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「ニィーティスト」  作者: ニィーティス亭 夢★職
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第二章 曙光篇 #3-1 男泣き! 涙のバイト初日サプライズ

 どんなにいやでも、大人のDVDのように、時を止めることはできません。翌朝五時。啓一くんは覚悟を決めて家を出ました。試練番長一年生、啓一くんの事実上のバイトデビュー。その前途に泥を塗るように、空は真っ黒で、当然のように土砂降りの大雨が降っていました。集合時間は朝九時、濁瀬駅改札を出たところ。メールの指示にはそうありました。啓一くんの最寄駅からは、一回の乗り換えを挟んで四駅180円、所要時間約15分。なのにこんなに早く出て、啓一くんは今流行りの朝活でもするつもりなのでしょうか?


 いいえ。啓一くんは正社員御用達の「朝活」のような、生ぬるいお遊びをするつもりなどはありません。啓一くんは、自宅からバイト先まで自転車で行き、電車賃を浮かしたらどうだろう? バイト用語でいうところの、「抜き活」をすることを思いついたのです。一人で「抜く」のは大得意の啓一くんです。パソコンの地図で調べたところ、自宅から集合先の駅まで片道12キロ。駅前まで自転車で行くと、駐輪場のお金がかかりますし、そこらに放置しておけば自転車ごと撤去されて、受け取るのにバイト代の半分は取られてしまいます。


 啓一くんは、犯罪映画で現金輸送車強奪をたくらむ、凄腕犯罪者のように地図をにらんでは、集合先の四キロ手前の24時間営業のスーパーにチャリを置き、そこから徒歩で駅までいこう。明日は雨予報だから、集合先の駅まで雨衣、雨ガッパで行き、近辺のトイレでスーツに着替えればいい。そのひと手間だけで、360円もの現金を使わずに済むじゃないか。たとえ現地まで自力で行っても、電車には乗ったことにして、交通費は請求する。男内海啓一は覚悟を決めたのです。とにかく現金を温存し、給料日まで持たす。セコいも恥ずかしいもない、なんか必死でしょうの死に物狂いで、目標達成のためなら手段を選ば・・いえ、選べない。


 まだ不登校にもならず、家族とも不仲ではない頃。啓一くん一家の趣味は軽登山でした。その頃の遺物、ヘッドライトを頭に巻いた啓一くんは、何度も道を間違えながら最初の目的地。24時間営業のスーパーにつきました。現場を見ると、隅に放置自転車が折り重なっているような、おあえつらえ向きの駐輪場です。啓一くんは、実際、駐輪場不正使用の、ある意味犯罪者ですから、すいませんお金に困っているんです。一礼して、入り口からいちばん遠い場所に自転車を置きました。


 傘もささない雨ガッパに頭ヘッドライト姿。探検隊から一人はぐれたような特異な出で立ちの、167センチ80キロの恵体は、漆黒の空からの降り注ぐ、土砂降りの雨の中。「まーや・・まーや・・まーや・・」呪文のようにぶつぶついいながら、「濁瀬駅↑2キロ」の交通案内を見上げ、「まーや帝国民NO1の男、いきます。どこへ? 濁瀬駅へ」。啓一くんが自分を叱咤しながら歩を進めている、その時でした。


「すいません、ちょっとお時間よろしいですか?」


 白い雨ガッパに白い自転車の、白ずくめの男、おまわりさんは。こんな時間に、こんなひと気のない道で、まるで「試練番長」の啓一くんを待ちかねていた。わけでもないのでしょうが、見かけたら呼び止めざるえない啓一くんに、当然のように職務質問を投げかけました。


「こんな時間に、どちらに行かれるんですか?」


「普通に仕事ですけど。駅で「同僚」と待ち合わせていて」


 啓一くんは、出会って五秒で職質の。かつての「ネットビジネス業」時代の、すねて怒りに満ちた態度とは別人の。正社員として12年、今は主任として土曜も出社です。さわやかとはいえないなりに、バイト先に向かっているだけで、まだ一秒も働いていないのに、今日は妙に毅然とした大人の態度なのです。


「雨ガッパの下に背負っているのはリュックですか? ちょっと中を見せてもらってもいいですかね」


 まだ20代前半と思われるおまわりさんは、早朝から誰もあるいていない歩道で、啓一くんとずぶ濡れになりながら、職務を全うしよう。ある意味、融通が利きません。


「いいですよ。でも中に「仕事で着る」スーツが入っているんで、開けるのはあそこの陸橋の下でいいですか?」


 啓一くんは、俺は以前の職質の時とはまるで別人だ。まだ一円の時給も稼いでいないが、俺はもう昨日までの俺とは違うんだ!


「土曜に仕事だけで憂鬱なのに、こんな雨で参りますよね」


 啓一くんは、引き気味のおまわりさんに、自分から快活に話しかけながら、高速道路の陸橋下の、雨を防げる場所まで移動しました。


「なんでささないんですか?」


 啓一くんのリュックの中を見たおまわりさんは、突然、物騒なことをいい出しました。


「ほら、ちゃんと折り畳み傘が入っていますよ」


 誰かのお古なので、リュックには啓一くんが気づかなかった、折り畳み傘まで入っていました。


「なんだ、入れてあったのか。道理で見当たらないわけだ。まあ僕が朝早いのがいけないんですけどね」


 啓一くんは、まるで嫁でもいるようなことをいい、1290円で散髪したばかりの頭をかいて見せました。


「悪天候の中、ご協力ありがとうございました」


「お互い「仕事」頑張りましょう!」


 白チャリが行ってしまうと、啓一くんはタオルで雨合羽を拭いて傘を差し。「まーや・・まーや・・」呪文を唱えながら、また歩き出しました。


 歩くこと40分。啓一くんは無事、濁瀬駅に到着し、180円ゲット・・したような気になりました。時刻は午前7時。前倒しで行動したせいで早く着き過ぎてしまったけど、遅刻して恥をかくよりはましだ。ほっと一息ついたその時でした。リュックから聞いたこともない、アイドルらしき声の、それはひどい歌が鳴り響きました。啓一くんが慌ててリュックをあけると。


「なんだってー!」


 スマホに「ゲーマンプロジェクト」から着信があり、それで元の持ち主が入れた、着メロが爆音でなっているのです。


「は、はい内海です」


 何事かと啓一くんが出ると。


「おはようございます。ゲーマンプロジェクト、花井です。内海さん、なんで電話かかってきたか分かります?」


「す、すいません!」


「このままだとお給料出ませんよ」


 なんというIT監視社会・・俺が交通費を不正受給しようとしたのが、もうバレているなんて。


「いいですか」


 花井さんは、大人が子供にいうような、上からで、


「慣れないかもしれませんが、起床確認メールに起きた、出発確認メールに出発した、返答して送信する。これは会社でいうタイムカードの代わりで、そのまま放置すると現場に来ていないことになり、一日タダ働きになりますよ?」


 そっちかよ・・すっかり忘れていた・・


「すいません、すぐ探し・・いえ、送信します!」


 コンビニ、コンビニ、あった! 緑のコンビニを見つけ、電波を拾おうとしますが、うまくいきません。みんなが当たり前のように使っているスマホ一つ満足に使えない現実。始めるのに遅いことはない。でも遅く始めた世間知らずの啓一くんには、不利ばかりが襲いかかります。


 メールアドレスに、パ、パスワードを設定して・・悪戦苦闘してようやく無料Wi-Fiに接続し、ゲーマンプロジェクトのタイムカード。起床確認メール、出発確認メールに返信しました。


 バイトを一から始めるのは、こんなにも大変なのか・・啓一くんは雨を避けるため、駅の改札前の壁にもたれ、バックレようにも、もう帰る気力がない。目を閉じると、疲労でそのまま眠ってしまいました。


 どれくらい時間が立ったでしょう。啓一くんはうたた寝から目覚めると、どこかでスーツに着替え・・


「なんだってー!」


 思わず素っ頓狂な声が出ました。まだ余裕のよっちゃんだと思っていた時刻は、改札の時計をみると午前8時55分をさしているのです。集合時間まであと5分、まだ雨衣、雨合羽姿です。改札前は、正社員なのか同じバイトなのか、スーツ姿の男女の集団が、あちこちに見られます。下手を打った。集合時間なのに、スーツ着ていない。ヤバいよ! ヤバいよ! 根は善人、ということは小心者の啓一くんの心臓が早鐘を打ったその時でした。釣りにでも行くような、雨衣、雨ガッパのぎょろ目で、天パちりちり禿げのおじさんが、啓一くんに近寄ると。


「ゲーマンプロジェクトのプラカードの人かい?」


「は、はい。内海と申します」


「俺は君が電話するはずの池谷だ」


「すいません、今電話しようと」


「いいよいいよ、電話代もタダじゃない。俺たち非正規は節約が命だ」


 一時間半でバックレた仕分け倉庫の、失礼な鍋公みたいな、いきった正社員と違い。池谷氏は愛嬌のある顔で、いい方も優しいのです。


「あのう、僕まだスーツに着替えられていなくて」


「いいよいいよ、どうせ今日は一日雨だ。俺もこの下はステテコさ。君、えらい硬いけど、今日が初日か?」


 啓一くんは、今までの人生でを省略し、


「今日がまったくの初めてで」


 素直に頭をさげると、


「うん、俺は見ての通り、この世界長いからな。分からないことや、裏事情に、チート行為、なんでも聞いてくれ」


 実はこの池谷氏、非正規業界では知らぬ者のいない有名人で、月尻氏が「本家」なら池谷氏は「元祖」。どちらも筋金入りの「非正規バカ一代」なのです。


 啓一くんは初日から、バイト業界の生き字引と、運命的な出会いを果たしました。ですが無事に集合出来ただけで、まだ一円も稼いでいないのには変わりありません。


「・・・・」


 啓一くんは、いつのまにか池谷氏の隣に、スーツの上にレインコートを着た、陰形満くんとは違う暗さの。眼鏡の見た目的に、なんだかのオタであろう、年齢不詳の兄ちゃんが立っているのに気づきました。


「この無口な辰野君、内海君、それに俺との三人現場、無事揃いましたと」


 池谷氏は、ずいぶんと使い込まれた、あちこち塗装がはげたガラケーを出し。


「おはようございます。プラカード、濁瀬駅、三人揃いました。はい、失礼します。じゃ、行きますか」


 池谷氏がいうと、


「・・・・」


 ささささ! 辰野君はうつむいて急に速足になり、一人だけ先にいきました。ずいぶんと愛想がない、どちらかといえば失礼な態度に、啓一くんには見えました。


「はは、慣れないとおどろくよな。あれが俺たちの世界でいうところの、「マイルドニートダッシュ」ってやつだ。初めてなら知らないだろうが、非正規派遣バイトには二種類の人間がいる」


 池谷氏は物慣れた様子で啓一くんの背中を叩くと。


「まあ、歩きながら話そうや。時給がつくまで、まだ一時間もあるからな」


 歩き出した池谷氏の背中を追うように、啓一くんも人生初バイト、その現場へと、いよいよ向かうのでした。


                    ( `ー´)ノ


 



   

 月曜日は用事があるので更新ありません、すいません。

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