第二章 曙光篇 #4-2 バイトリーダーとマイルドニートの超人たち
「しっかし今時のニートひきこもりって、マジムカつきますよね」
二人で歩き出すと、矢野君は開口一番、そう吐き捨てました。
「あいつら自分のこと、自分で社会のゴミ、世の中のお荷物、勝手に思い込んでいるじゃないですか?」
マシンガントークというのはこういうものなのか? ここ20年近く、啓一くんがネット以外で人間と口を聞いたのは、実家出禁←NEW! の弟信二に。
あとはつい最近になり、ニートひきこもり系裏社会の三人。新戸博士、初姐、月尻氏。それにややリンクする元反社の金兄。一念発起してきたバイト現場で出会った、昨日の非正規中年男性、池谷氏。警官になった元親友のクドーは別にして、啓一くんがおしゃべりしたことのある「経験人数」はそんなものです。
「ねえウッツミー? そう思いません?」
誰やねん! 思いましたが、こういう、質問して教えてもらう系とは違う、アドリブ会話というのか。啓一くんには、ずっと一般社会にいた人間同士が、友人とごく普通にする会話、言葉のキャッチボールの仕方、感覚が、まるでわからず、つかめないのです。
「俺はね、自分では先を行ったつもりで、実は周回遅れに過ぎない。バイトしてるだけ他のひきこもりよりもまだまし。「世間一般の常識」どもから生暖かく見下され、本人もそれに甘んじて受けいれている、ああいうマイルドニートの辰じゃ、「下のもん」にしめしがつかないと思うんすよ?」
俺らよりまだ下がいるのか? でしたが、物言うニート、矢野くんの口はとまりません。
「俺はね、ウルトラ・・ウルトラニートになりたいんすよ」
「ロ、ロイヤルニートの上的な?」
よし! 啓一くんは、これからもバイトを続ける以上、今後も現場で遭遇するであろう、矢野くんのような「まだ見ぬ強豪」と、五分で渡り合わねばなりません。啓一くんはうまいこと相手の主張に、自分の意見を乗せられた。あうんの呼吸、弾む会話のコツをつかみかけた気がして、少し気持ちが上がりました。
「♪ウルトラニィト! Hi! 的なね。俺はね、何の落ち度もないのに、自分をダメなクズ人間だと、自分で自分を洗脳し、子供頭系バカから、差別用語。ニートひきこもり呼ばわりされて、下向いてるだけの同志を。こう、一列に並ばせてですね、目を覚ませ! 往復ビンタ三往復してやりたいんですよ。なにしろ公称50万人、実際はもっといるそうですからね、こいつは手の骨が折れますよ。ワッハッハッハ!」
矢野くんは自分の頬をバチバチ叩きながら呵呵大笑すると。
「真面目な話、あと5年・・うーん、10年はかかるかな。真実は一つ。ニートひきこもりは、本人の怠け甘えなどではなく、幼児期に執拗に繰り返された、毒親の「しつけ」と称する虐待に端を発する、いじめ、無責任教師などによる、複合的な人災。いつまでも殴られた毒親が不憫、可哀想なんて子供頭にいわせてたら、俺らが掻いた冷や汗が無駄になる。このツケを、次世代の子供俺たちに先送りさせてはいけない」
♪ウルトラニィト! Hi! の矢野くんは、自分のスマホを握りしめると、選挙ポスターの候補者のような顔になり。
「悪いのはネットですよ。ニートひきこもりが、無知ゆえに絶望ギレして手錠を掛けられた時。やはりニートひきこもりは犯罪者予備軍、今すぐ行政が取り締まるべき、一生懸命育てた親御さんが可哀想。はやし立て賑やかしているネット民。あれは正社員でもネットトレーダーでもない。ぶっちゃけお前らならぬ「俺たち」の、現役ニートひきもりでしょう?」
「その意見に激しく同意!」
啓一くんは久しぶりというか、事実上、初めて社会に出たので、少々、古めの決めゼリフを叫びましたが、
「だって、平日の深夜とか午後3時とかにさ、いつ何時、時間無制限で書き込めるの「俺たち」以外・・その「無期限活動休止中人類」以外いないもん」
興奮して思わず子供口調になると、矢野くんは感心した顔で、歩きながら、北の書記長のように手を叩きました。
「無期限活動中止中人類! 名言頂きました。そうなんですよ、ネットの「俺たち」、あまりにも馬鹿すぎません? なんで同じひどい目にあって、こんなひどい人生を送らされている同志の「俺たち」がですよ? コミュ障が唯一出来る外とのコミュニケーション、ネットの掲示板で「俺たち」への、共倒れみたいなディス書き込みして、無駄にいがみ合わなきゃならないんです? よく考えてみれば俺たち馬鹿の極みじゃないですか?」
「うんうん!」
ビー! マシンガントークにひきこもり、いえ、思わずひきこまれ。啓一くんは車に轢かれそうになりましたが、間一髪セーフしつつ、矢野くんに「激しく同意」しました。
「告白します。俺は真性ニートひきこもりちゃん時代、ぶっちゃけネトウヨでした。自分がニートひきこもりだってバレるのが怖くて、ネットでは一流会社正社員、21歳モデルの彼女の他に、19歳女子大生のセフレ持ち。趣味はネットトレードで車はレクサス。盆暮れは海外で過ごし」
まだあるんかい! てか盛りすぎだろ? なネットプロフィールを、矢野くんはうっとりと並べたてると。
「ネトウヨしている時だけは、俺は先のないニートひきもりの、どうせ悲惨以外ない、将来への恐怖を忘れ。会ったことも、ひどい目に遭わされたこともない、アジア諸国の「俺たち」を罵倒し。買った負けたと一喜一憂し、ああ、俺はニートひきこもりだけどまだ生きてる。自分で自分の脈を取って安堵したもんですよ。でもね、一番興奮し、燃えるのは、一日中貼りついている掲示板に、「俺たち」がらみの重大事案が発生した時ですよ。「俺たち」がしでかした「大それたこと」の、規模が大きければ大きいほど。俺のニート生まれひきこもり育ちの血は逆流し、オラわくわくだでネット設定の仮面をかぶると。近い将来、正社員である俺らが収めた血税で、福祉による無駄飯を食うであろう、社会のダニ、ニートひきこもりどもを。一流大卒の知性、という「設定」で、それはスタイリッシュにこきおろし、容赦なく論破してやったもんですよ」
「自分で自分をフルボッコしたの?」
「ええ。内容があまりに辛辣かつ的確で、自分の書き込みを読んで落ち込み、深く傷ついたこともありましたよ」
「それこそ、何をいってるんだお前は、だ?」
「話の合う」相方に、啓一くんもスムーズに相槌を打ちました。
「その時、俺は気づいたんです。自分で自分を三日も寝込ませるネットリテラシー(適切に表現できる力)があるなら。自分で自分をはげまし、奮い立たせることも出来るんじゃないか?」
「ニィーティストに目覚めたんだ?」
「ニィーティストをご存じなんですか?」
「ま、まあ、なんとなくだけど」
「そうなんですよ。学歴も職歴もない、ろくに外に出たこともない俺でも、ネットを通じて社会に参加、貢献できるかもしれない。うらみ、ねたみ、怒りに支配され、匿名をいいことに、ネットに四六時中貼りつき、罵詈雑言を書き込んで、下には下がいる。不毛な競争してるだけの自分。それ以外は食って寝て、大人漫画雑誌の、絵の幼女で抜くだけ。そんな俺がもし今日死ぬとしたら? 人間は確実に死にますからね。死の床についたとき、ずっとニートひきこもり。これは不慮の事故で仕方ないにしても、せっかく時間だけはあるのに、やっていたことがネトウヨに、「俺たち」への同族嫌悪。ニートひきこもりはみんな思ってますよ。死にたい、早く死んで楽になりたい。でもね、現世でしたことがネットを通じてのヘイトスピーチだけだったら? 何もいいことや正しい行いをしていない「俺たち」は、地獄落ち以外ないじゃないですか? 死んだらそれで終わり、ただ骨と灰になるだけ。それが本当なら、世の中にはもっとニートひきこもりによる、通り魔や親殺しなどの、凶悪犯罪が続発するはずです。一部の狂信者だけが平然と法を犯す以外、「俺たち」がどんなに腹が立ってもがまんしているのは、来世とかあの世とか天国とかを、どこかで信じているからでしょ? 「俺たち」は辛いだけの悲惨な人生です。死ぬ時くらいは心安らかに死にたい。だから僕は死に際に罪悪感以外感じないであろう、ネトウヨや「俺たち」への同族嫌悪から卒業しました。でも、僕が参加できる社会はネットだけです。そこで僕はニィーティストの名に賭けて、まったく新しいネットリテラシーを確立したんです」
「そ、それはどういう?」
「フフフ、モデルルームに着きましたよ。さあ、バイトの時間です」
ウルトラニィト! Hi! で、ニィーティスト属性でもあるらしい矢野くんは、
「・・・・」
無言、無表情で待っていた、マイルドニートの辰の横をすり抜け、真っ先にモデルルームの裏口に入って行きました。




