3-11 鉄壁のダゴン
【ロック・シュバルエ 闘技場客席】
「…………」
「…………」
俺とプルートゥさんはずっと黙ったままだ。
先程のやり取りは流石に恥ずかしすぎた。もはや何を口走っていたのかもちゃんと覚えてはいないが、かなりヤバいことを口にしたのは間違いない。
「闘技場に上がってからなんだか妙な空気だが、お前ら本当に付き合ってないんだよな?」
俺達がずっと黙っているせいか投擲男がロクでもない話題の触り方をしてくる。
「……そうですよ? 私とロックさんは同志ですから。ねっ、ロックさん?」
「ええ、僕たち今はそういう関係では全然ないですから」
「今は?」
「「将来のことは誰にも分からないってだけの話です!」」
思わず二人ハモって強く返すと薄っすら口角が上がっているのが見えた。この人そんなキャラじゃないだろと思ってたが案外楽しんでやがる……。
『さぁ! これにて前座は終わりだあァ! 次はいよいよマンドラ狩りの時間! まさかまさか宿屋の倅があのマンドラを倒したことで生まれた疑問――あの三帝達はマンドラをソロで殺せるのか? これを実証する為に選ばれたのは他でもないあの人間戦車! 動く要塞! ありとあらゆる攻撃を弾き、全てをその拳で打ち砕く変身魔術を持つ男――鉄壁のォォォォォォォォラゴォォォォォォン!!!』
相変わらずクソ煩い司会の実況と観客達の爆発的な声援が響き渡る中、ゲートの一つからスキンヘッドで丸っこいフォルムの巨漢が現れた。
「三帝か……俺より縦も横もデカイな。どう見る勇者」
「どうと言われましても、そんなに分かることは――あれ?」
「なんだ、どうかしたか?」
「ああいえ」
なんだあの文字?
俺は時空間魔術を使う為にあらゆる物に対して見ようと思えば不可思議な文字を見ることができる。先代いわくこれは俺の深層心理の魔術に対する解釈から生まれたもので実際に文字がある訳ではないらしい。
ただその文字に少し違和感がある。あまり見たことない文字が入っているのだ。
――初めて見た様な、何処かで見た様な?
そんなことを考えていると鉄壁のラゴンという男の反対側の門が開き見たことのある魔物が現れる。
『さすがはラゴン、相変わらずデカァァァァイ! しかしそれよりも遥かに巨大な対戦者の登場だ! そうッ、砂漠で数多の犠牲を出しつつも軍隊により何とか捕縛された新たなマンドラだぁぁぁぁ!』
頭には鋏の様な角を持つドラゴンにも思える巨大トカゲ。
「よく勝ったなぁ自分」
あらためてサイズ感が凄い。
それに後から聞いた話だがマンドラの外皮は魔術や魔技を弾くらしい。
剣に魔術を行使せず落下軌道で外皮を切り裂き、外皮を無効化してから魔技を叩き込んで倒したが、偶然にも俺は対マンドラ戦においてベストの戦いをしていたらしい。
『それでは本日のメインイベントォ! 三帝が一角、鉄壁のラゴンVSマンドラ、これより試合開始ィィィィィィ!』
ドラの音が鳴り響く。
合図と共に檻から開放されたマンドラが金切り声を上げ、早速突っ込んでいく。瞬く間に距離を詰め、さらなる加速でただ立っている鉄壁を一瞬で鋏に捉える。
「どうする気だ?」
動かない鉄壁。
鋏が閉じる。このままなら上半身と下半身は真っ二つ。
――ガキンッ!
だが高い音を立て鋏が弾かれた。ラゴンが切れない。挟み込んだもののその硬度の前に、逆に鋏の刃が欠け落ちる始末。
「鋏の方が負けるのか……さすがは鉄壁、というかなんだあの見た目」
鋏が弾かれたのは彼が纏う謎の鎧のせいだ。
内側にはさしてなにもないけれど、手や足から始まり外にかけて折り重なる様に黒い外装が装着されている。身体を丸めることで球体みたいになりそうだと思った。
「ほう? 変身魔術とはレアだな。教国でも殆ど見なかった」
「そうなんですか?」
「ああ。噂だと変身モデルはアルマジロ系らしく、あのフォームになったら同じ三帝すら傷つけられないそうだ。それゆえ鉄壁」
なるほど。でもなんだろう、あまりアルマジロには見えない。むしろ……。
「おっ、鉄壁がまた迎え撃つぞ」
投擲男の声に釣られ意識を戻すと、のっそりと縮こまりファイティングポーズを取る鉄壁の姿があった。
「えっ、まさか素手!?」
鋏が欠けた事で挟むのを止めたマンドラが今度は距離を取り、体をしならせ槍の様に鋏の先端で穿とうとする。
――SYAAAAAAAAAAAA!!
されどその槍は僅かに外れ鉄壁の脇腹を擦る。
「フンッ!!」
今度は逆にそれを脇に挟み受け止める鉄壁。さらに掴んだマンドラを段々と持ち上げ始める。体重差を考えると有り得ないが魔技か何かを使っているのだろうか。
そして一度軽く左に振って、右に急転換から上に捻って地面に叩きつけると呆気なくマンドラの鋏が折れた。
――KIIIII!!
「……か、怪力ってレベルじゃねぇな」
鋏、もとい角が折れ地面に叩きつけられたマンドラは叫びながらのたうつ。その隙を逃す三帝ではないらしい。
「破壊拳 サザラ」
追撃が始まる。
再びあのポーズから魔技の輝きと共に繰り出される拳の高速連射。
瞬く間にマンドラの外皮が大砲を連続で撃ち込まれたかの様に潰れひしゃげる。
おかしい。マンドラの外皮に魔技は通じないはず。そう思いよく見ると拳だけ魔技、魔力を纏っていない。
……まさかあの外皮を素手であの速度で殴っているのか? どうして手が潰れない? つか変身魔術も魔術なのではないのか?
困惑しているとやがてマンドラの外皮も潰れ肉が飛び散りあっという間にミンチが出来上がった。
「………」
大砲の嵐が過ぎるとピクッピクッと痙攣するマンドラだった肉塊だけが残る。
あまりの強さに闘技場全体が静まり返る。やがて溜めにためて司会が叫んだ。
『こっ――これが三帝! これが鉄壁! マンドラを倒せるのは宿屋のルーキーだけに非ず! まさか、いや、当然、この短期間でソロ討伐は不可能と言わしめたマンドラがこの闘技場にて立て続けに討伐ぅ!』
司会に釣られ観客達が総立ちで『鉄壁! 鉄壁! 鉄壁!』とラゴンのあだ名をリズミカルに叫ぶ。
「嘘……あの方、放った拳は無強化の素手でしたよね?」
隣で慄きながらプルートゥさんがこぼす。彼女も気付いたらしい。投擲男も恐ろしいものを見る目で鉄壁のラゴンを見ている。
「あんな化物がこんな砂漠の国にいたとは……祖国の元総長や紅蓮騎士ならば勝てるだろうが、間違いなく彼らに準じる、或いは同水準の化物だ。しかも『切断魔』はあれより強いのか?」
「切断魔?」
「ああ、三帝の一人だ。デビュー戦でベテラン組を三十人バラバラにしてそう呼ばれているらしい」
えっぐ。
「三帝には『貴公子』と『切断魔』の残り二人がいる。なんでも貴公子は強いには強いが、支配人ウルチの子飼で暗殺や毒、不正なども使ってくる卑劣さを含め三帝の強さだそうだ。だが切断魔は違う。あの鉄壁との戦いで鉄壁がずっと逃げ回ったらしい」
「え?」
「体を丸め攻撃もせず、避け続け終いには切断魔の方が飽きて勝手に帰ったらしい。まるで盾と矛だが、しかし切断魔は未だ本気を一度も出してないって噂だ」
「なんでそんなこと分かるんですか?」
「本人が『俺は六刀流だ』と豪語しているらしい。なのに何故か背負う刀は四本。しかも使う刀はさらに少なく二本のみ。誰も二本以上で戦っている姿を見た者はいない。もっともハッタリと呼ぶ者もいるらしいが……おそらく何かしらの魔術が使えるのだろうな」
「へぇ……」
普通にやりたくない。時計使いたいレベルだ。
だが支配人との約定を考えると……。
「観客の諸君! 見たかね、これが我が闘技場の目玉である三帝が一人鉄壁だ!」
『って、ウルチ支配人!?』
一際高く屋根のある気品席から奴隷と女性を侍らせ肥えた男が現れる。この闘技場の支配人ウルチである。
「帰れー!」
「死ね人間のクズ!」
……相変わらず観客達からは罵倒の嵐だった。俺には彼があそこまで嫌われている理由が分からないが、なにかあるのだろう。
「さて皆様。これで我が三帝がルーキーに劣るという噂は払拭できたでしょう。
ですが私も運営する立場ながら、一闘技場ファンでもあります。
ええ、分かっていますよ。望んでいるのは三帝による殺し合い。そうでしょう? しかし彼らの戦いは三度それぞれ組み合わせを変えたが決着はつかなかった。全て引き分け――だが今ここに新たな主人公が現れた!!」
不意に俺らの近くにいた観客数人が魔術を唱え始め発光体で俺を照らす。
敵意はなかったので反応しなかったが、やはり演出の一種らしく観客達が一斉にこっちを見る。なんかもう嫌な予感しかしない。
「予告しよう! 近々、マンドラを討ち果たし、二つ名持ち三人を倒した新たなる英雄! 宿屋の倅VS三帝の決闘が行われることをここに宣言する!」
『うおおおおおおおおおお!!』
地を揺るがす程の歓声が上がる。
待ってましたと言わんばかりの反応だ。
「うわぁ」
「大人気だな。まぁ予想通りの展開だがな、いずれぶつかる事は予想できた。見に来たかいがあったろ?」
「まぁ一応……」
周りから「頑張れよ宿屋!」「俺はお前に賭けるぜ!」「応援してるわよ!」などと好意的な励ましを貰いつつ、再び戦う事になるかもしれない鉄壁のラゴンを見た。
視線が合ったのは一瞬だけ。
彼はどうにも気にしていないらしく、すぐさま俺に興味を失い、さらには観客の声援にも一切反応を示さず門へと帰って行った。酷く静かな男だった。
その日の夜。
「……あの話を聞くとやっぱ毒とかの対策は必要だよな」
宣言された三帝との試合。
それを受けてまた皆でミーティングを行った。
その結果、彼らとの戦いで真っ向からの勝負となれば実力以外の問題はないとなった。しかし支配人と癒着している『貴公子』との戦いとなると、なにをしてくるか分からないリスクがあると忠告を受けた。
『過去、三帝に匹敵する剣闘士達もいたが全て貴公子から毒、呪術、武器工作、試合前の強襲など試合とは関係ないところで散々な妨害を受け殺されたんだ。打てる手は全て打つべきだよ』
元商会勤めの痩せた奴隷剣闘士の話から、早急に対策すべきという事になった。
「神気が使えれば毒も呪いも効かないんだけど、自在に使える訳ではないしな……毒消しや対呪術のお守りなんか仕入れるのは大事。警戒しすぎかもしれないが備えあれば憂いなし、だ」
その為、俺は全員が寝静まった頃にプルートゥさんに協力して貰い地下から出て、闘技場の外にある市街地へ対策用の品々の仕入れに来ている。
「……にしても当たり前の様に脱獄できるのは、冷静に考えて明らかにおかしい」
驚くほど簡単に出来てしまうこの脱獄。こればかりはプルートゥさんの能力が凄過ぎると強く思わされる。
投擲男も戦慄していたが彼女は完全にワイルドカードだ。似た能力を有していた沁黒が国家指定の危険人物なのを思えば、各国で闇魔術が危険指定されていてもおかしくないレベル。
「……ただ指定も何も闇の女神様の存在がそもそも秘匿されているのが謎なんだよなぁ」
俺や世間の知識では女神は五柱のみ。
光、水、火、土、風であり闇は存在しない。
先代勇者の話ではここに闇を加えた六大女神が数百年前のデフォルトだったそう。たぶん古い資料などを見れば六大なのだろう。そう考えると意図的に存在を消された線がやはり有力だろう。
「政治力学のせいなんだろうか。結果、プルートゥさんしか使えないので闇魔術は各国からも何の対策もされず、無双状態になってるんだが」
これが悪用されていたらと考えると恐ろしい。だから闇の女神は彼女にだけ寵愛を注いでいるのかもしれないが……所詮は想像である。
「おっと、ここか」
ふと闇魔術と女神考察に気を取られているうちに目的地の建物に着いた。
前回、牢屋にいた剣闘士達が明らかに栄養失調なので食品のついでに薬も買った場所だ。
夜間なのもあり入り口からは入らない。
建物の横にある路地に入り、見られない様に屋根を伝い上の階の窓へと登る。部屋を覗くと一人の中年男が灯りを頼りに何やらすり鉢で薬を作っている。
――こんこん。
軽く木製の窓を叩くと中年男が顔を上げる。俺は一応、深くフードを被っているので向こうから顔は見えないはずだ。
「マスター、薬を」
「ふっ。その前に合言葉だ」
「……ひ、東の空より来たるは」
「敵対者達の赤き大地」
そういうと中年男がニヒルに笑う。
「薬か? いいぜ持っていけ。なんでも揃ってるぞ」
男が黒い箱を持ってくる。箱を開けると中には様々なビンに入っていたり、紙に包まれたりする薬があった。
まさに闇の取引。
これらの薬はすべて違法薬品――等という事は一切なく、その辺で売ってるただの毒消しや栄養剤である。
さらに先ほどの合言葉などのやり取りにも実は何の意味もない。
意味が分からないだろうが本当にない。マジだ。ではなぜこんなことを言わされているのかと言えば。
「ねぇマスター、もういい加減にこのやり取り恥ずかし――」
「まぁ待て。すべて分かっている。奴らの手はここには届いてねぇよ」
俺は頬を引き攣らせ「そ、そうか」とだけ言い毒消しを何種類か取る事しかできない。
だってすべて分かっていると言われても俺の方が意味分かんないし、奴らの手と言うがそもそも奴らが何なのかも分からんのだ。
……ようはこのオッサン、深夜にめちゃくちゃ怪しい格好で薬などを買いに来る俺を見て妄想爆発しちゃっているただのイタイ薬剤師なのである。
とはいえ昼間は流石に目立つので夜にしか来れず、相手をしてくれる薬屋なんてここしかないので仕方がない。
ここを教えてくれたのも地下で疲弊していた剣闘士の一人で、彼いわく変わり者で少し頭がおかしいらしい。
ただ客は選ばず売ってくれるのでこうして利用している。また何故か弓使いの閃光ハルジという剣闘士にもここ強く勧められた。実は有名なのだろうか?
俺はなるべくさっさと薬を選び懐に仕舞う。
「ええと、とりあえずこれを全部下さい」
「これだけの薬を買っていくとは……どうやらこの国も潜伏者とお前達の戦いで荒れそうだな。ふっ」
いや謎の組織と戦う予定はないです。あと鼻で笑うの多くてなんか嫌だなオイ。
「足を洗った身だが俺も昔の仲間にそれとなく声を掛けておこう。――あ、お代は銀貨八枚と銅貨三枚です」
「じゃあ銀貨九枚でお願いします」
「はい。お釣りです……気をつけろよ。東のダンジョンの最下層にある乾いた棺桶から最近は慟哭が響くとも聞く。いずれ来る方舟、ナー・サラス再臨の日は近い。それまでお前が生き残っている事を祈ろう。ふっ」
いずれ来る再臨の日ってなんなんだ……方舟ナー・サラスとか固有名詞まで出てきたそ。年代ものの妄想なのだろうか。あとやっぱりその鼻で笑うのダサいって。
俺はフードのしたでとりあえず真似るように鼻で笑って返し二階から降りた。
いやだなぁ、薬買いに行く度にこのアホみたいなやり取りやんの……。
「気をつけろよ」
「え、ええ……」
プルートゥさん相手以外では普段あまり感じない羞恥心を感じやや脱力しながらそそくさと帰路についた。
【ロック・シュバルエ 闘技場裏手付近】
そんな妄想爆発しちゃってる薬屋から毒消し等を仕入れた帰り道のことだ。
――ふと、異臭がした。
闘技場のちょうど裏手。搬入口からも離れ、ゴミ捨て場などしかない場所だ。
「んっ、この臭い……」
やや甘ったるい悪臭。間違いなく腐敗臭だと気付く。かなり特徴的でキツイ。
「死肉って訳じゃなさそうだけど、なんだこれ。この辺は兵士も見回りに来ないだろ」
この辺から闘技場に入れるルートはなく人影は全く無い。
ゴミ捨て場からの臭いかと思ったが、そこもさっき通り過ぎている。
一瞬、無視してプルートゥさんと合流しようか悩む。だが彼女もこの星空を散歩すると言っていたので、一人の時間を邪魔しても悪いと思い臭いの元を一人で探すことにした。
「この先、埋葬地の裏辺りか?」
闘技場ではよく死人が出る。
その死体は宗教上或いは衛生上、火葬され骨だけ墓地に埋葬される。墓地はなるべく水気があり、砂ではなく土のある場所に埋めると他の剣闘士から聞いた。砂だと風でやがて散乱してしまうのが理由らしい。
一応、埋葬地を見るが人がいる様子はない。
――んっ?
不意にほんの小さい服が擦れる程度の音が聞こえた。
――時間遅延。
俺は自らの動きを遅らせゆっくりと音のした方、墓地の外れに近づくと、やがて夜の暗さの中で墓地の土をほじくり返している者がいる事に気づいた。
――なにやってんだ? 土? いや農地等の腐葉土か?
なんで腐葉土がこんな場所にあるのか、困惑していると不意に月明かりが俺とそいつを照らしてしまう。
「っ!?」
男だ。しかも知っている。なにせ今日見たばかりだ。
三帝が一人、鉄壁のラゴン。
問題は彼がやっている事だ。それは他でもない。
――土に埋まった野菜を掘り返して……食ってる?
「ッ! 誰だべ!!」
あまりに予想外な光景に思わず驚き、音を出してしまい気付かれる。
青い魔技の光を纏い距離を詰められたのは一瞬。
「ッ!!」
――まずっ、あの拳か!?
マンドラをミンチにした大砲が俺の顔面を粉砕する勢いで飛んでくる――が。
「なんだべっ!?」
空間捻転で間一髪逸らす。
しかし敵は連打。すぐさま当たるまで際限なく攻撃を繰り出してくる。
「あっ! ぶっ! まっ、ちょ!!」
遅延、加速、捻転と基礎的な回避技でひたすら攻撃を捌き続けるが、速さと手数で段々と圧されてくる。
「空間跳躍ッ」
時間遅延で右腕を止めるも左手で胴体を撃ち抜かれる瞬間、俺は背後に跳躍。
「いい加減にしろッ!」
こちらも騎士師匠から習った武器を叩き落とす殴打系の魔技を後頭部に叩き込む。
「――そこだべェ!!」
だが黒い鎧に阻まれまるで効果がなし。むしろ振り向きざまに裏拳を食らい遠くへ吹き飛ばされる。
「っぶねぇ、時間遅延なかったら顔凹んでたぞ!」
ただこちらも裏拳が当る直前に時間遅延で打撃を遅らせ衝撃を殺したのでダメージはない。
「……いったいなんだって、ん?」
気付くとあの悪臭がする。
下を見ると今いる地面も掘り返され、葉系の野菜や芋などが腐葉土から顔を覗かせているのが分かる。ただ異様なのは。
――これ、全部腐ってね? これをまさか生のまま食ってたのか?
正直、人肉よりマシだが腐敗した野菜の悪臭が酷いのは変わらず。思わず吐き気を催す。
「おっ、オメェ……見たなッ、オラの秘密をっ!!」
対する鉄壁のラゴンは血管が破裂しそうな程に完全にブチ切れている。
「……アンタ、こんなもの食ってたのか?」
「ッ。そうだ……オラはな、生まれた一族の関係で腐った野菜しか食えねぇんだ! 肉も魚も駄目だ! 新鮮な野菜も吐いちまう! こんなおぞましい物しか食っていけねぇ! ……その秘密を知られたからにはオメェはここでコロスッ」
訳が分からない。
だが問答無用で鉄壁が低姿勢で魚雷の様に突っ込んでくる。目がやばい。本気で俺をここで殺し切るつもりだ。
「まッ、待て! アンタ本当に腐ったモノしか食えないのか!?」
「ッ! オラに言わせんじゃねぇべ!! オメェも思ったんだろう! オラのことを心底気持ち悪いとッッ! 薄汚い化物だとッッ!」
魔技で加速してくるタックル。
駄目だこれは受ければ死ぬ。時間遅延も遅らせられるのは一瞬くらいだ。
――ならば。
「いや、思った! 確かに思ったッ、けど――別な事も思った!」
空間作成。
俺は突っ込んでくる鉄壁の真下から俺の手元まで地面上に長く伸びた異空間を開き、その中へ手を突っ込むと斧のグリップを握り片膝を突き出す。
その突き出した片膝へ斧の棒部分を乗せ、そこを支点にテコの要領で真下――何も無い異空間から斧を思いっきり鉄壁へと打ち込む。
「なァッ!?」
流石にこの低空の更に下、地面から直接攻撃が来るとは思わなかったのか、鉄壁が浮き上がる様に体勢を崩しやや仰向けになりながら横へ逸れる。
その隙を逃さず振り上げて空中で翻った斧を勢いのまま振り下ろし、鉄壁の首の横へ打ちつけ棒の部分で押し倒す。
「んぐっ!?」
斧の刃自体は当ててはいない。
だが斧の柄を使いちょうど仰向けの鉄壁の首を押さえつける形で、なんとか動きを封じた。
「このッ!」
「その前に!」
俺は血走った目で俺を睨みつける鉄壁に告げた。
「――腐った豆の料理とか、食べてみません?」