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「ニィーティスト」  作者: ニィーティス亭 夢★職
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第二章 曙光篇 #3-3 男泣き! 涙のバイト初日サプライズ

 午前10時になりました。啓一くんはプラカードを持って、バス停近くの歩道の角に立ちました。雨は小降りになりましたが、空は灰色で強い風が吹いています。傘をさしてもいいということでしたが、材木を加工して作ったようなプラカードは、実際に持ってみると、ずっしりとした質感、かなりの重さです。見た目ボリューミーなだけで、力持ちでもない啓一くんには、両手でしっかりと持ち、支えていないと、風でプラカードごと共倒れしてしまいそうなほどでした。


 35歳での、事実上の人生初仕事。それが郊外の畑前の歩道で、雨の中、看板を持ってただ突っ立っているだけの、時給1,000円のバイト。実人生のある、華々しい経歴の弟信二に比べたら。達成感もないし、正直、テンションもあがらない。ただ、以前のように実家の自室を根城に、細々と漫画本の転売をしていたとはいえ。食べて、飲んで、抜いて、ネットに張り付いてヘイト書き込みをし。ただ人生を捨てているように、1日、1日が、無意味、無駄に過ぎて行く、誰も見に来ない動物園の珍獣のような日々よりはましだ。


 とにもかくにも、悪夢の巣窟から一歩、俺は外に出られた。それはよくやった。あのひがみと恨みと怒りに囚われて、一生このままだと思い込んでいた俺が。自分で申し込んで、あの台風の中、派遣会社まで自力で行き、登録し、人生初のバイトにエントリーし、こうして現場に立っている。自分で自分をほめてあげたい。でもそれは、他人が、オリンピックでメダルを取った時のセリフだ。今の俺を、俺はどう客観視したらいいのだろう? それがわからない。どういう考え方をすれば、今の俺の、以前とくらべてよくやったけど。これからが不透明で素直に喜べない未来への気持ちを、俺は鎮められ、納得させられるのだろう?


 もう15分くらい経ったかな。啓一くんは、必要がないので腕時計など持っていません。禁止のスマホをこっそりだして見ると、10:04。まだたったの4分しか経っていないのです。バイトの1分は遊んでる時の30分、まさにそれでした。前は国道で、車がひっきりなしに走っています。その大半が、輸送などの働く車たちです。みんな何が楽しくて、土日も関係なく働いているのだろう?


 啓一くんの脳裏に、「ネットビジネス業」時代、毎日のように通った、リサイクル書店の店員の顔が浮かびました。何が楽しくて大声でキモい輪唱をしたり、安い時給で自分のような底辺の客に対し、ロボットみたいなマニュアル接客をしてるんだろ?


 弟の信二は、小遣い月30,000円で、嫁や娘に虐げられ、兄へのひどい仕打ちの片棒を担がされながら、週5満員電車に乗って、何が楽しくて会社にいってるんだろう?


 働くのは社会人の義務。そんなの俺の知ったことか。でも、世の中の大半の人は、働く細胞というか。自分のように働くことへの不安より、働かないことへの不安の方が強くて、特に楽しくもないけど、毎日、なんだかの仕事に行っているのだろう。羨ましいような、そうでもないような。でも働かないと不安の遺伝子が全くない俺は、これからどうしたらいいんだろう? 「まーや帝国民NO1の男」の座を失いたくない一心で、なんとか金を貰える現場まできた。けど、まーやはああいう子だから、突然、結婚して引退してしまうかもしれない。


 もしそうなったら、俺はまーやと、まーや帝国民NO1の男の座をいっぺんに奪われ、ショックで抜け殻のようになってしまうだろう。そうして、また働きもせず、惰眠をむさぼり、衣食住の心配もない、毒親に飼いならされた、個人動物園の珍獣に舞い戻り。こんな退屈な底辺のバイトなど即座にやめてしまうんじゃないだろうか?


 今は夫婦二人だからまだましだけど。親父が先に死んでしまったら、俺は毒母とあの家で二人きりで・・信二に任せろといって金を貰ってしまったから、こんなひどい境遇に追い込んだ毒母の、介護までしなくちゃいけないのか? ああ、いらいらする! どうせそんなクソ未来なら、家で寝ててえ! 掲示板に○×死ねって書き込みてえ! クソ、今何時だ?


 啓一くんが再びスマホを見ると、時刻は10:10分。これだけ苦悩、自問自答しても、まだ10分、時給換算するとたったの167円なのです。啓一くんは、それでも違う違うと大きく首を振りました。


 ここでリターンニートしたら、毒母の思うつぼだ。悪天然親父はともかく、俺はもう昨日までの俺には戻れない、いや戻らない! あの家、あの自分の部屋しか知らないから、俺は外が、社会が、働くことが怖かったんだ。池谷さんは外れ現場だっていってたけど、自分には決して当たりではないけど、相応しいバイトだ。こうして立っているだけで、退屈ではあるけど、自分を他人とくらべて落ち込んだり、不快な社員に腹を立てることもない。あの仕分け倉庫こそ外れ現場で、向いてない非正規バイトをバックレるのは、俺の正当な権利で、何も恥じることなどなかったんだ。


 啓一くんの前を、この雨の中、ジョギングしているおじさんが通り過ぎて行きました。こんな雨の中、ご苦労なこった。プラカードを持って、同じ雨の下、ただ立っている自分の立場を忘れて、啓一くんは苦笑しました。でも自由だよな。自分がしたいことを、自分の意志でしてるんだから。「自分の意志」か・・


 俺みたいなバイト初心者には、池谷さんみたいな人が理想だけど、辰野くんもある意味立派だよな。逆転の発想で、自分の不安や欠点を克服して、ああして3人現場を1人現場に、自分の都合で勝手に変えて。俺と池谷さんなんか、最初からいないような顔で、しっかりバイト代だけ稼いでいるんだから。


 初めての現場で、初めて会う人に、自分がどう思われるか怖い。自分もどう接していいか分からない。ならいっそ自分の存在を相手に触れさせず、自分も一切関わらない「ビジネスコミュ障」の仮面をかぶり、バイトはしっかりやり、時給もエアーバス代もきっちりゲット。


 型にはまったテンプレキャラを演じず、多少、人に変に思われても、自分独自のキャラ。「マイルドニートの辰」を生み出し、バイト現場で堂々と演じ押し通す。技術は美術、自分を創造し押し広げる行為こそが芸術。辰野くんは面倒くさい奴ではなく、「バイト芸術家」なんだな。そうだよな、俺も遠い未来を心配していないで、自分が今、実社会やバイト現場で生きやすい、俺なりの心構えによる、「外面キャラ」を確立しないといけないんだな。ありのままの自分が、バイト現場で受け入れられるか? じゃない。いかに自分のメンタルを削られずに、バイト代をゲットするか? どっちが大事か、本末転倒しないようにしないといけないんだな。


 啓一くんは、またスマホを盗み見ました。10:15。これで時給換算250円をゲットしました。この他にエアー交通費360円、エアーバス代420円といった、「非正規の知恵手当」がつきますから、今現在、啓一くんは1030円もの大金をゲットしたことになります。このまま何事もなく午後5時を迎えれば6780円貰えるのです! それが高いか安いかは、人によって評価は違うでしょう。でも啓一くんはネットやテレビ以外の、生の人間、生のバイト現場に触れ、明日も5時まで立ち尽くせば。金勘定をすると、やる気にはならんが、元気は出るな。啓一くんは、その後もぶつくさ自問自答しながら、雨の中プラカードを持って立ちつくしていると。


「あ、お、お疲れ様です。ゲーマンプロジェクト、プラカードの内海です、これから休憩入ります」


 今までの人生で一番長いと思われる2時間でした。それでも昼は来て、啓一くんはバイト人生初の昼休憩に入りました。


「今日は俺が見とくが、こんなクソ重いの、いちいち持ってこないで、置いておいていいんだぜ。ひもか、なかったらコンビニ袋の大きいのを、一本に巻いてひも代わりにしてさ。風で飛ばないよう、車道と歩道の間の柵に、プラカードを蝶々むすびで縛っておけばいいんだよ」


 プラカードをどうしたらいいか分からず。啓一くんはまったくの無表情で、お地蔵さんのように立っている辰野くんの前を、軽い会釈で素通りし、わざわざ池谷氏の立つ場所までいくと、なるほどそうなのか。なアドバイスをもらい。


「昼飯はどうするんだい? この辺りは牛丼屋もないしなあ」


「家から持って来ているんで」


「奇遇だな、俺もだよ」


「モデルルームで食わしてもらうのはダメですよね」


「だな。確か公園に屋根のついたベンチがあったような気がするが、ここらじゃあそこくらいだな」


 公園に行くと、簡素な屋根の付いたベンチがありました。啓一くんは、あまりきれいとはいえない公衆トイレで用をすませ、誰もいない小公園のベンチでお昼にしました。家から持ってきたポテチを、半分残ったコーラで流し込むと、家でのひがみ、うらみ、怒りとは違う感情。


 寂しいなあ。


 孤独感がひしひしと啓一くんの全身を包みました。35年生きてきて、俺には友だち一人いないじゃないか。社会に、バイトに初めて出てみて、そのことを改めて痛感したのです。啓一くんのような生育環境からの今。恵まれない人生の人たちに、友人がまったくいないことは、特に珍しいことではありません。しかし、啓一くんは今まで実社会との生身の付き合いがなく、情報は意地は悪いけど、底の浅いネットやテレビだけでした。


 曇天の、雨が降る、誰もいない小公園で、弁当を買う金もなく、一人、家から持ってきたポテチを食べていると。社会復帰したら、もっと華々しい興奮や、感情の高ぶりがあるのかと思ったけど、ニートがフリーターになっただけで、自分が今もからっぽの底辺であることに何も変わりはないんだ。でも。啓一くんはこれだけは強く思うのでした。俺はもう二度とニートひきこもりには戻らない。ひがんで、うらんで、ただ怒っているより。こうして寂しい方が人間らしいし、誰かのキャラじゃない、俺のキャラ、自分の人生を生きているような気がするから。五時までは気が遠くなる長さだ。でもこれは俺にも出来る、金になるバイトだ、最後までやりとげよう。啓一くんはコーラをラッパ飲みすると、家での険しい顔とは別人の、穏やかな顔で雨空を見上げるのでした。


                      ( `ー´)ノ


 

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