交渉、という名の打ち合わせ
僕たちが鈴奈庵に戻った時、小鈴はカウンターで本を読んでいた。
「あ、待っていましたよ、重信さん、魔理沙さん。どうです、良いものは見つかりましたか?」
「ええ、丁度良いやつが見つかりましたよ。」
これが盗品であることについても触れようかと思ったが、魔理沙の名誉のためにも(罪人に名誉もくそもないのだが……)黙っておくことにした。
「それはよかったです。それでは、仕事についてしっかりと話しましょうか。」
「しっかりと?」
「つまり給料のこととかだろ。」
魔理沙が助け舟を入れる。
「そうです。で、その辺りはまぁまぁデリケートな話題になってきますので、奥で話しましょうか。魔理沙さんは私も代わりに店番をしておいてください。」
「わかったぜ。」
「じゃあ、重信さんはこちらへ。」
小鈴は手をひらひらとさせてカウンターの奥の暖簾の先へと招いた。
カウンター越しに招かれたので、こちらはかなり大回りして行かなければならなかった。
それにしても、「デリケートな」話をカウンターの「奥で」話すといわれると、何故かとてもアブナイ話をしようとしているように思われる。
多分、自分が異常だからなのだろう(小説の読みすぎだ!)。
暖簾の向こうには簡単な休憩室のような場所(というより応接室なのか?)があった。
小鈴は机の向こう側の椅子に座り、僕に反対側の椅子に座るようにジェスチェアで示した。
「取り敢えず給料からですかね。」
「僕って一応バイト扱いですか?」
相談が始まったので僕が質問すると、小鈴は首を傾げた。
まぁ、少し考えればそれも当たり前のことであった。
「バイト?どういう意味の言葉ですか?」
「バイト」は海外の言葉を日本人が縮めたものなのだから、知らなくて当然だった。
「ああ、バイトはですね、つまり非正規で店に雇ってもらっている人のことですよ。」
これだけではバイトの正確な説明になっていないが、簡単なことさえ分かればいいのだから大丈夫だろう。
「成る程。それなら重信さんは”バイト”ではないですよ。ちゃんと正規の店員です。」
「そうですか。」
ならしばらくは安定した収入が得られるというわけだ。
「給料は仕事一つ辺りで決めるんですか?」
「ええ。そうね、一回当たり……というより、一つの仕事に大体どれくらいかかりますか?」
「量は?」
「二百ページくらいかな。でも重信さんが説明を書くのはその中でも外来の単語だけです。」
二百ページ。
そこに出てくる外来単語は……全く分からない。
僕は見積もるという行為が何より苦手だ。
今まではそれでも問題な暮らせていたのだが、まさかこんなところで効いてくるとは。
まぁ、一、二週間あればなんとかなるだろう。
根拠は全くもってないが。
「それだと、あー、一週間から二週間といったところですかね。」
「なら、給料は四千円位ですね。それだけあれば二週間普通に暮らしてもおつりが返ってきます。」
「分かりました。ところで、僕がここで働かせてもらってる間、ここに置いてある本を読んでもいいですか?ちょっと見ただけでも面白そうなものが幾らかあったので。」
交渉が終わったところであまり期待せずに小鈴に尋ねた。
しかし、意外にも
「ああ、良いですよ。好きに読んじゃってください。」
と軽く返ってきた。
「有難うございます。」
「じゃあ、早速最初の仕事を依頼しましょうか。」
そう言うと、小鈴は横に積んであった本を僕の前に並べた。
「最初はこの三つの中から一つ選んで仕事をしてもらおうと思います。どれも人気な本なんです。」
視線を下げて表紙を見ると、それぞれ『犬神家の一族』、『シャーロックホームズの冒険』、『そして誰もいなくなった』と書かれていた。
どうやら幻想郷では今ミステリーが流行っているらしい。
「人気なんですね、ミステリー。」
「ええ、やっぱりこういうところに暮らしていると刺激が少ないですからね。でも、外の言葉が分からないと理解できない仕掛けもあったりするんです。」
「成る程。それじゃあ、『そして誰もいなくなった』からにしますか。」
「分かりました。でき次第、こちらに持ってきてください。」
「はい。」
僕と小鈴は同時に立ち上がり、部屋の出口へと向かった。
カウンターでは魔理沙が居眠りをしていた。
「ほら魔理沙さん、起きてください。もう相談は終わりましたよ。」
小鈴が優しく声をかけた。
と、魔理沙の眉や腕がピクリと動き、ゆっくりと目を開けた。
「……ん?あ、ああ、終わったか。」
魔理沙は眠そうにそう言うと、大きく伸びをした。
「ん~~~!よく寝たぜ。」
それからこっちを向いて言った。
「どうだ、うまく話はついたか?」
「ああ。」
「良かったな。じゃあ、そろそろ帰るか。じゃあな、小鈴!」
「それでは、また。」
「頑張ってくださいね!」
僕は黙ってうなずいた。
これから忙しくなるな。
最近kanogutiさんという方の曲にはまっている、森須です。
この方は音楽を作ったり、ゲームを作ったり、絵をかいたりと色々なことをしているのですが、どれも独創的で、素晴らしいものばかりです。
曲は不協和音も混じったりする電子音楽で聴く人を選ぶかもしれませんが、是非聞いてみてください。
個人的には「BCD回帰型」や「混沌少女」がおすすめです。
(ところで、これは後書きと言えるのだろうか?)




