番外編:聖なる夜に少女たちは
唐突の番外編。
フランちゃんにお友達が。
十二月二十四日、幻想郷には大量の雪が積もっていた。
夕方から降り始めたそれは徐々に大地を埋め尽くしていき、やがて立派な銀世界が生まれた。
ホワイトクリスマスである。
多くの住人はこれを喜びで受け入れた。
あるものは家の窓からその素晴らしい景色を眺め、またある者は親しいものと並んで歩き、白い絨毯に足跡を付けて回った。
しかし、古明地こいしはこの雪を忌々しいものとして受け取っていた。
勿論、彼女だって最初のうちはその美しさに心を躍らせていた。
それが、しばらくして雪は体温を非常に奪いやすいということに気がついた。
身体に付着した雪は急速に体温を奪い、指などは少しずつ感覚を無くしていった。
このままいけば凍死するに違いない。
そう考えたこいしはどこか暖のとれる場所を探した。
身体を小さくして歩いていると、湖の水面が完全に凍っていることに気が付いた。
そのため、こいしは歩幅を少し広げ、ペースもいくらか上げた。
数分ほどしたところで、こいしは白い衣をつけた深紅の屋敷を見つけた。
紅魔館。
こいしの頭に簡単な情報が流れた。
吸血鬼の姉妹と従者たちの住むお屋敷。
それから……と考えて、こいしは自分が紅魔館に関する情報をこれだけしか持っていないことに気づいた。
すると、不思議とこの館に興味がわいてきた。
こいしは本来の目的にこの好奇心も加え、館の入口へと向かった。
館の中はとても静かだった。
今は夜の八時くらいだから、パーティーを終えてそれぞれが自室で休んでいるのであろう。
こいしは一夜をここで過ごそうと考えた。
となると時間は大量に出てくることになる。
その全てをエントランスで過ごすというのはなんとも情けない気がしたので、館の中をうろつくことにした。
こいしは取り敢えず廊下のドアを片っ端から開け、中を覗いて行った。
こいしにプライバシーという概念は存在しないため起こった行動である。
あまたの部屋の中では、この館の住人がのんびりと過ごしていた。
本を読んでいる者もいれば着替えをしている者もおり、すでに寝てしまった人までもがいた。
三十分ほど、こいしはそうやって他人の生活を覗いて行った。
そして、何やらミステリアスな雰囲気を醸し出す螺旋階段を見つけた。
勿論、こいしはこれを降りて行った。
階段は非常に長く、最下層に到達するのにたっぷり五分かかった。
そこには一本の廊下と、その突き当りに一つのドアがあった。
そこは随分おどろおどろしい雰囲気を放っていたのだが、こいしはそんなものお構いなしにドアを勢いよく開けた。
「メリークリスマス!」
いくらか気分ののっていたこいしはドアを開けるとともにそう叫んだ。
と、部屋のなかから少女の短い悲鳴が聞こえてきた。
誰かが中にいると期待していなかったこいしはこれに驚き、慌てて正面を見た。
そこには金髪の少女がぬいぐるみたちと向かい合って座っていた。
「あなた、誰?」
当然、少女はそう尋ねた。
「私はこいし、古明地こいしよ。」
「古明地?もしかして貴女、あの地底に住んでいる?」
「あら、私を知っているのね!嬉しいわ。お礼にあなたがだれか当ててみましょう。あなたはこの館の主の妹、フランドール・スカーレットさんでしょ。」
「そうよ!」
二人は少しだけ気分が高揚するのが分かった。
「けれど、貴女はなんでこんなところに来たの?」
「実はね……。」
こいしは事情、というより自らの思考を話した。
「なるほどねぇ。じゃあ、しばらくお喋りしましょうよ。」
「良いわね!それじゃあ、今日はクリスマスイヴなんだし、そのことについて喋りましょう。」
「賛成!それじゃあそれじゃあ……。」
二人はサンタの有無や空飛ぶトナカイの出自、サンタの服が赤い理由などについて話し合った。
初めて会ったのにも関わらず、二人はとても楽しそうに喋り、時々笑った。
一時間ほどしたころ、話題もつき始めてきたためかお喋りは休憩に入った。
「そう言えばさ、こいしは家に帰らなくていいの?」
ちょっとした沈黙をやぶってフランが尋ねる。
「え?うん、まぁ……。」
突然の質問にこいしは少し戸惑った。
「だって、お姉ちゃんはあんまり私のことを見てないし……。」
「そうかな。」
フランが反論する。
「え?」
「わたし、こいしのお姉ちゃんはこいしのことが大好きだと思うよ。そもそも、この世に妹のことが好きじゃないお姉ちゃんなんているはずないわ。」
「でも、わたしが帰っても、お姉ちゃん、嬉しそうな顔しないよ。」
「それは多分、こいしのことを愛しているからよ。愛情って、すっごく不器用なんだと思う。相手に思いを伝えようにもうまく頭が働かなくなったりして、反対の行動に出たりしちゃう。どうしても間違ったりしてしまう。でもさ、裏ではとても正直になっていると思うの。だから、こいしのお姉ちゃんは、今とっても寂しがってるに違いないわ。」
「……うん。」
こいしが静かに頷く。
「今からでも遅くない。家に帰ればきっと暖かく迎えられるはずよ。」
「分かった。」
ゆっくり立ち上がる。
「ありがとう、フランちゃん。わたし、行くよ。」
フランはにっこりと笑い、二、三度頷いた。
それからこいしは開きっぱなしのドアに向かい出て行こうとしたが、そこで
「こいし!」
とフランが呼び止めた。
こいしは笑顔のまま振り向いた。
「メリークリスマス!」
「うん、メリークリスマス。」
そしてこいしは出て行った。
その数十分後、こいしは地霊殿に到着するや否やさとりに抱き着き、古明地姉妹とそのペットたちは今までで最高のクリスマスを迎えたという。
メリー、クリスマス




