ヤンキースの帽子を目深にかぶり、にっと笑った金歯のプリント柄の、大きなマスクをしたおばさんが入ってきました。


「新戸さんワッサー」


「なんべんいえばおわかりになるのかな。「しんど」ではなく「にいと」です」


 おばさんは右手の中指を突き立てて、無言でいってしまいました。


「ふむ、それで早急においくら万円いるのかな? まーや帝国民No.1の男、内海啓一くん」


 鳩が豆鉄砲をくらう。などとといいますが、啓一くんはびっくりしてしまいました。


「この世に説明できない謎などない、実は..」


 新戸博士は、啓一くんが食いついたのを確認すると、おもむろに眼鏡をはずし、パチスロ店の無料配布ティッシュを出すと、ゆうゆうとレンズを拭いて掛けなおし、


「以前、旧弊なやくざ組織でも暴力団でもない、まったく新しい反社会的勢力「半グレ」というのが、一時期社会問題になったことがあったろう」


「ええ、ギロッポンでどうとかの人たちですよね」


「我々の世界でも、最近、旧態依然のひきこもりやニートでもない、まったく新しい反社会的人類、「ネットビジネス業」というのが、爆発的にのしてきてね。私も興味津々でググったところ、一番上にヒットしたのが、まーや帝国民四天王の一人である、君なんだよ」


 なるほど!


 それなら突然の身ばれも納得がいきます。


「35歳にもなって、まーや帝国民No.1の男、しかも自称ネットビジネス業。この黄金比率的な、流れるような美しいコンボ技ネーミングの、きらきら輝くダイヤの原石のような実家住まいを、われわれの手で歴史に名を残す、不滅の男に祭りあげたい。啓一くん、やっと会えたね」


 啓一くんは、新戸博士にその存在を絶賛され、生まれてはじめてハグされました。


 しかし、どうも釈然としません。


 新戸博士のいう、「流れるような美しいコンボ技ネーミング」順で紹介されると、啓一くんが、なにか痛くて恥ずかしい、かっこわるい男のように聞こえるからです。


 物いうネットビジネス業の啓一くんが、不満で口を尖らせていると、


「そんな大器晩成型の君にだけ、そっとおしえる、今月中に確実に5万円稼げる、超短期の、誰にでも出来て、一瞬ですむバイトがあるんだけど、興味おありかな?」


 新戸博士は、啓一くんの心中を見透かしたように、すかさずあめをぶらさげます。


「はい! 興味大ありです!」


「啓一くんは、治験をご存知か?」


 まーやのためなら命をかける。


 ググって、自分のからだで新薬の効き目を調べる、危険はあるがお金になるバイトだと知っていたので、啓一くんは期待を込めてうなずきます。


「ドクトルといっても、私はボデーではなくメンタルを専門とする者なのだが、最近のわが国では、啓一くんのような「ネットビジネス業」とは違った、いい歳をして定職につかず、実家に居座り、親の金でただめしを食う不逞の輩。日々、匿名をいいことに、ネットに差別的な書き込みをし、幼女に不適切な行為を強要する、性犯罪者育成漫画で抜いたりする、ニート、ひきこもりという不届き者が、あまりにも多すぎると思わんか?」


 啓一くんは大きくうなずいて、顔をしかめると、


「あいつらの開き直った生意気な発言を聞き、ふてぶてしい態度を見ていると、将来、あいつらの親が死んだあと、あのごくつぶしどもに、「我々の税金」が投入されるのかと思うと、僕は激しい怒りをおぼえて、釈然としませんね」


「確かにあの自宅犯罪者どもは、どの口がいってるんだ! 後ろからぶっ刺してやりたくなる妄言をよく吐くが、親の立場となると、そう「世間一般の常識」的なことはいえんのだ」


 新戸博士はかなしげにタッチパネルコーナーを見ます。


 啓一くんも内心気になっていたのですが、金のとさか氏の隣に、白の半袖シャツに黒の半ズボン、坊っち

ゃん刈りにトンボ眼鏡をかけた、不気味な中年男がいるのです。


「おーいN犬!」


 新戸博士が、館内全員に聞こえるような大声でよびかけると、なぞの中年小学生は、求職者全員の視線を一身にあつめ、下を向いて目を合わせようとしない、ハローワーク職員たちの前を通り、啓一くんたちのもとにきました。


「息子だ。二次元とは一切関係ない、カフカや安部公房の不条理、純文学的世界観の意味で、仮にN犬とよんでくれ」


「パパ、僕、こんなキモデブとコラボなんかしたくないよ」


 N犬くんは肌の張りこそたるんだ中年男ですが、見ためは白髪あたまに童顔、声変わりをしなかったのか、特異なアニメ声の語尾あげで、啓一くんをにらみつけました。


「N犬! この人は「ネットビジネス業」で、お前みたいなニート、ひきこもりとはちがうんだ! あやまりなさい!」


「ちっ、反省してま~す」


「困ったのは存在だけではないんだ。今年はわれわれ親子にとって、アニバーサリーイヤーでね。私が80歳、N犬が50歳。いうなれば、今ここに35歳のニート、ひきこもりがいたとしよう、その15年後がうちの息子なんだ!」


 新戸博士は、「今ここに35歳のニート、ひきこもり」のくだりで、なぜか啓一くんの肩をだき、今や全員が注視している、求職者に向けて指さして見せました。


「私は今、娼婦とニートの違いこそありますが、暴力ゲームや、残酷恐怖漫画など足下にもおよばない最高峰。世界をまたにかけて、名だたる凶悪殺人犯たちを、もっとも凶行へと導いた、犯罪誘発サブカル不滅の金字塔、ドストエフスキーの「罪と罰」。その登場人物の一人、ソーニャの父の心境でここにいます」


 新戸博士は目をうるませながら、教養があるところアピールして続けます。


「N犬は今年で引きこもり歴22年になりました。まだニートという外来語がなかったころからの、がち勢、筋金いりのプロ無職です」


 新戸博士は美声、朗々たる名調子です。


 先ほどまで手のつけられない暴れん坊だった、金のとさか氏も、裁判の判決でも聞くような神妙な顔で、啓一くんたちを注目し、聞きいっています。


「しかし、N犬には中学時代受けたいじめを苦になった不登校。それを克服して進学した、通信制夜間高校を、自分探しの旅に出るために、半年で中退した学歴。自分探しの旅用の資金調達にはじめた、コンビニ店員の職歴がある」


 新戸博士はN犬を指さし、


「N犬はそこらの「一般ニート」とは違う、「上級ニート」なのです! 元はやればできる子なんです! コンビニのバイトでも頭角を現し、オーナーから自分探しの旅などいつでも出れるから、この店を支える人柱になってくれ。そそのかされて12年、バイトリーダーまでのぼりつめたあと、N犬はひきこもりになりました。理由は」


 突然、N犬中年が啓一くんと新戸博士の前にでました。


「パパ、それは自分でいう、僕が」


 N犬中年は急にふりむき、なぜか啓一くんを指さし、


「ニート! ひきこもり!」


 叫ぶと、また前をむき、


「になった理由。それは」


「N犬! もう墓を掘りおこすのはやめろ! いくら過去のトラウマに立ち向かったって、そこからはじまるのは」


「パパ、いいんだ。僕が引きこもりになった理由。それはオンナです」


                      (^o^;)


 N犬という、変わった名前の、童顔の白髪オヤジは、今もその傷は癒えていない、そういわんばかりに顔をゆがめ、


「僕には小学生のころから、大人になったら、音痴な乱暴者、ぼっち強制の旧友たちと、前の夜におおいに飲み明かしてから、結婚式をあげるはずの、婚約者がいた」


 苦いものをしぼり出すようにいうと、


「もう時は流れ、今は別の男の妻、孫までいる婆でもある。仮にうるさいのの反対の娘とよぼう」


 新戸博士が、匿名を条件とすると、N犬中年もうなずいて続けます。


「でも現実は違った。おさげとミニスカが似合う、うるさいのの反対の娘は、こともあろうに、昔からすべてにおいて秀でていて、東大卒業と同時に起業し、その後、株式上場で巨万の富を得た同級生と、その名の通り「出来婚」をしたんだ!」


 新戸博士は、勝手に嫁だとお思いこんでいたオンナが、知らぬ間に別の男と出来すぎていたトラウマで、

N犬の心は子供に戻り、今もこのようなコスプレをしている、そう捕捉しました。


「うるさいのの反対の娘が、自分以外の男と結婚する、しかも既に身ごもっていて、中古化している。中学の頃のいじめ主犯格が、わざわざバイト中のコンビニに、にやにやしながらいいにきたとき。僕はそれを信じることができず、接近禁止命令を無視して彼女に会いにいった。その時、あの魔女がなんていったか分かるか?」


 皆、固唾をのんで、N犬中年の悲痛な告白に聞きいっています。


「いつになったら漫画と現実の区別がつくのかな! 何度もいわせないでほしいんだけど、あたしは今日までN犬さんを恋愛対象として見たことは一度もないし、小学生の頃、突然、寝返って、急にN犬さんの味方をした理由。それは、そのほうがDT受けがいいし、よりでかいもうけが見込める。わるい大人たちに、無理やり強要された嫌々で、本当はあたしもぼっち強制さんたちの、金にあかせた、ゴージャスな遊びに、無料で参加したかったの」


 内心、みんなが思っている現実を、最悪のタイミングでいわれたといい、


「出来婚さんみたいな秀才で、イケメンな男の人の、ハイスペックな遺伝子を残したいと思うのは、すべてのオンナの健全な本能。だからあたしはほかのオンナを押し退け、「ミスター上級国民」たる、出来婚さんの正妻になれるよう、エッチ、めし、うそ泣きと、オンナのありとあらゆる武器、手練手管をつかい、それだけする価値、年収のある出来婚さんをゲットした。彼とは正反対で、秀才でもイケメンでもない、永遠の年収180万以下のN犬さんも、結婚は一生むりでも、せめていい歳をして、実家住まいのフリーターなどしていないで、低賃金でもいいから定職について自立してね。これがただの幼なじみのN犬さんにかけられる、現実のオンナの最後の思いやりだから。論破不可能なことをいわれたあとのことは、彼女のお母さんの通報でかけつけた警官に、刃物をかくしもっていることがばれて、警察に連れていかれてわからない」


「啓一くん、男女の心の溝は深い。ネットのあれだな、よくもだましてくれたなー、どんどんどん的な」


「僕は自暴自棄になって引きこもった。12年尽くして、最後はバイトリーダーとして、ほぼ一人で回していたコンビニ。僕の突然のばっくれに対し、オーナーは涙の土下座慰労どころか、制服返却されたし。メール一本でそれきりだよ」


「それは高齢ニートにもなりますよね」


 啓一くんは他人ごとのように同情しました。


 新戸博士は腕組みして遠くをみると、


「むりに外に出るとろくなことはない。ネットのばかどものたわごとも、まんざらうそでもない。あれから22年か。N犬が引きこもったのが、まるで昨日のことのようだ」


「あのー、それはそれとして、僕の一瞬で5万円になる治験の話しはどうなりました?」


 時は金なり。


 啓一くんは一秒でも早く、現金5万円を確実なものにしたい、下目づかいで聞きました。


 新戸博士は、これは治験というより、この国の未来を世直しする、実験の話しだといい、


「われわれ親子の、記念すべき節目の年に、私が無職、N犬がニート、君がネットビジネス業、三国同盟として結託し、このように裏表や、大人の事情ばかりがくすぶり、社会正義が履行されない、現在のわが国に。ジャンボな花火をうちあげ、上級国民どもの目を覚ましててやろうという、壮大なアニバーサリー計画さ」


「具体的にはどのようなことをするのでしょうか?」


「うむ。人に聞かれたらサプライズではなくなるからね。場所を移そうか」


                    (^o^;)


 新戸博士は入り口に「清掃中 ほかのトイレをご利用ください」、なれた手つきで立て看板を勝手に置くと、封鎖した男子トイレの中へと、啓一くんを手招きします。


「さて、これで三人だけでゆっくり密談が出来る。君、渋谷駅前の、世界的に有名な交差点をご存知か?」

 啓一くんは、いったことはないがと前置きし、


「国際大会で日本代表が、三戦全敗を免れる、0対0のスコアレスドローに持ち込み、勝ち点1をあげたときとか、がんばったニッポンの侍たちに、陽キャが大人数で繰り出して、感動をありがとうをさけんで、ばか騒ぎをするところですよね」


「その通り! ハロワ、じゃない、その、やれハロウィンだ、クリスマスだと、ことあるごとにあの交差点に沸いて出る、思考力が停止したのんきな若者たちに対して、あまり好意的ではない気持ちが、君のいい方の端々にじみ出ているね」


「リア充爆ぜろですか?」


 啓一くんが苦笑まじりに認めると、


「うぇーい!」


 新戸博士も両腕を前後させ、


「まさにそれが5万円ゲットの革命のバイトなんだ」


 啓一くんがはてなマークに取り囲まれていると、突然、N犬中年が、なにかを持っているような握りこぶしをつきあげ、


「とびちる恵体の肉片、キモネットビジネス業!」


 啓一くんも、毎週欠かさず見ている、日曜アニメの登場人物、その変身きめ台詞同様のことをさけぶと、新戸博士も目をとじ、


「♪イマジン、ノー交差点」


 うたうようにいい、


「渋谷のスクランブル交差点で、アニメ柄のシャツをきた小太りの男が、ひゃーげんふぁっかひきの、ふぁーくはつふつのようなものを作動させ、多数のひーひょうひゃが出ている模様です。現場のN犬さん」


「はいN犬です。たった今入った情報です。ひーひょーひゃが100人をこえた今回の大惨事で、ひゃーばくを試み、意識不明の重態で病院に搬送されたのは、自称ネットビジネス業、一部で、まーや帝国民No.1の男として有名だった、内海啓一ひゃーひしゃ、35歳とみられています」


 壁に耳あり。


 「大それたこと」を達成する前に、実行計画をお上にチンコロされ、親子ともども連れていかれては、大願成就もままなりません。


 新戸親子は、万が一盗聴、録音などされた時に備え、通報されかねない危険な部分は、関西喜劇団体の人気者、諸見里大介さんの鉄板ネタで、聞きづらく、あいまいにしましたが、生まれついての埼玉県民の啓一くんは、ただぽかんとしただけでした。


「デスク、欧米でまたテロが起きて、多数の一般市民が、だそうです!」


「日本でも以前はひんぱんにあったが、最近では決起する勇士はいなくなったな..いや、一人いる! まーや帝国民No.1の男、内海啓一35歳、ネットビジネス業だ!」


「デスク、そのまーや帝国民No.1の男というのはなんですか?」


「おお、19歳の歌手で声優でもある、平本摩耶、通称まーやさんの狂信的ファンだが、この男が近々決起し、某交差点で「大それたこと」をしでかすという噂があるんだ」


「ホムベの写真の、この顔つき。なにか「大それたこと」をしそうな雰囲気ムンムンですね」


「お前も記者のはしくれなら、もう生きていても仕方のない、人生八方塞がりのニー、いやネットビジネス業が、職歴の代わりに、歴史に名を残す決起に加担しろ!」


「うぇ~い」


 新戸親子は、証拠を残さず、意図が埼玉のネットビジネス業にも通じるよう、説明方法を、昭和から今へと受け継がれる、不滅のジャーナリズム表現、「しゃべるデスクと記者」に変更して続け、


「とまあ、こんな感じで、君がネットビジネス業が本気出すとこうなる。身をもってしめしてほしいんだ」


 ひょっとしたらこの親子は、誰でも無料で使えるハロワみ巣食う、単なる頭のおかしい人たちなのではないか?


 啓一くんも、内心では思うのですが、いいや違う、これは自分をからかう冗談、前ふりで、本題はべつにあるんだ。


 目の前の、楽して稼げるはずの5万円が、どうにもあきらめきれないのです。


 啓一くんの思いなど知るよしもないのか、新戸親子は漫才師のように並ぶと、


「やすしくん、渋谷の事件、君どう思うね」


「なんやひゃっこーふぁんは、35歳、実家住みの、まーや帝国民No.1を名乗る、自称ネットビジネス業の男らしいな」


「うちのもニートですけど、ネットに巣くう、自称会社員とか、身分を偽った、無職たちがやね、まーや帝国民No.1の男を、えらい神とあがめて大騒ぎらしいね、実家の秘密の部屋から、ネットで、匿名で」


「なんや内海ひゃーひしゃの自宅からは、幼女を性的対象にした、成人向けのえげつない漫画がごっつい数出てきて、パソコンを調べたら、ほぼ毎日、えらい長い時間、人殺すだけのネットゲームやりたおしてやね、それでもやりたりんのか、巨大掲示板にしばきたおすぞ的な書き込みしてたそうやね。働きもせんと毎日なにしてんねん、ドアホ!」


「やっぱネットに貼り付いて、ゆがんだ成人向け漫画にばっか読みふけってやね、部屋を明るくして、はなれて見ないと危険なほどの、クールジャパンアニメばかり見とると、正気を失ってこうなるんかね」


 新戸親子は、えせ関西弁の漫才をつづけます。


「まあ、そんな生活しとったらやね、見た目も、心も、そらゆがむでしかし。そら視野も狭まって、眼鏡、眼鏡、状態になってやね、元々ぼっちで、コミュ症なんやろ? そら年齢的に未来への夢も希望も失い、自暴自棄になって大爆発や」


「どうも失礼しました」


 新戸親子はぺこりと頭を下げると、


「このように「大それたこと」をしでかした。そして、偶然居合わせた善良な市民が多数ひゃーへいになったのは、ネット掲示板、スタイリッシュな幼女が表紙の大人漫画雑誌、暴力ゲームのせい。「世間一般の常識」どもはそう結論づけ、とりあえず落ちつこうとするだろう」


「だが、そうはニートが許さない!」


                        (^o^;)

 

 新戸博士は啓一くんの肩をたたき、


「啓一くん、君は神、来世、天国や地獄を信じるか?」


「..そんなものありませんよ。人間は死んだら灰になっておわりです」


「神などいないし、人生は一度きり、それも短い。啓一くん、ファイナルアンサーだね?!」


 好きなまーやのライブにいくための、5万円ぽっちをかせぐためだけに、これだけの試練があたえられるのですから、ひょっとしたら神はいるのかもしれません。


 啓一くんは、もう5万円は別のところでかせぐとして、どうにかこの場からにげだす方法はないか?


 入り口は新戸博士、N犬中年が、正体をあらわにした、心神喪失状態の、一般人ではないこわい目で固めています。


 背後の窓は開いていますが、ここは二階です。


 N犬中年は、長年のニートぐらしでつきでたお腹が、半ズボンにはおさまりきらないのか、さかんに手で股間の位置を直しながら、


「ハローワークは三次元を生きるものには真っ当な職探しの場!!」


 新戸博士もつづいて、


「だが我々、二次元で時が止まったものには地獄のテーマパーク!!」


 ハローワークは、「募集要項」と実際の現場、待遇が大きく食い違う、ブラックな案件ばかり。


 ネットのうわさはほんとうだったんだ。


 啓一くんは、メインフロアの一般人向け求人の他に、裏メニュー的な「ネットビジネス業向け求人」があることを思い知らされ、ハロワに来たことを、心底、後悔しましたが、あとの祭です。


「私はもう老い先みじかい。最後に「製造者責任」を取り、潔く散るつもりだ。N犬もこの計画には賛成してくれている」


「啓一くん、いまさら35歳という年齢を気にしたってしかたないだろう? 始めるのに遅いことはない、さあこのビッグウェーブに遠慮せずのれよ!」


 N犬中年が啓一くんに親指を突き立てると、新戸博士が、


「だが、N犬にはこの世を去る前に、落とし前をつけなきゃいかん敵がいる。こいつだ」


 突き出されたスマホ画面には、啓一くんもよく知っている大学教授枠の、ワイドショーのコメンテーターが写っていました。


「N犬を不登校に追い込み、うるさいのの反対の娘の出来婚をチンコロしにきてセカンドレイプし、ニートにまでしたいじめ主犯格に、いじめの罪に時効はないことを思い知らせてやる!」


「僕が、50歳、引きこもり歴22年の、確かな経験と実績を武器に、深夜の有名討論番組。特集ニートの回にゲスト出演し、君の後を追い、連続「大それたこと」をする。そうして、ただ運がいいだけで、中身は僕らと同じキモいばかでしかない、タレント文化人のそいつと共に旅立つ。これでもう、僕は思い残すことはない。日々、親が死んで金に困る、悲惨な未来、結末を想像して、孤独におびえるだけの、ただ苦しいだけの人生から、やっと解放される、永遠に!」


「そしてそうなったのは、無断でネットを切断し、逆ギレしたN太の過重暴行で現在入院中の母親だ! それを残された私が、実行犯の父として、テレビ取材に顔だしおkで、ネットが大炎上するほどあちこち出演し、「世間一般の常識」と徹底的に闘う。啓一くん、じつにやりがいのある、一瞬ですむバイトじゃないか。前金半金、成功後、残りの半金、この善意の好条件でひきうけてくれるね?」


 いや、俺、別にいらないだろ。


 二人で実行すればすむことじゃん。


 啓一くんはすっかりあきれてしまいましたが、


「つかぬことをお聞きしますが、その「大それたこと」に使用する「道具」は、もうお持ちなんですか?」


 もしあるなら、善良な一ネットビジネス業として、工藤巡査にチンコロしなければなりません。


「啓一くん、なにを眠たいことをいってるんだ!」


 新戸博士は怒った顔で、啓一くんにステッキをつきつけ、


「そのための「ネットビジネス業」だろうが! 君がネットを通じて、決起するための「道具」を、「その筋」から取り寄せるんだ!」


 なんて無計画な..


 これでは実現する前の準備段階で、警察なり病院なりに連れていかれることうけあいです。


 それでもN犬中年は、


「啓一くん、これは三次元に生きる、「世間一般の常識」がいうんじゃない、同じ二次元生まれ、ひきこもり育ちとしての実体験としていう。君も時折、ネットのバイト求人を見て、申し込もうかどうしようか考える時があるだろう? でもね、もっといいバイトがあるだろう。スルーしつづけているうちに、あっという間に職歴なしの50歳さ。親が死んだあと、君はどこに住み、どうやってめしを食っていくつもりなんだ?」


 確かに業務提携同然の、アラフィフ現役ニートにいわれると、重み、説得力がちがいます。


「おたがい、これ以上生きていても無意味なんだ! ならば二度と自分のような不幸な子供が育たないよう、誰がニート製造の諸悪の根源なのか、見てみぬふりをしている「世間一般の常識」どもに、目にものを見せてやる。そのニート決死隊の斬り込み隊長として、まずクールジャパンを代表する見た目、立場、境遇の君が、先頭を切っていさぎよく散る。そのための、こんなみじめな、君の今なんじゃないのか?」


「さあ啓一くん、まず君が、ニート決死隊の、ムードメーカー的な存在になり、その安くて無用な命を毅然と捨て、運のいいだけのパンピーどもに、ニートは本人のせいではなく、親や環境のせい。命をかけた論破不能の現実をみせてやろうじゃないか!! いつの時代にも存在する革命戦士、人類初のニートロリストに君はなる!!」


 燃えあがれネットビジネス業! N太よ神話になれ!


 新戸博士、N太中年が、興奮しすぎて失禁し、股間がぬれたズボンにも気づかず、両手をおたがいの肩において、ぴょんぴょんとびはねながら、円をえがいてぐるぐるまわっている、その時でした、


「働く! 働く! みんなで働く!! ムダに命を捨てずとも輝ける道、知らざあ、教えてさしあげましょう!」


 鋭い声がして、用具入れから、誰かが出てきました。


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