第二章 曙光篇 #4-3 バイトリーダーとマイルドニートの超人たち
「おはようございます、ゲーマンプロジェクトのプラカードです」
マイルドニートの辰はともかく、やたら元気なウルトラニィト! Hi! の矢野くんも、ただ立ってみているだけなので、「バイトリーダー」の啓一くんがドアを叩いて、社員を呼び出し、プラカードを出してもらいました。
バイトしようと決意するまで、実際に派遣会社に登録するまで、こうしてバイトの現場に出てみると。なるほど、矢野くんのいうとおり、自分がニートひきこもりだったのは、毒親の虐待で抵抗力を奪われ、いじめに何もできず。死ねないなら、不登校に逃げるしかなく、担任も無責任な無能で何もしてくれずで。悪いピースがすべてはまり、その犠牲になっただけで、こうして外に出てみれば。保夫叔父の家を訪ねた時の、快活で弟や周囲に気配りできる本当の自分は、何一つ当時と変わっていないじゃないか。
俺は馬鹿ではないけど本当に無知だった。なんで自分がすべて悪いなんて、無実の罪をひっかぶり、社会に背を向けて、22年も子供部屋で服役していたんだろう・・
「えー、そこの前の道が、大通りと交差するところは誰ですか? この道路使用許可証の地図・・あ、俺か」
子供部屋にひきこもっている頃は、外に出るというより、人に会うのが怖かった。対応できるかという以前に、面と向かったら緊張で石になり、口も聞けないんじゃないか? それはニートひきこもりという、ありもしない思い込みによる呪いのせいだったのだ。「ニートひきこもり」なんて子供頭の妄想で、俺のレッテルは自分で貼る。幻覚が解けたら、俺はもう元の自分に戻っているじゃないか。
「社員の方の指示で、そこは休憩中も交代で、誰か立ってほしいそうなんですけど・・」
啓一くんは、ベテランバイトリーダーのように、すらすらといいました。
「・・・・」
「先輩」
何の「先輩」だよ・・矢野くんは辰野くんを意味ありげに見ると。
「俺が入りますよ。へへ・・辰野さんもそれでいいですね?」
「・・・・」
どこを見ているのか分からない、マイルドニートの辰は、しばしの沈黙の後、こくり。重々しくうなずきました。そういえば小学生の頃、俺は修学旅行で、班長かなにかやらなかったか? すっかり忘れた、霧の中の記憶をたどりながら、今日は「バイトリーダー」の啓一くんは、それぞれの休憩時間を決め、
「5時5分前になったら僕のところに集合して」
いい終わる前に、他人と同じ空気を吸えない持病でもあるのか。辰野くんは自分だけの新鮮な空気を追い求めるかのように、さっさと先に行ってしまいました。
「たっつん、結構ヘビーなプラカード持っても、MNDの速度が全く変わらない。侮れない男ですよ」
何が「侮れない」のでしょう? 辞書を引くと、軽視できない、馬鹿にすることができない。という意味だとあり。啓一くんや矢野くんといった、元ニートひきこもり、現フリーターから見たら。辰野くんのバイト現場での姿勢、戦術は、まさに「侮れない」バイト仲間なのです。
「先輩はジェームス・ブラウン知ってますか?」
また二人で歩き出すと、元ニートひきこもりとは思えない饒舌さで、矢野くんは啓一くんに話かけてきます。
「なんとなく。ずいぶん前に、青いスーツ着て、カップ麺のCMで、ゲロッパとかいってた人だよね?」
「金になるならなんでもやる人でしたが、ああみえてソウル、ファンクの始祖。今のヒップホップの基礎というか、土台を作ったすごい人なんですよ」
「矢野くんは見た目もおしゃれだけど、音楽の趣味も洋楽派なんだ?」
いける! 俺は元々、社交的でもないけど、内気でもコミュ障でもなかった。22年ぶりの社会復帰2日めでの、この会話力。フリーターから上へはまだ分からないけど、もうニートひきこもりに戻ることはないだろう。啓一くんが、一人、うんうんとうなずいていると。
「マイルドニートの辰、ウルトラニィト! Hi! の矢野。まだ駆け出しの若僧の俺らと違って、内海さんは見るからに「古参の重鎮感」にあふれているじゃないですか? どうです、ジェームス・ブラウンにちなんで、ゴッドファーザーオブニートの内海・・いやニートブラザー#1ウッツミー! これでどうでしよう?」
フレンドリーにも限度があります。啓一くんは矢野くんの無礼ともいえる物言いに、
「矢野くんさ、僕に変な名前をつけるのは勝手だけど」
怒った顔で矢野くんを見ると。
「僕は日本人だよ! 英語のニックネームじゃなくて、日本語のあだ名にしてよ!」
そっちかよ、な反論をすると。
「ほう。ま、考えておきますよ。ではお昼にまた」
一人になると、バイトの1分は、遊んでいる時の30分。また午後5時までの、それは長い長いバイトタイムが始まりました。
しまった! 啓一くんは、心の中で素っ頓狂な声をあげました。
フリーターならやれる、俺はもう元には戻れない。自分のことはともかく。
こうして「バイトリーダー」として指名された以上。エアーバス代のことは、辰野くんはあうんの呼吸で知っているし、矢野くんは口が聞けるからあとでいえばいい。ただこの現場が初めてかもしれない、ウルトラニィト! Hi! の矢野くんに、「バイトリーダー」として、トイレは公園にある。教えてあげないと不親切じゃないか? いや、俺と違って、パケット通信できるスマホ持ってるし、ハイカラ趣味のナウなヤングだから、地図アプリで自分で調べるか。どうでもいいことに気をもんでいると。
「お疲れ様です」
「え? あ、はい、お疲れ様です!」
見ると、さっきモデルルームで会った、マンション販売会社の社員が、自転車に乗って「たまたま通りかかった」ような顔で、啓一くんの前にいるのです。
「それ裕太郎ですか?」
「え?」
「そのえんじ色の三つ揃いのスーツ、裕次郎の物まねの人と一緒でしょ?」
「す、すいません!!」
「いや、別に悪くないけど。じゃ、がんばってください」
社員は行ってしまいました。「バイトリーダーの心得」とは何か? 辰野くんのように、所詮、将来につながるものなど何もない、小遣い稼ぎのしょーもないバイト。割り切ってしまえばいいのに、根が真面目で小心者の啓一くんは、あれこれ気をもんでいる時に、突然の社員による、バイトさぼってねえか抜き打ちチェッ~ク! にあったのです。
もし俺のスマホに電波があって、休憩場所とか調べていたら? 俺はこの場でクビだったかもしれない。登録説明会で、業務中のスマホや携帯の使用、現場から無断で離れること。それらは絶対に禁止。厳しく指導されていたのです。
俺が「やれる」と思っても、雇用主に「いらない」といわれたら? 俺はもう一円も稼げないのだ・・啓一くんは得体のしれない恐怖に震えあがりました。だ、か、ら! そこから上を目指せる可能性ゼロの、看板持ちのバイトなんかに、いちいち無駄にメンタル削ってないで、時間通りに行って、「黙って」バイトして、終わったら帰って来る。それでいいのに、なに無駄に悩んでるんだよ?
辰野くんが、あかの他人の「バイト仲間」ではなく、兄弟そろって実家住まいのフリーターだったら? 悩める兄に、そうアドバイスしてくれたかもしれません。ですが啓一くんには、30過ぎて実家住まいのフリーターの弟などいませんし、感じやすい、心優しい性格は生まれつき。今更、直したり変えたりすることは困難です。
抜き打ちチェッ~ク! の社員は、一生に一度の高額な買い物をする、太客の応対をするのですから、一部の隙もない身成り、髪型で、くすり指には結婚指輪が光っていました。俺と同い年くらいか、ひょっとしたら年下かもしれない。親や環境に恵まれ、結婚して家族を持てるだけの収入もある。この年で非正規(実は生涯で2日め)の啓一くんに対しても。ニートひきこもりだけの時のような、同族嫌悪による、上か下か勝ち負けか。いがみあい見下しあう劣等感の代わりに。勝ち組の余裕なのか、社員氏は弟信二のように、ごく普通に接してくれました。
ですが、「超えられない壁」というのか。池谷氏、辰野くん、矢野くんには溶け込めても。弟、信二や社員氏のような、実はほんの一握りしかいない、「上位の人々」の前に立つと。啓一くんは異常に緊張し、気を遣い、まったく馴染めないのです。
あんまり考えすぎると、脳が処理しきれず容量オーバーになり、人はうつ状態になる。アニメ会社に放火した鬼畜殺人犯が、掲示板に投稿した私見とされていますが、その真偽はともかく。啓一くんはなれないというより、取説のない、雲をつかむような、この「実社会」という得体のしれぬ怪物に、自分の精神が押し潰されそうになっていると。
「先輩、「やわらかひきこもりの内海」、これでどうです?」
それ「マイルドニート」を直訳しただけじゃん!
「今日は先輩のあだ名を考えるだけで、二時間潰せましたよ」
「もうちょっとましなのにしてよ」
普通に話せるバイト仲間がいるだけまだましか。啓一くんは無職ではない社会人が陥りやすい心の病、「一人こじらせ闇落ちの罠」から、一瞬、逃れられた気がしました。
「ここ、トイレあそこの公園にしかないんですね。あ、プラカーダー剛から、バス代のこと聞いてます?」
「プラカーダー剛って誰?」
「昨日、一緒だったでしょ?」
「池谷さんのこと?」
「ツイッターでつぶやいてましたよ。濁瀬駅徒歩20分でプラカーダーなうって」
「あの人、ツイッターやってるの?」
「ええ。インスタにフェースブックも。50過ぎて独身、実家住まいのバイト暮らしなのに、堂々と顔さらしてSNSやれる極太神経、俺も見習いたく・・はまったくないし、反面教師として」
「ごめん、トイレ行ってきていい? さっき社員が見回りにきて、ここ離れられなくてさ、ずっと我慢してたんだよね」
まさに小心者! ですが、それが啓一くんなのですから仕方ありません。
「そうですか。おもらしニートのウー! ツミーじゃ、しゃれになりませんか」
啓一くんは最後まで聞かず、辰野くんもびっくりのMNDを決めて、公園のトイレに駆け出しました。
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