第一章 地獄篇 #2 奴隷兼ペット担当 実務兼世間体担当
2
昔から「賢兄愚弟」などとよばれ、兄の出来がいいと弟は・・
などといわれますが、それに「犯罪の陰に女あり」が加味されますと、奴隷兼ペット、実務兼世間体担当。
産み分けならぬ、育て分けするお母さんも、近頃では多くなりました。
さて、内海家はどうなのでしょう?
それは、とてもよく晴れた日曜日のことでした。
いつもは重苦しい空気に包まれ、啓一くんのオタ芸練習による怪震動音以外、いたってもの静かな内海家から、何やら明るい笑い声が漏れ聞こえていました。
二階の啓一くんの部屋の窓こそ、一般社会を拒絶するかのように、黒いカーテンでぴしゃりと閉ざされています。
ですが、その下の駐車スペースには、来客を示す、同じく黒の、最新型ハイブリッドカーがとめられていました。
腹に一物ある人ほど。
揶揄する人もいますが、啓一くんの家の庭は、修二さんの暇に任せた丹精で、花壇には色とりどりの花が咲き乱れ、手入れが行き届いた芝生に、降り注ぐ太陽。
そこへ窓が開け放たれた居間から、何の問題もない幸福な家庭のような、家族が明るくはしゃぐ声がもれ聞こえてきます。
その居間では、家長の修二さんが、日曜家族会限定の弾ける笑顔で、家族対戦で楽しむテレビゲームに、年甲斐もなく夢中になっていました。
対戦相手は、啓一くんが愛読する大人漫画雑誌から抜け出たような、それは可愛らしいお嬢ちゃんです。
おいしい手料理が入ったタッパーが、テーブルにずらりと並べられ、取り皿から味見する義母の房代さんを、すらりとした20代後半、人目を引くスタイル抜群の美人が、心配そうに見ています。
その前で、一心不乱にコントローラーを振っていた修二さんは、ああと天をあおぎます。
「また負けた、彩香ちゃん上手だな」
「ううん、お祖父様、わざと負けてくれたんだわ」
今年4歳になる孫娘の無垢な笑顔に、普段はけわしい表情が多い修二さんも、思わず相好を崩し、深い幸福のため息をつくと、それはうまそうにビールを飲み干します。
「うん、これは信二の好きな味だわ」
房代さんが、抑揚のない声で誉めると、
「そりゃそうさ、美代子さんとはかれこれ..」
夫の修二さんは、やたらと次男嫁と絡みたがり、妻の房代さんを苛立たせます。
「あたしが高一、信二さんが高三からの腐れ縁ですからね」
「信二の好みは知り尽くしているか」
内海美代子さんは今年28歳。
子持ちの専業主婦とはいえ、今も抜群のスタイルを維持し、髪型、化粧にも手抜きはありません。
房代さんは、昔から可愛いげのある美少女で、夫修二さんのごひいきだった美代子さんが、本当は好きではありませんでした。
だから彼女が、今では匂うような人妻の色香を加え、幸福さがにじみ出た艶のある肌で、男をとりこにするような母性的な笑みを浮かべると、それとなく背を向け、しらけた顔になるのでした。
そんな妻の思いなどお構いなしに、心地よいビールの酔いで、頬を真っ赤に染めた修二さんは、
「おい信二、ミス慶応大学を嫁さんにするなんて、お前は本当に果報者だぞ!」
涙ぐまんばかりに、自慢の次男で、啓一くんの弟、信二くんを見て何度も強くうなずきます。
内海信二くんは今年31歳。
幼少の頃こそ気弱で泣き虫でしたが、小学校高学年からめきめき背丈が伸び、中高ともサッカー部で活躍。
慶応大学卒業後は、大手商事会社に入社し、現在は企画開発課の主任として、出世街道爆進中のエリートサラリーマンです。
真っ白い歯の笑顔が素敵な信二くんは、長椅子にゆったりと腰掛け、どこへ連れて行っても羨望される美人嫁、かわいい娘に目を細めます。
小太り若禿げの兄とは違い、信二くんはスポーツで鍛えた引き締まった身体、行きつけの美容院での、こだわりの刈り上げ頭。
今でこそご無沙汰ですが、以前は苗場で行われる夏フェスの常連で、美代子さんを含む友人たちとワゴン車で乗り付け、テントを張って全日楽しむ音楽好きでもあります。
その関係で、人気バンド、サチモスのボーカルに似ている。
よくいわれる、かつてのスクールカースト最上位を、今でも維持しているイケメンエリート。
既婚の今も、会社の女性たちから引く手あまたの人気者。
「でも今時珍しいわよね、初恋の人と結婚までするなんて」
どこかとげのある姑の問いかけに、
「信二さんには、あたし以外にもちょこちょこいらしたようですけど」
誰もが羨む特S物件と、無事、結婚までこぎつけ、子供まで産んだ強さと自信なのか、美代子さんは余裕の表情で夫信二くんをにらみます。
「だからそれ誤解だってば。彩香、パパはずーっとママ一筋だからな?」
「パパ、同じことを一昨日もいっていたよね? 夜遅くお酒に酔って帰ってきて」
ここぞとばかりに、彩香ちゃんがおしゃまに口を尖らせると、
「参った! 彩香、それをいっちゃあおしまいよ!」
信二くんが立ち上がって、突然、Oはつらいよ、フーテンのTさんの物真似をすると、日頃のうっぷんに、快酔が引火して爆発したのか、
「ワッハッハッハ!」
大げさに腹を抱える修二さんを中心に、内海家ファミリーはほのぼのとした、とても暖かい空気に包まれるのでした。
しかし、どうもおかしいのです。
勘定をすると数が合いません。
なぜなら、内海家にはもう一人、「長男」がいたはずだからです。
なのに、この心暖まる、大変愉快な日曜家族会に、長男、啓一くんの姿はどこにも見当たらないのです。
「ネットビジネス業」に土日祭日もないですから、どこかに買い出しに出掛けているのでしょうか?
ホラー都市伝説などで、殺人鬼は外から電話をしているのではなく、実は同じ家の中からかけていた。
心肝を寒からしむる、とても怖いオチのお話がありましたが、「ネットビジネス業」もまた、実は二階に潜んでいたのです。
(*_*)
啓一くんは、カーテンを閉めきった暗い自室で机に向かい、ヘッドフォンをして、けわしい表情でパソコン画面を見ていました。
何かうっぷんばらしになる、面白いネット中継でもあるのでしょうか?
啓一くんが見て、聞いているのは、今まさに自分の家の居間で繰り広げられている、啓一くんの目から見たら、ばかばかしい茶番劇でした。
啓一くんは、ネットビジネス業でのささやかな売り上げ、毎月の自宅警備に対する給付金。
それらをこつこつ貯金し、居間で起きている出来事を、自分のパソコンで見れる聞ける、特殊な自宅警備用カメラを、ネット通販で取り寄せていたのです。
そうして、両親がウォーキングや太極拳で外出中の留守を見計らい、自ら居間に設置、配線工事を行い、気まずい思いをせずに、こうして月に1、2度行われる、弟主催の日曜家族会に、こっそりエアー参加していたのです。
無論このことを知っているのは啓一くんただ一人で、墓場まで持っていく秘密の一つです。
(*_*)
文明の利器を介して、無事「全員参加」で行われた日曜家族会も、そろそろお開きの時間となりました。
修二さんは、自慢の花々を自ら切って束にし、彩香ちゃんに持たせるため、二人で庭に出ています。
心の中では複雑な思いの嫁姑も、表向きは和気あいあいと、キッチンで後かたづけをしています。
「お兄さん、今日はお仕事ですか?」
「さあ、二階にいるんじゃない?」
ありふれた会話ですが、内海家のキッチンで、同じ母同士の嫁と姑がいいあうと、見えない火花が飛び散ります。
啓一くんの母房代さんにしてみれば、子育てに失敗したというより。
理想の夫とは程遠い修二さんに、新婚時代に見切りをつけたものの、兄の紹介で、遅く見合い結婚した自分は、離婚を選べば二度と結婚できずに、貧しい暮らしで路頭に迷うだけだ。
ならば、夫に代わって、自分の孤独を埋めるためと、将来の介護要員として。
幼い頃からしつけと称して計画的に虐待し。負け癖をつけて社会に適応できなくして、こうして意識的に飼い殺しにしている、自分が生んで所有している長男の是非を。あかの他人の次男嫁風情に、軽々しくいわれたくなどありません。
また幼い娘を持つ美代子さんにすれば、彩香は顔がいいから、将来、アイドルになって枕営業を強要され、精神をやんでAV落ちしたりしないだろうか?
母になる前は、そのような事案を耳にするたびに、きっと頭も気も弱い、アホの子なのだろう。
歯牙にもかけませんでしたが、自分が気が強いぶん、神様は彩香に頼まれたら断れない、恐怖にすくんで枕受諾→AV落ち。
そんなか弱い性格を与えるのではなかろうか?
心配で、娘のAV出演を苦に、一家心中する夢を見てうなされた夜もありました。
母親になるということは、こんなにも悩み多き、苦しいことなのか。
何が苦しいといって、子供を生めば、自然と湧いてくると思った母性。
それがまったく湧いてこず、そのことが彩香に申し訳なく、母性が湧かないぶん、罪悪感がただ心配性に取って変わるのです。
「ねえ、もし彩香がパワー系にひどいめに遭わされたら、信二さん、同じことをやり返して仇を取ってくれるよね?」
夫に妻としてより、母としてのやり場のない心情を訴えると、
「腹へってんだよ。仮定の話は後にして、先にめしにしてくれないか!」
信二くんは勝ち組です。
兄啓一くんと違い、一人で生きて行けるし、美代子さんが嫌なら離婚し、独身を謳歌するもよし、別の女性と結婚するもよしの、選択肢は自分にある、経済力のある男です。
ですから信二くんは、美代子さんの心情に共感、同情するどころか、スマホをがん見したまま、けんもほろろに怒り出す始末です。
美代子さんのお父さんも、誰もが知っている一流会社の、重役までつとめたエリートですが、激務でほとんど家にいない父親でした。
家ではいつもかりかりしている母に、ただ気を使うだけの美代子さんは、父親に似た性格ではあるが、それは体験を踏まえた自分が変えればいい。
ならば、自分や子供が生活苦にあえがずにすむ男と結婚し、足元を磐石にしてから、「自分の野望」を追及すればいい。
しかし、父親同様、夫の信二くんも、美代子さんが望むようには、成長、変身はしないのでした。
彩香と幼稚園や公園などにいくたびに、どっしりと肝の座った、母性的なお母さんたちを見るたびに。
自分はなんてだめな母親なんだ。
劣等感を覚えると、ただ非力な女でしかない自分が不安で、彩香と外出するたびに、どこに誘拐魔が、レイプ魔が、シリアルキラーが潜んでいて、かわいい彩香が生け贄になるか?
美代子さんは気が気でないのです。
娘の行く末どころか、まだ妊娠してもいない、次の子供のことも心配で、育児ノイローゼになりそうになり、彩香に警備員をつけたい。
突拍子もない要求は承知だが、その奥の、切ない母心を理解し、精神的に大人になって我々を守ってほしい。
夫に懇願してみると、
「なら兄貴に頼んでみろよ。いつも自宅ばかりじゃ退屈だろうから、たまには屋外警備させたら兄貴も喜ぶだろう」
どたまかち割るぞボケッ!!
(*_*)
兄貴。
義母には必要以上には、絶対に触れられないアンタッチャブル。
中一の秋から自宅警備しているとかの「匠」の何が、自分をこうまで戦慄させるのだろう?
日曜家族会のたびに天井を見上げては、深遠を覗くとき、深遠もまたあなたを見ている。
美代子さんは、ニーチェの箴言を思い出すのです。
なぜなら、夫の兄、「伝説の22年ニート」「生きる事案」を、自分は見たことはないが、「謎の自宅警備員」はあたしを見ている、知っている。
そんな気がしてならない。
女の直感が、美代子さんを震え上がらすのです。
何がこう、まだ見ぬごみニートを、こうまでキモく感じさせるのだろう?
ある日、ネットサーフィンしていた美代子さんは思わず声をあげました。
今週の表紙は、人気急上昇中、男子アイドルグループ、「若きG息子たち」。
彩香と母娘でファンの、通称Gムスをうたった、雑誌の広告を、何気なくクリックした美代子さんが見たのは、顔も服装もない、シルエットだけの不気味なGムスでした。
これだ!
夫の兄も、「大人の事情」がらみで、顔も体型も分からないからこそ、戦慄するほどキモいのだ。
「いや、さすがにそういう空気じゃないよ」
たまにはお兄さんと肩組んで、仲良し兄弟写真撮って見せてよ。
気になって、それとなく夫に頼むと、普段はへらへらしている夫は、急に怯えたような顔になり、むりむりと手を振るのです。
信二、買い物に行きたいから車出して。
そのための22年ニートだろうが!
それにその車、うちの親の金で買ったんですけど!
内心、ぶちギレですが、これもいい機会、いつもはうっとうしいだけの舅、修二爺と二人きりになったとき、
「お義父さんも内心、二階のお兄さんのことが心配でしょう? なにか「大それたこと」をしでかして、両親は引っ越し、弟は転職になりやしないかって」
明るくたずねると、懐に刃物を忍ばせた、とは真逆の、寒々とした亀裂を、精神に潜ませたような不気味な義父は、アッハッハと呵呵大笑し、
「社会に出る度胸もない小心者ですよ。啓一がおこした問題なんて、精々、近所の公園で、女児を含む、子供たちを見ていて、警察を呼ばれたくらいですからね」
親父ギャグでも飛ばすような口調で、一瞬で美代子さんの血の気が引き、全身が凍りつくようなことをほざき、
「最近のせちがらい世の中」
「昭和の頃は」
等、この親にしてこの子ありな、自分たち本位の理屈をまくしたて、悪いのは自社生産の22年ニートではなく、
「前の家のヒステリーBBAですよ」
責任転嫁して憤る始末です。
確かにお向かいの家には、「危険な発電所即時廃炉」的な、住人の思想、人間性を体現する、特殊なポスターが堂々と貼ってあります。
しかし、美代子さんの不安、心配は、そのポスターを見たことで、逆に極限まで高まりました。
なぜなら危険な「自家発電所」なら、この家の二階にも存在しているからです。
妻帯しているニートなど聞いたことはないし、そもそも働いていないのだから、風俗に行く金などもないはずです。
「女児を含む、子供たちを見ていて」
そこだけが、何度も何度も美代子さんの脳裏に轟きわたります。
女児を見ていたということは、幼い娘を持つ母親である美代子さんを嘔吐、失神に導いた、あの「国民的有害大人漫画雑誌」を読んでいるに違いない。
女の直感が確信に変わると、
「美代子さん、どうしました? だいじょうぶですか!」
(*_*)
国民的有害大人漫画雑誌を愛読している、22年ニートで、自家発電家。
これを「犯罪者予備軍」と呼ばずに誰を呼ぶのだ。
気分が悪くなって、日曜家族会を早退した美代子さんは、ひきこもりは、はた目には無気力ななまけ者だが、やってる当人にしてみれば、そんなにテンションの上がる、楽しい人生ではないはずだ。
それに22年も家にひきこもり、繰り返し「自家発電」していたら、勤続疲労というか、いい加減、精神に亀裂が入り、やけになってメルトダウンを起こし、いつ身近な幼女に襲いかかるか分かったものではない。
「ママ、大丈夫?」
彩香..
「ワッハッハッハ! 鬼のかくらんてやつさ、心配いらないよ」
やかましいわ!
笑い声まで義父と同じ夫に憤りながら、彩香だけは命を賭けて守る!
22年ニートで、近々、精神をやんで、幼い娘に襲いかかる、変態。
あいつをどうやって「春と修羅」してやろうか!
(*_*)
「兄貴の外見? なんで?」
娘の敵No.1の男。
敵を知るにはまず味方から。
美代子さんは、夕飯を作る気力もなく、夫に100円均一の回転寿司に寄るよう命令し、
「混んでるなあ」
待合所でぶつくさいう、現在、唯一会話のある弟でもある夫に、シルエットのピースを埋める協力を求めます。
「ひとことでいって、絵にかいたようなキモオタかな」
夫は他人事のようにいうと、美代子さんの戦慄などお構いなしに、
「ほら、ファンのマナーの悪さが、撮り鉄をはるかにこえてるって、ネットでしょっちゅうひんしゅく買ってるアニメがあるだろ? あれの見てるだけで恥ずかしくなるようなキャラTに、煮しめたような短パン」
太っていて、髪は寂しく、
「兄貴もリア充とはほど遠いから、時々、俺でもぞっとするこわい目つきしてさ」
同情めいた視線を空に泳がすと、
「なあ、ビール飲みたいんだけど、運転代わってくんねえ?」
飲む前にびんで殴っていいなら飲めよ¡
「いや、冗談だよ冗談。まあ、兄貴も子供の頃は利発で可愛かったけど。ほら、すごい美人でも30過ぎると崩れて、見るに耐えなくなる人いるじゃん。兄貴もそういう感じ」
空きびんでぶん殴りたくなるようなことをいうと、
「三名でお待ちの内海さま」
はーいと、小学生のような顔で、いしいそ立ち上がり、
「さあて食うぞ」
肩を左右に揺すりながら、係りのお姉さんの後について、真っ先に席につくと、
「いいか彩香、回転寿司屋でラーメン頼むのは、内海家的にはなしだからな」
勉強が出来るバカ発言キター!
人目があるので声を荒げることは出来ませんが、
「でもお兄さん、ずっと無職でこれからどうするつもりなの?」
ずばり核心を突いたことをいうと、悪い意味で仕事以外は天然の夫は、きょとんとした顔で妻を見て、
「無職? だから、兄貴は「ネットビジネス業」だって何度いえば」
きめ台詞か何かのように真顔でいい放ちます。
こんなアホな子でも、一流商社の正社員で、毎月、それなりの金を家に入れられるのだから、人間というのは神秘だ..
「はいお茶」
夫が差し出したお茶は、薄くて飲めたものではありませんでした。
(*_*)
さて、お話は少し戻って、楽しかった本日の日曜家族会も、後かたづけも済み、美代子さんが居間に戻ってくると、夫は何の警戒感もなく、スマホゲームに夢中になっていた時のことです。
「彩香見ていてって、強い口調でいったでしょ!」
小声で叱責すると、夫は、親父が見てるからと、気弱な返事をしますが、スマホから目を離すことはありません。
どうもあの爺も怪しい。
まだ見ぬ兄貴同様、夫の両親も、どこか不審者に思えてなりません。
愛情に満ちた常識的な両親に育てられた子が、自分から22年ニートの、未来の性犯罪者に転落するだろうか?
美代子さんは、ボリューミーなシルエットを思い浮かべ、そこに気持ちの悪いアニメ柄のシャツに、黒ずんだ短パンをはめ、小脇に国民的有害大人漫画雑誌を持たせます。
イラストを描くのが趣味ですから、夫に聞き取り調査を行い、逃亡中の犯罪者のような、似顔絵つき手配書も作成しました。
「そうそう、こんな感じ。すっげー似てるよこれ」
こんなキモい奴が現実にいるのか..
否定してほしくて、露悪的に、かなり盛って描いたのに、
「これコピーしといて。兄貴が行方不明になったときとか、写真代わりに警察に出すから」
小太りの半魚人顔の似顔絵に、戦慄の太鼓判を押します。
弟は高校入学前に、密かにyes! なんとかクリニックしているのではないか?
そんな疑惑まで感じていると、
「ママー、見てー!」
精神のどす黒さを覆い隠すような、義父が育てた美しい花束を抱えた彩香ちゃんが、天使のように美代子さんの前に現れます。
「うわあ綺麗、いつもすみません」
「なあに、現金でも渡せればいいんですが、うちには無駄めし食いがいますからねえ」
ほがらかにいうと、彩香ちゃんはつぶらな瞳をあげ、キモ爺の袖を引き、
「ねえお祖父様、このお家のお二階ってどうなってるの? 彩香、一度も上がったことないの」
なにをいってるんだお前は..
「ハッハッハ、気になるかい? だったら自分で確かめておいで? 階段上がってすぐに、鍵の掛かった秘密のお部屋があるから、そのドアをノックしてごらん」
そこには特殊な魔法の国があって、謎のおおきいお友だちが待っている。
キモ爺はそんな目で娘にささやきます。
恐怖も極限まで達すると心身が石になるのか。
美代子さんが石化していると、さすがに空気を読んだのか、
「あ、俺ちょっと挨拶してくるわ」
「パパ、彩香も行く!」
「彩香、世の中には知らない方がいいこともあるんだよ」
たしなめると、キモ爺は急に父親面をし、
「おい信二、お前ずいぶんひどいことをいうな。いくら本当のことだって、啓一がもしこれを「見て聞いていたら」傷つくじゃないか!」
美代子さんは彩香ちゃんを荷物のように持ち上げると、
「そろそろお家に帰るから、今のうちにトイレ行っておこうね」
急いでその場を離れました。
(*_*)
その頃、二階では「秘密の部屋」の住人、啓一くんが、パソコン画面を背取りの収支報告書に変えたり、カーテンと窓を開けて換気したり、大忙しで模様替えに励んでいました。
「素人」には理解できなくても仕方ない。
パネルや抱き枕は、押し入れやベッドの下に避難させています。
信二くんが、自分の派手なアニTに引いているのは知っていましたが、「まーや帝国民No.1の男」として、このTシャツ着用だけは譲れません。
「兄貴、今いいか?」
遠慮がちのノックに続き、信二くんの緊張しきった声がします。
「おう、入れよ!」
啓一くんが、一般人の表敬訪問を出迎える、横綱のように快活にいうと、弟信二はうつむきがちに入ってきました。
「元気?」
「え?」
ああ俺のことか。
見れば分かるだろうと思いましたが、信二くんは、毎日、家にいて、無駄めしを食っているだけの兄の、酒も煙草もやらないのに、今にも死にそうなどす黒い顔に息をのみ、
「来月、中国に行くんだ」
てんぱって、聞かれもしない出張のことをいいます。
「あっちは大気が汚染されてるらしいからなあ、しっかりしたマスクを忘れるなよ」
この部屋ほど息苦しくないだろうけど。
信二くんは、普段、誰とも口を聞かないだろう兄の、妙な声色に耳の痛みを覚えながら、兄に銀行の封筒を差し出します。
「あ、これ今月分」
「申し訳ない。助かるよ、ネットビジネス業も浮き沈みが激しくてな」
忙しくて、両親の面倒を見られないので、代行介護の手間賃という名目で、兄が小遣いに困ってやけになり、「大それたこと」をしでかさないよう、妻の提案で、毎月、一万円あげているのです。
「親父もお袋も今は元気だけど、いつ何時、ガクーッとなるか分からんからな。その時の介護は、在宅ビジネスしている長男の務めだ」
啓一くんはお金を押しいただくと、頼もしいようなかなしいような、どうにもいたたまれないことをいい、
「お前も健康に気をつけて仕事がんばれよ」
成功した大人物のように弟を励まします。
「じゃあ俺らそろそろ帰るから」
「おう。俺も忙しいから見送らないけど、気をつけてな」
(*_*)
駐車スペースには、車に保夫叔父にもらった野菜のおすそ分けを積み込む信二くん、見送る修二さん、房代さんに頭を下げる、美代子さん、彩香ちゃん、それを二階から見ている啓一くんと、内海家が勢揃いしています。
「信二、叔父さんに礼をいうんだぞ」
「来週の三連休に、三人で叔父さんちに行こうかと思って」
「兄貴の家は子供がいないから、彩香ちゃん連れてったら喜ぶぞ」
「美代子がそうしようって」
「ありがとうございます!」
「今生の別れじゃあるまいし、年寄りは撤収、撤収」
まだ酔っぱらっているのか、美代子さんに涙ぐんで頭を下げる夫を残し、房代さんは一人だけ家に戻ります。
「お祖父様さようなら」
「うんまたおいでね」
お約束のやり取りだけではない。
美代子さんは、やり場のない胸騒ぎを覚えながら、二階の開け放たれた窓からはためく、レースのカーテンの奥に潜む、謎の自宅警備員に、
「お前に彩香は指一本触れさせない!」
一方的に宣戦布告すると、彩香ちゃんを抱き抱えるようにして車に乗り込み、危険な自家発電野郎がいる内海家を後にするのでした。
(*_*)
啓一くんは、パネル、抱き枕などを所定の位置に戻すと、ブックマークしている、お気に入りのSNSを開きました。
「内海美代子フェースブック」
堂々と本名、顔写真入りで、誰でも閲覧できるように公開しているのに、向こうはあたしを知っているもないものですが、美代子さんにしてみれば、これは将来への大切な布石なのです。
内容は、義実家で、二階に潜む高齢ニートにビビりながら、昼飯食って、急いで帰宅した。
などではなく、
「NPO法人 大人の暴力から子供を守る母の会 代表 内海美代子」
なる、これを隠れみの、踏み台にして、のし上がろう。
野望に満ちた目の美代子さんが、
「子供への性暴力を助長する、幼い娘を持つ全母が、嘔吐、失神した、国民的有害図書の法規制を要請しました」
自身が代表の会の活動報告に、美代子さんが女性国会議員に、啓一くんが愛読している、大人漫画雑誌を手渡している写真が添えられていました。
老けたなあ。
啓一くんは素直な感想をもらすと、初めて美代子さんを見たときのことを思い出します。
あれはまだ啓一くんが痩せていて、髪もふさふさだった13年前の金曜日。
カーテン越しに外を見ると、家の前に制服の女子高生が立っていました。
女子高生は制服姿の弟が帰ってくると、遠目にも赤面、緊張が伝わる態度で、信二くんに何かいいました。
話を聞いた信二くんが急に直立不動になり、
「僕もあなたが好きでした! こちらこそよろしくお願いします!」
身体をくの字に折って手を差し出すと、女子高生は弟の手を両手でぎゅっと握り、感極まって泣き出し、その場にしゃがみこんでしまいました。
すると、どこかに隠れて見守っていた、美代子さんのお友だちが、わっと飛び出て来て、二人を取り囲み、拍手したり、もらい泣きしたりの大騒ぎになりました。
それ以来、美代子さんは時々、内海家に遊びにくるようになりましたが、今日同様、啓一くんが仲間に加わることはありませんでした。
「いや、ここじゃいや。あたしって、ただでどこでもできる女なの」
美代子さんの告白から数年立つと、立場が逆転したのか、隣の弟の部屋から、気の強そうな怒声がよく聞こえるようになりました。
「どこならいいんだよ」
弟の切迫した声に、
「この間連れていってくれたラブホならいいよ」
「ああもう」
弟の部屋のドアが開く音に、気の弱そうなノック音が続き、
「兄貴、悪いけど金貸してくれないか? 来週バイトの給料入ったら返すから」
啓一くんの自宅警備代から借金すると、弟は勇んで自分の部屋に戻ります。
しばらくして、啓一くんが窓の下を見ていると、自転車に二人のりした青春カップルが、元気よくどこかへ走り去って行きます。
今は子供と車でか。
啓一くんが、美代子さんのフェースブックをスクロールさせると、
「子供への性犯罪抑止のため、ラブホテルなどの未成年者入室禁止、顔写真つき身分証提示の義務づけを提案しました」
啓一くんが、不倫、不正請求と、疑惑まみれの女性国会議員と握手する、カメラ目線の美代子さんの写真を腕組みして見ていると、
「啓一! お父さんたちウォーキングしにいくからな!」
「美代子さんが、啓一になんか作ってきてくれたから、夕飯はそれ食べてね!」
下から両親の大声がします。
家族は散り散りになり、啓一くんはまた一人になりました。
(*_*)
珍しいこともあるものだな。
いつもなら、行きも帰りも、車中では爆睡している美代子さんが、なにやらけわしい表情で、どこか遠くを見て起きているのです。
信二くんは知りませんでしたが、美代子さんには、出来たら国会、最悪でも市会の議員に、30半ばまでにはなる。
それで女子アナになる夢を、最終面接で打ち砕かれた、うらみ、くやしさを晴らす!
新たな夢、野望、目標があるのです。
そのためには、「ネット民」なるごみ仲間どもに、そこにしびれる憧れる的な神とあがめられる、元ニートの有名性犯罪者が身内にいては困るのです。
美人候補者のエリート夫の兄は..
週刊紙などで、「子供を守る母の会」の代表でもある、などと面白おかしく書かれては、得票に影響が出るかもしれません。
一刻も早くあいつを無きもの、最初から存在しなかったことにしなければならない。
思い起こせば、13年の長きに渡り、自分の心のどこかに潜んではいたが、こんなに大きな汚点になるとは、夢にも思わなかった。
彩香が夜泣きしなくなり、オムツも取れた頃から、夫には危険人物のニートの兄がいる。
その存在が暗い大きな影として、ことあるごとに背後から覆い被さってくるのです。
もっとも理想的な消去法は、製造元が「責任を取る」ことです。
22年引きこもった息子を、70過ぎの年金暮らしの父が思いあまって..
実態を知らない世間は同情し、父が長男をなぜ。
そんな思い詰めた事情があったなんて、次男の妻は
「まったく知らなかった」
胸をはってとぼけられる、自分が責めを負う必要の一切ない、ちょうどいい立ち位置を利用し、「子供を守る母の会」代表として、
「この悲劇を二度と繰り返すな!」
義父の減刑嘆願運動の先頭に立つなどして、うまいことマスコミに取り上げられたら、
「エリート一家の悲劇 どうして父は息子を」
現代の「砂の器」的な、慟哭の手記を出版するなど、千載一遇のビッグウェーブが到来し、選挙で勝てる突風も吹くかもしれません。
しかし。
あの能天気オヤジに、そんなガッツねえだろ。
美代子さんの脳裏には、きのこ帝国のインディーズ時代の代表曲、「春と修羅」の歌いだしのところが、繰り返し繰り返し流れます。
何かうまい、存在自体を消しさる方法はないか?!
必死に策を模索していると、
「兄貴、今ごろあの差し入れ食ってるかな」
夫がイラッとすることをいうので、夕飯はピザの出前でいいな。
美代子さんはスマホで注文すると、目を閉じて爆睡モードに入るのでした。
(*_*)
小さなことからコツコツと、やらない善よりやる偽善。
美代子さんも一人で悩んでいても仕方ない、やれることから試してみよう。
自分が直接手をくだして、国会初登庁の場で逮捕されたら、それこそ「砂の器」だ。
「兄貴、お袋が買ってくる、スーパーの半額の揚げ物とか、ポテチとかコーラとか、そんなもんしか食わないらしくて、早死にしやしないか心配だよ」
これだ!
さすがに一服盛る勇気はないが、拍車をかける、その時を早める。
これなら出来るのではないか?
美代子さんは、食べてはいけない、発ガン性、ポックリ逝く等を検索し、死に直結する、してほしい食材をリストアップしました。
健康にいい食品は、お金を惜しまなければ、ネットで簡単に手に入りますが、命を縮める危険な食材は、入手困難どころか、発売禁止になっていたりで、美代子さんは遠い業務用倉庫に出向くなど、大変な苦労をし、体に害のある食材を調達しました。
無論、カロリーなどは度外視し、気分を出すため、塩分糖分も、高い打点から大量にファサーするなどし、
「命日はこれで決まり!」
ばか舌が喜ぶ、何層にも渡って危険な食材を練り込んで焼きあげた、ミルフィーユ仕立てのパイを完成させました。
料理には作り手の気持ちがこもっていないといけない。
夫と娘には夕方まで帰宅無用。
千円持たせて児童館にいかせ、家には自分一人です。
美代子さんは母の教えを守り、昼寝から起きたままの髪を振りみだし、すっぴんのほうれい線をつり上げては、自分の野望に水をさす邪魔者に届けと、
「にーとぉー、死ねっ! 殺されろ! 逝ってよーし! にーとぉー」
腰をかがめ、怨念をこめた両手を、その名も「ニート殺人めし」に、これでもかと突き出します。
五分ほど繰り返すと、息が切れてしまい、美代子さんは久々の自信作、「ニート殺人めし」の作り方を、いつものくせで、有名レシピサイトに投稿しかけて思いとどまるなど、心身ともにふらふらに消耗しながら、明日の義実家めしをすべて完成させました。
その夜。
ふと目覚めた美代子さんは、隣に夫の姿がないのに気づき、急いでキッチンに行きました。
夫の姿を見た美代子さんは、心臓がとまりそうになりました。
夫信二は、冷蔵庫のドアを開けたまま床に座り込み、完食してこそ効能がある「ニート殺人めし」を、意
地汚くぬすみ食いしているのです。
お前が健康害してどうするんだ!
よほど、バレーボールのサーブのように、「そーれ」と飛び上がり、全身を弓のようにしならせ。
「この大ばか野郎!!」と、夫のすいか頭に、全力ハリセンチョップを叩き込んでやりたいところですが、そんなものは家にはありません。
「なにやってるの!」
忍び寄り、背後から一喝すると、
「うわっ!」
夫は間の抜けた声を発し、「ニート殺人めし」を取り落とそうとします。
美代子さんが必死に床にダイブしてタッパーを守ると、
「健康にいいめしもいいけどサ、たまにはこういう精のつくもんも食わないと、二人目をしこむ実弾も出ねえよな」
人の気も知らずに、開き直って妻の手料理にだめ出しする夫に、美代子さんは日頃の怒りが爆発してしまい、朝方までお説教となり、今日はひどい寝不足だったのです。
(*_*)
あいつをどうやって..
啓一くんを最初からいなかった設定に出来るか、考えているうちに寝入ってしまった美代子さんは夢を見ました。
現実は自宅の小さなキッチンで鬼の形相ですが、夢の中では料理研究家のような、ゆったりとした広いキッチンで、優雅に「ニート殺人めし」の製作にいそしんでいると、
「美代子、大変だ!」
血相を変えた夫が駆け込んできて、海外ドラマによくあるような、今すぐテレビを見ろ的にリモコンを操作すると、欧米のニュース生中継に、
「飛行機が墜落! 日本人が犠牲に!」
とのテロップが被さり、燃え盛る航空機の無惨な残骸に、
「死亡が確認されたのは無職内海修二さん72歳、妻で同じく無職の内海房代さん73歳、息子で無職の自家発電家、内海啓一さん35歳の三人です」
アナウンサーが重々しく伝えると、夫も衝撃を受けた顔で、
「機長から過度の飲酒と薬物反応、機体自体にも重大な欠陥、整備不良の疑いが出て、全米の凄腕弁護士た
ちが、我々、遺族への天文学的な賠償金請求訴訟のために、たったいまドリームチームを結成したそうだよ」
盆と暮れに、誕生日とクリスマス、宝くじ一等前後賞当選まで来たような、まさに人生最良の日と、美代子さんがいい夢を見て爆睡している頃、
(*_*)
啓一くんもまた、再びカーテンを閉めきった暗い部屋で、頭に巻いた、登山用のライトを点灯させ、同じように大嫌いな美代子さんへの呪詛をつぶやいていました。
13歳で、今のようなニーティストな人生を選択せざる得なかった啓一くんと違い、弟は一般人、それも選ばれた一握りの成功者だったのに。
ひとことで罵倒するのは手ぬるすぎる。
二階まで悪徳が充満している、メゾネットタイプの性悪女。
啓一くんは美代子さんのことを、一階は魔女、二階は女狐、略して「メゾネット魔狐」と呼んでいました。
弟信二は、高三でメゾネット魔狐に下半身を攻略され、腰ぬけにされてから、今では出来婚で増殖したメゾネット魔娘を含め、まったく自由のない、絵にかいたようなATM人生を送らされているではないか。
自分がこうなったのは、受け入れざるえない運命だから仕方ない、だが。
啓一くんはふと動かしていた手を止めると、
「だからこそ弟には、自分が出来なかった男の本懐を、思う存分遂げてほしかったんだ!」
悲しげに叫びました。
あのメゾネット魔狐にさえ出会わなかったら。
弟信二は、今も実家の隣の部屋にいて、派遣やバイトを安くこきつかって搾取した、正社員限定の過分な給料を全額小遣いにし、優雅に生きていたはずだ。
盆暮れには啓一くんにはいない友だちたちと海外に渡航し、誰に気がねなく札びらを切り、世界中の美女たちを買淫したり、本場の音楽フェスで、思う存分、薬物を乱用できたはずなのに。
メゾネット魔狐は弟の人生を台無しにしただけではなく、日曜家族会で両親が席を外したすきに、いやらしい目で二階を指さし、
「働いたらまけだと、勘違いしているのかもしれないけど、持ち家があると、福祉の世話にはなれないから、バイトでいいから週5」
「今すぐネットを切断して、ひるんだすきに部屋に突入し、パソコンやゲーム機を破壊」
等、「ネットビジネス業」の啓一くんを、まるで無職のニートだと、誤解、妄想をたくましくし、呪文のようなテンプレ説教を弟にいうなど、
「調子にのりすぎだ!」
パソコン画面の、啓一くんが指折りして、発売日を楽しみにしている大人漫画雑誌を、不倫や不正請求など疑惑だらけの女性議員に、違った意味で「欲望に満ちた目」で、有害図書として偉そうに差し出す写真を見ると、
「悪霊退散! 魔女は外! 女狐もアウト!」
弟にもらった先月分の一万円で買った性筒を、怒りにまかせてぱふぱふさせながら、口元を蟹のように泡立てて呪詛するのでした。
このように、ニーティストな啓一くんは、一般人の女性の直感を、はるかに凌駕していました。
啓一くんは、美代子さんを見ている、知っているだけではなく、日常的に「抜いて」までいた..
いや待ってください、どうもそうとはいいきれません。
なぜなら、啓一くんは、左手に大人漫画雑誌を持っているからです。
今日など、やはり魔狐の血を引いているのか、ようやくオムツが取れ、口が聞けるようになったばかりだというのに、早くも上目遣いで父修二を幻惑するメゾネット魔娘。
「世の中には知らない方がいいこともある」
魔世界の女狐母娘から、すでに洗脳完了済みといった、教祖に絶対服従のカルト信者のような弟信二。
メゾネット魔狐のやりたい放題に、啓一くんはあちこちが硬くなるばかりです。
美代子さんと、お互いがお互いを、
「一刻も早くこの世から消えて、最初からいなかった設定にしたい」
一致団結、ある意味、「意気投合」しているのですが、啓一くんにはどこか生真面目なところがあり、
「あんな魔狐でも弟の法的な妻だ」
兄の「ニート殺人めし」を盗み食いする弟と違い、啓一くんは弟嫁との「不倫行為」は、2.5次元でもいけないことだ。
美代子さんをイメージしての、性筒でのほとばしる行為は、仁義に欠ける、人として恥ずかしいことで出来ない。
毅然と一線を引くのです。
そこで、画面の美代子さんには聞くに耐えない罵倒だけにとどめ、いつも公園で見とれてしまう、啓一くん好みの可愛い女児似のキャラを、頭に巻いたライトで照らし、
「いいか魔狐よく聞け! お前の娘も、ワイのストライクゾーンに入ったら、これでもかと抜き倒してやるから覚悟しろ!」
美代子さんの不安も、まんざら的はずれではない、不適切なひどい暴言を吐き、獣のように咆哮すると、がくりと両ひざをつき、不敵な目でパソコンの美代子さんをにらみつけ、
「たまには生身のオンナもいいもんだな」
捨て台詞をいうと、力つきたようにその場に倒れこむのでした。
(*_*)
啓一くんは用が済むと、無人の一階に下りて、冷蔵庫を開けました。
※お兄さん専用 他の人は絶対に食べないでください!
謎の半魚人イラスト入りの注意書の貼られたタッパーがあり、啓一くんが手を伸ばし掛けると、
ピンポン! ピンポン! ピンポン!
まるで長押しでもしているような、性急なチャイムが鳴りました。
モニターを見ると、背後に困惑顔の夫を従え、頭に包帯を巻いた、殿塚冬子さんの恐ろしい形相が大写しになりました。
内海さん! 内海さん! いるんでしょ!
執拗にチャイムを連打し、声を荒げながら、力任せにドアを叩く形相。
左隣人、カルト教祖弟嫁、フェミニズム信奉者実母。
底辺の、人間の姿をした餓鬼、畜生どもと、俺は同じ土俵で生きなければならないんだ。
同じ生活が、今日も明日も、いつ果てることなく続くのだ。
テレビの関東ローカルの番組に、最近、めきめき売り出し中とかの、ニートひきこもり問題の気鋭の論客、永久ニート組金魂先生が映っていました。
楽しみにしていたのに。
何か人生を変えようとすると、必ず同じ穴のむじなどもが足を引っ張りに来る。
こんなひどい人生を、すべて自分のせいだといわれたら、気の弱い信二だったら耐えきれず、とっくに自ら命を絶っているだろう。
俺が生け贄でよかったんだ。
俺が幸福な人の代わりに、このひどい不幸を引き受けたんだ。
偉いじゃないか。
でも・・
俺は死ぬまで信二の幸福を指をくわえて見て、子供頭バカどもから見下され、犯罪者予備軍扱いされながら、死ぬまでこの地獄を彷徨い、来世で報われることを信じるしかないのか?
玄関からは執拗にわめき散らす怒声がします。
醜い容姿の負け組人生の悔しさを、赤の他人を貶めることで晴らそうとする、見た目も心も卑しい奴ら。
奴らはもう人としての尊厳、自らの基本的人権を放棄した、人間ではない害獣だ。
俺に歯向かった害獣に罰は下した。
害獣退治に人間の法律は適応されないし、俺は憲法で保障された人権の持ち主。
お前らなど相手にするか。
調子にのって馬鹿やって、人間の俺に退治された害獣は、せいぜい俺の足元で吠たえてろ。
啓一くんは二階の自室に戻ると、サイリュウムを持ち、気持ちを集中すると。
「まーや帝国民No.1の男、いきまーす!」
全力で踊り始めるのでした。