第二章 曙光篇 #5-4 バイトはつらいよやめたいよ
10メートル先を独走する辰野くんを追うように、お互い無言ではあるけれど、並んで歩いているはずの陰形くんに、啓一くんが「バイトリーダー」として。
「あの、昼休憩は何時からがいい、っておい!」
横を向くと、そこには陰形くんの姿はなく、啓一くんが驚いて振り向くと。先頭集団でスタートしたものの、ずるずると遅れるF1マシンのように、陰形くんは逆に10メートルほど遅れ。光が乱反射して目がみえない謎眼鏡を光らせ、さらに後退しつつあるようなのでした。
お金の必要性に迫られてバイト現場に向かう啓一くんと違い、その世界では人気の「ダイナマイトコミ障ソウル」の第一人者。ウィキペディアによると、現実は「コミュ障」、歌う時は「コミ障」。こだわりを持って分けているとありますし、啓一くんのような特殊な「ニィーティスト」とは違い、陰形くんは正統派の「アーティスト」です。
集合現場に現れない、電話連絡もしない無断欠勤。そんな誰にでも簡単に出来るバックレでは芸がなく、表現者としてのプライドが許さない。そこでいったん集合し、「コミュ障」の「バイトチャレンジ」運動の一つとして。集合まで成功しました! じゃ、バイナラ。ネットでいわれる「S級」をはるかに凌駕した、「アーティスト級バックラー」を決めるつもりなんじゃ?
「あれ、もう一人は?」
「さっきまでいたんですけね。途中でどっかいっちやいました。僕にはよくわからないんで、ゲーマンプロジェクトに聞いてください」
「バイトリーダー」といえども、所詮、一期一会。二度と会うこともないだろうバイト先。割り切るというより、知ったことかでほっとけばいいのですが、啓一くんはただでさえ暑すぎるボススーツに。逃げられたら「バイトリーダー」の俺の責任、俺がクライアントに謝罪しないといけない、面倒くさい。勝手に思い込んでは滝汗をかきながら。
「陰形くーん! 陰形くーん!」
恥も外聞もなく。後退する陰形くんに、必死に呼びかけると。啓一くんの思いが通じたのか、陰形くんは大きく手をあげました。
「とりあえず聞いてくれるー! 俺ら歩いて向かっているけどー! 終了確認メールにはー!」
たとえ420円、実際は交通系電子マネーで410円支給でも。今の俺には必要。バス代の不正請求のことを。秘密ではなく、バレバレの大声で、なんか必死でしょう? で呼びかけると。
「なんだってー!」
陰形くんは、啓一くんの想像もつかない暴挙に出ました。手を上げたのは「バイトリーダー」にではなく、タクシーを止めるためだったのです! 陰形くんは無言、無表情で、啓一くんなどガン無視でタクシーに乗り込むと、紙に書いた現場住所を運転手さんに渡し。啓一くんが「バイトリーダー」として無駄にかいている滝汗に気づくこともなく。
「・・・・」
無言、無関心でトップを独走するマイルドニートの辰の横を、陰形くんことドリームジャンボ満を乗せたタクシーは。なんか俺、一人でバカやってる? 生真面目、小心者の啓一くんを残し、走り去っていくのでした。
今日の現場は、マンションのモデルルームではなく、新築一戸建ての展示販売会場でした。啓一くんが最後につくと、駐車スペースに受付用のテーブルとイス。その上にはテントが立てられ。社員がパンフレット、お子さん用の風船などの、オープン準備に追われていました。
新築の戸建ての庭には、プラカードが無造作に立てかけられ、その横に同じく物のように。
「・・・・」
「・・・・」
辰野くんと陰形くんが、得意の無言、無表情に立っていました。
「あ、三人そろいましたか?」
20代半ばと思われるに男性社員に、気さくに声をかけられると。中学中退、実家浪人22年生の啓一くんは。社員が怖い現場じゃないようだな。安堵する反面。これじゃ、なんか俺だけ遅刻してきたみたいじゃねえか・・
「あれ、駅のへん、雨降ってました?」
「バイトリーダー」として気を使い過ぎ、水でも被ったように、一人だけ汗だく頭の啓一くんは。「人様に迷惑をかけてはいけない」、無意味な教育方針で、「人様に迷惑をかけられる側」に立たされた俺の人生、今後も辛いことだらけだな。悲し気に、平然として我関せずの辰野くん陰形くんを見ました。
「そこの大通りに出たとこは」
名前を聞け、名前を! 辰の鉄の口を割らせろ! バイトじゃない正社員力で、無理にでもしゃべらせろ! 辰野くんをロックオンした社員に、啓一くんは心の中で叫びました。
「ええと、あなたにお願いして。で、大通りの先の公園と別の大通りが交差する角を」
辰野くんと陰形くんの立ち位置は、社員が決めてくれ、啓一くんはフリマが開かれ賑わうとかの。
「公園の野外ステージ付近で。今日はおしゃれな人が二人もいて助かります。大いに目立ってお客様を呼び込んでください」
陰形くんの青のひらひらフリルつき芸能人スーツに、啓一くんのえんじ色の三つ揃いボススーツは、若い社員には好評なようでした。
「えっと、椅子が二つしかないんで」
「バイトリーダー」として、僕はいいですから。毅然と辞退する前に、折りたたみ椅子二つは、若い二人の素早い動きで瞬殺されました。
「休憩は三交代でお願いします。正午からがいい方」
お昼時は人気がないのか、一番年上で「バイトリーダー」の啓一くんが、手を上げました。
「午後一時からは」
ぶん! 鋭い音を立てた挙手の陰形くんに。
「じゃ、二時からはあなたで。では五時までよろしくおねがいします」
各自、プラカードと、二人は椅子を持ち、
「では午後5時5分前になったら、その先の大通りと交差する角に集」
呼びかけた啓一くんは、若い二人の、無言で遠ざかる背中に苦笑しながら、俺も歳をとったな・・意味不明なことを思いながら、公園の野外ステージに向かいました。
水神井公園は、その名の通り、公園内に大きな池があり。それを取り囲むように遊歩道、野球場、テニスコートなどがある、大きな公園でした。啓一くんが道路使用許可証の地図を見ると、ステージの真横に丸がしてあったので、啓一くんはそこに立つことにしました。
公園内はフリマの準備をする人でにぎわってました。啓一くんが立つ、古びた石作りのステージとベンチを、ぐるりと取り囲むように伸びる遊歩道もまた。出品する人、見に来た人、休日の家族連れなどで、人が途切れることはありませんでした。
「すいません、ちょっといいですか?」
午前11時を回ったころでしょうか? 啓一くんは、突然、声をかけられました。前回も二度ほど、高齢者にモデルルームの場所を聞かれ、パンフレットを渡したりしました。ですが、今日、声をかけてきた女子は、あきらかに異質なのでした。
「あのう、今日ここでフリーライブがあるらしいんですが、なにか聞いていませんか?」
啓一くんの知っている、まーやのライブ会場の客層とは違い。<DKS DJM&KK W DM,S>
巨大文字で面積いっぱいに書かれたTシャツに、首に同じ柄のタオル姿。
「この人はバイトで立ってるだけで、関係者じゃないから知らないよ!」
絵の幼女に、ひわいなことをささやくことは、多々あります。ですが、生身の20代前半とおぼしきうら若き女性に、生まれて初めて話しかけられると、啓一くんが硬直して何も返事を出来ませんでした。何かに激しく熱中し、もう手がつけられない、止められない本気モードの女子。としかいいようのない、切羽詰まったような二人組は、走ってどこかに行ってしまいました。
その後も、もうここだと覚悟を決め居座るしかない。同じ出で立ちの若い女子たちが、悲壮な顔で続々と客席に詰めかけ。お昼近くになると、野外ステージは超満員となりました。皆、スマホを見てはため息をつきの連続でしたが、もう辛抱できない。血相変えた女子がステージに駆け上がり。客席を指さし。
「ダイナマイトコミ障!」
喉も裂けよと、職場では絶対に見せないような、真剣なガチ顔で叫ぶと。それまでバラバラだった客席も一体となり。
ソウル! ソウル! 全員が拳を突き立て、黄色い声を揃えて叫び返しました。
「ダイナマイトコミ障!」
ソウル! ソウル!
「ダイナマイトコミ障!」
ソウル! ソウル!
なにか憧れの人が立つセンターに、自分のような者が立つのは失礼で、おこがましい。謙虚に端っこに寄って。それはいいマナーなのかもしれませんが、バイト中の啓一くんの、すぐ横で叫ぶのですから、啓一くんにはたまったものではありません。
「ダイナマイトコミ障!」
ソウル! ソウル!
事件はネット求人サイトで起きてるんじゃない、バイト現場で起きているんだ。このバカ騒ぎはいつまで続くんだろう? 啓一くんは午後5時までの長い長い時間を思うと、看板を放り投げて家に帰りたくなるのでした。
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