表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「ニィーティスト」  作者: ニィーティス亭 夢★職
20/59

第二章 曙光篇 #3-4 男泣き! 涙のバイト初日サプライズ

長かった、本当に長かった。啓一くんはようやく16:55分を迎え、事実上人生初のバイトを完遂しました。


「おう、おつかれ」


 プラカードを持って集合場所に行くと、池谷氏の人のよさそうなぎょろ目。


「・・・・」


 啓一くんたちに背を向けて、一人、雨がやんだ曇り空を見上げる辰野くん。


「朝の九時からサービス前乗りしてるけど、そこはバス代請求で相殺してだ。あとは午後5時までって約束だから」


 池谷氏はガラケーをぱかっと空け、


「二分前にモデルルームに向かう」


 あとは無言でしたが、まったりした、ほっと一息な。啓一くんのような、今が何曜日の何時だか、よく分からない生活をしていた猛者には、終わった。久々に味わう感覚、心地よい疲れなのでした。


「プラカードはそこへ」


 モデルルームの裏口にプラカードを立てかけ、道路使用許可証を返すと、啓一くんの人生初のバイトは無事に終了しました。裏口から、辰野くんを先頭に外に出ると、辰野くんは振り返ることなく、無言でロケットスタートを決め、あっという間に見えなくなってしまいました。


「あれ、チャリで来ているんですか?」


 池谷氏は、モデルルームの駐輪場から、さびたママチャリに鍵をさし、荷物をかごに乗せました。


「そうだよ」


「家、近所なんですか?」


「川越」


 池谷氏はこともなげにいいましたが、


「か、川越って・・」


「片道25キロかな。30キロ圏内はチャリでいくことにしてるんだ」


 片道12キロの啓一くんの、上には上がいました。


「ここ、自転車置いてもいいんですか?」


「うん、社員にひと言断ればな。自転車で来てるのに電車賃請求おかしくないか? そこまでセコいこという社員も派遣会社もないよ」


 セコいのはお前だろ? 啓一くんはうっかり思いましたが、自分もそうなことを思い出し。


「実は僕もチャリ通なんですが、置くとこが心配で、途中のスーパーに置いてここまで歩いて来たんです」


「それはダメだよ、違法駐輪なんかしちゃ」


 自身の交通費不正請求は棚に上げ、池谷氏は啓一くんの不法駐輪をとがめました。


「しかしまあ、それもバイトの醍醐味だな。散々中抜きしたカスみたいな時給で、金も出ないのに1時間前集合なんてザラだ。こっちも頭使って埋め合わせなきゃ馬鹿ってもんだ」


 啓一くんが違法駐輪をしたスーパーは、池谷氏も通り道だというので、途中まで一緒に帰ることにしました。


「初台にモデルルームがあって、実際に立つのが代々木八幡駅の現場があった。西武新宿駅からモデルルームまで2キロ。モデルルームから現場まで2キロ。終了メールには高田馬場から山手線に乗り換え、新宿から京王線乗り換えで初台の金額を書いて、当然、備考欄には往復のバス代の金額。おまけに大ガード下の金券屋で、土日限定の株主優待切符買って70円浮かし、一日、計1000円節約。きっちり合法的に請求させてもらったよ」


「マ、マジすか」


 なにかすごいお得なようであり、よく聞くとそうでもないような武勇伝・・なのか? よく分かりませんでしたが、まったくのバイト初心者の啓一くんには、50代とおぼしき池谷氏のバイト現場トークが、大変ためになるのでした。


「なあ青年、「底辺バイト」の境界線ってわかるか?」


「いえ。ぜひ知りたいです!」


「バイト同士がつかみ合い、殴り合う。それが底辺バイトだ。我々のようなプラカードは、今日はいないけど、サンプリング(テッシュ配り)と組まされることも多い。奴らは、リーマンが週末の一日、小遣い稼ぎで入ってたり。サンプリングは時給が1200円、人が集まらないと1500円の現場もあるから、大学生に人気があってな。運が良ければ女子大生のお姉さんと、お話しながら時給を貰える超ラッキーデーもある。一般社会と我々がクロスオーバーしている、プラカードのバイトは、まあ底辺ちょい上だな、我々にとっては」


 我々。その上にマイルドニートの辰くんがいて、大学生がいて、社会人がいる。池谷氏は暗にそういいました。たった一日バイトしただけですが、啓一くんはその達成感に、冷や水をかけられたような気がしました。


「しばらく続ける気なら、バイトしているこの時間だけは、何も考えない、何も感じない。これが大事だ。辰野くんなんか若いから、まあそうかとスルーする気にもなるが。オッサンにもオールドニートみたいのがいてな。会社クビになったとかで、こういうバイトでつないでるんだが、ほとんど口を聞かない植物人間みたいのもいるからな。そういう奴らをいちいち気にしてたら身が持たん。何も考えず、何も感じず、ただ金だけ稼いでさっさと帰る。今日会った奴のことなどすぐ忘れる。それがこの世界を続けるコツだよ」


 バイトでも当たり外れ、向き不向きがあるんだな。啓一くんは、しみじみと、身に染みて、思いました。地獄のように長い、10時5時でしたが、終わってしまえば過ぎたこと。あとは家に帰るだけです。


「あとさあ、派遣会社の社員を上の人だと思っちゃだめだよ」


「どういう意味です?」


「今日みたいに前乗りで、バス代請求禁止の、徒歩指定現場も結構ある。どう考えてもおかしいと思った時は、ゲーマンプロジェクト社員に給料払っているのは俺ら。俺らが現場で汗かいて得る金から、お前らに給料を払ってやっている。お前らの仕事は、俺らに仕事を取ってきて、俺らのサボりやズルがバレた時に、クライアントに謝ること。そのために俺らが中抜きさせてやっている。それぐらいの強い気持ちを持ってないと、非正規なんてアホらしくてやってられない。俺がいて派遣会社がある。サボりやズルがばれて、どっちが雇用主か勘違いしている派遣会社から、えらそうな電話がかかってきたら即ブチ切って、別の派遣に登録する。常に自分ファースト。それを肝に命じる。辰野くん見たらわかるだろ? 弱みをみせたらだめ、てめえの心が折れちまうからな」


 なるほどそう聞くと、1時間前集合も、最初はびっくりした、辰野くんの「ビジネスコミュ障」な態度も納得がいきました。


「あとは夢なんかなくてもいいけど、なんか趣味を持つことだな。このために金がいるから、バイト来ている的な。何も考えず、何も感じず、派遣会社を人と思わず、趣味嗜好に必要な金稼ぎのために、割り切ってバイトする。それならこんな退屈なバイトでも続けられる」


「プラカードのバイトって、平日もあるんですか?」


「いや、基本、土日だけ。来週は三連休だから月曜もあると思うけど」


 となると、来週3日入れれば、月曜は15日で締め日だから。今日明日合わせて6780×5・・暗算出来ないけど30,000以上ゲットできる!


「じゃ、俺はここで」


「お疲れ様でした! 明日もよろしくお願いします!」


「いや、明日は別現場なんだよ」


 ずっこけた啓一くんを残し、終了確認メール忘れんなよ! いい残して、池谷氏はさびたママチャリで走り去っていきました。 


 啓一くんは一人になると、また強い孤独感に襲われました。家の自室で二次元やネットに浸っていた時とは違う、現実世界での孤独感。一人とぼとぼと見知らぬ道を歩き、携帯プレーヤーを持ってくればよかった。まーやの歌が無性に聞きたくなりました。


 なにかこのために金がいるからバイトに来ている。夢はなくとも趣味はあったほうがいい。池谷さんはいってたけど。まーやは俺にとって趣味なんかじゃない、命だ。いつかくるXデー。晩春砲炸裂、無頼デーされて、現実にカレシがいることがわかったら・・俺は今と同じ気持ちでまーやを応援できるだろうか? まーやのためにバイトを続けられるだろうか?


 池谷さん、辰野くん、俺。三者三様の個性とは別に。三人とも嫁や彼女がいる雰囲気完璧ゼロ。これから出来る可能性も完璧ゼロ・・そうか、ここも何も考えず、何も感じずなんだな。


 啓一くんは24時間営業のスーパーに着きました。明日はモデルルームに置かせてもらおう。啓一くんの自転車は何事もなく、朝置いた場所にありました。啓一くんは自転車を走らせ、途中のコンビニで無料Wi-Fiを借りて、最寄駅から濁瀬駅までの交通費360円。休憩時間60分、備考欄に濁瀬駅ー濁瀬町一丁目(現地)往復バス移動420円と、終了確認メールのテンプレートに打ち込み、送信して本日の業務を終了させました。


 なれないバイトでの心労、立ちっぱなしの六時間、往復25キロ以上の徒歩とチャリでの移動。啓一くんは家の近くまでくると、安堵いうより目もくらみそうな疲労に襲われました。帰宅すると、両親は自分たち用の質素な夕食を取っていて、啓一くんを見ると父修二さんが小さく「お帰り」といいました。


 啓一くんは返事をせず、風呂場に直行しました。雨に濡れ、人知れず冷汗をかき、とにかくすべてを洗い流したかったのです。シャワーで済ますつもりでしたが、啓一くんを待っていたように風呂は沸いていました。啓一くんを飼い殺しながら、こういうところでは親らしい配慮を見せる、そのいやらしい神経が、啓一くんの癇に障りました。


 これでは、自分の甘え怠けで、長年ニートひきこもりをしてた馬鹿息子が、ようやく改心してバイトに出たことに。黙って見守っていた結果が出たことを喜ぶ、何の落ち度もない両親ではないか。啓一くんは、これで俺が毒親を殴ったら? 事案発生警報発令中に、バイトをやりとげた達成感などもろくも吹き飛び、啓一くんはとても不愉快な気分になりながら、それでもしっかりと湯船に浸かりました。


 何も考えず、何も感じず。


 好きで実家で毒親と同居しているわけじゃないんだ。家でもこの考えでいないと、かっとして損をするのは自分。無実の罪で入れられた刑務所で暴れて、さらなる刑期を課せられちゃかなわん。


 啓一くんが入浴を済ませて部屋に戻ると、啓一くん用の、ボリューミーな、餌のような夕飯が置いてありました。こんなもんばっか食わすから太るんだ! 腹が立って夕飯のお盆を蹴とばして、自分を永遠のペット扱いの毒母を、思い切りぶん殴ってやりたい衝動に駆られました。


 <夕飯のおかずが気に入らない。母親を殴った無職の息子(35)を逮捕>


 見出しが浮かび、掲示板で同じニートひきこもりに、同族嫌悪でどれだけぼろくそにいわれるか?


 何も考えず、何も感じず。啓一くんは黙ってお盆を持って部屋に入り、まーやのポスターにただいまをいい、夕飯を食べました。


「あれ、なんだこれ」


 お盆に白い封筒があるのです。開けるとピン札の諭吉が二枚に、手紙が入っていました。毒親もようやく自分たちが息子にした悪行に気づき、反省したか。啓一くんは手紙を読んでみました。


 啓一くんへ


 私も家業の農業を継ぐまではサラリーマンでした。運悪く不景気で最初に勤めた会社が倒産し、次の会社に就職するまでには貯金も底を尽き、最初の給料が出るまでの一月は、飲まず食わずで本当に大変でした。啓一くんも同じだろうと思い、些少ながらお金を同封します。当座の交通費や雑費に使ってください。


 世の中には、啓一くんのような不運な人間を、不気味に思い、ひどい暴言を浴びせる輩もいるでしょう。でも私はそうは思いません。ただ不憫な啓一くんのことが心配でした。ですが、私のような古い人間には、どうしたらいいのか分からなかったのです。


 弟はなまじ出来がよく、一流大学を出て一流会社につとめ、一見立派です。でも「勉強バカ」という言葉通り、会社以外の現実世界、人間をよく知らないのです。啓一くんの両親が普通の親だと思わないでください。そして啓一くんを助けてあげられなかった自分をどうか許してください。


 私が啓一くんにいえることはただ一つ。昨日までの悪夢は全て忘れて、今日から新しい、本当の啓一くんの人生を、啓一くんの力で切り開き、つかんでください。仕事には向き不向きもあります。失敗を挫折と感じず、新しい世界への挑戦権を得たと思い、前に進んでください。そして落ち着いたら、叔父さんの家に遊びに来てください。また昔のように、二人で釣りでもしましょう。


                                         保夫叔父より


 啓一くんは、叔父さんからの手紙とお金を押しいただき、声を上げて泣きました。今ほど人の優しさが身に染み、ありがたかったことはありません。啓一くんはどれだけ泣いても泣き足りませんでした。今までの、ひがみ、うらみ、怒りだけの自分に今日。孤独感もそうですが、まさかの感動の涙といった、現実を生きる人間の感情がよみがえったこと。バイトをやりとげたこととそれが、啓一くんには心の底から嬉しかったのです。


 翌朝。ぐっすり眠って鋭気を回復させた啓一くんは、保夫叔父のお金は、ありがたくまーやのチケット代用に取って置き。晴天の空の下、昨日同様、バイト先に向かうため、自転車で走りだしました。



                    (^O^)/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ