第二章 曙光篇 #1-2 啓一くんは試練番長一年生
「ただいま、台風の影響で倒木が線路を塞ぎ、上り線は運転を見合わせております。お急ぎのところ」
天気予報によれば、電車に乗っている間に暴風域から外れ。今の俺の心のように、真っ青な晴天になるはずだったのに。考えてみれば、今までの俺の人生はずっと台風の中で、ニートひきこもりという濡れ衣を着せられ、一生、無罪放免されることのない、免罪被害者として孤独に生きてきた。でも、今日を境に俺は・・台風一過に俺はなる!
台風一過とは、嵐が去った後のすがすがしい青空のことですが、啓一くんが真っ先にバスをおりて、どすどすと怪音を響かせながら、勇躍、駅の改札にかけつけると。台風の影響で都心に向かう電車は動いていないというのです。
派遣説明会当日の台風直撃。必要ないどころか、単なる羞恥プレーの父修二さんの見送り。せっかく駅まで来たのに、派遣会社までたどりつけないかもしれない電車運休と。せっかく啓一くんが、人生最大のやる気をだしたのに、天は啓一くんに試練ばかり与え、今すぐリターンニートしろといわんばかりです。
ちなみに父修二さんは、しばらくバスと並走しながら、「内海啓一くん、万歳! 万歳! 万歳!」などと、戦争に出征する兵士を見送るようなことをしていましたが、突然の突風にあおられて吹き飛び、どこかへ消えてしまいました。
時刻は午前八時を少し過ぎた頃です。派遣説明会は午前十時からです。派遣会社の最寄り駅までは、池袋から地下鉄に乗り換えて50分ほどです。会社自体は駅から徒歩3分らしいので、ざっと1時間をみておけば大丈夫ですから、そんなに慌てることはありません。
ですが、どうせバイトなんかいったって、俺みたいなキモいのは、いじめられてハブられるだけなんじゃないか。金なら親父の財布からくすねれば。とか。あんな親でも生きているうちは生活には困らないし、二人が死んだら死んだで、家を担保に借りられるとかの金で、充実人生を送ればよくね? とか。ただでさえ、虐待、いじめ、ひきこもりという、コンボ技にでの自宅刑務所暮らし35年の、ニート版巌窟王の俺が。今更、外に出て一般人と接して、うまくやる自信などまったくない。
出鼻をくじかれる、などといいますが、啓一くんはせっかく親や教師に陥れられた偽人生から、本当の自分の人生を取り戻そうと、初めて自分の為に家から出たのに、俺には神も仏もいないのか!
「おい、一体、いつになったら動くんだ!」
ニートひきこもり同様、社会問題化している「キレる老人」が、駅員にくってかかりました。
「今のところ、復旧のめどは」
じじいはここぞとばかりに怒鳴り散らし、駅員はマニュアルでもあるのか、大人の対応で、ひたすら心のこもらぬお詫びを繰り返します。
暴言対棒読み。ただでさえイライラしているのに、うっせーぞじじい! 一般人ならそうでしょうが、ちっともテンションの上がらない、派遣バイトの登録説明会に向かう、35歳職歴一時間半の啓一くんには。これが俺が知らない実社会というものか。こんな風に暴言を吐ける鈍感無神経が、今の俺には妙に羨ましい。俺もこれくらい無敵メンタルだったら・・それはともかく、もしバイトの現場で、俺が今の駅員さんの立場で難癖つけられたら、俺はこんな冷静な対応を出来るだろうか? また精神に大ダメージを負ってしまうのではないだろうか?
啓一くんの脳裏に、1時間半でバックレた、仕分け工場の悪夢がよみがえりました。
いっそ、引き返そうか? 今なら間に合う。電車が動かないんで行けません。電話一本すればすむことだ。ケチな親父は電車賃だけで、バス代はくれなかったけど、帰りは歩けば900円の臨時収入だ。これで一度試してみたかった、ワンランク上のオナホ・・いや、だめだだめだだめだ! これじゃ、もっといいバイトがあるとスルーし続けて今の、あのN犬になってしまうじゃないか! 元はといえばあのアホ親父が・・いや、そこにこだわっていたら、俺は死ぬまでこのままだ。
電車に乗ってしまえば、もう覚悟を決めて、あとは登録説明会に向かうしかありません。ですが会社ではなく、家の最寄り駅で、こうしてあてどなく待たされると。生まれついての小心者、成功経験のない、マイナス思考の固まりの啓一くんは、つい悪い方悪い方に考えが向いてしまい。もういい帰ろう。いや駄目だここで帰ったら・・堂々巡りの葛藤に苦しむだけなのでした。
同じ頃。
<西武線は現在台風の影響で上り線の運転を見合わせており>
房代さんが安全な家で、テレビの台風情報を見ていると、ずぶ濡れの修二さんが、額から血を流しながら帰ってきました。
「あなたどこいってたの?! うちには見に行く田んぼなんてないでしょうが!」
叱られると、修二さんはにやりと笑うと、
「山を動くのを見て来たんだよ・・啓一というでかい山がな」
「何言ってるの? 全然、意味わかんないんですけど」
さかのぼること昨夜、居間でテレビを見ていると、不意に固定電話が鳴りました。
「はい、内海ですが」
<私、ゲーマンプロジェクト、花井と申しますが、内海啓一さま、35歳、自営業のお宅でよろしいでしょうか?>
「じ、自営業・・確かにそうもいえなくはないが・・はい、確かに啓一はうちの息子ですが。え? い、いえ、今ちょっと外出していまして。私でよければ。ええ父親です」
本当は二階の秘密の部屋にいるけど、どうせ呼んでも来やしないし。何より啓一に電話がかかってくることなど、天変地異が起こりかねない、滅多にない珍事だ。よからぬ内容なら、父として家長として、水際で食い止め、啓一を守らないといけない。
「どのような要件でしょう?」
<はい、先ほど内海さまより、弊社とのパートナーシップ登録のご希望を頂きまして>
「パートナシップ登録というと、出会い系か何かですか?」
確かにゲーマンプロジェクトのホームページには、「いろんなお仕事で新発見 うれしい驚き 新たな出会い」のキャッチコピーが、真っ先に目に飛び込んできます。
<いえ、そうではなく>
「要するに、啓一が婚活会社に登録申し込みをしたが、35歳はいいとして、中卒、実家住まい、年収36万、両親との同居、介護ありでは、ダメだということですか?」
<あたり・・い、いえ、そうではなく、弊社は派遣型>
「啓一がデリヘルを呼んだんですか?!」
<・・要するに!>
相手の女性が、急にブチ切れたような強い声になり、修二さんはとりあえず相手の話を聞くことにしました。
<いいですか? うちは出会い系でもデリヘルでもない、派遣型バイトの仲介会社なんです。要するに現場で時給で働くパートナーさん、そのすぐ上の下請け派遣会社で、お宅の35歳年収36万で婚活を始めたいという剛の者が。うちを介してバイトしたい。ネット申し込みがあって、連絡先が今時家電で、登録説明会が明日の10時に決まったんで遅れず来てね。そうお伝えしたくてお電話さしあげたわけです。一応メールアドレスにも同じ内容を送信しておきますが、お父さん、聞いてます?>
「・・お、俺は今、猛烈に感動している!」
<ついでに教えておきますけど、今時、携帯持ってないなんて、入れる現場が限られますから、早期の導入を強くお勧めします。では明日、担当花井がお伝えしました! ツーツー>
修二さんは受話器を置くために下を向けませんでした。
己の甘え、怠け癖の「自業自得」で、今のひきこもりになり、散々、親を泣かせた啓一が・・
自分のことは棚どころか、まったく悪いとも思わず、修二さんは溢れ出る涙を拭おうともせず。
35歳になって初めての仕事がバイトか。いいじゃないか、こんな救いようのない出来損ないでも、信二同様、俺の血を分けた息子だ。
「あなたどうしたの?」
「おい母さん、聞いてお」
修二さんは、そこまでいうと、ハッとして口を閉じました。
いや待て。まだ「申し込んだだけ」で、バイトする以前に。あの生まれついての怠け者が、実際に説明会に行くかすらわからんじゃないか。我々が、お~い35歳自営業(笑)、人生初のバイトがんばれや! にやにやしながら冷やかしたら、寝た子を起こすの逆で、起きた子をまた寝かせたしまうかもしれないじゃないか。
月尻氏のお話に感動した信二さんは、自転車で本屋に行き、ウォーキング仲間の店主に、「非正規バカ一代」などを著作を注文しましたし。
「ニートにこそスマホを持たせろ」とは、なるほどこういうことだったんだ。すっかり合点がいくと、自分の書斎に猛ダッシュし、「デーブ隠匿品」、謎のメッセージが書かれた箱を開けました。スーツ他、バイト用具はすでに引き渡し済みですが、古いガラケーを今も使っている修二さんは、
「これだけは自分で使いたかったが、自分のせいで俺の期待を裏切った、不肖の息子の新たな旅立ちに、俺の涙と共にくれてやるか」
息子同様、救いようのない悪天然節全開で、恩着せがましく、珍しく啓一くんの部屋をノックし、呼び掛けて、スマホを譲渡したのです。
ツーツーツー。
そのスマホで、啓一くんがゲーマンプロジェクトに断りの電話をかけていた、その時でした。
「大変お待たせしました。ただいま上り池袋行きが、小手指駅に到着したとの連絡が」
構内アナウンスがありました。
やはり行くしかない運命のようだな。フフ、俺という山同様、電車も動いたか。
なるほど同じ血を引いているのか、啓一くんも大仰なことを考えながら、スマホ切って、改札を見ました。
「まーや帝国民いきまーす!」
啓一くんは喉も裂けよと叫び、切れる老害をビビらせながら、胸を張って改札に向かいました。そうしてまだ切符を買っていなかったことに気づき、慌てて券売機に戻るのでした。
( `ー´)ノ
登録会でも面接でも、これくらい、行くのが嫌すぎる事案もそうはなくw
毎回、この場で隕石がぶつかって、この場で地球ごとなくなってしまえばいいのに。
強く思うほどいやなことですが。
行ったら行ったで、30分遅刻してきて、すいませんでもなく、家の近くの現場が少ないから。
登録せずに帰っていった、妙に非正規なれした発言の、ヤンキーとはちがった意味で、目つきのキモ怖い、迷彩ズボンの兄ちゃんと二人だけだったり。
さあ、次回はいよいよ登録説明会です。
啓一くんと一緒に申し込みをするのは、どんな愉快な仲間なのでしょう?
だがしかし、試練番長一年生の啓一くんです。無事、ゲーマンプロジェクトにつけるのか? 決して予断をゆるしません。
次回もぜひ読んでくださいね。
当方はまったく怖くないしw、ネットだけの顔の見えないお付き合いです。
ご新規さんもお待ちしております。
それではまた次回。




