得意不得意
感覚が戻ってきたので、やっと投稿できます。
一通り掃除が終わると、僕たちは本堂に集合した。
先ほど掃除の担当になっていなかった仲間――つまりは一輪たち――によって、正面の扉が開けられ、その前に何もない空間が作られていた。
勘のいい人なら分かるかもしれないが、今から行われるのは座禅だ。
修行僧が一列に並んで座禅をくみ、精神を集中させる。
もしこの集中が途切れたら後ろから警策と呼ばれる棒で肩を叩く。
この「叩く」という行為に対し、大抵のかたがたは痛そうだとかそういうことを思うだろうし、座禅の様子を少しだけ見たことのある人なら尚更だろう。
そしておそらくそれらの根拠は体罰的な見た目と鋭く響くその音であろう。
しかし、実際のところはそれほど痛くなく、よりむしろありがたく思えてくるほどなのである。
どうやらこの警策はとても軽い材質で出来ているらしく、強くぶつけてもそれほどの痛みを生じるものではないらしい。
そもそも心地よく響く音が出ているという時点で、警策の持つ運動エネルギーのほとんどが音エネルギーに変換されていたというのは当然予想されるべきものだ。
というわけで、この警策で叩かれると肩への軽い衝撃と響く音とで緩んでいた精神と背中がシャキッと伸びるのである。
ただ、一つだけ問題があった。
どう頑張っても完璧な座禅ができないのである。
今まで驚くほど悪い姿勢で生活していたのが響いてきたのか、もしくは自分の身体の堅さがこれほどまでに絶望的だったのか。
理由はどうあれ、ともかく満足に座禅もできないのである。
一応それに近しいものは出来るのだが、背中が曲がってしまうか、さもなくば足が恐ろしいほどに浮いてしまう。
聖さんも力業で何とかしようとしていたが、結局これが妥協点となった。
まぁ、それ以外にはとくにこれといった問題はなかったし、心を空っぽにするというのは気持ちの良いことだったので、修行の中では一番好きかもしれない。
修行にそういう概念を持ち込んでも良いのかどうかは存じ上げないが。
座禅が終わると全員で自室、つまりは寝室に戻っていき、端に寄せてあった机を並べた。
早めの食事でもするのかと思ったが、部屋が違うのでその考えは否定された。
では何だろうかと、僕は準備をしている間に尋ねた。
「今から何をするかって?今からするのは写経だよ、しゃ、きょ、う。」
一番近くにいたぬえが答える。
相変わらずどことなく癪に障る物言いである。
「写経?つまりお経を紙に写し取るってことか?」
「そう言う事です。」
後ろから聖さんが答えてきて、少しばかり飛び上がりそうになった。
「あぁ、そうなんですか。ところで、これは、つまり写経はどういう目的でするのですか。やっぱり、お経を覚えるためですか。」
「まぁそれもあるかもしれませんが、最も大切なのは自身の心です。写経とは一つのお経を長い時間をかけて丁寧に写し取ること、つまりお経と自分とが向き合うことがとても重要になってくるものなのです。そうすることによって心のうちに潜む邪念や煩悩、心の迷いを取り払い、安定した心を養うのです。」
「成る程、よくわかりました。有難うございます。」
聖さんは微笑むと、他の人と二言三言交わした後そのまま去っていった。
ふとぬえの方を見ると、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。
「何か不満でも?」
「うぶだねぇ、じつにうぶだ。聖の教えに対してむずがゆくなるような敬語を使っている。そのうえ終わった後は『有難うございます』ときた。」
そしてウンウンと頷きながら感慨深そうにうぶだねぇと繰り返した。
その様子に妙なイラつきを覚え、何とか言い返してやろうと口を開こうとしたが、そこで一輪が止めに入ってきた。
「やめときな、どうせロクなことないぞ。」
「一輪さん、しかしぬえは――。」
「あぁ分かっている。だがこいつはお前の反応を楽しんでいるんだ。だから変に応じるのはやめておきな。ほら、ぬえ、お前も。」
そろりそろりとその場から抜け出そうとしていたぬえにも声をかけた。
「お前も面倒なことはするなよ。」
「はいはい、よぉく分かりました。」
ぬえは準備に戻っていき、それを確認した一輪も離れて行った。
やはりあいつは苦手なタイプだ。
何より気に入らなかったのは、この後の写経で意識があっちこっちにいっていたことだ。
こいつの隣が僕だったので、こちらの集中力までもが持っていかれてしまった。
ただただ迷惑である。
実に三週間ぶりの投稿。
なかなか小説が書けなかったのです。
所謂ブランクってやつ。
しっかり休めたのでもうそろそろ平常通りにしたいですね。
最終回までの構想はとっくに出来ているので。




