3-12 女は三人寄れば姦しい
【ロック・シュバルエ 闘技場外郭】
「はぐっ、ぐっ、はぐぅ、はぐ!」
一心不乱とはこの事だ。
闘技場の夜空の下。目の前でさっきまで俺を是が非でも殺そうとしていた鉄壁のラゴンが俺の飯を狂った様に食っている。
並んでいるのは俺の空間作成で異空間にストックしていた料理。
納豆、漬物、豆腐などうちが受け継いだ勇者レシピの中のキワモノメニューである。
特にお気に入りは納豆らしい。漬物は塩が駄目なのかわざわざ水洗いして食っている。不味くないのか? あと豆腐は唯一、発酵食品ではないのに食えている。線引きがよく分からない。逆に味噌とキムチも出したがそれは無理だった。
発酵食品が好きなのかと思ったが、どうにも少し違う。
強い味は無理、植物性でなおかつ塩が少なく、腐ったくらい柔らかいものが好きなようだ。
ちなみにこれらのメニューは過去に一度、プルートゥさんにも出したのだが「……もし、毎日この納豆というご飯が出てきたら千年の恋も冷めてしまうかもしれませんね」とめちゃくちゃ怖いことをハイライトの消えた瞳で告げられたので永久お蔵入りしていた。
打って変わって眼の前の男は物凄い勢いでがっついている。
そんなに美味しいのか。俺でも正直、きついものが多いのに。
「――」
すると突然、表情も変えず大粒の涙を流し始めた。
「ちょっ、まさかアタリました?」
「……飯って、こんなに美味しいもんだったんだなぁ」
「あー」
「一族の中には肉やパンを食えるようになる奴もいるけども、オラはぜんぜん駄目で……故郷出てからこんな……旨い……うっ……くっ……んんっ……」
そう幸せそうに呟くと、滝の様に涙を流しながら再び料理にがっつき始める鉄壁。
この人、ずっと食事に苦しめられてきたらしい。
流石に今の一言と先ほどの地獄の様な食事風景、そしてあの怒りで色々と察してしまい俺も何も言えず、とりあえずお代わりをそっと出してあげた。
「…………ほんど、ありがとうな」
その後。
出した料理を全て食べ終わると田舎臭いイントネーションで頭を下げて鉄壁が感謝を伝えてきた。
もう涙も治まっているが未だ鼻声だ。
「いや、構いませんよ。最初はまぁ本気で殺す気だったので焦りましたが……さっきの言葉を聞いたら同情もします」
「オラはまともなもんが食えん。さっきも言ったけども肉も魚も駄目だべ。燻製も干し肉もチーズすら牛臭くて無理。野菜のピクルスがかろうじて食えるが、あれは酢が合わん。
オラの一族は特殊でなぁ、先祖様の頃から暗い洞窟で生活して、葉系の野菜をわざと腐らせたモンばっか食って生きてきた。そのせいか都会の食べもんはからっきし。一応、肉類も食えなくはないらしいが胃と腸がやられるから、訓練しないと食えん。それで大好きになるやつも多いんだけんど、オラは訓練しても駄目だったべ」
彼は溜め息と共に肩を落とす姿。
「ただそれでも体質のおかげか一週間何も食わんでも死なんし、無理すれば何でも腹には入る。けどそれは食事ではねぇ。だけんども酢や塩を入れない、そのまんま腐った野菜を人前で食えばアンデッドだと罵られる。酷い時は神官を呼ばれたり、討伐隊を組まれたりもしたべ」
ポツポツと語るが確かに周りは彼を受け入れはしないだろう。
てっきり野菜系の発酵食品くらい食っているだろうと思っていたが、彼は塩漬けの漬物紛いをさらに腐らせ、塩や酢を落としそれを飯にしていたのか。壮絶だな。
「……しっかしあんな旨くて見た目が料理っぽいもん、よー作れたなぁ。お前さんも腐り物が好きなんべ?」
「いえこれは僕の家が代々受け継いできた膨大なレシピの一つですね。漬物なんかは食べれますが僕も納豆はキツイです」
「そうなんだべかぁ」
もしかしてこんの料理考えた人もまともなもん食えんかったんだべかなぁ、そうだったらなんか嬉しいべ。などと微笑みながら呟いている。
にしてもいざ落ち着いてみると実にのほほんとした人だ。マンドラや先ほどの戦いだけ見ると暴力の塊みたいに見えたが、目の前にいるのは優しそうな丸っこい田舎のあんちゃんだ。
「そういえば名前、聞いてなかったべ。オラはラゴン。鉄壁のラゴンだなんて勝手に言われてサンテイ? の一人とか言われとる。興味ないだがなぁ」
「僕はロック・シュバルエと申します。宿屋の倅です。将来の夢は宿屋です」
「ロックって名前かっこいいべな。それに宿屋って若いのにちゃんとした夢があって立派だべぇ」
「なっ!?!?」
立派……宿屋の夢が……立派……。
「ん? どうしたべロック」
「料理の作り方、教えましょうか?」
気づいたら宿屋のアドバンテージであるレシピをタダで渡すと言ってしまった。ま、まぁ? この方も困っているし、仕方ないだろう。
「いっ、いいんだべ!?」
「はい。納豆とかは時間が掛かるし気候的に難しいですが地中深くに埋めれば何とか」
「やったべ!! ロックは優しく料理も出来て宿屋って立派な夢まであって、出来た子だべ〜」
「いやぁ〜! それほどでもあるんですけどねぇ!!!」
なんだこれキモチイイぞ〜。
これが勇者とかがハマっているイキりというヤツなのか。
にしてもラゴンさんがあまりに人が良いというか、素朴過ぎてなんでこの方、剣闘士なんかしてるんだ?
「あの、ラゴンさんってなんで剣闘士やってるんですか?」
「オラか? オラは団のみんなと誰が作戦の為に剣闘士になるかくじ引きになって負けちまってなぁ、渋々放り込まれたというか……あ! これ言っちまったらマズイだよなぁ。すまねぇロック。ちょっと言っていいか、団長に聞いてからじゃないと言えないんだべ」
「そ、そうですか」
めちゃくちゃ怪しい。なんだ団のみんなって。作戦って。明らかに外部から明確な意図をもって送り込まれたというか、なにか目的あるだろこの人。
「それよりオラにもレシピ教えてけろ!」
目を輝かせ作り方を聞いてきたので、面倒事に巻き込まれるのも嫌だし、何も聞かなかったフリをして俺は秘伝の発酵食品やらをレクチャーする事にした。
【道化師プルートゥ 闘技場屋根上】
「月灯りの散歩はいいですねぇ」
闘技場の屋根の縁を歩きながら、一人私は神秘的な月の光に照らされた市街地を眺めています。
ロックさんが「対戦相手に不安があるので解毒剤を用意したい」と仰ったのでお手伝いで一緒に外に出ておりますが、たまにはと言うことで別行動をしています。
二人でいろいろ見て回るのも大好きなのですが、帰る場所があった上でこうして一人で散策するのも大好きです。
「おや?」
闘技場の屋根の上を歩いていると、遠くに大きな建物がもう一つある事に気付きました。
しかもこんな時間なのに灯りがついてます。前に買い出しに出た時も存在は気づいていましたが、夜の方が活気があるのは意外です。
「……ちょっと見て参りましょうか」
好奇心に負けた私は闘技場の屋根から飛び降りて闇の中に落ちます。
もしかしたらお祭りのようなものを開催しているのかもしれません。ロックさんとあとで見て回れたらきっと楽しいだろうなぁ、と自然と笑みが浮かびました。
――だからこそ繰り広げられる光景を見た時にすーと怒りから自分の血の温度が下がっていくのを感じました。
まるで宮殿と闘技場が合わさった様な豪華絢爛な建築物。
それは市街地から離れ。
夜にも関わらず灯りが消えず。
建物は王宮並の立派さ。
そして入り口が兵で厳重に固められ。
高そうな驢馬車が並んでいる。
嫌な予感は既にしておりました。私もどちらかと言えば最上位であるゆえ、父や兄弟の汚い部分も知っています。
――女性の悲鳴と嬌声、そして男性の下卑た笑い声。
こっそり闘技場内に侵入して聞こえてきたもの、そして見たもの全てが私の神経を逆撫でします。
私は自ら性を売る事は否定しません。生きる為にはそれしか選択肢がない方や、自ら好んでその選択をする方もいました。
戦争となれば敗者の末路も、選べはしないのが世の常です。
「だからといって人間を壊していい理由にはならないでしょう」
ただ私の目の前で行われているこの残虐なショーは、生に対する冒涜でしかない。女性をモノとして命や体、尊厳を消費する行い。
少なくともこんな所業、私は赦したくありません。
――気付くと唇を強く噛みすぎて少し血が滲んでいました。
落ち着くべきですね。これは考えれば簡単に分かったはず。
なぜあちらの闘技場に“女性剣闘士”が誰もいないのか。他の女奴隷はどうなるのか。その考えを放棄していたのは他でもない私自身なのですから。反省です。
「……」
ふとショーの中で15、6歳くらいの両手両足のなくなった女の子がピクリとも動かなくかなり、物の様に引きずられて行く姿が見えました。
闇に溶けてあの子の後を追うと、彼女はまだ生きているのか地下牢に投げ込まれました。
他にも生気のないボロボロの女性達が何人かいます。
兵が戻るのを待ってすぐにその子に近付きます。
「……痛いのは何処ですか? お腹ですか? 心臓ですか?」
首を触るも脈があまりに弱い。
吐瀉物や血等で汚れた彼女の身体を触りながら持っていた薬や軟膏を塗ります。せめてヒールが使えれば良かったのですが、闇側である私はその手の力はありません。
「……な……さ……」
「喋らなくていいです。もう大丈夫、お姉ちゃんがついてます」
「ご……な……」
――ごめんなさい。
咄嗟に女の子を抱き締め背中をあやします。そうするのが正しいのか分かりませんが、今の私にしてあげられるのはそれしかないから。
「大丈夫。もう大丈夫ですよ」
「……っ…………と……う」
安らいだ様にお礼を告げると女の子の心臓は止まりました。
ただ少しだけ温かい少女の死体が一つ、私の腕の中にあるだけ。
「やめなさい、お嬢ちゃん」
怒りも哀しさも理解する間もなく不意に声をかけられ、そちらを見るとボサボサの髪に片目がなく化膿している女性がいました。
「なにをしにこんな所に来たかは知らないけど、やめなさい」
「貴方も奴隷なのですか? だったらここから早く出て――」
「無理よ」
「え?」
「ここにいるのはウルチに借金の返済として奴隷になった女たちよ」
ウルチ。あの闘技場の支配人をしている太った人。
「私達は家族を人質に働かされてる。私達が逃げれば次は家族が危ない」
「どういう、ことですか?」
「あいつの本業は金貸し。価値のありそうな男や女を狙って金を貸付けて、大臣と共謀してわざと返せなくさせて犯罪奴隷に落とすのよ。そして借金の残った家族をも人質にして働かせるの」
――そういう輩ですか。
確かに実家の周りにもその手の輩はたくさんいました。ただ大抵は組めて男爵程度。公爵や伯爵となれば逆にあまり過激なことはできないはずです。
けれどウルチが組んでいるのはこの国の大臣。
「貴方は良い娘よ。こんな薄汚れた死にかけの娘を躊躇なく抱き締め、助けようとしてあげるんだもの。だから関わっちゃ駄目、分かったら早くお逃げなさい」
「……」
私は動かなくなった少女を寝かせ、女性に持っていた非常用のパンと薬を置いて再び闇に紛れました。
――目指す場所は一つ。支配人の部屋。
最も警備が厳重かつ豪華な部屋を探せば、そこは簡単に見つかりました。
部屋の中にいるのは何人もの全裸の少女に奉仕させる老人と支配人ウルチ。そして護衛と思われるきらびやかな服を着た男前な剣士。
観葉植物が植えられた大きな鉢植えの影に潜り込み彼らの話に耳を傾けます。
「いやぁ、また良い女が入っていたな。さすがはウルチだ。闘技場の方も随分と面白い小僧が入って潤っているそうじゃないか」
「それもこれも大臣様のお陰にございます。奴隷労働による借金返済制度を守って頂けているから成り立つこと」
「まぁな。しかし奴隷価なる概念を作り、借金返済をそれに依存させる事でコントロールするとは、よく思いついたものよ」
――話を聞いているとこのウルチという商人の手口が見えてきました。
彼は金貸しとして奴隷にしたい人間の家族に金を貸付け、その返済として奴隷にしたい人間に「合法奴隷」となり、ウルチの元で働く事で借金を返済するよう提案します。
これだけならこの国では、法に守られた健全な労働になるようです。
ですがウルチがあくどいのは、奴隷として働き稼いだ額を「奴隷価」なる概念で決める事です。
奴隷価なるものは、私もてっきり奴隷達の労働で得た金額の概算等だと思ったのですが実際は全く違い「奴隷を取引する際の価格を奴隷全体で平均した価格」になるそうです。
これが罠でウルチは奴隷達を闘わせる闘技場とここの様な性奴隷を扱う娼館紛いのショーの支配人、つまり奴隷達の管理者でもあります。
そしてその単価を公正なものと保証する大臣とも蜜月の関係。
彼ならば奴隷達に無理を強いてたり、それこそ大臣に奴隷の人数や取引価格について虚偽の申告等をしても、余程バレる要素がなければ認められてしまう。
つまり意図的に奴隷の価値を、すなわち奴隷価を低下させれば合法奴隷としていくら働いても得れる収入が二束三文にしかならないレベルまで下げられるのです。
結果、借金返済の為に合法の奴隷になっていくら正しく労働しても返済が滞り、滞納により犯罪奴隷になってしまうようです。
「この国の奴隷は本来、ある程度は守られておる。殺し合いも性奴隷としても認められておらん。だが犯罪奴隷となれば別だ。借金の踏み倒しは罪だからな。いくらでもやりたい放題よ。……にしてもウルチ。貴様は相変わらず女を抱かんな。男趣味か?」
そういえば大臣は少女を侍らせていますが、ウルチの周りに女性はいません。
「ははは。まさか、ただ少し性癖が特殊なだけでございます」
「相変わらず得体の知れない男よ。まぁそれはいい。……そんな事よりワシは一つお主に怒っている事がある。分かるな?」
「はて? なんの事でしょうか」
「例の宿屋の倅と教国の捕虜だ! ウルチよ、奴らの処刑はどうなっておるッ。なぜ延期した! あれは大国たる北西の王国との取り決めがあるせいで、女王からも目をつけられておるのだぞ。あの小娘は健全だからな、これを口実に闘技場を押さえられるリスクもある。ワシらの関係も嗅ぎつけられかねん!」
「なるほど……実は先に仰った面白い小僧というのが、その宿屋の倅でして、つい商人らしく金儲けに走ってしまいました。ただ、あと二試合でお役御免ですしだいぶ稼げもしましたので、最後に三帝の一人であるこの『貴公子』に処分させる予定にございます」
そういってウルチは後ろに控える男前な剣士に目を向けます。
「おお! お主の懐刀か」
「お初にお目にかかります大臣閣下。死刑囚共の始末はこのわたくしにお任せあれ――この様に!!」
突然の魔技の輝き。
同時に貴公子が振り向きざまに腰のレイピアを抜き私がいる闇と頭上に向けて三連突きを放ちました。
――バレましたかっ。
レイピアから距離があるにも関わらず闇を切り裂く様に閃光が走るのでそれを躱します。
「賊か! なっ、それも――三匹もいるのか!?」
ウルチが振り返るとこちらを見て驚――はい?
「三人ですって?」
「三人だと!?」
「三人なんですか?」
頭上から妖艶な女性の声とキリッとした女性の声、そして私の声が同時に重なりました。
『え?』
上を見ると今の突きで右側の空間が歪み薄っすら金髪の女性の姿が、逆の左側は壁の表面が崩れ褐色の女性の肌が見え隠れしていました。
「三人も侵入を許すとは警備の連中はなにをしているのか!」
一喝と共に再び三帝と呼ばれた貴公子が魔技の光を纏いレイピアを放ちます。
「ちっ!」
「くっ!」
――上のお二人はまずいですね。
危険と判断した私はお二人の足を掴みます。
「おいでませ常闇へ~」
「「なっ!?」」
レイピアから放たれた閃光を回避しつつ、上のお二人を闇の中に引き入れます。
「チィッ! 影に逃れたか!」
……にしても闇の中なのにウルチと貴公子の視線が完璧に私を捉えているのは何故でしょう?
視認は不可能なはず。しかもウルチまで見えるとなるとギフトではない。こんなこと初めてです。
「ちょっと、なによここ!?」
「なにが起きたっ!」
「はいはーい♪ どうやらお二人ともご同類のご様子。旅は道連れ世は情けと勇者ムラマツ様も申した様に、お互いの素性はともかくとりあえず御一緒に逃げませんか?」
混乱するお二人になるべく明るく声を掛けると二人共頷かれ、落ち着きを取り戻しました。
「……へ、へ」
一方、外にいる大臣が愕然としながら腰を抜かし。
「沁黒だあッッ!!! たっ、大陸最強の暗殺者がワシらを殺しにきたんだァ!?!?」
ドラゴンと鉢合わせたかの如き見事な絶叫を上げ、腰が抜けたまま逃げようと藻掻いています。
――あー。なるほど。私の闇魔術を知ってる方などいませんから、そうなるんですか。
「ッ、灯りだ! 灯りを持って来い! 対沁黒には光が効く!」
さすがは私達に油断を突かれたとはいえ、大陸に悪名を轟かせる暗殺者。
貴公子が熟知した様に沁黒を影から炙り出す為の光源をもってこいと、いつの間にか駆けつけた兵士達に的確な指示をします。
「ちゃんと照らせ! 奴らを炙り出すんだ! くそっ、なんで影が消えないッ!?」
ただざぁんねん、わたくしめの闇には効かないんですよねぇ♪
……という訳で、さっさと逃げちゃいましょう。
「あ、おい貴公子! 下の階に逃げたぞ! 兵達は灯りを持って各階や部屋の影を照らせ! その中に奴らは――」
「ウルチ! 面倒だ、この階ごと破壊させろ!」
「だっ、駄目だ! 騒ぎを大きくするな! 今騒げばVIPたちに」
「このっ、ᛒᚪᛣᚪᚷᚪ、ᛣᚩᛣᚩᛞᛖᛣᚩᚱᚩᛋᚪᚾᚪᛁᛏᚩᚾᛁᚷᛖᚱᚪᚱᛖᚱᚢᛉᚩ!?」
やっぱり何故かウルチと貴公子だけは的確に私の姿が見えるようなのは謎でしたが、彼らが見当違いなやり方で言い争っている内にお二人を連れてさっさと逃げ果せました。
「ふー、助かったわお嬢ちゃん。ありがとねっ」
鮮やかな金髪をして妖艶な真っ赤なドレスを着たお姉さんが笑い掛けます。
「ええ、ありがとうございます。でもまさか……あの悪名高い沁黒に助けられるとは……」
一方の褐色の肌でスレンダーな体つきをした、真面目そうな女性は感謝しつつも誤解から複雑な様子でした。
今、私達三人はあの薄汚い闘技場から脱出してかなり遠く離れた夜の岩陰で休んでいます。ここまで来れば大丈夫でしょう。
「いえいえ。わたくしめはただの通りすがりの道化師にございますです。沁黒とは別人でございます」
「いや道化師って言われてもな……」
褐色のお姉さんは納得いかなそうなので闇から四本のマラカスを取り出し、空中で回してみせます。
「このくらい朝飯前にございますよ」
「あら凄いわね。意外な特技だわ」
「ほ、本当に道化師みたいですね」
しかし驚いてはいるものの信じては貰えてませんね。
「む。みたいではなく、ちゃーんとした道化師なんですよ?」
いえですからそんなほっこりした顔で見ないで下さい。
「こほんっ、ところでお二人はどうしてあんな所に?」
とりあえず芸の道具を仕舞いながら、二人に疑問を投げ掛けると二人して視線を泳がせました。
「あー、まぁ、私は仲間がこの闘技場に捕まっちゃっててねぇ。ぶっ壊してやろうと思ってたのよ」
「仲間の方ですか?」
「そうよ。私達の仲間」
ウィンクして言われましたが、どういったご関係の仲間なのかは内緒みたいですね。
「あ、私はその……」
褐色さんは言い澱んで沈黙してしまいました。
「言いたく無かったらいいわよ? 私もそこまで素性出さないし。この可愛娘ちゃんも自分は道化師だって一点張りだし」
「だから私は本当に道化師ですよ!? ちゃんと技もお見せしたじゃありませんかっ」
「はいはい、まぁ今はそういう事にしておいてあ・げ・る」
「信じてませんねそれ!? ……ホントにプルートゥは道化師だもん」
「ふふっ、そんなすねた顔しないの」
なんだかとても悔しいです。もっと道化師として有名にならないといけないのでしょうか。未熟さを感じます……。
そんな中、褐色さんが一人で頷き口を開きます。
「……いえ、お二人と出会えたのも何かの縁。なによりウルチと敵対しているのは確実。ならお二人には全てをお話します」
彼女はいずまいを正してポケットから銀色のペンダントを取りだしました。なんだか嫌な予感がします。
「――私はこの国の女王陛下直属の近衛兵です」
「あー……ねぇ?」
「なんと、まぁ?」
正直、そんな気もしてました。ドレスのお姉さんも同じみたいです。
「うん、それ側近に与えられるペンダントよね? うーん、まぁたぶん、本物なんでしょう?」
「はい、このペンダントは私の誇りです。それでなぜあんな場所にいたのかと言うと、実は王宮内でもウルチ奴隷取引は度々問題になっておりまして、何とか尻尾を掴みたいのです。ただその、恥ずかしながら王宮内やそれこそ同じ近衛兵の中にも金や女で懐柔された裏切り者がおり、大々的には動けないのです」
「だから貴方一人で潜入していたの?」
「はい……陛下から何とか打ち崩せる切っ掛けを探って欲しいと直々に頼まれまして、表向きには近衛兵を辞して待女として潜入しておりました」
「大変ねぇ」
「大変ですねぇ」
思わず二人して同情してしまいました。ついでにこの後の話の流れも何となく察しました。
「あの! そこで無遠慮ながらお願いがあるので――」
「おいくら?」
「はい?」
おおっと! ここでドレスさんがめちゃくちゃ上からな感じで被せ気味に尋ねます。間違いなくこの方、公僕なのをいいことに搾り取る気ですね……。
「手伝えって言うんでしょ? 良いわよぉ、でも白金貨何枚かしら?」
「そっ、そんな金額!?」
「それとも一人でやる?」
「くっ……ほ、報酬については、その、後日に陛下にお伺いをして頂ければ」
「んー……ま、いいわ。ただし交渉の際には貴方に白金貨の対価を吹っ掛けて報酬は約束したけど額は女王様次第、って話した事は言うわね。あと私は貴方の協力者。つまり多少やらかしても、全ては陛下の為であり目を瞑って貰えるのよね?」
「うっ……わ、分かりました。あまり酷い場合はあれですが」
「ふふ、商談成立ね。まぁどうせ目的は同じだし頑張りましょう。――でぇ〜? 貴方はどうするのかしら可愛い道化師さん?」
「私は……」
――ごめんなさい。
ふと先ほど腕の中で息絶えたあの子の温もりが蘇りました。同時にあの嫌な記憶もまた。
“お前が受け入れれば全て丸く収まる。それがお前を生んだ意味だ”
どうにも私はあの手の不幸は許し難いみたいです。かつて、いや今もなお抱える自分の影に拭い難い痛みを覚えます。だからこそ。
――でもさ、そうやって誰かの言葉に従って自分自身を殺す事は、何よりも自分の命に対する冒涜だと思わない?
――俺はせめて、自分が誇れる自分でいたいんです。
私の人生に大きな転換点になった師匠とロックさんの言葉を思い出しました。そうなれば回答は一つ。
「仕方ありませんねぇ。歌って踊れて可愛くてカッコいい道化師風情にございますが、お手伝い致しましょう!」
「っ、ありがとう!」
そう言うと安堵した様に褐色の近衛兵さんが微笑みます。この方も一人でだいぶ苦労されていたようです。
なお「道化師風情と言いながらだいぶ盛ったわねぇ可愛いのは事実だけど」とドレスさんには突っ込まれましたが聞こえないフリしました。
「ちなみに近衛兵さんには何か作戦とかあるのですか?」
「うっ、いや、その辺はまだ……」
「……でしたらこういうのは如何でしょうか?」
ついでに私はウルチの話を聞いている時にこっそり考えていた作戦をお二人にお話します。
「って、感じにすれば破滅させられると思うのですが……って、あれ?」
なんかお二人から変な目で見られています。
「……あ、あなた、可愛いに全フリしてそうなナリして割とえげつないこと考えるわね」
「す、素晴らしいです! 上手くいけばヤツを破産させられます! ……ただその、明らかに犯罪が混ざっているような……」
なんか若干、引かれたような気がします。ただこれが一番効果的なはずです。他に代案もなさそうですし。
なので私は咳払い一つしながら話を進めます。
「こほんっ。そういう訳でわたくし、明日から奴隷になりますね」
だいたい察してる思いますが本業とトレーナー業が多忙につきしばらく不定期更新になります。
また最後やや不穏になりましたがプルートゥがそういった目に遭う展開にはなりません。もしプルートゥがそういう展開になった場合は作者と鱗滝左近次が腹を切ってお詫び致します。
※ブクマをせずに、読んでそのままサイトを閉じられる方へお願い申し上げます。
もし最新話まで読んで面白いと思って下さったのなら、読了報告代わりに評価を入れて頂けると読まれている事が分かるので、大変助かりますm(_ _)m