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「ニィーティスト」  作者: ニィーティス亭 夢★職
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第二章 曙光篇 #3-2 男泣き! 涙のバイト初日サプライズ

「あの、非正規派遣バイトには二種類の人間がいる。それはどういう意味ですか?」


 駅から、クライアント指定のモデルルームまで徒歩で行き、プラカード(看板)を受け取り、それぞれの立つ位置に分散する。その道すがら、一人だけ10メートル先をキープする辰野くんを追いかける形で、池谷氏と啓一くんが並んで歩いてました。


「こうして駅に集合する少人数現場には、必ずムッシュとムッシの二種類の派遣バイターがいる。ムッシュは紳士で、こうして誰とでも会話をする」


「ではムッシとは?」


「マイルドニート星から派遣された、10メートル先キープの無言バイター。ムッシ辰野くんような物言わぬ派遣さ」


「か、彼は宇宙人なんですか? 地球の派遣バイト事情を調べるために送り込まれた?」


「なわけない」


 てっきり派遣バイトの現場というのは、その時間だけは頑張って別キャラを演じ。同僚と「愉快な仲間」ぶるのかと思いましたが、辰野くんのように「俺に話しかけるな!」オーラ全開で、啓一くんたちを寄せ付けない、池谷氏がいうような「ムッシ系」もいるらしいのです。


「彼はいわいる、コミュニュケーション障害ってやつですか?」


 啓一くんは、登録説明会でも無言を貫いた猛者、ドリームジャンボ満こと、陰形満くんを思い浮かべました。


「それが違うんだな。彼は家に帰れば家族や兄弟、同じ趣味の友人と、ごく普通に会話をするだろう。だが今、この派遣バイトの現場でだけは、彼は自ら立てたキャラ「ビジネスコミュ障」を貫いているんだ」


 事件はネットの中で起きているんじゃない、現場で起きているんだ。まさにこの事だ・・啓一くんは世の中にはすごい人もいるもんだ。びっくりしてしまいました。


「ビ、ビジネスコミュ障、ですか?」


「派遣バイトの叡智、彼はある意味芸術家だよ。辰野くんはおそらく高卒後、専門学校に学び、一度は就職したが、仕事や人間関係があわずに退職した。その後、「無期限活動休止中」になったが、一応、学校はちゃんと卒業し、一度は定職についた男だ。無職でぶらぶらしているのはよくない。それくらいの頭はある。でも煩わしい人間関係はもうごめんだ。なら短期派遣のバイトを始めよう。自分から馴染むのが苦手なら、いっそ自分から同僚との会話、接触を、必要最低限にして断ってしまえばいい。派遣のバイトなんて正社員とは違い、現場で会う同僚もほぼ一期一会、二度と会わない同僚に、自分のメンタルを無駄に削る必要はない。「ビジネスコミュ障」の誕生さ」


「な、なんか、すごいっすね」


 啓一くんはバイト初日の洗礼に度肝を抜かれてしまいました。


「ブルース・リーはいった、水になりなさい。だが俺のような昭和男の10メートル先を行く、マイルドニートの辰は今、きっと心の中でこう念じているはずだ。石になりなさい、とね」


 池谷さんは、啓一くんを見てフッと笑うと。


「おーい辰野クーン!今日のモデルルームまでの往復、バス移動×2でいいな!」


 10メートル先に呼び掛けると、辰野君は振り返ることなく、親指を立てた右手を突き上げました。了解したという合図のようです。


「若者の知恵だな。コミュ障ではないが、会社の野獣先輩たちとの人間関係は苦手。実家住まいで衣食住には困らないが、趣味に使う金が必要。それで派遣のバイトに出た時、鉄の意志で「ビジネスコミュ障」を貫き、メンタル無傷で金だけ稼いで無事帰還する。青年、頭ってのは使うもんだな・・立場はどうでも、人間、考え方次第でああして道が開けるから。ま、現場でマイルドニート属性のビジネスコミュ障と一緒になった時は、君が水になって石を受け流すんだな。真面目に相手するとこっちが削られるから」


 感心することなのかは分かりませんが、池谷氏は辰野くんがなぜああなのか? どう対応すべきなのか? 分かりやすく説明してくれましたが、啓一くんは違った意味で背筋が凍りました。


「ここからバスで移動するんですか?!」


 寝耳に水、バスに乗るイコール現金が必要で、ここまでチャリと徒歩で来た意味がありません。震えあがった啓一くんに、池谷氏はああとうなずき。


「そうか。君はまだ知らないんだな。ゲーマンプロジェクトの案件は、駅からクライアント、現場までが遠い場合、バス代を、終了確認メールの備考欄に書いて請求すると、経費扱いで別途支給されるんだ。要するにこうして往復歩いても、濁瀬駅、濁瀬一丁目前往復バス移動、210×2で420円てカキコしとけば、その分、時給、交通費に加算されて振り込まれるんだ」


「マ、マジすか?」


「まあ、ネットの掲示板で自慢することではないが」


 池谷氏はあたりをうかがい、


「9時集合なのに、時給がつくのは10時から。駅から現場まで往復五キロタダで歩け。こういう外れ案件には、労働者として正当な報酬を要求する権利がある。俺はそう思うね」


「これが池谷さんがいっていたチートその1ですね」


 池谷氏がほろ苦く笑うと、モデルルームが見えてきました。


「おいおいそっちじゃない」


 啓一くんが真っ先に正面入り口に向かうと、


「そこはお客様専用、我々は裏口から。これどこも共通だから、よく覚えておけ」


 池谷氏を先頭にモデルルームの裏手に回り、従業員用のドアをノックして開け、


「おはようございます、ゲーマンプロジェクトからきた、プラカードの者ですが」


 出てきた社員から、それぞれ木製の重いプラカード、道路使用許可証を渡されました。


「立つ場所は使用許可証に書いてありますんで。あとお昼休憩は12時、1時、2時で一人づづ交代でお願いします。で、休憩に入る前に、プラカードに書いてあるフリーダイヤルに、何々ですが休憩入ります。戻ったら休憩から戻りました、電話してください」


 やはりスマホは必須なのだ。クライアントの社員は、啓一くんたちを馬鹿にしたり、下に見たりすることもなく。モデルルームから大通りに出るそこの路地には、休憩中でも交代で必ず誰かいてください。細かい指示を出すと、また三人だけになりました。


「なあ新人。俺らは同じ時給で働くバイトだ。年が上だとか、電話受ける役だとかは関係ない。リーダーぶって勝手に仕切るのはなしだぜ」


 なるほどそうなのか・・


「しっかし、雨だわ、駅から遠いは、椅子はないわの、ひでー外れ現場だな」


「椅子がある現場もあるんですか?」


「ああ、最近は少なくなったがな。中には自分で「マイ椅子」を持ち込むっすげー奴もいるがな」


 池谷氏は道路使用許可証を見て、


「それぞれが立つ位置はこの地図に指定してあるな。通しのとこ立つ人は誰ですか?」


 辰野くんが手を上げました。


「休憩12時からがいい人?」


 誰も手を上げないので、啓一くんが上げました。


「辰野くんは一番最後がいいんだな?」


 辰野君はビジネスコミュ障の仮面のままうなずきました。


「じゃあ、俺が休憩終わりに辰野君とこに交代で入って、午後5時5分前に辰野君の所に集合して、時間になったらモデルルームに戻っておしまいと」


 池谷氏がいい終わると、辰野くんはマイルドニートダッシュで、一足先に行ってしまいました。渡された道路使用許可証によると、啓一くんはバス停近く、池谷氏は大通り同士が交差する角でした。


「青年、ゴミ袋持って来てるか?」


「え? いえ、なんでです?」


「野外の案件は雨天決行だ。台風の時も立ったことがある。ゴミ袋1枚あればすっぽりいれて縛れば、荷物も道路使用許可証も濡れずにすむし、土の上に置く時も重宝する。今日は俺のスペアをあげるが、次回からは忘れず持ってきな」


 親切にもゴミ袋を1枚頂き、啓一くんはまた辰野君の後を追う形で、それぞれの現場に向かいました。


「あれ? 看板だけ置いてあって、辰野さんいませんよ? まさかバックレですか?」


 駅から30分も歩いて現場まで来て、始業前にバックレる。世の中には・・


「なわけないだろ。時計見ろ。まだ10時まで20分ある。金がつく始業時間前から、こんな雨の中立つ馬鹿いるか。マイニー辰は、おそらくトイレチェックしに行ってるんだろう。あっちに学校があるだろ? あの隣に公園があって、公衆トイレがある。あとはこの道2キロ先のコンビニ。駅前ならともかく、こういう郊外物件は前もってトイレ位置を確認すること。しないと俺みたいなガラケー使いは、トイレにもいけないからな」


 池谷氏はプラカードを叩くと、


「それがプラカーダーとしての心得だ」


「まさかプラカードの正しい持ち方なんてないですよね?」


「ある」


「え、あるんですか?」


「そのプラカードを見てみろ。矢印がついているだろ?」


「ホントだ」


「モデルルームに誘導するのが我々の仕事、矢印の向きを間違えないように。あとはない」


 ニートひきこもり世界にどっぷり浸かっていた頃は、ろくな人に出会いませんでしたが、こうして一念発起して社会に出てみれば。バイトとはいえ自分を馬鹿にしたりせず、ためになることを親切に教えてくれる人もいるんだ。啓一くんはいい人が同僚で助かった。胸をなでおろしていると、


「トイレは行きたくなったら各自で。だけど、社員の見回りがあるかもだから、早めにな。何もいわれなかったから、今日はお互いこの格好で、傘さしで立とう。いいか、初めてだと死ぬほど長いぞ、覚悟して立て」


 そういうと、池谷さんは自分の立ち位置に行ってしまいました。


                     ( `ー´)ノ




 辰野君は創作ではなく、実際に現場で複数遭遇した、実在の人物です。


 駅で集合して10~20分モデルルームまで歩く二人現場だと、相方が口をきいてくれないと、間が持たないし気まずいしで、こっちが疲れたけどw


 こうして考えてみると、たかが派遣のバイトでメンタル削られるのも馬鹿らしいので。ビジネスコミュ障で石になって無言バイトするのも、1円にもならない家にいるよりマシ。


 よく考えれば知恵者、自身のビジネスモデルを新規創造した、ある意味芸術家だと。


 現場で同僚と話せないんじゃないか? その悩みを、いっそ話さないにひっくり返す。そういうバイターも大勢いる。ご参考までに。

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