第二章 曙光篇 #4-1 バイトリーダーとマイルドニートの超人たち
濁瀬駅改札を出た所に午前九時集合。三人現場です。現地で内海さん(080-××××ー)に電話してください。
感動の涙もつかの間、前日確認メールを見ると。今日のバイト仲間、残り二人は、啓一くんに連絡するように指示されています。バイト初日、親切でフレンドリー。救世主のようにバイト世界を教えてくれた池谷氏に代わって、自分がまとめ役。ネットとかでお馴染みの、「バイトリーダー」にいきなり指名された。実際はランダムで、年齢が一番上とか、適当に選ばれたのかもしれませんが、保夫叔父の予想外の思いやりが身に染みた啓一くんは、俄然やる気になり、集合時間の一時間半前にはモデルルームに到着。自転車のサドルに「ゲーマンプロジェクトプラカード内海」。下手な字で書いた紙を貼り付け、1時間前には濁瀬駅改札前で、まだ見ぬ愉快な仲間たちを待つ気合の入れようです。
バイト初日の昨日こそ雨で、終日雨ガッパでしたが、今日は修二さんがどこからか調達した、えんじ色の三つ揃い、名づければボススーツ姿。真っ赤なネクタイとあいまって、167センチ80キロの啓一くんは、いつものアニメ柄シャツに短パンといった、「定番スタイル」とは違った意味で異彩をはなっていました。
スマホは持っていてもプリペイド式で、パケットを課金すると大幅にチャージが減るので、家のようにネットで時間をつぶすことは出来ません。ですが今日はバイト人生初のリーダー的立場です。いつ何時、着信があってもいいよう、啓一くんはスマホを握りしめて臨戦態勢を取り、電車が来るたびに改札をガン見し、あいつか、こいつか? まだ見ぬバイト仲間を探しました。
待つこと1時間。改札の時計が九時ちょうどをさしても、啓一くんのスマホには着信もなく、駅を見回してもそれらしい人はいません。すると、とんとん。いきなり肩を叩かれ啓一くんが振り向くと。
「・・・・」
ずっと改札を見張っていたのに、いったいどこから現れたのか、
「マイ・・いえ、辰野さんですよね。今日もよろしくお願いします」
「・・・・」
マイルドニートの辰こと、ムッシ辰野くんは今日も自身の編み出した、魔球ならぬ魔キャラ。ビジネスコミュ障スタイルを崩すことなく、どこか遠くを見ながら、無言、無表情でこくり。一度だけうなずくと、即座にスマホに目を落とし、すぐさま啓一くんの存在を圏外に追いやります。無視、無言でも時間通りに来てくれればまだましです。ですが来るはずのもう一人は、9時3分着の電車からの乗客が改札から出切っても、いまだ姿を現さず電話すらかけてこないのです。
集合時間を守れない、遅刻しているのに電話一つかけてこない、今日のもう一人は社会人失格だな! 一昨日までの自分は棚に上げ、啓一くんは憤るのと同時に、これはどう対処したらいいのだろう? 危機管理というか、遅刻なのか来ないのか。なにしろゲーマンプロジェクトからのメールには、自分の名前と携帯番号だけで、今日来るはずの残り二人の名前、携帯番号は一切記載されていないのです。
「・・・・」
自分よりベテランなはずの辰野くんに、こういう場合どうしたらいいのか? 経験上の助言を求めたくても、マイルドニートの辰は話しかけるなオーラ全開で、スマホから目を離しません。メールにはゲーマンプロジェクト担当者への、「緊急連絡先」は書いてありますますが、どれくらい待ってかけたらいいのか? 昨日、35歳にして初めて社会に出た啓一くんには分からないのです。
時計は9時5分になりました。10分の電車が来ても現れなかったら、その時は緊急連絡先に電話、決めたその時でした。
「9時5分! 9時5分! バイト生活始まるよー!」
不気味なアニメ声がし、啓一くんがおどろいてふりむくと。
「・・・・」
そこには、お前も同じ現場でバイトするんだから、少しはこっちに興味しめせよ! 俺を助けろよ! 相変わらず我関せずで、誰に何なのかは分かりませんが、辰野くんは一心不乱にスマホにフリック入力しているのです。
「わ! わ! わ!」
突然、啓一くんのスマホに着信がありました。啓一くんはスマホを持ったのも昨日が初めて。着信があったのも今日がはじめて。びっくりしてテンパってしまい、スマホを落としそうになりながら、なんとか出て、
「お、お疲れ様です、ゲーマンプロジェクトのプラカード内海ですが」
名前をいいましたが、ツーツー。電話はすでに切れているのです。
「あの、今僕の・・ゲーマンプロジェクト、プラカードの内海に電話かけてきた方いらっしやいますか?」
啓一くんは思わず大声を張り上げると。俺、今、なんか「社会人」みたいなことしてね? ついちょっと前まで、子供部屋にひきこもり、ネットの掲示板に罵詈雑言を書き散らかし、大人漫画雑誌の、絵の幼女で抜いていたいた自分が。スーツを着て、バイト先で遅刻してきた同僚に、業を煮やして大人の対応をしている・・
35年生きて初めて感じる「社会の一員感」。俺はもうニートひきこもりを完全に卒業し、一角のフリーターになった。自信が確信に変わった感動に震えていると。
「俺はまだ疲れてなんかないっすよ。内海さんですか? はじめまして、マイルドニートの矢野と申します。今日はよろしく頼みますよ、リーダー?」
「え、マ、マイルドなに?」
知ってはいても。小柄な筋肉質で、啓一くんや辰野くんと比べれば、イケメンといっていい顔。着用義務のスーツも、サラリーマン風とは違う、黒の上下にひもみたいな細いネクタイ。原宿でも闊歩していそうなファッションの、20代前半とおぼしき若者の口から。隠語、陰口のようなワードが堂々と飛び出すとは。啓一くんが面食らっていると。
「なんだ先輩、辰野さん同様、「同じ匂い」させてるのに、実家住まいでたまにバイトしている、俺みたいな奴を「マイルドニート」って呼ぶの知らないんすか? ウィキペディアにも載ってますよ? 編集したの俺ですが。てか、もう9時10分過ぎてますが、全員そろった。ゲーマンにTELしなくていいんすか?」
「あ、ああ、そうだ」
啓一くんは、あわててスマホの電話画面を開きましたが、キーパッド画面にするとメール画面の電話番号が見れないのです。
「ちょっと貸してください。いいすか、このメール画面の連絡番号をタップすると」
矢野くんは、おじいさんがテレビショッピングで買った、スマホの使い方を教えるために派遣された、インストラクターのように啓一くんに使用方法を教え。啓一くんが無事集合して出発する旨を電話し、「リーダー」の務めを果たすと。
「初めてって、実際にやってみるとまごつくもんですよね?」
昨日の池谷氏の親切とは違う、妙に馴れ馴れしい矢野君に。同じ「マイルドニート」なら、無言の辰野くんのがまだましだ。少々ウザく感じながら、
「じゃあ、行きましょうか?」
リーダーとして二人に声をかけると。
「ハハハ。辰野さん、相変わらず、ほれぼれするようなMND決めるっすね」
脱兎のごとくマイルドニートダッシュして先に行った辰野くんを、不敵な笑みで見送りながら、
「18きっぱーじゃあるまいし、狭い日本、そんなに急いでどこに行くっすよね。さて我々も行きますか。俺はねパイセン、辰野さんと同じでも、物言うマイルドニートっすから。遠慮せずに話しかける前に、俺からマシンガントークぶちかましますから」
これが普通なのか、たまたま濃いメンツと遭遇しただけなのか? バイト経験2日目の啓一くんには分かりませんでしたが、駅でおしゃべりしていても1円にもなりません。辰野くん、矢野くんの後から、啓一くんもモデルルームに向かいました。




