聞いたなこいつ!
大ガラスの襲撃から一週間、締め切り数時間前というとても危ういところでなんとか仕事を完成さした僕は、魔理沙の家に向かっていた。
例の特訓の話をしに行くためだ。
あの後、魔理沙は約束通り僕の家に尋ねてきてちょっかいを出すということはしなかったが、一度だけ幾らかの果物を持ってきてくれたのは彼女の優しさからだろう。
おかげで締め切りに間に合うように仕事をすることができたし、精神的にも楽になった。
やはり人は他人がいないと生きていけないのだろう。
と、あれこれ考えている間に魔理沙の家のすぐ近くまで来ていた。
第一声は取り敢えずお礼の言葉で良いかな……と思っていると、話し声が聞こえてきた。
どうやら、魔理沙と霊夢が話しているようだ。
「……の子の様子は。」
「大丈夫だ。あのカラスのことも気づいてないぜ。」
「なら良かった。あの襲撃があの子を特訓させるための芝居だったなんて知ったら、流石に怒るでしょうしね。」
「そうだな。」
恐らく、今僕は聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろう。
ある意味彼女らのトップシークレットを知ってしまったのだから。
ここは一旦引き返すべきか、出て行って聞いていなかったふりをするか、それとも……。
「誰かいるのか?」
魔理沙の声がした。
恐る恐る魔理沙の方を見ると、完全にこちらを向いていた。
これは、若しかしなくても詰みであろう。
僕は、腹をくくって出て行った。
「重信か。……聞いたか?さっきの話。」
「え、あぁ、少しな。」
こちらは気まずい顔をして話していたが、僕が答えた瞬間魔理沙の顔も真っ青に(本当に真っ青に)なったのが分かった。
「は……はは……。」
非常に嫌な雰囲気になってしまった。
魔理沙の方は完全に固まっており、こちらも苦笑いする他なかった。
霊夢の方もちらりと見てみたが、半笑いで他所を向いていた。
その時、魔理沙が思い切り頭を下げた。
「すまん!ああするしかなかったんだ!許してくれ!」
突然の大声に数センチほど飛び上がる。
「……駄目か?」
「いや、まぁ、確かに仕事の邪魔をされたのは怒りの要因とはなりうるけど、まぁ、多少はね?強行突破に出たってことはそれだけ切羽詰まってたんだろうし、僕も鬼じゃあるまいし、そこまで怒ってはないよ。」
何故か魔理沙が可哀そうになって、答えてしまった。
「本当か!」
さっきまでの空気なんて無かったかのように魔理沙が元気に顔を上げる。
「まぁ……。」
「ふぅ、良かった良かった。一時はどうなることかと思ったぜ。」
魔理沙は完全に自分のペースを取り戻していた。
本当に調子のいいやつだ。
「そういえば、あのカラスは芝居だったって言ってたけど、誰かが操ってたのか」
「ん?あぁ、そうだぜ。あれは霊夢が操ってたんだ。」
「へぇ。巫女ってそんなこともできるんだな。」
「まぁね。でも、カラスそのものを操るっていうより、神様を一旦そのカラスに降ろしてから協力してもらうっていう感じかな。」
「成る程。」
神様の力を借りることができるとは、流石は幻想郷の巫女だ。
「あ、そうだ。魔理沙、特訓のことについてだけど。」
「あぁ、忘れるところだった。」
「どういう風に特訓するんだ?この前は魔理沙が鍛えてくれるとか言ってたが……。」
「そのことなんだが、悪い、私が鍛えるんじゃないんだ。」
「じゃあ、誰が?」
「この前紅魔館に行っただろ?」
この前とは、例の幻想郷巡りのことである。
「あぁ。」
「そこの門番、美鈴て言うんだが、そいつに鍛えてもらう。」
紅魔館の門番と言えば、あの時仕事中に居眠りをしていて妖精たちに悪戯されていた人だろう。
そんな人で大丈夫なのだろうか。
「あの寝ていた人か。」
「そうだ。少し不安かもしれないが、腕は確かだぜ。」
「そうなのか?」
「ああ。私が言ってるんだ。信用できるだろ。」
「……申し訳ないが、今までの言動を見ているとあまり信用できない。」
「そこはできるって言ってくれよぉ。」
魔理沙がわざとらしくしょんぼりして見せた。
「まぁ、今回は信用するよ。というか、信用するしかないしね。」
「じゃあ、それで良いな。」
「勿論。特訓は何時から始めるんだ?」
「今日からだ。」
今、信じがたい答えが聞こえた。
聞き間違いだろうか。
「……もう一回頼む。」
「今日からだ。」
どうやら聞き間違いではないようだ。
「待ってくれ、僕はまだ何も準備していないぞ。」
「そこは大丈夫だ。紅魔館に住み込みで特訓するんだからな。」
「住み込み?冗談だろう?」
「本当だ。」
「仕事は?」
「道具とかはみんな向こうにある。あそこは外との繋がりが少しあるんだ。」
本気のようだ。
全ての質問が簡単に返されてしまう。
最後に一つだけ質問した。
「……拒否権は?」
「無い。」
神は死んだ。
ついに始まってしまった夏休み。
長期間ダラダラできるかもしれないという淡い期待を他所に、老人たち(教師)は容赦なく課題を出す。
その量、難易度に苦しみ悶える森須は精神的に追い込まれていた。
果たして彼はこの生き地獄から脱出できるのか?
次回「死に至る病、始まり」
はい、ふざけました。
すんません。




